不止
遅くなってごめんなさい!
ブックマークが減って倒れてました!
真白。
そう表現するしかない影も壁も無い光の空間の中に人間が二人。
一人は中年の男で黒髪の短髪、目の下には隈が出来ており明らかに睡眠不足の様子。
炬燵に足を突込み、たんぜんを着てミカンの皮を剥きながら炬燵の上にあるノートパソコンの画面を見ている。
「ようやく止まったかぁ…あの損傷で無茶したねぇ~」
男はミカンを頬張りながら抑揚なく言った。
画面には写っているのは街の側で泥で汚れながら倒れている異人の姿が写っている。
「…放っておくのですか?周辺の武装勢力と衝突する可能性が高いと思われますが?」
そう言ったのは赤い着物をきっちり着こなた長く真っ直ぐな黒髪をリボンで一つに括って男の左隣に立って佇んでいる女性。
だらしのない炬燵の男とは違いその凛とした立ち姿は大和撫子を連想するだろう。
「んー、そん時はそん時で大丈夫でしょ」
「根拠は?」
「そんなに柔じゃないし戦闘を切っ掛けに記憶障害が治るかも知れないからね」
「………そうですか」
「…ふーん?心配なのあいつこと?初めて会った時はあんなに毛嫌いしてたのに?」
「いいえ?心配なのはこれからの貴方の事です。これ以上の失態は許されません。」
失態。この言葉を聞いて溜息をはいた男は女性に振り向きながら眉間に皺を作り頬を掻いた。
「あぁ…痛いところ突くね君?言っとくけど有機分躰の記憶障害は俺も皆も予想外だったの。原因も分からないまま変に弄くれば壊れるかも知れないって分かるよね?だからこうやって監視して直る兆しを見つけようとしてるのわかる?」
「はい。存じています。」
…ならいいよ。と、まだ言葉を続けようとしたが疲れた様子で再び画面に目を移す、それと同時にピーピーピーとノートパソコンから警告音が鳴った。
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警告
精神負荷肥大。
負荷軽減の為思考制約、及び外敵の自動排除開始。
攻撃模倣対象者として森爪を採用。
同時並行『クォーゲル』『ノームスヌーズ』『業火』の解析作業開始
外敵の動作解析中…
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「うーわ!早速戦闘かい!面倒くさいことになったなぁ…」
「っ…」
疲労と落下ダメージでボロボロの状態での戦闘行為、今の有機分躰の状態は少しばっかり危ない。
おまけに今の有機分躰にはろくに戦闘経験も無いのだ、勝ち目など無い。
「まあ死にはしないだろうけど…ふあぁ~~…何だか眠くなっちゃった。戦闘が終わったりヤバくなったら起こしに来て?」
男は両腕を上げて伸びをすると炬燵から抜け出して光の粒になり消えていった。
男が消えるのを見届けた女性は炬燵にバン!と手を置いて目を皿にして食い入るように画面を見る。
先程の落ち着き払った大和撫子は居ない。
「…………」
彼女は今にも泣きそな顔だった。
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(…?……ん?)
全くの無音、赤く染め上がった視界の中で自分が両手を上げて空を見上げたまま動けない事にに気付いた異人は今までの記憶を辿る。
だが頭の中に霧がかかっているようにハッキリせず夢を見ている感覚で、大事なことを忘れている気がした。
すると頭が突然下がり視界に捉えたリオザ、トロット、パールの3人の姿を、正確にはリオザをを見ると怒りが噴火した。
(嘘つき!)
異人の体は本人の意思を無視して足元に落ちていた右手の指の間に3本挟み棒手裏剣を投げ放つ。
同時に放ったのにも関わらずそれぞれが3人に意思を持つように飛んでいく。
だが、その行動は体が勝手に動いただけで異人の怒りはリオザにのみ向いている。
トレットは盾で防ぎ、パールは駆け出すと透明になり姿を消す、リオザは節足で弾いた。
異人は走る、かつて湖で少女を助ける為に行った進路上の生物を無差別に絶命させる範囲が広く速い突進をリオザにのみ向けて走る。
リオザはその場から動かず異人の間合ギリギリまで引き付ける。
(!?)
とたんにリオザが異人に飛び掛かってきた。
勿論異人は怒りに体に身を任せリオザに一撃を加えようと腕を振りかぶるが動きが止まった。
パールが小太刀を異人の影に突き刺し影縫いを行ったからだ。棒手裏剣で行うよりも強力で抜けようとする小太刀をパールが全体重を使って抑えているので異人は影縫いを抜け出せない。
異人は何も出来ないままリオザの節足に両肩を貫かれれた。
ゴキッと嫌な感触が骨格を伝わって頭蓋骨に直接響き完全に異人は肩は破砕された事を知る。
(嘘つき!嘘つき!!)
