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竜と少女の邂逅

作者: しゅう

 恐ろしい魔物が跋扈する世界。木々が生い茂る一面の森林の上を、一つの黒い影が飛行していた。

 黒いウロコが流れるような身体を覆い、背中からは翼が一対生えている。縦に裂ける鋭い瞳孔に、少し触れただけで切れてしまいそうな牙。頭からにょきっと出た角が、威圧感をより増幅させている。

 爬虫類的なその見た目から、竜であることがすぐに分かる。

 風を切り、巨体にも関わらず、ものすごいスポードで空を泳ぐ様は、遠くから見ても圧巻である。空の王者、といっても過言ではない。

 この日、竜は食料を探すため空を舞っていた。雑食なので、美味しいものであればなんでも食べる。ただ、身体が大きいため、必要な量がやはり多い。だから、定期的にこのような食材探しをする必要があるのだ。

 今日は収穫が少ない。そう思ったときだった。竜は突然、なにかに気がついた。食料ではない。地上の木々の隙間に、見慣れない物体を発見したからだ。

 白色の布で包まれたなにか。明らかに、誰かが意図的に置いたものだ。土の上に横たわるように倒れるそれは、一面の緑色の中でよく目立っていた。

 なんだろう。竜は、単純に気になった。このような物が森の中に落ちていることは、滅多にない。誰かの忘れ物か、誰かが捨てたゴミか。どちらにせよ、面白そうであることに間違いはない。

 竜は、ほぼ興味本位で近づいてみることにした。高度を落とし地面に着陸すると、若干遠くからその物体を見つめる。横は一メートルより少し長いくらい。そして、ある程度の厚さを持っている。もしかして、布に何かが包まれている?

 ますます気になった竜は、ゆっくりとその物体に歩み寄る。警戒はしつつも、その物体がなんなのか興味津々である。

 そして、段々近づくと、その物体がなんなのか分かった。


 ――人であった。

 それも少女だ。歳は十歳か、それより下か。栗毛の髪の毛をぐしゃぐしゃにして、白い布でぎゅうぎゅうに包まれ、そして縛られている。眠っているのか、気絶しているのか、竜が近づいても目は開けなかった。四肢は固定され、周り見えないように目隠しされている。また、口には布がぱんぱん詰められた上に、別の布を更に口にかませていた。猿ぐつわそのもので、喋ることは不可能に見えた。

 少女になにが起こったのかはわからなかったが、少なくともただならない状況ということは確かだ。

 確実に、このままでは死んでしまう。自分とは違う生き物だけど、そんなことは至って簡単に理解できた。

 竜にとって、この少女がどうなろうと全く関係ない。少女が死のうと生きようと、竜にとっては痛くも痒くもないからだ。けれど、竜はなぜか少女を放おっておかなかった。どこにも、メリットなんてないのに。

 竜は少女を傷付けないように、爪で慎重に布を破り切る。鋭く尖ったそれは、布に浅く刺さり、ビリビリと裂いた。そして竜は、少女を背中に乗せたあと、落とさないように、ゆっくりと慎重に翼を上下させる。不安定な少女を絶対落とさないよう、普段よりもバランスをながら、かなり遅く飛んだ。

 しばらくして、竜は少女を連れたまま、山間の洞穴へとたどり着いた。ここが、住処である。ごつごつとした岩で覆われた、それなりに広い空間。まるで地下のように、空気はひんやりとしている。地面には、寝床として使用しているのであろう、ちょっとした窪みがある。

 竜はまず、少女を地面にそっと寝かせた。なるべく痛くないように、平坦なところを選んだ。

 とりあえずは、これで大丈夫。あとは目覚めるのを待とう。竜はそう納得し、自分もその窪みに身体を丸めた。


 数時間ほど経って、少女は目覚めた。

 少女は、自分のおかれている状況が理解できなかった。周りを見渡すと、目の前に大きな生物がいるのだから。

 いわずもがな、その大きな生物というのは、少女自身をここまで運んできた竜なのだが、そんなことを少女が知る(よし)もない。ただ少女の中では、驚くという感情以前に、なぜ自分がここにいるのだろうという疑問のほうが勝っていた。

