第十一話 マジ惚れちまったぜ 5
「そういや、朱莉ちゃん笠鷺市で働いてるんだろ? 最近なんか変なことないかい?」向かい側に居た篠山が訊いてくる。
変なことと言われても、この一年全部が変だったため、涙目の朱莉は答えあぐねた。そうこうしているうちに「あそこはさ、魔霊クラスの地縛霊の吹き溜まりさ。小さいのも含めると三十社以上あるからね。
そのうちちゃんとした神格の奴なんて片手ぐらいだよ。乱れて当然さ」と美弥子が憎々しく言う。
「印条寺の和尚はなんも言ってないのか? 韻枢師やAUNの方が動き出してるみたいだが……」と、相原がかぶせてくる。
タケルの一件の時にそのような悶着があることを聞いたような気もするが、話が難しくて真面目に聞いてなかった。
「い、いやあ、大丈夫じゃないですかね? ほら、うちにはタケルがいますし、ね?」とタケルをみやり、助けを求める。しかしタケルは下唇を出して「あんまり居候に頼られても困るんだけど」とあまり興味がなさそうだった。
「ここのところ場がよくないのは確かだな――」と口を開いたのは朱莉の父だった。
「父さん?」
「特にお前は空気が読めないからな」
「え、ちょ、なにそれ!」
「ちがうちがう、感応力が強すぎて、空気のような微妙な波を読めないってことだ。だから場の変化に気づきにくいんだ。まあ鞠さんがいるから心配はしてないがな」と父はちらと線香を焚いている隣の部屋の机上に目を向ける。
「昔から笠鷺は厄介な土地だったから、AUNも長年に渡ってテコ入れしてきたんだが、今回はどうだかな。志賀崎の封が解けたってあたりから風向きが悪い」いつも笑っているような顔の篠山が珍しく深刻な顔をしている。
「ドイツにいる私の姪が、近々こっちに来ることになっています。その時に笠鷺に連れてゆこうとは思っています」と動物大好きなローエンが、ミケランジェロを抱えながら言う。
「ああ、――魔法使いの?」父が思い出したかのように鼓を打つと、ローエンは笑い出す。
「はははっ敏夫さん、魔法使いじゃないですよ、魔幇士です」さすが獣医と言うべきか、ミケランジェロは嫌がることなく、気持ちよさそうに彼の懐に抱かれて喉を鳴らしている。
魔法使いには黒猫だなぁ、と朱莉はぼんやり考える。
かつて伝承の中で魔法使いだとか、魔導士だとか呼ばれた人々は、さしずめ自分たちのような霊感応力者の一派だったのかもしれない。時に敬われ、畏れられ、しかし時に異端者と詰られ、迫害され、虐殺され、現世から追放され、彼らの一族は身を隠していった。
現代でも人は魔法使いなどファンタジー世界の住人だとしか捉えることはない。あるいは――フリフリのミニドレスをまとって魔法の杖を振り回すキラキラの女の子――が朱莉の頭の中でくるくると踊っていた。
と、そこへ(魔法使いですか! 魔法使いってやっぱり箒に乗って飛んだり、魔法の杖で天気を操ったり、カボチャを馬車に変えたり、長々と厨二っぽい詠唱したり、法円を描いて魔物を召喚とかするんですか!)目を輝かせたトーコが飛び込んできた。
最早自分の存在やら、韻枢術やら、魔法のようなものだろうと呆れたが、そのあどけないトーコの姿に、自分が想像した魔法少女が重なり、思わず笑みがこぼれた。
「ローエンさん! あたしもマホウシのこと教えてほしいな! どんなことするんですか?」
「朱莉ちゃんに話すのは初めてだったかなぁ? うん、いいよ。魔幇士というのはね――――」
(んふ、普段は嫌だ嫌だっても、楽しんでるのよねぇ。いがみ合ったり嘆いてみても、次のシーンでは笑ってる。家族ってのは――――ま、そんなもんかね)誰にあてるともなく鞠は線香の煙の前で横になって呟き、その様子を見ていた。これだけの霊感応力者がいても、彼女のことを認識できるのは朱莉と数人だけなのだが、鞠は鞠でこの場を楽しんでいた。
(鞠さんは朱莉ちゃんと居て大変じゃないの?)
彼らの守護霊の中で最も波動域が近いのが、朱莉の母、美智子の守護霊、月夜である。戦国時代前後の姫君のようなあでやかな装束を着た髪の長い女性である。齢かさは鞠とも近いようにみえるが、霊の見た目と格に相関性はない。
霊界では完全なヒエラルキーが構築されており、上位と下位ははっきりと区分されている。上位の霊から下位の霊に干渉しない限り、下位の霊には上位の霊の存在が認識されない。また上位の者であっても波動係数を下げない限り、下位の者の姿を認識することはない。無論、守護霊間において認識できない対象があるということは日常であり、それをもって物事の判断基準にしたりすることはないし、むやみに波動係数を変動するようなこともしない。
鞠はこのあたりのことに関して無頓着で、他人の守護霊などにはほとんど興味を示さなかった。しかし、そんななか月夜とだけは会話を交わす仲だった。
(楽しいわよ、色々あってね……あんたもそうでしょ?)
(まあね。みっちゃんが無茶してくれたおかげで、あたしゃもう大変なのよ。死ぬまでカルマ落ちないわよ。あと千年はかかるよねぇ)
(ああ、伊知郎さんのこと?)
(そ。他にもあるけど、面倒見のいい人ってのは、自分がどんだけ抱え込んでも不死身だって思ってるのかしら?)
(そういうあんたも、ずいぶん面倒見いいじゃない)
(仕方ないでしょ、他人じゃないんだから。それ言ったら鞠さん放任しすぎてるんじゃないの? 朱莉ちゃんのこと)
(あっはは、あの子が縛られて大人しくしてると思う?)
(思わないけどさ。でも鞠さんって、ちょっとなんか違うくない? って思うの私だけ? 守護霊になった人たちって、もっと必死だよ?)
(器量が違うのよ、オ・ト・ナの余裕ってやつよ。に、しても美弥子さん、このお線香、上物ねぇ。いつも感謝感謝、ありがたいわ)
(――それに、妙に俗物的だし……鞠さんって、ほんとに天霊なの?)




