遭遇
3話
遭遇
俺は今採集依頼の任務中襲撃を受けていた友達のヒルとその彼女、フレデリカさんを引き連れ森の中を走り回っている。
ヒルから聞いた簡単な話だと隣村の村人が自分達の村を襲い、その追手に追われている。だそうだ。
だが想像以上に追手の数が多い、報告に着たパールが『まずいぞ』と答えたから分かる。
彼女はあまり文字や数の数え方が分からないがこちらの戦力と相手の戦力を比較しその差を俺に何とかして伝えてくれる。
先程の鎌女はスピードこそあるもののそれだけでいくらでも付け入る隙がある。
鎌女の実力を最低限と過程しても十人やそこらでも相手出来る。
それはパールもそれを分かっている筈だ。
その上で『まずいぞ』なのだ。
それに気になるのは元々追手は俺よりも数段格下のヒルとただの村人であるフレデリカさんを追っていたのだ。
明らかに過剰戦力。
村人が他所の村を襲うのもおかしいがどうしてこの二人にここまで拘るのか?
…こりゃあドでかい物が絡んでるな。
おっと、考えるのは後だ。今はパールがうまい具合に追手が居ない、もしくは追手を排除しながら誘導してくれているが一般人が二人も連れている以上いつ追い付かれるか分からない。
それにパールが付けてくれてる木の傷の目印、うっかりしてると見逃してしまう。
…ほらあった。
それに少し奥に脳天から鉄の棒を植えられて動かなくなった二つの遺体がある。
鉄の棒はパールが棒手裏剣と読んでいた、まぁでっかい鉄の針と考えていいだろう。
死体を跨いでいく。
「ヒルこっちだ!付いてこい!」
「はい!…うおっ!?」
「きゃーーーーー!」
二人の悲鳴を聞き、後ろを振り返ると棒手裏剣を頭から枝を生やした男の一人がヒルの足にしがみついている。
おいおい明らかに致命傷だぞ?!
「こっちだ!こっちに居るぞ!」
男が息を絶え絶えに叫ぶ。
そこにヒルが男を蹴飛ばし全体重を棒手裏剣目掛けて踏みつける。
棒手裏剣は頭に根本まで埋まり、そこでようやく男は絶命した。
が、俺達三人が片方の男に気を取られている隙にもう一人の男がバネ仕掛けの玩具のように飛び起き、ヒルに鍬で襲いかかる。
ヒルは咄嗟に自分の背中をもう一人の男に向けて自分を盾にし、フレデリカさんを護る。
見上げたものだがそんなこと格好良く死なせたりしない。
「クソが!」
俺は更にヒルと男の間に割り込み両手の籠手を交差させて即席の盾にする。
普段鍛えているのか、使い慣れてるからなのか、はたまた別の理由があるのか分からないが現役の冒険者の俺が膝が折れそうな位の重い一撃が痛みと衝撃となって全身にのし掛かる。
「…惜しかったなぁ!」
ギリギリだが耐えた。
鍬を掴み溝内に蹴りを入れ込む。
男は後ろによろめくと三本の棒手裏剣が飛来し男の顔面に植え付けられ膝をつき前のめりに倒れた。
「トレット!大丈夫か!」
「大丈夫だ助かった」
ローブの効果でパールの姿は見えないが助けに来てくれたようだ。
ふと鍬の男を見る。
…普通の人間なら絶命しているだろうが念のためだ。
奪い取った鍬を男の首目掛けて降り下ろし頸椎を叩き折る。
すると右側で微かに土を踏む音がする。
「すまないトレット…私のミスだ」
身に付けているローブ、『シェーム』の透明化の術式を解除し俺の隣で苦虫を噛み潰しているような顔をして謝罪している。
「いや違う。こいつら薬か何か使って体が死ぬことを忘れている。アンデットやゴーレムを相手にしてると思った方がいい」
「…うん。了解」
「…さて、お出でなすった」
辺り一面から斧や鉈、鎌などの農具で武装した集団がわらわらと集まってきた。
「パールは前頭を頼む。ヒルはパールの後ろに張り付け、殿は俺がやる」
「了解」
「トレットさん、頼みます」
「気を付けて下さい…」
パールは棒手裏剣、俺は両刃剣を帯刀する。お互い採集依頼だったため武装は予備の予備程度の物で正直戦闘を想定していないがやるしかない。
「任せな、さあ走れ!」
村人達はこちらを包囲しようと横に広がりながら、ヒルとフレデリカさんを狙おうと側面から接近を図る。
しかしパールはそれらの村人の頭を棒手裏剣を叩き込み一撃で殺している。
先程の反省か今までより深く棒手裏剣がめり込んでいる。