 とにかく、ここから出よう。再び辺りを見回し、その大きな生き物が眠っていることを確認すると、少女は立ち上がった。

 そーっと、起こさないように。そろりそりろと、穴の外へと歩む。

 しかし、僅かな物音に気がついたのだろうか。竜は、ゆっくりと首を上げると、少女を見つめた。思わず、少女は凍りついたように動きを止める。

 ぎろり。

 少女は、息を呑んだ。鋭く、刺すような眼差しだった。まるで、自分のことを異物とみなしているように。

 殺される。私は、ここで死ぬんだ。もう、行きては帰れないんだと、少女は覚悟していた。

 ところが、少女の予想に反し、竜は一切襲いかからなかった。というか、少女の存在をあまり気にしていないようにも見えた。

 絶対に死ぬ、と覚悟していたのに、再び昼寝をしてしまった竜に拍子抜けした。

 あの覚悟はどこへやら、固結びになった糸が一気にほどけるように、少女の中の緊張はあっという間に消えた。

 そのせいだろうか、少女のお腹がなったのは、数秒後のことだった。少女を無視して寝ていた竜は、その間抜けな音で目を覚ました。

 一瞬、少女の目を見た後に、立ち上がる竜。そして、翼を大きく広げると、日が暮れて薄暗くなった空へと、再び飛び出した。急な行動に、呆気にとられた少女。

 ただ一つ言えることは、竜は敵対していなかったということだ。ここで逃げ出しても良かったのだが、少女は岩場に座って竜のことを待っていた。

 三十分ほど経って、竜はやはり戻ってきた。それと同時に、洞穴中にバキバキという音が反響した。

 竜が爪を使って運んできたのは、馬車の荷台。馬と車を繋いでいたロープは千切れ、木でできた荷台の天井は、ぐにゃりとひしゃげていた。まるで事故でも起こして、横転したかのようだった。しかし、荷台の中からは芳しい香りが漂ってくる。美味しそうなその匂いが、少女の食欲をそそる。

 荷台を開けてみると、そこには干し肉のような保存食が大量に収められていた。

 そう、この馬車は、お腹の空いた少女のため、竜が道端でかっぱらってきたものだった。少々強引かもしれないが、竜にとってそんなことは関係ない。

 少女は、干し肉の一つを手に取る。それをしばらくじっと見つめると、思いっきり口に放り込んだ。噛んでいくと、徐々に味が溢れだす。水分はあまり含まれていないが、唾液でどんどん味が舌に染み込んでいく。布に包められていたせいでできなかった、久しぶりの食事。保存食だから味は二の次のはずだが、少女にとって、人生で一番美味しいものに感じられた。

 少女は、もしゃもしゃと次々に消費していく。竜は、若干呆れた様子で、傍から見守っていた。そうして気付いた頃には、十数個もの干し肉が食べられていたのだった。



 少女と竜の邂逅(かいこう)から、数日が経ったある朝。

 森では、雨が降っていた。霧が辺りを覆い隠し、景色を白く染め上げている。竜と少女は洞穴の中でじっとして、外の天気を憂鬱げに見つめいていた。

 あれから、二人……いや、一人と一匹は、空をひとっ飛びしたり、二台目の馬車を強奪してきたりと、なんやかんやで仲良く過ごしていた。もうそこには、種族間の(しがらみ)なんてなかった。

 しかし、この日の昼頃。人なんて確実に来ないであろう洞穴に、来客があった。

「覚悟しろ、竜!」

 若い男の声だった。その声の方を見れば、四人の人がいる。三人が男性、一人が女性。全員が格好は違うものの、何らかの武装をしている。その容姿、そして発言から、竜を討伐しようとしていることは明らかであった。

