厄日…追
コメント、感想、アドバイス、おかしいと思った所など随時受け付けておりますのでどうぞよろしくお願いいたします
今回は長いわりにつまらないと思います。
次回はちょっと面白くなりそうかな?
8話
厄日…追
(…うっ…がっ!体が重い…)
異人はクレーターの穴の中に横たわっていた、土や木は落下の衝撃波で飛び散り、薙ぎ倒され、吹き飛び周辺にいた小型以上の生物は無差別に挽肉になっている。
異人の体は乾いた泥でYシャツはカピカピに固まりミルクのように色白の肌は降り注いできた土砂や埃を被り、見る影もない。
幸い外傷は無いため何とか体を腹這いになってクレーターの中から這い出ようもがく。
その姿は鉛のを体にくっつけているように重鈍でどんくさく、土が崩れて滑り落ちる様は蟻地獄の蟻そのものだ。
(早く、早く行かないと…)
指先を釘に変えて突き刺しながら登ろうと試みる。
がしかし予想以上に土は脆く、何度も崩れては登りを繰り返し、ようやく肩までクレーターから抜け出ていたのに今度は革靴が滑り態勢が崩れ余計に体重の掛かった肘が淵に当たりごっそりと削れた。
そのまま異人はゴロゴロと転がり一番深い中央部分まで戻された。
仰向けに倒れた異人の目には早く流れていく雲が見えた、晴れ渡っていた徐々に空が暗くなる。
(……熊さん、ごめんなさい…)
異人は両手で顔を覆った。今異人を襲っているのは罪悪感、無力感、後悔だ。
何で僕は熊さん達に希望を与えるような事をしたんだろう?
結果はこんななのに。
どうして僕は弱いんだろう。
こんな大きな体なのに。
何で…どうして…
(友達になってくれてありがとうって言えなかったのかなぁ…)
言おうとは思った。でも照れ臭くて言えなかった。
また今度会ったときに言えばいい…また明日、それを繰り返して今だ。
(頼ム、弟ヲ、殺シテ、ヤッテクレ)
(…弟モ、コンナ、小サナ、傷デ、死ヌヨリ、強イ、オ前ニ、止メヲ、刺サレタ、ホウガ、報ワレル…弟ヲ、救ッテ、クレ、頼ム)
不意に熊のお兄さんの言葉が甦る、熊のお兄さんの言うと通り弟の熊さんを殺したほうが良かったのだろうか?それなら少なくとも苦しみは長くは続かなかったはずだ。
でも考えた所でもう遅い…後悔してももう遅い、時は戻らない。
その時その時で最善を尽くしても躓き、糸のように絡まり解けず、ずっと先まで続くしこりが出来る。
だが、異人はまだそれを知らない。妥協を知らない、諦めを知らない、ひたすらに真っ直ぐ、唯真っ直ぐ、目的まで全力で走って向かう。
だからこう思う。
(もっと…強く…なり、たい!)
熊のお兄さんは異人の事を強いと言っていたが本人にそのつもりはない。
それなら女の子を助けようとした時もここまで飛ばされた時も強ければ怖くなかったはずだと。
だから力を望んだ。友達を助けるために。弱い自分を変えたいが為に。
生後1ヶ月に満たない、言動だけをみればまだまだ幼い…無垢な子供。
無垢な子供の純粋な願いは力強い、どこまでも飛べる程に、どこまでも速く夜を吹き飛ばす程に、どこにでも届く程に。
(まだ泣いちゃ駄目だ、まだ間に合うかもしれないんだ…まだ諦めちゃ駄目だ…)
異人は立ち上がる、ガクガクと膝が震え腕は重く前にダランとぶら下がっている。
暗雲が太陽を覆い周りが薄暗くなる。
両手を地に付け足を伸ばし重心を両手に乗せる。
雷鳴が轟く、遠くから聞こえた雷は補食動物の唸り声のようだ。
両手で押さえ付けていた力を解放しクレーターの壁に突っ込む。
異人は登ることは無理だと判断し壁を削って地表までのスロープを作ろうと、もしくはそのまま飛び越えようとしている。
壁に激突し地表部分が盛り上がるがまだ足りない。『道』はできない。
土砂に埋もれた異人はそこから這い出てクレーターの中央、いや反対側の壁まで移動して構える。
(今のは下過ぎた、次はもっと上…)
空がカッ!と光り、それと同時に駆け、跳ぶ。
ドガンっ!と土を砕きまたクレーターの中央まで滑り落ちる。
助走はほぼ無く、2、3歩で踏み切らなければいけないのでどうしてもスピードが足りず威力も高さも出ない。
