第二章 01 次の町へ
第二章
01
時計の針が真下を指し、目覚まし時計のベルが鳴る。客室に窓はないので、部屋の明るさは昨日ランプを絞って最小限にした状態のままだ。しかし扉を開けると、廊下の上部にある小さなガラス窓から朝の光が差し込んでいる。あまり大きくない物であればこの世界でもガラス窓は見かける。
「おはよう」
「おはよう」
「おはようございます」
ユージナ、リユル、ヴァルルシャの三人は同じ時刻に目を覚まし、廊下で顔を合わせた。トイレで用を足したり顔を洗ったりし、部屋に戻って着替え、身支度を整える。
この宿に食堂は無く、朝食は外に食べに行かなければならない。普段は荷物を残して部屋を施錠して出かけるが、今日でこの町を出るので、荷物はすべて持っていく。リユルとヴァルルシャは大きいリュックサック、ユージナは大きい風呂敷包みを肩に背負う。
三人は階段を降り、一階の受付に向かう。この宿は従業員が交代で宿直室に泊まって管理しており、今朝、受付にいるのはこの宿に最初に泊まった日にも受付をしていた中年の女性だった。
宿代は先払いなので、昨晩の代金400テニエルはすでに昨日払っている。今日でこの宿を発つことを告げ、受付の女性に部屋の鍵を返す。
三人はそれから宿を出て、朝からやっている飲食店で朝食を食べる。朝食はどの店も、パン、サラダ、ハムやソーセージに卵といった簡単な料理にお茶かジュースがついて50テニエルほどだった。
「刀と服、もう仕上がっとるといいねえ」
朝食を済ませ、仕立て屋と刃物研ぎ屋に向かって歩きながら、ユージナが言った。
「今は朝の……六刻ぐらいですかね。営業している飲食店はありますし、お店もやっているといいんですが」
ヴァルルシャがそう答える。今は現実世界でいう朝の七時半ぐらいだ。
「あっちの世界じゃ十時開店のお店って多いよね。でもその分、夜遅くまでやってるけど。こっちの世界じゃ、ランプがあると言っても日が出てるうちに活動する人が多そうだし、朝は早いんじゃない? 食べ物屋なんかは夜でも開いてる店はあるけど」
リユルが町並みを見回す。この町では早朝でも夜でも飲食店が無くて困るということは無かった。それは同じ店が長時間営業しているのではなく、朝に営業する店、夜に営業する店と複数あるので、どこかには開いている店があるからだった。
「町の外に出かけるのは日の出から日没まで、その前後に町で食事、とする人が多ければ、それに対応して飲食店の営業時間も決まるでしょうからね。この世界では別の町に移動するのも自動車で数十分というわけにはいかないですし、人々が活動を始める時間は早そうですね」
「そうそう、馬車ってそこまで早くないんだね。後ろに何人も乗せとったらそんなにスピード出んくて当たり前か。隣の町に行くだけで朝から晩までかかるんだもんね。だったらそれに乗りたい人は早起きするだろうし、そういう人のためにお店も早くから開いとらんかなあ」
「あ、それにさ、あいたちが行った仕立て屋や研ぎ屋、個人経営っぽかったよね? お店の人、そこに住んでるのかもよ。だったら早い時間でもお店の人いるかも」
そんな話をしながら三人は町の中を歩いていき、仕立て屋や武器防具手入れの店が並ぶ通りまで来た。日はすでに上っており、通りを歩いている人は他にもいた。
まず、『刃物研ぎ・手入れの店ケンマ』に向かう。扉には『営業中』の札がかかっていた。
「おはようございます。刀、受け取りに来たんですけど」
ユージナがそう言って店の扉を開け、ヴァルルシャとリユルも後から続く。
「ああ、できてるよ」
白髪交じりの黒髪の店主はユージナを見てそう言い、店の奥から刀を持ってきた。
「手入れの道具はあったのかい?」
「あっはい、油と紙がありました」
ユージナはそう答えながら預かり証と財布を取り出した。刀の手入れ、100テニエル。刀を受け取り、抜き放って確かめる。
「わあ、綺麗になってる! ありがとうございます」
刀の汚れは取り除かれ、ユージナの手の中で新たな輝きを放っていた。その重みを感じながら改めて刀を腰に差す。
店主に礼を言って三人は店を後にし、次は『仕立て屋エラ』に向かう。
店は開いていたが、ヴァルルシャの服はまだ仕上がっていなかった。
「ああ昨日の人、ちょうど今やってるところなんだ。もうすぐ出来上がるからちょっとお待ちください」
三人が店に入ったとき、店主はヴァルルシャの服を縫い直しているところだった。三人は荷物を下ろして店の椅子に腰かけ、店主の作業を見守る。
