過殺
4話
過殺
周囲は異様な静けさが広まり体は影でも縫い付けられたように動かない。
湖の畔、野花が土いっぱいに咲き雲ひとつなく温暖な気候。
ここでバスケットを持ってサンドイッチでも頬張りたくなる。
そんな平和な空間に突如表れた異形、それが湖から飛び出し空から降って表れた。
体格は天を突くような長身。しかし細い訳ではなく引き締まった肉と腕と足が通常の体の比率ではあり得ない位長く、細く見えてしまう。
肌はミルクのような白で見える限りでは体毛は存在せず丸く滑らかな頭は茹で卵のようだ。
最後に最大の特徴を捉えるならば目、鼻、口、眉、耳が無く黒い服を身に付けている事だろう。
顔のパーツが一切ないのもおかしいが『モンスターだから』『魔物だから』と後から付け足せばこの世界の住人ならまだ納得できる。
しかし服…汚れや埃、シワさえの存在しない下ろし立ての見慣れない高級品質の服を着ているのだ。
確かにゴブリンやオークなど布を巻いた程度の衣服を着たモンスターは存在する、魔物も知性がある一部のものなら着ている。
だが、知識があるもの…ここではトレット、パール、白服とその周りの護衛は目の前のモノがその一切の種族、種類に属さない新たな種族。
ここでは異人と記名する。
新種であると理解し、知識の無い村人達もその見た目から
恐怖を一部を除き伝染させられた。
(皆さん!止めて下さい!女の子が怖がってます!)
恐怖をばらまいた本人は平和的解決、話し合いによってこの場を収めようよと口火を着る。切ったつもりだった。
大人数の村人達に聞こえるように左右に頭を振り、両手を目一杯広げてこれ以上女の子の所へ向かわせない為に『通せんぼ』のポーズをとる。
声を向けられた白服側の村人達は
「うわあぁ襲ってくるぞ!」
とか
「この化け物めぇ!!」
と叫んで強慌状態に陥り一斉に襲いかかってくる。
一方白服は深緑の一人に抱えられ他の三人と共に後方に下がり嬉々とした笑顔で声を上げて笑っていた。
『なんでなの!?』
話し合いに来たのに何故か一番避けたい状況に陥った異人は内心悲鳴をあげる。
この異人は気付いていないが実は自分で声が出せないのだ。
口が無いので当然なのだが先程までは精霊のラミが『意心』という魔法を積極的に使ってくれていたので不自由は無かった…
しかし生まれて間もないこの異人が気付く筈はなく自分に声が備わっていると思い込んでいるため余計にややこしくなる。
ちなみに異人に耳はないが別の感覚器官で音を拾っており脳が人であった記憶とと同じように処理されるため違和感無く音を拾うことができる。
それを踏まえた上で異人の行動を村人の視点から見てみると平和な村で育った村人達に突然表れた異形のモンスター。
それが無言でゆっくり長い腕を広げれば…
一人位襲われると勘違いしても仕方がない。
まして恐怖は伝播しやすく、既に村人全員に感染していた。
異人の一挙動でその枷が外れたのだ。
一人が動けば二人、二人動けば三人、三人動けば全員動く。
人間は高い知能で今までこの弱肉強食の世界で繁栄したはずなのに理性が無くなればネズミの集団自殺よろしく、ネズミと同程度だ。
さて、予想にしていなかった襲撃を受けて異人は頭が混乱しながらも何とか行動を開始する。
と言っても湖と自分の間に守るべき女の子がおり、自分の方向から襲われれば答えは限られる。
異人は反射、本能的に両手を広げ腰を落とす。
そのまま自らを器にして村人を受け止める…
のではなく駆け出す。
その時異人の指先には変化が起きたが無意識かつ、我武者羅だったため本人は気付かない。
異人は突っ込んでくる村人達を止めるためにした行動だったが肩まで水に浸かった状態から自分の身長よりも高く飛び上がれる脚力が異人にはある。
この力を人間が受ければどうなるか?