だが、さっきよりも上手くいった。
(もう少し…)
ポツポツと小雨が降り、次の瞬間には叩き付けるような豪雨が異人の全身を瞬く間に濡らす。
だが、異人は気にすること無くまたスタート地点に戻る。
(…苦しい……体が熱い)
異人はネクタイに指を引っ掛けると左右に振って緩めて、Yシャツの第1、第2ボタとカフスボタンを外して腕を捲る。
素肌に雨が滴り冷たさが心地いい。
(………)
何も考えず四支点で体を支え力を溜める。
ミチッ…ミチッと体の何処からともなく肉が裂ける音がするが異人は無視する。
(…………)
異人は駆け出し壁に突進、周囲に土塊が散らばる。
穴から出た異人はクレーターを覗きこむ、クレーターは綺麗な円ではなくほぼ楕円形になっており、一番深い所は水溜まりになっており楕円の中央より端に寄っていた。
(…こっち……)
自分が飛ばされた方向が分かり異人は歩く、そして次第に駆ける…熱く、重い体を引き摺り緑色の服を着た二人が目指すであろう、上空で見えた街を目指して。
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防壁街ジュガルガンは『防壁』と名がつくように主に敵国の脅威や魔物の襲撃に耐え、王都へと通じる街道の一本を守るように建設された砦の一つだった。
しかし治安の安定化による盗賊の大幅な減少と定期的な魔物の討伐により平穏になった辺境のこの地域では砦は無意味な存在となり20年前に解体され新たな街へと生まれ変わった。街を囲む古びた防壁が名残として静かに佇み、前時代の魔法と技術で造り上げられた高く厚い壁は外敵を幾度となく妨げ、守ってきた。
役目を終えた現在も騒然たる雰囲気を漂わせている。
所々ひび割れ、傷付き、汚れた防壁は『ジュガルガンの守人』と呼ばれ街の住民から親しまれており今では観光名所として機能し、辺境の街『ジュガルガン』を経済面から守っていた。
その街に今しがた、命からがらの逃走劇を繰り広げ泥だらけの男と綺麗な金髪と尖った耳をバンダナで隠した女エルフが
丸まって動かなくなったアルジールをゴロゴロと手で押しながら歩いて防壁街ジュガルガンへと続く道を進んでいた。
「ウガアァァアァア!何なのよ今日はぁぁぁあ!」
森爪のさながらの叫び声を上げた女エルフ、エルミィは今日の今までに溜まりに溜まった鬱憤を地団駄を踏むことで事で解消しようとするが逆に自分の足首を痛めてしまった。
「のぉぉ…」
「…お前はいつでも元気だなエルミィ」
片膝を付いて足首を押さえて呻くエルミィに声を掛けたのは仕事仲間のアルフ。
追跡者から逃れるために魔法を使った影響で全身乾いた泥で汚れており歩く度にどこかしこからパラパラと落ちた泥が彼の後ろに点点と尾を引いていた。
「…元気だな?じゃないわよ!非番なのに叩き起こされて!森爪に出くわして!挙げ句の果てには白黒の巨人に追い回されるし!何なのよもぉ!」
「そうだな…お前の『ノームスヌーズ』お陰で助かったよ。ありがとうエルミィ…」
頭を下げるアルフ。
「えっ!ちょっ…ふ、ふん!当たり前じゃない!私達は『パートナー』何だから!ほら行くわよ!」
パートナーの部分を強調し言い終えたエルミィはスクッと立上がり鼻歌混じりでアルジールを転がして進む。捻挫の痛みは引いているようだ。
(これでまた30分持つ…)
エルミィの扱いに長けるアルフは内心でガッツポーズをとる。
エルミィの短気で我が儘な性格は他の『生態監査群』職員から敬遠され面倒見の良いアルフに押し付けられていた。
いつしか「エルミィと言ったらアルフ!」と信頼されるようになり、エルミィもアルフなら比較的大人しくなった。
余談だが他の職員の間で両者の頭が太陽の光を存分に反射するため『サンオブミラーズ(太陽の兄妹)』と影で囁かれている事は二人は知らない。
だが、エルミィの上機嫌も長くは続かなかった。空に暗雲が立ち込め雷鳴が稲光に遅れて聞こえてくる。その直後大粒の雨が二人に刺さるように襲ってきた。
堪らず二人は森へ逃げ込み雨宿りする。
