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朱莉・THE・アンダーテイカー  作者: 相楽山椒


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12 三塚研二 Telephone Line

久しぶりの更新。


前にあった十二話を差し替えての更新です。なろうの仕様上、割り込みが出来なかったので、一度十二話以降を全削除して、仕切り直しとなります。

今後、以前の十二話がどこに配置されえるかはまだ未定ですが、少し練り直す感じにはなるので、それまでは日常回という感じでしょうか。


 三塚研二には彼女がいなかった。それはもうずっと、彼の春の誕生日に至るまで、何の気配もなかった。


 中学の頃から美少女イラストを書かせれば右に出るものはいなかった。アニメや漫画を見てはイラストを模写するところから始まり、次第にオリジナルのキャラクターを作り出し、放課後、クラスメイトから頼まれた美少女イラストを描いて過ごした。人から頼まれて描くのは好きだった。リクエストを受けて、その望みの通りに描けたら嬉しかった。


 かといって、自分が何者かになれるとは思っていなかった。


 仕方なく高校に入るも、イラスト以外没頭できる趣味もなく、せっかくだからと、そこそこ名が売れている東関高校の美術部にはいることにした。絵の基本を学ぼうと思ったのだ。


 周防朱莉と出会ったのもこの頃だった。


 ここで三塚はイラストレーターとして立身することを夢見た。それからは文字通りデジタルイラストを描くことに青春の全てを染め上げ、過ごしてきた。


 後にイラスト投稿サイトでは“Gペンのアリア”に勝るとも劣らない人気作家となり、同人活動で収益を上げたり、地方PRのキャラクター制作を手がけたりして食い扶持を稼いできた気鋭の作家だった。高校を卒業して入学した京都の芸術大学に在学中は、その収益だけで学費と下宿費を含む費用を全額をまかなえたほどだった。


 だが、その分仕事に追われていた。大学三回生だったが、学業そっちのけで下宿に引きこもる日々が続く。作業の手を止めたくない時は、宅配で毎食事を注文。それも面倒なときはレトルトやカップラーメンで済ませていた。あの配達員が投げかけてくる“社会のゴミクズ”という軽蔑の眼差しがいちいち気になったが、おそらくは彼らよりも三塚の稼ぎは、同じ時間を働いたとて百倍以上の格差があった。


 しかしながら彼らに比べた移動距離は百分の一、いや一万分の一にも満たなかったかも知れない。


 スマートフォンに記録される一日の移動距離がわずか十メートル前後という日も珍しくなかった。宅配だよりの食事に運動不足、その結果、当時二十三歳の彼が金銭と引き換えに獲得したのは、不摂生で宿した白癬菌と運動不足が招いた肉の腹巻きである。


 これはさすがにと、段になった腹の肉を視て一日二時間は歩こうと、外に出て世間を見てインスピレーションを得ることも大事なことだと、自分を納得させた。


加茂川沿いの路地を入ったところにある下宿をでて、縁切りで有名な安井金比羅宮から東へゆくと、たいていの人は八坂から清水へと繋がる観光ルートの途上にそびえる、通称“八坂の塔”を見上げながら歩く。その五重塔は実際の高さよりも随分高く見えるのだが、それは坂の下から見上げているためだ。


清水に向かうとなると、いわゆる一念坂、二寧坂、産寧坂という坂を経由して、ほぼ山上ともいえる位置にある本堂の舞台を目指すことをいう。


その為、清水のほうへ上がる、と言うほうが地形的には正しく思えるが、京都で「上がる」は地図的に通りを見て北上を意味する。したがって東に位置する清水へは「東に入る」と表現する。西なら同じく西に入る、南へは下る、という。方角と通りさえ間違わなければ住所表記の方法として今でも使われるほど、理にかなっているのだと京都人は口々に言うのだが、一度方角を見失ってしまえばひどい迷子になること請け合いである。


 三塚も京都の碁盤の目を形作る“通り”を把握するのには当初困惑したものだったが、班ごとの集団なのだろう、あちこちで修学旅行生とおぼしき制服姿の若い男女が、地図を開いてあっちじゃない、こっちじゃないと相談し合う姿が微笑ましい。


 地図を読むという狙いか意図があってか、校則で禁止されているのか、彼らにはスマートフォンのようなものは持たされていないらしい。


 今日はいつにも増して観光客が多い。元々関東から京都に来た三塚だったが、ここ最近の外国人の多さには辟易していた。


 それでなんとなくいつものルートを外れ、裏通りを経由して、観光客らとは逆のルートで帰ろうと思った。


 人の通りがほとんどない、人二人がやっと並んで歩けるほどの、狭い路地だ。こちらは地元の人しか通らないような生活道で、観光的な要素もなく静かだった。




「どうしたの? 大丈夫?」


 壁際に手をついてじっとしている、ブレザーの学制服の女の子がいた。少し苦しそうに見えた。


 彼女いない歴=年齢を今後も更新しそうな男が、路傍に咲く一輪の花のような女の子に声をかけられる訳はなく、彼女を見つけたとき思わず近くにあった門柱に身を隠してしまった。他に人気はなく、自分のような容姿の者が近づいてきたら、キモがられる、いや怪しまれるんじゃないかと思った。


