白蜘蛛と怒
すいません遅刻です!
あと、意心で会話するときの()を『』に変更しておりますので混乱させたらごめんなさい!
10話 白蜘蛛と怒
「さて…これはどういうことじゃ?」
四つん這いになってこちらに向いたままの下僕を眺めて思う。
先程までは怒りと本能に任せ乱暴に力を振り回していたが、今は動かずこちらの様子を伺っているように見える。
契約の効果で伝わる怒りは相変わらず塗り語られた怒りの焔は『結晶』のようだ。
そんな怒りの持ち主が『冷静』に此方を見ている。
(不気味じゃ)
癇癪を起こした幼い子供が怒りを心に留めたま黙ったら誰だって戸惑うだろう。
それに似ている。
「…このままでは埒が明かんし…こちらから仕掛けるか」
脚を地面に広げて突撃の体勢に入る。
黒く体毛が一切無く、先が鋭く尖り、金属鎧でも装備しているような光沢を放つ8本の脚。
脊椎に沿って左右4本づつ生えている。
この脚は移動、刺突、防御に優れ我が誇りある父君から受け継いだもの。
使いこなせるようになった今では敵は居なくなった。
「ん?…わらわを待っていたのか下僕よ?」
わらわが構えたのを見て下僕も両手に重心をさらに移動させている。
やはりあの下僕の体勢は突撃の為だったのじゃのう。
そして合図も無いのにわらわ達は同時に動いた。
下僕は頭を低くしこれでもかと両手を広げて突進してくる。
わらわも蜘蛛らしく8本の脚を動かし突っ込む。
あやつはこのままぶつかり合うつもりであろう。
確かにその体格での体当たりならさぞや強烈だろう。それに両手を広げ頭を下げ重心を低くすることで左右どちらも相手に避けにくくし、自分が対応しやすくなっておる。そこそこ考えておる。
(しかし下僕よ?お主のその履き物は泥の上で使うものか?)
お互いが突進し自分達の間合いに近付いた時リオザは8本の脚を全部体内に戻した。
体重を父君の脚に預けていたリオザは暫しの浮遊感の後、膝と脛で地面に着地し
後頭部が地面につくギリギリまで背中を仰け反らせたまま泥の上を滑る。
異人は突然敵が自分の足下に小さくなったが慌てずこのまま踏み潰す選択を取った。
一方リオザは異人が右足を踏みつける事を動作を呼んで察知し左節足 (脊椎左側の節足)を全て展開、そのまま節足は地面とぶつかりその反動でリオザは勢いよく右側に寝返る。
展開された節足もその動きに習う形になり4本の巨大な牙が数瞬遅れて異人の頭部を襲う。
(こやつ思ったより固いのう…)
異人の右頬に命中した第三節足の感触は生物の甲殻に匹敵し茹で玉子のような見た目からは想像出来なかった。
まぁ無理な体勢からの攻撃であったし鋭利な大怪我をさせない為に先端部ではなく関節を折り曲げて殴ったのだが。
それに本命はこれからだ。
不意に頭部を殴られた異人は上げかけた右足を動かし崩れた体勢を整えようとする。
が、異人が踏み締めたぬかるんだ地面は体重を支えられず異人の右足をあらぬ方向に運び元より両手を広げていた異人は受け身を取れず頭から転倒する。
(しめた!)