だが、異人の戦意は今だ意気軒昂。両肩の痛みも先程から受けている『業火』による焼かれるような熱さに比べれば差ほど気にならず、動かなくなった以外はダメージはない。
(許さない!許さない!!)
異人は頭を突き出し意心を飛ばすことも忘れ、文字通り目と鼻の先にいる友達の仇であるリオザに一層の怒りをぶつける。するとリオザは露出している口を一文字に結び異人の胸を蹴って肩に刺さった節足を引き抜く、パールの影縫いが解かれたのはほぼ同時だった。
肩が砕かれぶら下がるだけの腕を無視し、異人は何とかリオザに一撃を入れようと体重も乗っていない素人丸出しの蹴りを放とうとした。
しかし振り上げた右足には膝から先が無かった。
(っ!?)
すると今度は何もしていないのに後ろに倒れた。
余りの状況に異人は一瞬怒りを忘れ呆然とするとハッと我に帰り自分の両足を眺める。
見えたのは膝から途切れた足とその奥に何も無いように立っている途切れた先の足。
足からは血液の変わりにドロドロとした白いトロけたチーズのような体液が太い糸を引いて流れ出る。
異人の足を両断したのはトレットの剣槍だ。
パールの影縫いで動きを止め、リオザが飛び付き肩を破壊、異人がリオザに気を向けている間にトレットは剣槍の一閃を放つ。
それも異人に自分の技術を盗まれないように後ろに回り込む念の入れようだ。
普段なら氷属性の付与された剣槍『氷牙』で断面を氷漬けにし相手の回復を阻むが両断に留めた。
属性攻撃も盗まれる可能性もあるのとリオザの要望の為だ。
(があぁあ!)
だが異人は両腕も両足も殆ど機能しない状態だろうと怒りは留まるところを知らず胸を張り、その反動だけで上体を起こし自分の体でリオザを押し潰そうと試みる。
リオザは半歩後ろに下がり異人のボディプレスをあっさり避ける。
雨が上がったばかりの濡れた泥に這いつくばった異人は尚も抵抗を試みるが頚椎に鋭い衝撃が走り体が硬直する。
『く、ま…さん』
視界の先にいた緑色の友達を結局守れず一言意心を飛ばし意識を手離した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…すまぬ下僕よ」
両断された足を異人の傍らに置き傷の具合を見ながらリオザは呟く。
異人の体液は既に凝固し、出血は殆ど無い。
リオザ個人としてはもっと綺麗な状態で終わらせたかったが技術も魔法も一目で覚えてしまう怒り狂った化物を短時間で捕獲するにはこれが確実だった。
異人に気を使い時間と労力を掛ければ次々に技を習得されれば手に負えない事は誰にでも分かる。
もっともその怒りがリオザに集中していて他の二人に見向きもせず盗まれた技がリオザの物だけであった事が幸いだ。
「ずいぶん大人しくなったが、もう大丈夫なのか?」
「あぁ…こやつの怒りは伝わってこない。しばらくは起きんじゃろ」
トレットはリオザの返事を聞くと重さを感じさせない動きで剣槍を背中に背負い直すが異人には近付かない。
あの森の湖での赤いカーペットを作った張本人が目の前に居るのだ、あの惨劇を知るものからするとたとえ気を失っていたとしても犯人には近づきたくはないだろう。
「ごめんリオザ、念のため」
パールはローブ『シェーム』の効果を解き姿を表しながらそう言うと持ってきた棒手裏剣の半分の30本を異人の影に突き刺し影縫いを行う。
パールもトレットと同じ現場に居たためいつも以上に慎重になっている。
これで異人は気絶し、肩を砕かれ、両足も失い、だめ押しに影縫いを受け寝返りひとつ打てなくなった。
「本当は氷漬けにしたいんだがな」
「トレット?それはあまりにも鬼畜じゃぞ」
「俺はこいつが怖いんだよ…それでリオザ、何でこいつを殺したくない理由を教えてくれるな?」
トレットは疑問に思っていた事を告げた。リオザは国から目を掛けられ(言い方を変えれば見張られている)王都で活躍する一流の冒険者だ。
依頼であれば仕事はこなし実力も申し分無し、そんな彼女が討伐対象に情けをかけるような言動は仲間になってから一度も聞いたことが無かった。
「…こやつは、かつての妾じゃ」
「は?」
「覚えておるか?お主らと妾が初めて会った時の事を?」
「あの時のリオザは荒れてた」
「ハハッ、パールの言う通りだな!あれは酷かった」
リオザはまだ幼い頃基本的に人間に対する、特に男性への怨みでしか行動しておらずところ構わず暴れ回りっており国からの討伐依頼も出ていた。
そんな時に出会ったのが『黒駆』結成前のトレットとパールがリオザの理性を呼び戻し、司法取引で国の汚れ役を引き受ける変わりにトレット達と仲間となった。
余談だが今では逆にリオザが国の弱味を握っているので監視はあるものの自由度は高い。
「んん…釈然とせんがそう言うことじゃ、こやつの心根はアホと言えるほど真っ直ぐで無垢。そのような奴が生まれて一ヶ月もせんうちに勘違いで死んでしまうのは…余りに不憫じゃからの」
「なるほどねぇ、そりゃ確かに…ん?勘違い?」
「あぁそれはじゃの?」
ニチャァ…ピチャ…
リオザが二人に説明しようとすると粘着性のある音がなった、さほど大きな音ではなかったが経験豊富な冒険者足る由縁か3人ともその音に反応した。
そこにはリオザが異人の傍らに横にたいして置いた筈の切断された両足が独りでに立ち、爪先を此方に向けて佇んでいる。
断面からはウネウネと短く白い触手が所狭しと蠢いており海底に生息するイソギンチャクを思わせた。
…バンッ!