「おらあ!」
ハンマーを振り回し男が俺に突っ込んでくる。大振りに振り回す軽くあしらいカウンターで頸椎に一撃を入れる。
ゴリゴリと剣を通して骨の感触が伝わる。
流石に折れてはいないだろうが男は体を大の字して痙攣しながら倒れる。
流石に頭に異物が刺さっても動けるこいつらでも脊椎が損傷すれば行動は出来ないらしい、まるでゾンビだ。
剣の消耗が心配だがこれを繰り返せば逃げ切れるかもしれない。
希望が見えた。
数回の戦闘ののち開けた場所に出た。
湖があり地面には草花が生い茂り居心地が良さそうな所だ。
違和感には直ぐに気付いた。
さっきまで後ろで追っていた奴らが居ない。
「パール!」
「トレット!」
どうやらパールも気付いたらしい、俺達は誘導され
罠に嵌まった。と
瞬間森の中から弓矢や枝を削って作ったらしい即席の槍が次々と放たれた。
射手との距離があったため後退すれば避けられる。
「くそ!」
「これは…!」
しかし俺達は湖の方へ追い込まれてるのは嫌でも分かった。たがそうするしか無いほど木の槍と矢が壁に思えるほど放たれてくる。
じわりじわりと湖の畔まで後退させられ後ろに湖、前方と左右は完全に囲まれてしまった。
村人の数は20人強、これが奴らの現在の保有戦力らしい。
これは流石にまずい。
「正に背水の陣ね?トレット」
「確かにな…それどういう意味だっけ?」
パールと軽口を言い合ってお互いを励ます。今パールは棒手裏剣ではなくモンスターの素材を剥ぎ取るナイフを逆手に構えている。
とうとう棒手裏剣も尽きたか…
「トレットさん、パールさん俺も加勢します!」
ヒルが俺の隣に斧を携えて来た。フレデリカさんが見当たらないので後ろを振り返ると顔色が悪くフェアリーアンブレラを両手で握りしめこの世の終りのような顔で泣いていた。
幼い見た目と相まって非常に心が痛い。
「…ヒル?だっけ?」
突然パールが口を開く。
「あの子が怖がってるでしょ?近くに居てあげなさい。ここは私達が何とかするからあの子を守ってあげて?」
心なしかいつもより優しい声でヒルをさとす。
「ですけど!」
「男は英雄になりたがるけど…女の子はいつでも大切な人には側に居て欲しいものよ?…命が掛かってるなら尚更ね。だから私達が時間を稼ぐから死物狂いで湖を泳いで逃げて?」
最後の方は小声で向こうには聞こえないようにパールは喋った。
ヒルは俺に目を合わせる。
「心配すんな。お前らが逃げれれば俺とパールならどうにかなる…これは本当だからな?」
「分かりました…生きて戻ってきてください!」
「ひぃ~…ここですかぁ?待ってくださーい」
突如間抜けな声が聞こえると村人の集団が左右に別れこの真ん中を人が一人歩いてきた。
「はぁ、はぁ…いやー何でこんな所まで逃げられたのかと疑問だったんですが…ぜぇ…冒険者ですか?」
その人物は肩で息をしながら度がきつそうな丸眼鏡を両手で挟み位置を調整しながらパールと俺を首を振って交互に眺めている。
髪は薄い茶色の癖っ毛で肩辺りで切り揃えられおり肌は色白であまり日に当てっていないよう白さだ。
服はかなり特殊で白くローブのような上着を着ていてサイズが合っていないのか袖は腕より長く、もて余しており手を振ると袖も揺れている。。
俺や背丈はパールより小さい少女、いや少年か?顔は眼鏡でよく分からず声も中性的だ。
「あっ…そうでした!まだ名乗ってませんでしたね!私は…あっ…そう言えば喋っちゃいけないんでした…すいません。」
ペコリと白い白服は頭を下げその拍子に眼鏡を落としてしまい『眼鏡っ!眼鏡っ!』と慌てて地面に落とした眼鏡を探している。
「「「「……」」」」
あまりに場違いな雰囲気に俺達四人とも固まってしまう。ここで村人達が襲ってこなかったのはこいつの命令か幸運だったのだろう。
「ふぅ…あったあった。あーえっと、それでお話しがあって私はここに来ました」
眼鏡を探しあて再び向き直る。
「それでですね。お二人の冒険者さんのご活躍、もといお二人のせいで…此方の被害も大きいのですよ…」
袖で隠れて見えない両手を合わせ気まずそうに言う。