本来なら他の節足も動員して異人の足を絡めとる予定だったがその必要は無くなった。
リオザは即座に全ての節足を展開し地面に突き立て急制動した後走る、のではなく跳んだ。
本来リオザは節足を使うのであれば地を駆けるよりも跳躍した方が圧倒的に速い。
ぬかるんだ地面を滑る異人の制空権を奪うなど造作もなく槍と化した8本の脚を全て異人に向ける。
狙うは肩関節と股関節の破壊。
致命傷を避けて異人の動きを止めるにはこれが最善だとリオザは判断した。
勿論異人は只では済まないだろうがあの化け物じみた力だと治癒力も相当なものだと考えるべきだろう。
異人は恐らく鋭質化させた指を使って反撃か回避を図るだろう。
だが、今はうつ伏せの状態だから反撃は難しい、残る回避も8本ある節足のどれかに当たれば直ぐ残りの箇所にも突き入れる自信がある。
上昇が止まり落下が始まる。
「うおお!」
落下速度に乗り寸分違わずリオザの節足は異人を襲う。
異人は横顔を此方に向けた。
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解析完了
偽写動作・試行
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異人は左腕を背中側に振り上げる。
リオザは最初、鋭質化した指で迎撃するのかと思ったが次の瞬間には間違いであると思い知らされる。
異人は左腕を地面に叩き付けそのまま地面と反動で異人は勢いよく右側に寝返る。
その動きに習い硬く握り締められた左の裏拳がリオザを襲う。
「何!?」
裏拳の軌道上には落下中のリオザ必中コースに居り、流石に空中では自慢の機動力も発揮できない。
すかさずリオザは体を小さくまとめてその周りを全節足で隙間無く囲む。
露出しているのは節足の付け根がある背中だけで異人からはリオザの体は見えなくなった。
程なくして裏拳が節足に接触し、ガオン!と金属か骨同士が衝突したとも取れる鈍い音が響く。
リオザは回転しながら飛ばされまるで黒くボールのようだった。
リオザは節足を広げ回転速度を落とすと空中で体勢を整え着地し異人を睨む。
異人は棒立ちでリオザを見ていた、追撃の様子はない。
「味な真似をしおって…」
『…………………』
リオザは体を低くして節足を全て地面に着ける。
それを見た異人も両手を着いて構える。
しかし先程のような重心を前に傾ける体勢ではない、腰を落とし膝を曲げている。
その姿勢は蜘蛛を思わせた。
「…シッ!」
『……………しっ』
リオザが節足による異人に向けての跳躍突撃。
数瞬後に異人も跳躍でリオザに突撃する。
二人は空中での擦れ違いざまリオザは節足での刺突、異人は鋭質化した指を並べ真っ直ぐ伸ばした貫手をお互いに浴びせあった。
だが、リオザは数多ある節足を利用し左側節足を防御に使い異人の攻撃を受けとめ、右側節足を攻撃に使い異人は痛がる様子はないが腹に4撃食らっている。
なのにリオザの顔は浮かない。
(うむ…何じゃ?何かがおかしい)
ずっと感じていた違和感がさらに深くなる。何がとは言えないが何かがおかしいのだ。
だが、異人が跳躍突撃を敢行し考える暇が無くなる。
異人は先程のように放物線を描くような跳び方ではなく地面ギリギリを低空を最短距離で巨体が迫ってくるので圧迫感が凄まじい。
リオザはそれで臆する事は無かったが不意は突かれた。
回避が間に合わないと判断し衝撃に耐えられるよう左右の一番腰に近い節足を深く地面に刺し両足と合わせて四点で体を支える。
異人は鋭質化した貫手を全体重を乗せて突き出す。
ガゴォン!と6本の折り重なったリオザの節足と異人の貫手の衝突音が響く。
リオザの節足のカウンターが外側から異人の左足を襲うが後ろに一歩下り避すと踏み出して今度は指を折り曲げてリオザの頭部に振り下ろす。
これもリオザは二本の節足で防ぎカウンターを放つ。
ガン!ゴォン!ギイィン!ガガン!
二人は一歩も引かず攻撃、防御、反撃を繰り返す。
重量もあり背の高い異人は高い位置から両手の貫手の連撃を浴びせるも自分の腕の3倍の数がある節足に全て防がれ、
一方リオザも頭上から来る重い一撃を受け止める為には複数の節足を使わざるおえず、たまのカウンターも当たらずお互いに手詰まりだった。
(ここが正念場かの?)
だが、リオザは焦らずチャンスを待った。
生まれて間もない異人と冒険者として培った仲間との経験、それがリオザと異人との埋められない圧倒的な差だった。
むしろここまで戦いと呼べる状況を作り上げている異人がおかしいのだ。
異人の貫手、振り下ろしを完全に防ぎつつカウンターも加えてその場から動けていないと異人に思い込ませる立ち回りを意識しただ耐えた。
そしてその時が来る。
リオザの何度目か分からないカウンターが空を切ると異人が左足を後ろに滑らせて頭の位置が低くなる。
(来た!)