「…本当に厄日だわ……」
「奇遇だな…俺も思った」
二人は制服の上着を枝に引っ掻けて干す。
枝や葉から滴り落ちた雨水が掛り乾かないが濡れた物を着ていたら絶対体調を崩すのでこのままだ。
「…ねぇ?」
「ん?」
「あの巨人…何で追ってきたのかな?アルフ何か心当たり無いの?」
「…あんなヤバイ奴に喧嘩を売る奴いるか?少なくとも俺は知らねぇ」
「ハハッそうよね」
そう言って横になって丸まったままのアルジールに腰掛け膝に肘を立て頬杖を付く。
アルフは立ったまま腕を組み木に寄りかかっている。
その為上着を脱ぎ薄手のシャツに胸元を開けたエルミィを見下ろす形に成るが、アルフは意識して雨で灰色に染まった景色を眺めながら言う。
「…なぁ思ったんだがあの巨人…俺に気を使ってたんじゃないか?」
「は?何よいきなり?」
「いや、何となくなんだが…こう、足の運動量に比べて腕の動きが酷く遅く感じたんだ。何て言うか割れ物を追いかけてるみたいな?」
巨人の腕の動きを真似ながらアルフは語る。実際追い掛けられた身だからこそ分かる違和感、アルフはずっと気になっていた。
「え~?あれが?まぁ言われてみればそうかも?」
視線を右上に移動させそのときの事を思い出す。
エルミィ自身は突然の出来事とアルフの事で頭が一杯で余り覚えておらずアルフが言う違和感に気付けずにいた。
「でもアルフ今更そんなの考えても仕方が無いんじゃない?今大事なのは速く帰還してその事を報告すること、でしょ?」
「えっ……」
「何よ?そんなに驚いて…」
「いやぁ…エルミィがまともなことを言ったから…」
「はあ!?そん…って何で泣いてるのよ?」
「お前の成長が…嬉し…くて」
「えっ?嬉しくて?エヘヘ……って!私普段どんなに思われてるの!?ちょっとマジに泣かないでよ!」
左手で両目を覆い口をへの字にして静かにすすり泣くアルフとその回りでぐるぐる回りながら戸惑うエルミィ、二人の騒動は雨音に掻き消される。
そこに一輌の馬車が二人の前に止まる。アーチ型の屋根が付いたの商人が好んで使いそうな馬車だ。
「おい!あんたら大丈夫かい!?」
馬車の手綱を引く男が呼び掛ける。
だが雨音の轟音で二人は気付かずワチャワチャしている。
「おーい!聞こえないのか!…おっ気付いたな。すまない冒険者さん!人が二人増えるけど良いかい?」
「ん?わらわは無償で同乗させてもらっている身じゃ、文句はあるはずなかろう?むしろこの雨の中その二人を見捨てればお主の人間性を疑うが?」
男の声に返事をしたのは若い女性だ。茶色いローブを纏って袖から白い手をヒラヒラと振って異存がないことを示す。
顔は深くフードを被っているのでよく分からない。
「ハッハッちげぇねえ!よし!ちと荷物を片付けるかね」
「わらわも手伝った方が良いか?」
「いやいやそれには及ばねえよ?見ての通り商品はこれからジュガルガンで仕入れるから少なぇし、あんたを乗せたのも護衛を雇う金と手間が省けるって下心があるから気ぃ使うな!…よっと」
「そうか?フフッ…わらわを護衛として雇うならば本来なら高いのだぞ?お主は運が良い」
「…そりゃ見りゃ分かる。おっ来たか」
上着を傘代わりにしてバシャバシャと音を立ててアルフが駆け寄る。
「すまない!アルジールが2頭要るんだが大丈夫か?さっき修羅場だったから固まって動かないんだ」
アルフは頭にこんもりとターバンを巻いてビール腹の男に告げる。
恐らくジュガルガンに向かう商人だろう。
「んなもん気にすんな!見ての通り物がないから余裕がある。むしろ狭くてすまないな」
「地獄に仏はあんたのことだよ!そっちの人も待たせてすまない」
「わらわの事は気にするでない、早うもう一人を迎えに行かんか」
「あぁ!待っててくれ!」
アルフはエルミィとそれぞれアルジールを抱えながら荷車に乗せる。
するとアルジールは安心したのか丸まった体を伸ばし頭と足を目一杯伸ばした。
「ムオッ!」
「何がムオッ!よ!オジさんありがとう。この雨で身動きが取れなかったのよ」
エルミィは商人の男に頭を下げる。