「これ以上の損害を避けたいので…他の方は構いませんので後ろの大男さんの身柄を渡してもらえませんか?」
ダメですか?頭を傾けそう言いたげな表情をしている。
残念だがヒルを売るつもりはない。
無意識に剣を強く握ってしまう。
「…もし従わなかったら俺達はどうなる?」
「残念ながら…どうしても大男さんには用事があるので邪魔されると…怪我ではすまないかも知れませんね?」
村人達が各々の武器を構え一気に殺気立つ。
するとパールが一瞬目配せした後一歩前に出る。
どうやらここは任せた方がいいようだ。
「…質問があるのだけれど?」
「かまいませんよ?お答え出来ない質問が多いですが…」
「何故彼を殺すの?もう充分村の人を殺したんじゃない?」
「えっ?確かに昨日の作戦では沢山殺しましたが私彼を殺すなんて言ってませんよ?」
白服はキョトンとしながら言った。
「それにしては襲ってきてた連中は彼を殺す勢いだったけど?しかも一部は楽しみながら」
「…それホントですか?あのちょっと待ってて下さいね?おおい!ビーゴー!いるー?」
ビーゴー、そう呼ばれた男は弓矢を背負った村人の青年だった。確か追手の一番後ろを陣取ってた奴だな。何をするでもなくこちらを終始観察してただけみたいだったが。
「ビーゴー昨日の作戦と本作戦の報告を」
「?…え~っと昨日は動ける奴ら全員で狩りをしただろ?それから今日も狩りだけど?」
男は不思議そうに言うと白服は袖で隠れた手を顎に当て再度問う。
「本作戦は対象の捕獲の筈だ。何故殺す?」
「?だって罠を使った狩りだろ?」
白服は「あっちゃ~」と言いながら頭を掻く。
「うーん、やっぱりままなりませんねぇ…まぁ状況さえ選べば使えるかな?んっ待てよ?…作戦の事を狩りって?」
白服は一人でブツブツ言っている。一体なんの話だか分からないが作戦?かなり仰々しい。それにビーゴーや他の村人を指揮して口調も変えていた。おまけに敬語まで話せるとなると…位の高い連中と良く話しているのか、こいつ自身が位が高いのか。
「ん~っよし!決めた!」
白服が嬉々とした笑顔で手を叩く。
「皆さんを連れて帰ります!拒否権はありません!」
そう言った白服の目は爛々と輝いており笑顔は愛らしくも見えた。
だが、純粋な好奇心で埋め尽くされており子供が遊びで昆虫の脚や羽を笑いながらむしる。
例えそれが人であっても罪悪感を持たない無邪気で狂気じみた目だった。
『コードB発令』
白服がボソッと何か言うと白服の両脇から二人ずつ、四人の人が足を肩幅に開き、両手を腰の後ろに回していたままの姿勢で地面から生えるように出現した。
その四人は同じ格好で深緑のズボンとコート、黒いブーツに…頭に装備しているのはヘルムだろうか?
光沢はまるで黒い金属が額から後頭部にかけてはぴったり貼り付いているようにツルンと滑らかで、顔の部分は目があるであろう場所には丸い赤いガラスが埋め込まれている以外はのっぺらぼうだった。
「安心してください。この四人は優秀ですので他のマルタのような捕獲と狩猟を一緒にするような事はしませんよ?…まぁ抵抗するなら痛め付けますけど?」
白服は笑みを深めて言う。何から分からないがあの四人は村人の比ではない実力の持ち主なのだろう。
20人以上の村人に未知数の四人組におまけの白服…状況は更に悪化し二人を逃がすどころか戦えば生き残る事さえ困難だ。
白服の話を信じるのであれば俺達は殺される事は無いようだが…信じられねぇ
「もし抵抗しないのであれば武器を捨てて下さい、どのみち結果は同じなので賢明な判断を」
じわりじわりと精神的に追い詰められている頭でどうやったら脱出できるか必死に考えているとシェーマの中からパールの黒い尻尾が伸びてきた。
尻尾の先には茶色い玉がぶら下がっている。
あれは煙玉だな。確か固い地面や壁に叩きつけると物凄い勢いで煙が出て辺り一面濃い霧が立ち込めたみたいになる。
おまけに吸い込んだり目に入ると息苦しくなったり涙とか鼻水が大変になる。
…こいつと初めて会ったときもあれを使われて苦労したな。
採取依頼であんなものまで持ってくるとは相変わらず用意周到である。
「…ではそろそろ総員待機!手を出すな!『捕獲開…』」
ダッパァーン!