リオザは地面に刺した節足を抜き右節足を全て動員して異人に突き立てる。
狙いは異人の左股関節、その他の主要関節も直ぐに破壊する。
「これで終わりじゃ!下僕!」
槍と化した節足は寸分違わず股関節に吸い込まれた。
ガキャン!…
「はぁ!嘘じゃろ!?」
異人の顔に打撃を入れたときの手応えを踏まえて全力で行った刺突が今。
異人の両手に包まれていた。
「くっ!うわぁ!」
直ぐに反対側の節足で攻撃しようとしたが異人が節足を持ったまま持ち上げる方が早かった。
そしてそのまま地面に振り下ろされた。
「まずい!」
このままでは背中から叩き付けられる!
脊椎に沿って節足が繋がっている背中は一番の弱点じゃ!
このままでは脊椎がバラバラに…
本当にまずい!
「くそぉ!」
わらわの出来る事と言えば受け身のみ。
こうなれば節足だけでなく両手足も使ってやるわ!
近付く地面を睨み、微かに祈りながら衝撃を覚悟する。
ドバァン!ベチャチャ…
「ぐ!…うん?」
だが背中から伝わったのはぬかるんだ地面の感触ではなく柔らかい物に包まれる感触だった。
どこも痛みを感じない所をみると無傷のようだがなぜじゃ?
瞼を開き周りを見る。
すると周りは衝撃を和らげたのだろう、粘土になっていた。
(しかし何故じゃ?先程までこんなものは無かったが…うっ…立てん!)
負傷していないのは僥倖だったが埋まった下半身は粘土がピッタリ張り付いており並大抵の力では抜け出せない。
節足を用いても固い地面には届かなかった。
だが異人は足首までしか埋まっておらず容易に脱け出した。
そして異人はわらわを暫く観察した。
激しい怒りは伝わるが顔のパーツさえない表情からは何も伝わらなかった。
「…はぁ。どうやったかは分からんが余程殺生が嫌いなのだな。お前は」
『……………』
粘土の中に埋まりながら言ったが異人に反応は無かった。
業火の業苦を無視できる程の怒りを持ちながら理性を持ち合わせ殺せるのに殺さないとは関心を通り越して尊敬するほどの人の良いアホじゃの~こやつ。
『………………』
下僕は両手を交差させて此方に向けた。
「ん?」
すると暫くして下僕の体の周りに緑色の粒子が集まり緑色に光った。
「あれは?」
リオザは荷馬車の中で聞いたエルミィとアルフの話を思い出す。
「まぁ…そんなこんなで助かった訳だ。」
「ほう?クォーゲルが戦闘に役に立つとはの?参考になる」
「あぁ…自分でも驚いたよ、あと、初めて知ったんだがエルミィってノームスヌーズ使うと緑色に光るんだな」
「そう!あの光は精霊様が力を貸してくれた証なのよ?」
エルミィが両手を交差させて見せながら言っていたのが印象に残っている。
『…………………』
「まさかお前?使えるのか?エルフの精霊魔法を?」
異人の光が増していく。
精霊魔法はエルフ特有のもの、他の種族が使える物ではない。
そのはずじゃ、だがしかし…
…いやまさか!
「お主盗めるのか!?受けただけで!?」
『……』
相変わらず異人は答えないがもしそうなら手技に拘っていた違和感も頷ける!
今まで他の技を知らなかっただけじゃ!今考えればあやつの裏拳も貫手も跳躍も全てわらわの模倣か!?
いや!今はそんなことはどうでもいい!
今ノームスヌーズなぞ受ければ彼方まで飛ばされる!
「くそっ!どうにかせねば!」
必死に粘土の中でもがくが手や節足が触れる度に沈んでしまい何処にも掴まることが出来ない。
前言撤回!こやつは外道じゃ!相手を抵抗の余地がある程度に拘束し時間を掛けて止めを刺すなど相当な外道じゃ!
救いとしては本当に殺そうとは思ってはいないことじゃが。
「待て!話を聞くのじゃ!話せば分かる!」
『………………』
下僕の光がさらに増していく!問答無用か!
くそぉ!思わず小物の台詞を吐いてしまった!
だが、本当に話せば分かるのだ!
『…………』
光が異人の腕を伝って掌に向かう。
あぁ…ここまでか。
無念じゃ…敗因はわらわの慢心かの。
ズバン!