「女の子がいる!」

 竜の隣にいた少女の存在に気がついたのは、そのうちの女性だった。どうやら、竜が少女を(さら)ってきたと勘違いしているようだ。実際は、助けただけだが。

 しかし、状況からそんなことがわかるはずもない。

 四人の感情はさらにヒートアップしていく。この四人からすれば、竜は、少女を誘拐した極悪非道な怪獣。そんな相手に、慈悲なんぞにかけるわけがなかった。

「くらえぇッ!」

 一番後ろにいる男性が、矢を射た。牽制の一発だ。放物線を描き、高速で竜に迫った矢は、体に突き刺さる。痛みから竜は、今まで聞いたことのない大きさで咆哮(ほうこう)した。

 竜は案の定怒ったが、攻撃を仕掛ける前に少女が先に行動していた。

「どうしたの、大丈夫!?」

 少女は竜の元から離れると、四人のもとへと走り出した。攻撃を止めさせるためだ。そうして、四人のうちの女性に抱きつくと、そのまま泣き始めた。

 少女にとって、竜はかけがえのない存在になっていた。

 彼女の住んでいた村には、生贄の悪習があった。不慮の事故を『神の怒り』として、それを鎮めるために、若い女を捧げ物として捕まえていたのだ。

 あくる日、村の男が惨殺されるという事件があった。更に不幸が重なり、少女は贄として選ばれてしまったのだ。

 半ば誘拐のように、布でぐるぐる巻にされる少女。逃げようと暴れたが、成人した男相手に敵うはずもなかった。生まれ育った村の風習だからこそ、誰も助けてくれない。そんな恐怖と絶望を感じながら、少女は森の中へ放り出されたのだ。

 そこで出会ったのが、竜だった。まるで、鳥の刷り込みのように。言葉は通じなくとも、自分を大切にしてくれる存在に、とても感激した。

 そんな相手を、今、この人たちが殺そうとしているのだ。放置できるはずがなかった。

「おい、お嬢ちゃん逃げろ。俺達がこいつを倒す」

 少女はぶんぶんと首を振る。絶対に攻撃させまいと、自分なりに抵抗していた。

「邪魔だ! 早く逃げるんだ!」

 やっぱり少女は首をぶんぶんと振る。絶対に抱きついた手を離そうとは思わなかった。

 そんな少女に、女性は優しく語りかけた。

「ねえ、私達はあなたのことを……守りたい。怪我させたくない。だからお願い……私達には構わず、逃げて」

 そんな様子を、竜は至極冷静に見ていた。

 自分を守ろうとしている少女と、少女を守りたいがために自分を攻撃する四人。自己中心的に考えれば、四人を倒すべきだろう。それが最善に思えた。

 でも……でも、それでは少女のためにならないかもしれない。

 彼女のことを思っている彼らを、本当に殺してもいいのだろうか。

 少女の事情は知らないが、まともではないことは確かだ。だからこそ、竜が人間の子供を養っていて良いのだろうか。いや、良いはずがない。

 でも彼らなら? 正義感のある彼らなら、ひとりぼっちの少女を放っておけるはずがない。

 だからこそ。だからこそ、少女のことを考えるのならば。少女がこれから幸せになれるのであれば。


「おい、急に暴れだしたぞっ!!」

 竜は、むちゃくちゃに暴れた……ふりをした。誰ひとりとして傷つかないように。大声で吠えて、岩場を殴り壊し、炎を吐いた。とにかく、自分が悪役と見られるように専念した。

 ひとしきり暴れた後、少女の方を一瞬見る。短い間だったけど、と。

 少女は悲しそうな顔をしていたが、竜と目がった瞬間、驚いた表情に変わった。たぶんだが、少女も察したのだろう。

 でも竜はそんなことには気を留めず、悪役に徹したまま、少女から逃げるように飛び上がった。風と雨が気持ちいい。

 これでよかったんだ。あの少女は、これからきっと、幸せになるだろう。そう言い聞かせ続ける。

 ただ妙に清々しい気持ちのまま、雨の空を駆け巡る。

 どこまでも、どこまでも。竜は、飛び続けた。



 それから、竜が洞穴に戻ってくることは二度と無かった。

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