半秒もない内に解は示された。
ゴッパァン…
ビシャシャシャ…
解は半数が液体になり花草にシミとして残るか、もう半数が四肢のいずれかを失い虫の息…だ。
水の抵抗力は空気の12倍以上の抵抗力がある、魚のように水の抵抗を抑える構造ならまだしも異人は一応は人の形をしている、水の抵抗をもろに受けてそれなのだ。
その力を前方に全力で放ったのだ。
理論上で言えば異人はその気になれば10メートルの跳躍も可能だ。
体重が軽くなれば先程の突進もマシになったかもしれないがどうやら異人は体重もそこそこあるようだ。
『?…え?』
目の前の村人が突然居なくなり自分が森の中にいることに気が付く。
後ろを振り返ると一番奥に湖がありその手前には女の子の一向が倒れており、その付近の地面は深く抉れている、そこから自分の間には薙ぎ倒された木々は染め上げるように赤くなっており、地面も絨毯のように赤く染まっている。
本人は見えないが異人の体も返り血でベットリだ。
ニチャ…
手に感触がある。両手を顔の前にやってみると血が滴り落ちている、血は分厚くへばり付きドロドロしていて鮮やかな朱色だった。
だが、異人が注目したのは自分の指先だ。
『釘みたい』
そう思うと次第に指先は元の状態にゆっくりと戻っていく。
どうやったか自分では分からないが細長い指が更に細く鋭く、まさに太めの釘に変質していた。
変質が収まり柔らかい指に戻るのを見守るとハッと女の子の事を思い出した。
本当はすぐに駆け出したかったがこの惨事を見れば流石に学習しピチャッニチャと足音を立てながらゆっくりと歩いていく。
しゃがんで女の子を見ると身体中に小石が埋まり血だらけだ。
『……』
異人は女の子にてを伸ばす。
『ちょっと待って!何をするの!』
小さな光が意心で語りかけ異人の目と鼻の先に迫り威嚇するように激しく光る。
彼女はラミと名乗る精霊だ。
先程異人と意心で少しだけ話しただけだ。
だが異人は精霊のラミの事をお姉さんと言ってなついている。
『…お姉さん』
ラミの意心から伝わる明らかな怒気に異人は戸惑いはしたが萎縮はしなかった。
別の考えが頭を占めていたからだ。
『この子達…僕のせい?皆赤くなっちゃうの?』
木が血で装飾され血のカーペットを歩けば死という言葉は知らずとも死というものは何となく分かる。
それと自分が原因で行ったということも。
だから異人はこの子の事を死なせたくない、助けたいのだ。
『…そう。そうね、このままだと危険です。』
ラミの怒気は無くなり、光も弱まった。それにどこかホッとしたような声で告げる。
だが、異人はこの子は助からないという事実を押し付けられ。
さっき何故か咄嗟に助けに入ったがこの子のことはさっき初めて後ろ姿を見かけただけで声さえ知らない。
例え死んだところで異人に害も損も無いのだが…
やはり助けたかった。
『でもまだ間に合います。助けられますよ?』
『ほんと!?』
『はい』
『皆!?』
『…四人だけですけどね?』
『やった!皆だ!』
異人はお姉さんのラミの言葉で暗くなった気持ちが光で照らされた気持ちになる。
ラミは少女の上に飛ぶとラミを中心に文字のような模様をした緑色の円が立体的に広がり最終的にはドーム状になって異人と四人を包む。
すると四人に埋まっていた小石がポロリと抜け落ち流れた血も傷口から体内に戻っていく。
異人は治っていく傷を見て本当に少女が助かるのだと確信し歓声をあげる。
『ウワァ!ありがとうお姉さん!』
そしてラミは少しだけ間をおき異人に聞いた。
『…後ろの方達は助けないんですか?』
『えっ?』
異人は肩越しに後ろを見る。赤いカーペットとその材料の残りカスが異人の無くなった目に映る。
『?…何で?』
異人はラミに向き直ると頭を傾げキョトンとする。
『貴方は先程あの人達と話し合おうとしていましたよね?傷付けたくはなかったからそうしたのでしょうけど…助けたくはないのですか?』
『うーん?』
異人はラミの問いにすぐに答えられず人でいう唇の辺りに右人差し指を置き空を見上げて考えた。
確かに異人は分からなかった、最初は殺すこと…異人風に言えば赤くするつもりはなかったのだ。
生きていてくれれても構わない。
だが今助けたいとは思わない。何故?
『うーーん?分からない』
異人はラミに正直に答える。
ラミは(そう)と短く答えると緑色のドームが縮まりラミの中に消えた。
『ふぅ…これでもう大丈夫です、すぐに目を覚ますと思いますよ?)