エルミィの頭にはバンダナが巻かれており尖った耳は隠していた。
人里に下るエルフは希少で売ればかなりの高額になる、それが女性であれば尚更だ。
ジュガルガンの街は安定した治安が行き届いており、そういったエルフ達を守る条例があるが街の外では念のためにエルミィは隠している。
「ガッハッハ!こんなに寂しい荷馬車がかなり華やかになったぜ!嬢ちゃん気にするな、困った時はいつでもお互い様さ」
ヤッ!と掛け声と共に手綱を弾くと四頭の馬は駆け足で進んだ。
するとローブの女性が二人に話しかける。
「わらわはリオザ、冒険者をやっておる暫しの間よろしく頼むぞ?」
リオザは右手を差し出してきた。
「俺はアルフ、『生態監査群』所属してる」
「私はエルミィ、アルフと同僚よ」
「よろしくのアルフ、エルミィ。して、先程修羅場にあったと聞いたのだが聞かせてもらって良いかの?なにぶん職業柄そういうことは聞いておきたくてな」
「あぁいいぞ?どの道うちから冒険者ギルドに依頼やら警告出すだろうからよ」
アルフは今日あったことを正体不明の魔族や噂にあった村人による隣村の襲撃事件を交えながら話した。
リオザは顎に手を乗せアルフの話に聞き入っていた。
「ふむ、そのような事があったのか。災難であったのう?」
「ほんとよ!私なんて今日は非番だったのに」
エルミィは他人がいるからだろうか、いつもよりテンションを抑えながら愚痴を溢す。
「それは…本当に災難だったのう。まあ酒でも飲んで忘れる事じゃな、疲れた後の酒は旨いぞぉ~?」
「そうそれ!アルフ忘れてないでしょうね!私の家で飲む約束!今日は散々な目になったから朝まで付き合ってもらうわよ!」
いつもの調子に戻ったエルミィ。
アルフは夜に聞かされるエルミィの数多くの愚痴を聞かされる事を思うと頭を抱える。
リオザは
「ええのぉ…甘酸っぱいのぉ…わらわの運命の人はいつ来るのか…」
膝を抱えて勝手に一人傷付いていた。
「おおい?そろそろ着くから準備した方が良いぞぉ?」
一行の荷馬車は防壁街ジュガルガンの東門に着いた。
門は二重構造になっていて外側から第一鉄門と第二鉄門の二つの鉄門が吊り下げられている。
鉄門の大きさは五メートル四方で日中は開門されており荷馬車は余裕をもって通れるようになっているが無理矢理侵入すれば鉄門が二つ同時に下ろされ荷馬車が6つは入りそうな檻の完成だ。おまけに壁事態にも仕掛けがある。
防壁は近くで見上げれば尻餅を付いてしまう程に高く、厚さも家がいくつ建てられるだろうか?
「ほう!なかなか壮大な光景だの!晴れておらぬのが残念じゃが…流石はジュガルガンじゃな!」
リオザは雨に濡れるのも気にせず荷馬車から頭を出す。
前には街に入るために3つ程の荷馬車が並んでいた。
アルフ一行の荷馬車も最後尾に並び順番を待つ。
「ふぅ…オジさんここまでありがとね。お陰で助かったわ」
「俺からも礼を言わせてくれ、あのままだったらいつ帰れるか分からなかった」
「良いってことよ!こっちも結構面白かったしな。ん?どした?冒険者さん?」
リオザは商人達に背を向けて今来た道を睨んでいる。
「…のうアルフ、エルミィ?そなたらが追われたのは白い服に黒いズボン、黒いリボンを首に巻き付けた白い肌をした大男…じゃったな?」
「あ、あぁそうだが…」
「…えっ…うそでしょ?」
二人はリオザの元に駆け寄り来た道を凝視した。
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着…いた…………
目に見えるのは天を衝くような高い壁、その根元には馬車があってあの辺りから入れるみたいだ。
どうやってここまで来たか覚えてない、ただ走ってたら着いてた。
でも分かる、あそこにあの二人はいる。
熊さんを治せる二人が。
何とか話を…聞いてもらって、あれ?
ドチャ…
何…で地面が…横に…あるんだろう?
暫くして自分がうつ伏せで倒れてる事に気付いた。
立ち上がろうと腕を動かしてみるその次は足。
動かな…い
全然動かない何で?もう少しなのに!早くしないと熊さんが…!