「!!っなんじゃ!」
下僕の両手が弾かれたように上を向きノームスヌーズが天高く打ち上げられ雲を吹き飛ばし周りが明るくなった。
「何が起きた?」
「おい!大丈夫か!」
男の声がした。聞き間違えなどしない仲間の声が。
「その声!トレットか!」
「おう!だが挨拶は後だリオザ!冷たいが我慢しろよ!」
するとザクッという何かが刺さる音がすると周りの粘土が表面だけ凍った。
「ひぃぃ!馬鹿者!」
「分かったから腕出せ!引き上げる!節足は引っ込めろよ!」
バリバリと氷を踏み割りながらトレットの協力を得て粘土の檻から脱出に成功した。
そして直ぐに節足を展開する。
「下僕は!?」
「下僕だと?あいつなら見てみな?」
目線を移すと両手を天に掲げ空を見上げる下僕が彫刻で彫られた石像のように固まっている。
下僕の影を見てみると棒手裏剣が数本刺さっていた。
影縫い、この技は何度も見たことがある。
トレットが居るなら…
「パール、居るのだろ?」
「うん。久しぶりリオザ…」
パシャと足音がした方向を見ると何もないところから猫の耳を生やした黒髪の猫人パールが姿を表した。
恐らくローブの力で姿を消し、気配も殺しながらノームスヌーズからわらわを助けてくれたのか。
「すまんのパール、助かったぞ?それにしても二人とも遅かったではないか?」
「噂の魔族が攻めた来たって聴いてな、完全装備で相手をしたかったんだ。まっパールの影縫いで持ってかれたがね」
両手を広げながらおどけるトレット。
その姿は白い全身鎧で覆われており肌の露出は一切無い。
左手には全身鎧と同じ色の丸みを帯びた全身を隠せる大盾、右手には身の丈程あるランスと大剣の特徴を併せ持った槍剣があった。
槍剣には細かい文字が刻まれており魔力を流せば冷気が飛ばせる。
パールはローブの下に数多の暗器を隠し持っているのだろう。
「トレット、油断はダメ。それじゃあ…あいつ殺してくる」
そう言いながらパールは腰から小太刀をスラリと抜く。
「待つのじゃパール、実はこやつは友の為に頑張っておった無垢な奴なのじゃ…出来れば殺しとうない。」
「そう言えば下僕とか言ってたな?もしかして契約を?」
「そうじゃ、この下僕は人を殺せる心はない。現にわらわも殺せたはずじゃのに無傷じゃ」
「…信じられない」
「わらわが直に記憶を覗いたのだぞパール?こやつはお主らを助けたのじゃぞ?」
「うむ、詳しく説明してくれないか?」
「勿論そのつもりじゃまずこやつは…」
キンッ…
澄んだ金属音がした。
音のした方向、下僕の方を見る。すると上を向いていた顔がこっちを見ていた。
「何で!早すぎる!」
一番早く反応したのはパールだ、直ぐ様ローブの下から棒手裏剣を取りだし異人の影に放つ。
異人の動きは一旦止まるが棒手裏剣はプルプルと震えながら影から抜けていく。
パールはまた追加を放つが時間は無さそうだ。
少しづつ異人の動きが大きくなる。
「リオザ!業火はどうした!早く使え!」
トレットが装備を持ち上げながら言う。
「…残念ながら二人とも、ずっと使っておるのじゃ…業火」
「「えっ?」」
二人は信じられないという顔をしている。うん、わらわも信じられん。
「おまけにこやつは一度受けた魔法や技は模倣出来るようじゃぞ?…下手をすれば見ただけでな!」
「「それを先に言え!」」
二人揃って怒鳴られた。
仕方がなかろう?さっき気付いたのだから。
「まぁ3人居るし何とかなるじゃろ?」
「お前は!…パール!姿を消して援護してくれ!リオザは俺と一緒に前衛だ!」
「了解」
「承知した!」
パールは姿を消し、隣にトレットが来る。
「生け捕りとは…面倒だな。」
「すまんの…だがあやつだけは殺しとうないのでな」
「…無理だったら覚悟しとけ?こいつより街の奴らを守らなきゃいけない…」
「分かっとる…だが?今はお主なが居るでな!不安は無い!」
「はっ!腕が鈍ってたら承知しねえぞ!」
トレットが言うと影縫いから抜け出た下僕が落ちていた棒手裏剣を拾った。
ここまで読んでいただいた方々に感謝を!