『ほんと!?やった!』
異人はパチパチと拍手する。その際手についた返り血が少しだが飛び散りパタタと地面に落ちる。
『それじゃあ隠れましょう』
『えっ?何で?』
『今の貴方の姿は…その、かなり恐ろしいです』
『??』
『まあ湖で姿を確認してください。ついでに返り血を洗い流しましょう』
『?はーい』
異人は四人を迂回するように湖を目指し水面に映る自分の姿に絶句した。
Yシャツや自分の肌などの白色の所がすべて真赤なのだ。他は全て黒で統一されているため目立たないが確かにこれは怖がられると異人も思った。
…と言っても元から怖がられているためあまり変わりはないだろうが。
異人は湖に潜り返り血を落としていく、湖の水はみるみる赤くなり異人が殺してしまった人間の多さを物語ってい
異人がゴシゴシと返り血と格闘しているとラミも潜って顔の前まで来た。
『皆さん目が覚めたようです。貴方はそのまま隠れてて下さい。いいですね?』
『はーい…』
本当のところあの女の子にあってみたかったが、返り血が落ちず女の子が怖がってしまうだろうと異人は考え、ラミの言うとおりにする。
『ではあの方達とお話がありますので少し待っていてください』
そう言うとラミは湖から飛び出し四人の方へ向かう。
異人はそれを見送ると膝を抱え湖底で水面を揺れている太陽の光をボーっと眺めて待つ。
洗い流した返り血が水中を漂い太陽は赤かった。
ーーーーーーー
…何がどうなったの?状況がまるで分からない。
フレデリカは傷付いたフェリーアンブレラを胸の前で抱き締め記憶の緒を必死に手繰り寄せる。
目の前に突然天を突く柱のような人型の何かが現れたと思ったら視界が暗転し、気が付いたら襲ってきた村人も変な白い服の人もあの何かも居なくなってて、変わりにあるのは人だった肉片と大量の血でできた池。
「うっ!…」
そして風に乗ってきたのは鉄と生臭い香り、生き物の死んだ臭いだ。
あまりに強烈な臭いに戻しそうになったが両手で口を抑えて何とか耐えると嚥下し胃に流し込む。
「そうだ…皆!」
先程まで同行していた三人、ヒルとトレットさんにパールさん、探すと三人とも傍らに倒れていた。
全員顔を歪め呻いている。
「…ぅあ、フレデリカ大丈夫そうだな?でも何だこの匂い?っ!?」
「くそっ、これはあの白いのが殺ったのか?」
「トレット…ここは危険よ。早く皆を連れて行きましょ。」
「あぁ、おいヒル!しっかりろ!」
ヒルは私と同じように戻しかけているがトレットさんとパールさんは冷静で状況が分かるとすぐに立ち上り私とヒルに立ち上がるように促した。
『皆さん。お待ちください。』
ふと声が聞こえた。頭に直接言葉を流し込まれた感覚だったので気のせいかと思ったが私の後ろ、湖の方から光が差しそこに居る全員が湖に顔を向けた。
そこに居たのは小さい光の粒が淡く強い光を発し、四人の視線が集まると少しだけ光量が弱まった。
『私はラミと言います。まあ終れば覚えていないと思いますので無意味ですが一応礼儀の為に、ではさようなら』
光の粒が大きくなり強烈な光で視界が真っ白になった。余りに強い光で瞬きが出来なかった。
…何がどうなったの?状況がまるで分からない。
フレデリカは傷付いたフェリーアンブレラを胸の前で抱き締め記憶の緒を必死に手繰り寄せる。
目の前に突然天を突く柱のような人型の何かが現れたと思ったら視界が暗転し、気が付いたら襲ってきた村人も変な白い服の人もあの何かも居なくなってて、変わりにあるのは人だった肉片と大量の血でできた池。
「うっ!…」
そして風に乗ってきたのは鉄と生臭い香り、生き物の死んだ臭いだ。
あまりに強烈な臭いに戻しそうになったが両手で口を抑えて何とか耐えると嚥下し胃に流し込む。
「そうだ…皆!」
先程まで同行していた三人、ヒルとトレットさんにパールさん、探すと三人とも傍らに倒れていた。
全員顔を歪め呻いている。
「…ぅあ、フレデリカ大丈夫そうだな?でも何だこの匂い?っ!?」
「くそっ、これはあの白いのが殺ったのか?」
「トレット…ここは危険よ。早く皆を連れて行きましょ。」
「あぁ、おいヒル!しっかりろ!」
ヒルは私と同じように戻しかけているがトレットさんとパールさんは冷静で状況が分かるとすぐに立ち上り私とヒルに立ち上がるように促した。
ヒルは吐き気を抑え隣に居た私を抱き抱える。
「ヒル私は自分の足で歩けるから大丈夫だよ?」
「いや、お前の歩幅で進んでたら時間が掛かる。それにいざとなったらこのまま走れるしよ…ここまで来たんだ、絶対に生き残るぞ」
「…うん」
先頭をパールさん、後ろをトレットさん、その間に私達の順番で森を抜けて防壁街『ジュガルガン』に到着した。
最後までお読みいただきありがとうございます。