 しかし、それでも彼女は俯いたままで、こちらに気づいたそぶりもない。だから素知らぬ顔をして、間違っても触れたりしないように傍を通り抜けようとした。


 かすかに息が荒く、細い肩がわずかに上下していた。


 三塚は通り過ぎ、五メートル歩いたところで立ち止まり、そこで踵を返し、ようやく声をかけた。


「すみません、ごめんなさい……道に迷って……班の子達とはぐれてしまって……」


 関西弁ではなかった。三塚が地元で聞くイントネーションに近く感じた。おそらく関東方面から来た修学旅行生だろう。


「なんだか体調が悪そうだ、だいじょうぶ? 座ったほうがいい」三塚はそう言って上着を脱ぎ傍らにあった“いけず石”に畳んで置いて彼女に座るように促した。


“いけず石”とは京都のような古い町並みでよくみられる、天然石を利用した縁石である。京都は特に路地が狭く辻が多いため、住居や塀を車両の進入による被害から防ぐ意味で設置される事が多く、市外から訪れるような京都市内に不慣れな運転者は、コーナーを曲がる際にこの石を巻き込んで、逆にボディを損傷させたりしてしまう。それ故、それ以上行けないという意味と捉えられる“行けず石”は京言葉で“意地悪”を指す“いけず”をもじって、よそ者を婉曲的にあしらう京都の流儀にかない“いけず石”と呼ばれるようになったと言われている。


 であるからして意味深にそこに置かれているいけず石に腰掛けようと、別に罰当たりでも何でもないのだが、彼女は「いえ、大丈夫です、少ししたら落ち着きます」といって立ったまま膝に両手を置いて深呼吸をした。


「私、身体が弱くて……たまにこんな風になるんです。でも少し休んだら大丈夫なので……」


「あの、修学旅行生とかだよね。先生に連絡とれる?」


「あ、あの、班長だけ電話持ってるんですけど、私、班とはぐれちゃって……」


「じ、じゃあ……ええと、どうしよう……ええと」


「あはは、いいです大丈夫です、はぐれたら円山公園で待ち合わせ、って事になってるんです。大きなしだれ桜の前、って」


 彼女のいう円山公園のしだれ桜とは、一重白彼岸枝垂桜(ひとえしろひがんしだれざくら)、通称“祇園枝垂桜”のことだろう。ただ、六月の梅雨に入ろうかというこの時期に、当然だが桜は咲いていない。春の京都に桜を求めてくる観光客は、あの祇園枝垂桜が一年の大半を、こんな不気味な姿で公園の中心に屹立しているとは思わないだろう。


「たぶんここだとおもうよ」三塚は祇園枝垂桜の前まで、彼女を案内した。


「ええ! これが桜なんですか?」彼女は中学生なりに驚いていた。


「桜は花が散ると、芽が出て葉が茂るからね。普段はこんな感じなんだよ。だから春じゃないと桜って誰もに観て貰えないし、見つけてももらえないんだよね」


「なんか、お化けみたいで不気味」


 彼女が言うように、枝垂れ桜はソメイヨシノと違い、枝が垂れ下がっているため、そこに茂る葉も垂れ下がって、ちょうどボリュームのある柳のような枝振りに見える。彼女が「お化けみたい」というのも言い得て妙だと、三塚は思う。


「でも、花が咲いてるところ、観てみたいなぁ」


「また、いつか春に来ればいいよ……あ、遠いのかな?」


「……うん、そうですね」


 枝垂れ桜の脇にあるベンチで、暫く彼女ととりとめのない話をしていた、といいたいところだが、女性からは好かれることのない容姿で、話がうまいわけでもなく、気の利いたグルメスポットを知っているわけでもなかった。だが絵だけは描けた。


 だから、会話の手持ち無沙汰を埋めるために、そして記念にと、彼女の似顔絵を描いてあげた。


「わああ、すごいすごい! お兄さんってめっちゃ絵うまいんですね!」


「いちおう、美大生だから……まあ」


 絵を渡そうとしたとき、彼女の班の子達が手を振って駆け寄ってきた。彼女も手を振り返して「ごめんごめん!」と掌を頭の上で合わせて謝意を示した。どうやら同級生に自分の体調のことなどは告げていないようだった。


