変革の始まり
cards castleのセキュリティは厳重である。運営会社の sugger gamesは有名な日本の大手会社だから、システム面では言うことない。だから、ゲームの個人情報は本人が公開しない限り誰の手にも渡らない。
で、僕は情報を全く公開していない。
謎のプレイヤー『輪廻』ってカッコいいじゃん。その情報は全くと良いほど知られていないが、序列名簿一位にはしっかりと『輪廻』が刻まれている。そんな状況が僕は好きなのだ。
それなのに、しかし。
何者かに、僕のIDがばれた。事実、謎のメールが僕のもとに届いている。
これは何たる不可解な現象だろうか。
IDがばれたことも不可解だし、メールの内容もさらに不可解だ。
救済を求めるメール。アイテムを恵んでほしいということなのだろうか?
しかし、僕自身の場所ためにも私たちを救ってほしいと、メールの送信者、秋は言っている。
考えろ、僕自身のその頭脳で。僕は木谷回人、碧風学園でかつて『天才』と畏れられた男。これぐらい、考えられるはずだ。数多もの可能性の海から、現実的なものを導き出せ。
秋の目的は?
脅迫?
それだと確かに、僕自身の場所については理解できる。僕のIDを知られている訳だから、それを材料に脅迫しているともとれる。メールが秋からしか来ていない以上、IDは秋しか知らなくて、それを晒される危険がある。
いや、違う。
脅迫が目的なら、救って、という言葉は普通使わない。さらに、秋の要求するものが明確に書かれていない。脅迫目的なら、こんな遠回りな手は使わない。
なら、なんだ。僕の頭には、脅迫しか思い浮かんでいない。
いったい、秋は何がしたいんだ?
まさか、本当に僕に助けを求めているんじゃ……そんな馬鹿な。
そう思っていると、また秋からメールが来た。僕は恐る恐る、それを開く。
「あなたのことを私は何でも知っています。重い過去も、つらい現実も。だから、できればあなたに負担はかけたくない。けれど、今の私たちにはあなたが必要なんです。さあ、あなたの扉を開けてください。あなたは、今の場所に留まっているべきじゃない。決断の時はすぐ来ます。正しきものを信じる人たちのために、決断してください。」
そのメールには、そう書かれていた。
重い過去。つらい現実。どうやら秋は、僕の現実での姿―――『輪廻』ではなく木谷回人の姿を、知っているらしい。
決断の時。僕の扉をあける、決断の時。それが意味することは、今僕の背後にある、部屋の扉が開く時。
一年近く閉ざしていた重い僕の扉を、開く決断。
それが僕にとってどんなに苦しいことだろう。
僕の重い過去と、向き合わなければならない。そして、あいつ―――真野棗と戦う覚悟をしなければならない。
一年前。僕がまだ『天才』と畏れられていた時の話。
父はある大企業の幹部だった。あいつの父が経営する会社の一つだ。父は、正義感がとても強かった。悪を悪と認め、それと戦う。たとえその結果が父に悪い影響しか与えなかったとしても、父は戦った。
父の会社の、誰も触れない悪の部分と戦った。社員の間では禁忌とされている会社の闇の部分を暴こうとした。
そして、陰謀に、権力に殺された。
僕の家に、黒い服の男がたくさん来て。
父を見つけては、惨く殺し。
その場にいた母までも僕をかばって殺された。
僕は必死に夜の街を走り抜けた。警察に黒服の男たちが捕まるまで逃げ続けようとした。
けれど、いつまでたっても男たちは捕まらない。
数日後、両親の死が事故死として報道された。
その冷酷な報道は、僕の心を酷く、惨く、殺したのだ。
そこから、僕が怯えているところを唯花に見つけられ、助けられた。
しかし、こんな僕が人を信じられるわけがなく。
こんな僕が人を怖がらない訳がなく。
今は一人、親の保険金で生きている。唯花がここを探し当ててきてくれたけれど、その唯花でさえ僕は信じられないでいる。
これが、僕の重い過去、つらい現実。
これを一番知っている人が、秋の正体。もう、見当は付いている。
家のインターフォンが鳴る。ピンポン、と無機質な機械音。誰かが来たことだけを、ただ伝えるための音。
この音がこれほど重く聞こえることが今までにあったのだろうか。
「決断のとき、か」
僕は鍵を外そうとする。鉄でできた突起の部分を、ただひねるだけ。それなのに。
指先が、手が、腕が、全身が震えてたまらない。
本能が警鐘を鳴らしている。
全身に恐怖が震えとなって走る。
僕は扉一枚挟んで向こうの幼馴染を、信じられないでいる。
恐い。怖い。
ごめん、唯花。僕、やっぱり君のこと、まだ信じられな「私を信じて!」
唯花が叫ぶ。心の底からの、全身の叫びだった。
「お願いだから、信じて! 確かに、回人が誰も信じられないことは、分かってる。だからこそ、信じないとダメなの! このまま誰も信じず一人で死ぬなんて、悲しすぎるよ! だから、私を、信じて。」
その叫びは、僕の心を貫いた。
僕の本能にこだました。
僕は、変わらなきゃいけない。
僕は、変えなきゃいけない。
唯花のために、何より僕のために。
鍵の突起に手をかけた瞬間、僕の体に電撃が走ったように、震えが強くなる。
ダメだ。このままじゃ、ダメだ。
僕は『王』なのだ。全てを総攬する者。
ネトゲだけじゃない。この現実でも、『王』になるんだ。
戦え、己のために。
震えに負けじと、全力で突起をひねる。
僕の扉を、開くんだ。堅く閉ざしてしまった、その扉を。
ガチャリ。
扉の鍵を開けた。その瞬間、僕の心の扉も、開いたような気がした。
扉が開く。実に一年ぶりの再会だ。一年ぶりに日の光が僕を直接差し、目が眩む。
眩しい光に包まれて、僕のよく知る幼馴染が目から一粒の雫をこぼしていた。けれど、その顔は晴れやかな笑顔だった。
「信じてくれて、ありがとう」
唯花は、実に優しい声色で、暖かく言った。
「僕は、変わりたいんだ」
「そうだね。回人は変わらなくちゃいけない。変えなくちゃいけない。そのために、戦わなくちゃいけない」
「覚悟は今したよ。僕は、あいつに勝つ。そして、復讐して、変えるんだ。僕の場所を」
そうだ。僕は、真野棗に勝つ。そして、あいつもろとも、父さんと母さんの復讐をする。
今、僕の復讐劇が、僕の変革が、始まろうとしていた。