相手の威圧感が増しパールが煙玉を持ち替えた時、まるで水中で炸裂魔法が発動したような破裂音が轟く。
トンッ
あまりの轟音に慌てて後ろを振り返ると眼前に頭があった、ミルクのように白くのっぺらぼうの顔が。
ーーーーーーーーーーーー
(怖い怖い怖い嫌だ嫌だ!)
耳につんざくような金属音や怒号が近付いてきて沢山の気配が湖を出た直ぐ側に居る。
僕は見付かるまいとこの細長い体をぎゅうぎゅうに押し込んでできるだけ小さくなろうと努力した。
(お願い!どこか行って!)
そう願うも虚しく気配はどんどん近づいてくる。それに比例して恐怖も肥大化しく、もし恐怖が目に見えていたら自分の体を覆い隠して見えななっていただろう。
湖の底で一人、ガタガタ震えていると吹けば飛んでいってしまいそうな小さな光の粒がフヨフヨと暗い水底を淡く照らしながら僕に近づいてくる。
でも僕は膝に顔を埋めていて気付かない。
(うぅ…うぅ……)
光の粒は頭の回りをグルグル回ると焦れたのか明るさを増し、周囲を少しだけ温め自分の存在をアピールする。膝の間から光が漏れ、周りが温かくなったのに気が付き顔をあげた。
(…貴方は何をしているのですか?)
女性の声がする。でも言葉ではなく相手の考えが自分の中に入っていく感覚だ。
それはとても奇妙でありながら新鮮で、目の前の光が話していると分かり好奇心が先程までの恐怖を少し薄めてくれた。
だから話しかけることができた。
(…貴女は、誰ですか?)
(えっ?何を言ってるんですか?)
光量が一瞬増えて、光がずいっと近付いて来た。小さい粒だがいきなり近付かれると思わず後ずさってしまう。
(は、はい…僕妖精?さんとお話しするのは初めてです。)
(よ、妖精ですって!?)
光が激しく点滅し回りを縦横無尽に飛び回り怒鳴った。
(うあぁ…ごめんなさい!許して下さい!)
僕は再び膝の間に頭を埋め込みその上から両手で押さえ付ける。
好奇心が完全に消え失せ恐怖が再燃してしまった。
(ごめんなさい!ごめんなさい!)
(えぇ!?ちょっとあなた!)
光の声が頭に届き体がミチミチと軋みむが痛みを忘れ体をより小さく畳もうとする。
見てる方が痛く感じるほどに。
(ちょっとちょっと!一体どうしたのよ!?)
(ごめんなさい!ごめんなさい‼)
光の取り乱す声も激しさを増す光量もどちらもとある感情を盛大に刺激する。
今の僕を突き動かす感情は一つ。
(お願い…叩かないで…)
(えっ…?)
叩かれる恐怖である。
この一点につきる。
どうして?と言われれば怖いから、としか言いようがない。
(ごめんなさい…ごめんなさい…お願いします…叩かないで…)
僕は必死に突き間に来るであろう痛みに恐怖しながら早く終わることを祈っていると耳の横がポカポカし始めた。
何だか優しい感じがして恐る恐る温かくなっている所に顔を向けると光の粒が居た。
(フゥ…怖がらせてごめんね?私妖精さんなんて初めて言われたから、つい嬉しくて大きな声を出してしまったの。だから怖がらないで?)
(…ほんとに怒ってない?)
(本当に怒ってません)
(叩かない?)
(叩かないわよ?私嬉しかったんだから!…ね?泣かないで?)