触手は一瞬動きを止めると無数の触手が爆発的な勢いで伸びた。
「フッ!」
ここで一番最初に反応したのはパールだ。殆ど本能に近い行動だったが『シェーム』の裏に隠している棒手裏剣を足の影に向かって放つ。
しかし2本ともお返しとばかりにパールの影に向かって投げ返した。
「速い!?」
触手の放った棒手裏剣は速い上に鋭く回避は困難と判断したパールは小太刀を抜き飛来する棒手裏剣を弾いて迎撃した。
だが、その間異人の足は何もしていなかった訳ではない。
それぞれの足は触手の本数を増やし草の根を掻き分ける蛇のように地面をジグザグに這う動きをしながら3人の足元から襲いかかる。
パールは柔らかい動きで触手を掻い潜り、リオザは節足の跳躍で触手を引放し回避に成功するがここで哀れなのがトレットだ。
「トレット逃げて!」
「トレット待っておれよ!」
彼はチームの壁としての役割を担っているため動きは他の二人に比べて鈍重過ぎた。
「うぉお!気味の悪いもん飛ばしてくるんじゃねえ!」
案の定逃げ遅れたトレットは苦し紛れに剣槍を振り下ろし触手は地面に叩き付けられ先端部分が千切れた。
「クソ!なんだこれ!」
トレットは直ぐに地面から剣槍を引き抜くが剣槍に触手が葉網状に張り付いている。
何とか引き剥がそうと乱暴に振り回すが一体化してりるように離れず、それどころか新たに触手が張り付つ。
「なっ!まさか!?お、おい!気を付けろ!触手に捕まったら引き摺り込まれるぞ!」
「何!?承知した!」
「!…触手プレイは趣味じゃない!」
手元から伝わる強くなる張力に戸惑いながらも二人に警告する。
トレットもその場で踏ん張って触手との綱引きを競っているが次第に劣勢に成りつつあると感じていた。
(使うか?だがもしも足が『氷牙』の効果もコピー出来るとしたら…)
事実トレットはこの状況を打破できる方法がある。今それを使えないのは一重に異人の技を一目で<盗みむ>厄介な能力だ。もしもこの能力の根源がこの触手にあるとしたら…
謎が多すぎる相手にたいして全く無いとは言えないのだ。
スピード、パワー、リーチ、『業火』に耐えうる耐久性、棒手裏剣、そこに自分の特技を盗まれれば殺すのも難しくなる。
そう考えトレットは全力を出せずにいた。
しかしそれを考える時間は無くなった。
「ちぃっ!」
「!?トレット!パールが!」
リオザの叫びにトレットが振り替える、足に触手が絡まり小太刀で抵抗するも地面を引き摺られるパールの姿。
正確には透明になっているので触手が独りでに暴れているようにしか見えないが触手の1本がパールの小太刀を持ち去って行くのが見えた時にはトレットの迷いは消えていた。
「唸れ!『氷牙刃!』」
トレットが叫ぶと剣槍『氷牙刃』はコオオッ!と蒸気を上げ音を出す。
いや出しているのは蒸気ではなく冷気、その冷気に触れた触手は瞬く間に凍りバラバラに砕け散った。
「『アイスリンク』!」
トレットは駆け出すと脚甲の裏側から刃物のように薄い氷が突き出し地面に着くと分厚い氷が浮き出てきた。
氷の表面は一切の凹凸は無く非常に滑らかだ。
トレットは脚の裏にある氷の刃でそれを蹴り氷飛沫を上げながらパールの元へ向かう。
その動きは空を切る鳥を思わせ甲冑の重さを感じさせない。
「邪魔だ!『アイツァップ』!」
無論触手達もトレットを追い掛けるが繰り出された『アイツァップ』により地面から大量の氷柱が表れ触手達は行く手を阻まれた。
「パーール!!」
トレットは減速することなく冷気を纏わせた『氷牙刃』をパールの足に絡み付いている一番太い触手に振り下ろす。
触手はパールをはなす事によりトレットからの攻撃を避けると、全ての触手は3人から離れて行った。
「…トレット助かった」
