その言葉を、
ジャンルを間違えたとは思ってない。
あと20%ぐらい実話。ノンフィクション。
ついに太陽も壊れたんじゃないか、っていうぐらい暑い八月の日、
いつも通り部活へ行くと、その人は突然にやってきた。
引退した、私の憧れていた先輩。
特に何も言わず、適当な挨拶だけして部室に
ちょこんと座った先輩を見たとき、正直私は意表をつかれた。
先輩、あなたは今3年生で、確か今日は夏期実力テスト実施日でしたよね?
なのに、なぜあなたはこんなところでのんびりしてるんでしょう。
……というツッコミを私が発動出来るわけもなく、こちらも適当に会釈をして
部室に荷物を置き、部員達の居る美術室へと足を運ぶ。
時間が少し早いこともあってか、1年生も2年生もあまりおらず、
私の存在に気付いた1年生がまばらに挨拶をするだけ。
キャンパスの横で談笑している部員達の横を通り、
私は自分の画材道具をとる為ロッカーへ向かった。
……不思議なことに、先輩に対する私の想い、
異常な程深い、尊敬の念――は、すっかり消えてしまっていて、
今になると何故そんな事で半年以上も悩んでいたのかと思うほどだ。
どこか不思議で独特の存在感を放ちながらも、
本当は穏やかな性格で、とっても美しい絵を描く。
入部してからずっと、私にはそんな先輩が輝いて見えて、
自分の思いに違和感を感じながらも毎日過ごしてきた。
多分、私の中での先輩に対する憧れや尊敬が
煮詰まって発酵して、変愛感情へと変わったのだろう。
……恋愛ではなく、変愛。元々叶わない思いだったのだ。
私は、先輩に異常なまでも憧れを持ち、
それをずるずると引きずることで半年間過ごしてきたのである。
美術室の半分開いた窓から、すっと風が流れ込んできた。
絵を描く為の準備を終え、ふと振り返ると、
先輩もいつの間にか部室から出てきていて、
ひいきしていた2年生に笑顔で話しかけている。
――私がなんとしてでも手に入れたくて、
でも結局最後まで向けられることの無かった、
先輩のひまわりみたいな笑顔。所詮先輩にとっての私は、
「部員その1」でしかなかった。
……私はきっと、人から好かれ辛い星の元に生まれてきたのだ。
自分でも原因は分からないが、気付くと敵ばかり増やしているような気がする。
そして、それはきっと気のせいじゃない。
だから、先輩と仲良くしたくても、そうする術を知らなくて、
いつだって空回りしていた。そんな自分が情けなくて、悔しくて、
それでも先輩の姿を目で追っていた…………
でも、もうその悪循環も終わりである。
気付けば、感情には終止符が打たれていた。
あとは先輩が卒業するのを待つだけ。だけなのであるが、
「この絵を、仕上げない事には……ね」
いつか先輩に追いつきたくて、真剣に描いた1枚。
未完成のその作品は、今 私の手によって最後の仕上げに入っていた。
太陽みたいに元気に咲く、ひまわりの花。その花弁の1枚1枚は、
私の記憶の中の先輩の「笑顔」で出来ている。
決してつかむことの出来なかった、貴方の暖かい笑みが、
何よりも愛おしくて、同時に苦しくてたまらなかった。
まあ別に、貴方に何かしてもらったこともないですけど。
とにかく、部活中には一心に筆を握って、
ひたすら絵に打ち込んでいた貴方の姿に憧れていただけです。
……それはもう、異常なほどに。
私は無言で筆を進める。
「へぇ……こういう絵、描いてたんだね」
筆が止まる。
そして後ろを振り向くと、
そこにあったのは初めて私に向けられた、
ひまわりのような優しい笑顔。
「その絵、個人的にけっこう好きだよ」
……ああ
先輩、貴方は何て卑怯なんだろうか。
全く、いや1モルぐらいはしていたかもしれないけれど、
もう諦めきれていたはずの私のささやかな「希望」を、
今更になって叶えてしまった。
もう何とも思っていなかったはずなのに、
世界は霞んで、頬を伝うのは生暖かい水滴。
それはとめどなしに溢れて……
先輩になんか、届かないと思っていた。
ただ私は、純粋に先輩に認めて欲しかっただけだったんだ
「部員その1」じゃなくて、ちゃんと「私」として、先輩に見て欲しかった。
「先輩…………っ」
きっと今顔を上げれば、困惑か驚きの色を浮かべた
先輩の顔を見ることが出来るかも知れない。
あるいは、あっけにとられている他の部員達を。
でもここは、6ヶ月分の片思いが下を向かせているから――――
「先輩、私は――――…………」