ちょっと大きな声がして体がビクッとしたけど…顔の周りだけじゃなくて胸の中が…何だかポワッとして…何だろう?この人の声を聞いていると怖くなくなってきた。
(…今まで頑張ったのね。よし!お姉さんがよしよしして上げる!)
すると僕の頭をお姉さんが滑るように頭の上を飛んでいく。
ポワポワしたのが何だかくすぐったい。
(うふ、アハハっ‼)
(おっ!笑ったわねぇ?…どう?お姉さん怒ってないし怖くないでしょ?)
(うん!お姉さんとっても優しい!)
(お、お姉さん?ムフフフフフ…)
お姉さんへの警戒心と恐怖心は完全に払拭し心も体も完全にリラックスしていた。
安心したら色々疑問が浮かんでくる。
(お姉さんは誰なの?妖精さんじゃないの?)
(私はね…ラミっと言います。妖精ではなくて、えーと…精霊なんですよ?。それで貴方の名前は?)
(僕はね…名前を忘れちゃったんだ、お姉さん僕の事知ってるみたいだったから聞きたかったけど…)
(ぅ、うん。ごめんなさい私の勘違いだったみたいです)
そっかぁ人違いだったんだぁ。
殆ど記憶が無くなってる僕としては自分の過去について知られたら知りたいと思っていたので気分が落ち込んでしまう。
(ごめんなさいね…ところで湖の外で人が沢山居るけれど何があったんですか?)
そこでハッとする。そうだった何かがたくさん来たから怖くなってここに隠れてたんだ。
だが、今はお姉さんが居るので先程までは怖くはない。
(…何かがたくさん森の中から大きな音を出しながら来たから怖くなってここに隠れたんだ)
(ん~…貴方なら楽に倒せると思うけれど?追い出したりしないんですか?簡単ですよ?)
(だって怖いし…僕は強くなんか無いもん…)
そう、僕は強くなんかない。だって強かったらこんなに怖いわけない。
自分で言っていて情けなくなり最後のセリフは小声になっているのが自分でも分かる。
(フム、じゃあ少しだけ外を覗いてみたらどうですか?多分怖くなくなると思いますよ?)
そう言うとお姉さんは勇気づけるように頭を撫でて ー正確には飛び回ってるー
水面付近まで浮上した。
僕はまだ怖かったけどお姉さんという存在と外にいる沢山の人が気になり
ゆっくり、ゆっくりと湖底から立ち上がり中腰になって水面から頭の上半分だけを覗かせて気配のある方におっかなびっくりで目を向けた。
そこに見えたのは集団とそれに囲まれた人達だ。
この人達は僕の記憶の中の僕と同じ姿をしていて集団の手には何かを持っており…何だか分からないけど少しだけ恐怖が強まった。
何でだろう?
でも僕に比べたら皆小さいしお姉さんの言う通りそれほど怖くは無くなっていた。
恐怖が小さくなり始めて視野が広まり囲まれてる小さな集団の中に特に小さい女の子が男の人の手をしっかり握りしめているのが気になった。
その子に注視すると震えているのが分かった。
…?何だかどこかで見たことのあるような気がする。
(どうですか?貴方から見れば皆小さくて怖くないでしょ?)
お姉さんの声が聞こえたが、頭に入らない。
何で?あの子じゃなくてあの子がいる状況に何か引っ掛かる。
何だろう…あの背中を僕は見たことがあるような?
(どうしたの?)
今度はお姉さんの声は完全に聞こえなかった。あの子の事や周りの人達、取り囲む集団、何一つとして思い出したり僕はしないけど…分かった事はある。
あの子が怖がってて…
僕は無意識に水に浸かったまま自分の森の木よりも高く飛び上がる。走り出すつもりだったけど思ったよりこの体は力があったらしい。
びっくりしたがもう恐怖は微塵も残らずある感情、いや願望が今の僕の原動力だ。
あの子を守りたい。
跳躍し一瞬の浮遊感を感じて落下が始まる。記憶の中ではこれ程高くから落ちたことは無いので念のため両手も付いて着地したが殆ど衝撃を感じない。
これなら足だけで着地しても問題無かった。
顔を上げると若い薄茶髪の短いお兄さんが目の前にいた。
目、鼻、口、眉、それぞれが自立して動き恐怖そのものを現すような顔を造り上げていた。