破れた部分はすでに切断され、ほつれないようにしつけ糸で止めてあった。店主は布と同じ色の糸で本縫いを始めている。ミシンは無く手縫いだったが、機械のように正確な手つきだった。
やがてヴァルルシャの服は完成し、店主が顔を上げる。
「はい、できましたよ。余った布はどうしますか?」
破れた部分に合わせて裾上げをしたので、ローブの裾は十フィンクほど短くなっている。切り落とした分の布が横に畳まれていた。
「あ……いただいていきます。ありがとうございました」
ヴァルルシャはそう言って預かり証と400テニエルを出し、借りて着ていた貫頭衣を脱いだ。
仕立て直したローブをヴァルルシャは着てみる。足の付け根まであるスリットが正面中央に入り、裾も一回り短くなって、前よりも軽やかで動きやすくなっていた。
「わあ、動きやすいです。破れてたとは思えないですね。ありがとうございます」
ヴァルルシャは店主に礼を言い、切り落とした裾の部分は大荷物の方にしまった。三人は店を出て、貸馬屋の方向に歩き出す。
「刀も服も、朝のうちにもらえて良かったね」
ユージナが言う。日はまだ真上には程遠く、朝の空気の中、町の人通りが少しずつ増えてきていた。
「やっぱり、切った裾は捨てられないよね」
リユルがヴァルルシャのローブを見る。リユルもユージナも、この世界に最初に現れた時に身に着けていた水着のような服や、わらじとも草履ともつかない謎の履き物を、新しい衣装に替えた。しかし元の衣装も大切に保管していた。
「ええ。スリットが入った今のデザインの方が動きやすいのですが……最初の状態の服は、記念のようなものですからね」
作者が、実用性も時代考証も考えず、イメージだけでデザインした自分たちの服。それは不便な物ではあったが、作者の情熱だけは詰まっている。
自分がかつて作者に作られたときの姿。それは中二病臭くて恥ずかしくもあるし、はっきり思い出せなくなっている部分もある。
そして自分たちはこの世界で新たに動き出し、不便な部分は改めてきた。けれど不便で未熟で中二病で恥ずかしくても、過去の設定は大切な思い出のようなものだった。
過去は過去として胸に抱えたまま、三人は今の世界を歩いていく。
キヨゥラ川にかかる橋にたどり着くころ、時計塔の鐘が鳴る音が聞こえた。
「朝の七刻ですね」
ヴァルルシャが橋の向こうの時計塔を見ながら言う。一本しかない針はちょうど左、九時の方向を指していた。
「時計塔は朝の七刻と夕の五刻の一日二回、鳴るみたいだね」
歩くことで少しずつ近づいてくる時計塔を眺めながらリユルが言った。この町でしばらく過ごしてきたが、鐘が鳴るのはその時だけのようだ。
「朝九時から夜の六時、それが町の人々の主な生活時間、ってことになっとるんだろうね。
……そういえばさ、リスタトゥーの宿屋に泊まっとったとき、北にこのファスタンの町があるってことは教えてもらったよね? で、南にも町があるって話は聞いたけど、町の名前がギョーソンだとかは言われんかったことない? その手前に馬の休憩所があることもさ」
ユージナの言葉にリユルもヴァルルシャもうなずく。自分たちが闇の中から現れた場所は、魔物狩り屋の集うリスタトゥーの宿屋という施設の一室、そういうことになった。その宿屋はサイとカイという名の夫婦が経営しており、三人は宿屋の夫婦から近くの町の情報を得て、このファスタンまで歩いてきた。
「それって、うちらがリスタトゥーの宿屋におったころは、まだ細かい設定が決まっとらんかったってことなのかな。北と南に町があって、北の方が近いぞぐらいの、何となくのイメージだけでさ」
ユージナの言葉を聞き、少し考えてヴァルルシャが答えた。
「……確かに、そうなのかもしれませんね。あの時は、この世界における時計や時間の単位もはっきりしていませんでしたからね。この町に来て時計塔を見たことで時間の単位が明確に決まり、それによって、隣町への移動時間も決まってきた、ということなのかもしれません」
リユルもうなずいて続ける。
「そうだね。あいたちが貸馬屋で馬車の時間を詳しく説明してもらえたのも、時間を現す言葉があるからこそだよね。あの宿にいたころは目覚まし時計も持ってなかったし、三人で同じ時間に起きて朝早く出発するってのも、時計が無いとあいまいになるもんね」
「うん。てことはさ、うちらがこの町に来たことで、世界が広がったんだよね。だったら、次の町に行ったらどんだけ新しい設定が増えるんだろう。楽しみだね!」
ユージナは微笑み、リユルとヴァルルシャも笑顔でうなずき、貸馬屋を目指した。




