『王』の決意
柔らかく、暖かな日差しがカーテンを通り越して差し込んでくる。まるで僕をやさしく包み込んでくれるかのように。
少し前までは、朝はまだ冬の冷たさが残っていたのだが、今はすっかり、春の陽気が燦々と僕を差す。
春。
春といえば、出会いと別れの季節だ。人々は新生活に心配しつつも、その目は希望に満ち溢れている。また同時に、親しい人との別れに悲しくなり、涙する。出会いと別れは美しい。だから春は僕が思う中で一番美しい季節だ。
しかし、今の僕に季節など関係ない。
「回人、たまには外の空気でも吸いに出てきたら? 丁度今、桜がとっても綺麗だよ! 一緒に見に行こうよ!」
幼馴染の唯花がいつものように声を掛けてくれる。唯花はいつも僕を心配してくれる。けれど、僕は沈黙を貫く。
「やっぱまだ、出てこれない……よね。私はいつでもいいんだけど、また回人と一緒にお花見に行きたいなあ。覚えてる? 一昨年、一緒にお花見行ったよね。あの時の回人、桜を見るより、ひたすらご飯食べてたよね。ふふっ、今思い出したら、笑えてきたなあ。あっ、もうこんな時間だ。じゃあ、私、もう学校に行くね。学校のみんなも回人のこと、待ってるよ」
そう言って、唯花は僕の家を後にした。僕はカーテンを少しだけ開けて、唯花を見送る。確かに唯花の言った通り、近くの桜の木が美しく花を咲かせている。
唯花の姿が見えなくなった。その瞬間に、唯花への罪悪感があふれてくる。
唯花は毎日毎日、僕の所へ来てくれる。そして、僕に話しかけてくれる。
けれど僕は、それに応じることはない。今は、誰とも話したくない。
唯花に申し訳ない。
僕は、何もしていないのだ。しているのは、自己嫌悪くらい。
これが、春夏秋冬変わらない、僕の堕落した日常なのだ。
*
私立碧風学園。国内屈指の偏差値を誇る名門進学校であり、僕の高校だ。
その中で、かつて僕は成績トップクラスにいた。同級生からは『天才』と畏れられ、素晴らしい高校生活を送っていた。
ただしかし。
僕は『トップクラス』だが、『トップ』ではない。
『天才』だが『神童』ではない。
僕は天から与えられた知能を持っていても、与える側、すなわち神にはなれない。
なぜなら、もうすでに『神』がいたからだ。
『神』の名は真野棗。
彼女は、碧風学園において『天才』ではなく『神』として畏れられている。
彼女がテストを解けばそのテストがどれだけ難しいものでも間違えることはない。
そのどこまでも黒く、長い髪。その黒髪とは対照的に真っ白な肌。強い意志を秘めつつ、されど冷酷な瞳。威厳ある姿。彼女は世間一般で言う美少女に分類される。しかし、彼女を纏う冷ややかなオーラは人を引き付けない。
孤高の神―――それが彼女なのだ。
そして僕は。
孤高の神たる彼女に、奪われた。壊された。堕とされた。
僕の社会的地位を。僕の順風満帆な高校生活を。
そう、彼女こそ、僕の引きこもりの原因なのだ。
しかし、この大絶賛絶望中の僕の引きこもり生活でも、最近では生活に娯楽を見いだせるようになってきた。誰にも邪魔されずに、家の中でできる最高の趣味を見つけたのだ。
これこそ僕の生きる価値、理由。それすなわちネトゲ。
僕はいつものようにパソコンを起動し、ゲームにログインする。
Cards Castleとスクリーンに表示される。このゲームは、実に奥が深い戦略系ゲームである。名前の通り、中世が舞台となるカードゲームRPGである。
しかしこのゲーム、普通のカードゲームではない。
プレイヤーが選べる選択肢が非常に多い。ゲーム内容はお互い召喚したモンスターで戦い合うという、どこにでもありそうなゲームなのだが、1ターンでプレイヤーが選べる選択肢はゆうに千を越えている。中には裏切り、賄賂といった選択肢まである。もはやそれカードゲームじゃねえじゃん。
もちろん、全ての選択肢を覚えきれるゲーマーなどいない―――僕を除いては。
自慢ではないが、これでもかつてエリート高校で上位にいた僕。これぐらいなら、朝飯前だ。
すべての選択肢を覚えるだけで序列名簿と呼ばれるユーザーランキングでは上位百人の1人になれた。
さらに引きこもりエリートの僕がゲームを極めに極めた結果、現在では序列名簿一位まで登り詰めた。
まあ、極めたところで、別に何か貰えるわけでもないが。ていうか何も貰えないんだったら別にネトゲしてる意味ないじゃん。
僕がネトゲをする目的。考えたこともなかった。まあ、プレイ中は心から楽しいと思える、目的には十分だろう。
これから新規イベントが始まる。『総てを統べし王よ』という、いかにも痛々しいイベント名だが、要はバトルロイヤルだ。
イベントフィールドで闘い合い、最後の1人が優勝者―――すなわち『総てを統べし王』となるわけだ。
この優勝者には、称号『総てを統べし王』が与えられる。僕に相応しい称号だ。
『神』になれないのなら。
『王』になってやろうではないか。