「気にするな、それより立てるか?」
「ん、大丈夫」
「二人とも無事か!」
トレットがパールと肩越しで会話しているとリオザが文字通り跳んで来た。
「俺達は大丈夫だ、お前はどうだ?」
「うむ、幸い外傷はない。それよりも…」
「あぁ、何だあの足?もしかしてあっちが本体か?」
「いや、それはない。あやつの思考や感情が妾に流れてこん、まだ気を失っとるはずじゃ」
「でも自立して動いてる。私の小太刀も取っていったしある程度知性も…ん?」
「どうしたのじゃパール?」
「…あっ!まずい!二人とも来て!」
パールが駆け出すと二人も黙って駆け出す。
3人の中で一番知覚の鋭いパールが焦っているのだそれだけで二人には一番の警告となる。
ある程度近付いてトレットとリオザにも
触手が異人の影に刺さる棒手裏剣を抜いている様子が見えた。
「やっぱり!」
「おいおい!マジかよ!リオザ!!」
「承知した!」
リオザが飛び出し地を蹴り最短距離を最速で跳躍する。
しかしリオザは触手が棒手裏剣を投げられることを忘れていた。
「うおっ!!」
ガキャキャキャキャン!
咄嗟に節足を盾にして飛来した棒手裏剣をやり過ごす。
空中で放たれた攻撃だった為だったのと咄嗟の事だった為に節足を盾にしたがそれは自分の視界を塞ぐ悪手だ。
「リオザ避けろ!」
「何?ぐあぁ!」
トレットの声が聞こえた直後節足に強烈な衝撃が伝わる。
節足はミチミチと悲鳴を上げて限界寸前だった。リオザは地面へ直落下したが節足に多少のヒビが入った以外は外傷はない、まだ戦える。
「くっ!一体何が!…!?」
リオザが見たのは数本の触手が組合わさり出来たトレットの持つ『氷牙刃』だった。
触手で作られた『氷牙刃』は再度リオザの頭上から襲いかかる。
その一撃は速く回避も防御も間に合わない。
「うおらぁ!」
そこにトレットが割って入る。
ギャキン!
トレットの丸みを帯びた大盾が火花を散らして触手の『氷牙刃』の軌道を反らしトレットは本物の『氷牙刃』を突き出す。
「唸れ!『氷牙…』!」
途端に触手は攻撃を止めトレットから離れ冷気の範囲外まで逃げた。
追撃すようとするトレットは『アイスリンク』を使うが触手の棒手裏剣が3人に雨の如く襲ってきた。
トレットは後ろの二人も隠れられるように盾を構え凌ぐ。
「…26、27、28、29、30!よし!あいつにはもう棒手裏剣は無いぞ!」
今までの触手の攻撃の中で一番苛烈で一撃一撃が重かった。
しかし棒手裏剣を湯水のように消費しているので直ぐに無くなり盾から伝わる衝撃も止んだ。
「リオザ!パール!俺のほうが奴との相性が良いから援護頼む!」
「わかった!」
触手は冷気が苦手だろうと言うのはさっきの攻防で分かった。
トレットは『アイスリンク』を発動し速攻で終わらせるつもりだ。
盾から出て攻勢に出たトレットだが、既に触手はどこにも見当たらなかった。
後ろの二人もトレットの盾に隠れていたので触手の行方は知らないようで周りを見渡している。
数瞬の静寂の中でトレットは気付いた、触手は切断された足から出ていた。
ならばその足はどこに?
簡単だ、元あった場所に戻った、それだけだ。
「トレット!下僕が!下僕が目を冷ました!」
やはり…トレットは思った。
リオザが言った通り異人は既に立ち上がろうと身をよじっている。
腕はまだ使えないのか力が入っておらず体を支えられていない。
その代わり肩の傷口から1本づつ触手が顔をだす。
今までで一番太く両方とも『氷牙刃』を模していた。
立ち上がった異人は3人を眺める。すると聞こえた。
『許さない』
異人の3人に向けた純粋な怒り。
「グガアアアアア!」
獣の咆哮が鳴り響いた
ここまでお読みいただきありがとうございました