言うことを聞かない体に命令を出し続ける。
だが、全く動かない。
泥で汚れて豪雨に晒されているだけだ。
何で?…熊さんが待ってるのに…何で動かないの?…熊さんが死んじゃう
異人の言葉を聞くものはおらず雨音がザーザーと虚しく響く。
さっきみたいに動いてよ…僕はまだ…
バシャッ
頭の近くで水が飛び散り少し顔に泥が掛かる、目線だけ動かすと人の足が見えた、ヒールのついた光沢のある黒いブーツで目線を上げると茶色いコートをフードを深く被って口元しか顔は見えない。
胸に膨らみがあるので恐らく女性。
灰色に染まった世界の中でフードの影で顔の見えない女の人に見下された僕は自然と意心で語りかけた。
(…助け…て)
「……」
女性は答えない。
僕には口も無いんだから声も出るわけがない。でも意心ならもしかしたら伝わると思ったけど無理だった。
僕は何しに来たんだろ?
女性のコートの右袖口から生えるように鋭い黒い針が出てきた。
立ったまま地面に付きそうな位長く、金属質な光沢を放っている。
針先が僕の方に向き雨水が伝って頬に掛かる。
不思議と僕は思った
あぁこの人はお化けさんなんだ。
「…」
女性は左足を前に出し、腰を回して、脇を開け、右肘を曲げる。
左手は標準を合わせるように掌を僕に向ける。
『お願…い助…けて』
「…己がそんなに大事か?」
『…えっ?』
「早よぉ答えんか?それともこのまま死ぬか?」
女性が語りかけた、意心ではなく言葉で。ここしかない、ここで言うしかない!
『…お願い…熊さんを……助け…て』
「ん?くまさん?なんじゃそれは?」
『お願…い』
チュド!針が目の前に突き刺さる。
『質問に答えんか?言われたことにのみ答えよ…2度目は無いぞ?』
『熊さ…んは……友だ…ち…』
「ほう?友のためにここまでボロボロに?」
(だからお…願い……します熊さ…んを助…けて下さ…い』
「…!フフフ…」
ドガッ!いきなり蹴飛ばされた。
うつ伏せだったのが仰向けになる。
そこに僕の首を跨いで右手の針で僕の顎を叩き顔を上に向かわせる。
「良い…良いぞ、気に入ったぞ!そなた!話を聞いて遥々来てみればここまで無垢だとは思わなんだ!」
女性はフードをとり素顔をを晒し、しゃがんで僕の顔とくっつく位に顔を近づけてきた。
女性の顔は色は白く、目はつり上がっていて瞳の色は紅かった。
髪は短く癖っ毛で所々跳ねており瞳と同じ紅だ。
だが、一番印象に残ったのは横に長く開かれたピンク色の唇の中にある上下に二本づつある長い犬歯だ。
女性は裂けるような笑みで言う。
「知らぬだろうが今お主が使っておる意心は嘘はつけぬ、心の本音が相手に伝わってしまうでな。だからお主が友のためにここまで無茶な事をしているのがよーく伝わったぞ?フフフ…心が洗われた気分だわ」
女性の左手が僕の頬を撫でる。気が付いたら右手から出ていた針も無くなっていた。
「そこでじゃお主、わらわと……主従の契約してみぬか?」
『何?そ…れ?』
「まぁ難しい事ではない、それをすればお主の友は助かるぞ?ついでにお主も助けてやろう?どうだ?」
『…本当に熊さんを…助けてくれ…るの?』
『あぁ!わらわは嘘はつかん!必ずお主の友もお主も救ってみせよう!さぁじかんがない!どうするか?』
女性は意心で返事をした。
正直に言うと余りこの人は信用したらダメな人だと思う。
でも…何でだろう、嘘はついてない…気がする。
まぁ僕は体が動かないからこの人に頼らなきゃいけないけど…
『うん…分かっ…分かりました。熊さんを助けて…下さい』
「『フフッ畏まらんでも良いぞ?わらわは無垢なお主が気に入ったのだから』」
彼女の声と意心が重なって聞こえた。
本当に意心は嘘をつけないらしい。
「では動くなよ?」
僕は頭を持ち上げられて
『え?』
彼女からキスされた。
『!!?!?!?!』
すると痛み、いや熱さが全身を蛇みたいに全身を駆け巡った。
『イ!ガァァアアァァア!!』
ーーーーーーーーーーーーーーーー
『クソ、ナント言ウ、事ダ!』
森の中を一頭の森の爪が豪雨に打たれながら鈍い足音を響かせて走る。
『頼ム!無茶ヲ、スルナヨ!白黒模様!』
「グオオオオオオ!」
森の爪は薙ぎ倒された木々の間を通りながら叫ぶ。
その先はジュガルガンへと向かっていた。
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