「おにいさん、ありがとう。私行きますね!」その快活な姿をみれば、誰も彼女が心臓を患っているなんて思わないだろう。三塚が呆気にとられていると「私ミサキっていいます。お兄さんは? あの、サインしてください、絵に!」


 サインなんてもちろん書いたことなかったし、考えてもいなかった。だからとりあえず絵の右端にアルファベットでKenjiM(ケンジム)と書いた。例のイラスト投稿サイトで使っているペンネームだった。


「いつまでも咲き続けられる桜みたいに、強くて元気な身体になりたい……か」


 大学生の三塚研二は、目の前のグリーンモンスター(みどりのおばけ)を見上げながら、桜のように頬をピンクに染めていた。



今日も三塚は、生え放題の無精髭、脂ぎった髪、頬に食い込む眼鏡のフレーム、万年肩こりの猫背、靴下はご法度な両足を椅子の上で組んで、大判の描画用液晶タブレットに向かっていた。


 彼女がいないことにそれほど劣等感はなかった。高校の時同じ部で、アトリエ仲間の八代はしきりに「彼女欲しい!」を連呼していたものだが、そんなものに必要性を感じなかった。


 巷に蔓延る痴情のもつれに心を痛める必要もない。時折女が吐く罵詈雑言に顔をしかめることもない。恋愛の駆け引きと呼ばれる予定調和という欺瞞に心をかき乱されることもなければ、無精で不潔で、雑然とした女の私生活を直視する必要もない。


 そんな現実は三塚に関係ないものだった。


 なにより女はカネがかかる、時間がかかる。とにかく面倒くさい――と、聞いていた。


 そして今まで女たちは三塚のことを、男性としては見てこなかった。それがありありとして感じ取れるだけに、三塚自身も自ら男性として振る舞うことを自粛して身を引いてきた。


 友達は、高校美術部の連中だけだった。


 部員はほとんどが女性だったが、彼女らも三塚を男性としてではなく、一人の才能として認めてくれていたのが心地よかった。


 自分の世界が小さく狭いこともわかっている。今現在抱えている杞憂が、実家に残してきた老齢の犬のことくらいというのは、自分でもおかしいくらいシンプルだと思う。


 アトリエ仲間だったGペンのアリアこと、有元朝子は大企業にデザイナーとして就職し、先日結婚した。八代はアニメ制作会社に就職、大塚と西村はそれぞれ別のデザイン事務所で頑張っている。皆何某かの組織に所属して、立場を得て、才能を活かして仕事をしている。


 みんな頑張っているんだから俺も頑張ろうと、肉を溜め込んだ首周りを左手で揉みながらペンを走らせた。


 そこでふと、三塚のタブレットペンの動きが止まる。


「そういえば、周防って、葬儀屋……とかなんとか言ってたかな?」あまりに長く一人でいるせいか、三塚は独り言をためらわない。


 だがこれに可愛らしい女性の声が「ん? そうぎや? わかんない」と反応する。


「あ、これは新しい情報だったね。そうそう。葬儀屋ていうのはね、人が死んだときお葬式を請け負う仕事のことをいうんだ」


「ひとがしんだとき、おそうしき、そうぎや」


「なんか、もったいないよな。あいつあんなに才能あるのに。なんでそんなとこ就職してんだろ? この前会ったときは、ほとんど絵も描いてないって言ってたし……」


 三塚は酒を飲まないし、酒を飲む女は好きではなかった。


 普段は綺麗に着飾っている女性が衆目の前で醜態をさらすことが許されない、といった厳格な性質だった。だから作家としての周防朱莉のことは尊敬の念で捉えていたが、女性としては下の下、もはや貴様は女性という性を騙ってはならない、と軽蔑すらしていた。


「でも周防と違ってミサキちゃんは、お酒は飲まないし、ゲロも吐かないもんね?」


「やだぁ! きたなぁい!」


 黄昏れの迫るマンションの一室は、密やかな哄笑に包まれていた。



超久しぶりの更新なのですが、いつも通りテーマソングの話。

今回は、エレクトリック・ライト・オーケストラ(1976年)のテレレフォンライン。

これ、いいんですよ。皆さんもどこかで聞いていると思いますけども。切ない。切ないんだけど暖かい。

自身の経験も含みつつですが、電信のつながりというのは脆くもありながら濃く信じるに足りる密度がある。それが切れたあと、ただ黄昏に佇む自分だけが残る。ひたすらに、ただそれだけが残る。

もうどこにいるのかも解らないあの人は、まだ僕の事を覚えてくれているだろうか、などと他愛もないことを巡らせながら。そこにいるかいないか、それはゼロかイチだからこそ、信じる心が試されるのかもしれない。


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