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2 桜坂玄斗 Bohemian Rhapsody

第二話アヴァンタイトルです。

 若き僧侶妙玄は檀家の法事の帰りの道の上で、ふと立ち止まって空を見上げた。声が聞こえたような気がしたのだ、空から。だが少し視線を左に流してみれば合点がゆく。高層マンションだ。


 上階の住人が何らかの声をあげていたとしても不思議ではない。初夏とはいえもう三十度を超す真夏日だ。窓を開け放っているのだろう。


 自分も早く寺に戻って涼みたい、と言いたいところだが、あいにく寺にはエアコンというものがない。

別にこれは寺院という古式ゆかしき建造物のデフォルトではない。率直に言うと金がないのである。


 妙玄が住職を務める印条寺は歴史こそ深いものの、立派な本殿があるわけでも、特別な宝物があるわけでもない。このところは修繕が追い付かず、人里離れた山寺ということも相まって、もはや表向き廃寺のなりであった。


 近年は参拝客の足は遠のき、周辺住民の過疎化に伴い檀家数は減り、彼らの高齢化とともに布施はどんどんと減ってゆき、寺自体の収入は年を追うごとに厳しいものになってゆく。


 それに加え、こんな若造を代々続いた寺の住職としては認めないと、地元の大檀家が一斉に手を引いたのが決定打となった。


 まことに異例ながら、二十五歳で得度したばかりの妙玄が寺を継ぐことになったのは、高齢の前住職の直近の縁者であるという理由に他ならない。妙玄は前住職の従姪孫じゅうてっそんにあたるのだが、よもや他人の域ともいえる遠い親戚筋だ。


 半ば強引ともいえるやり方で妙玄を住職の地位に就かせた前住職、観寧和尚は御年百八歳とも言われているが、巷では惚けが進行しているともささやかれており、妙玄が言葉巧みに老人をたぶらかしたのではないかと、妙玄の評判はすこぶるよくない。


 だが、妙玄はそんな地元の年寄り衆の噂話はどこ吹く風と、無視を決め込むものだから、寺と地元の関係性は悪くなる一方という負の連鎖が続いている。


 こちらに事情も知らずに身なりや雰囲気で憶測を立てる、古い地域にありがちな村社会特有の閉鎖的人間関係が都会育ちの妙玄の肌に合わなかった、というのが一番の原因であるが、妙玄が頑なになるのも前住職に絡まれ、半ば強引に住職にさせられたのだから、文句の一つも言いたいところだった。


 普請に追われる寺とはいえ一国一城を与えられることは栄誉なことのように思えるかもしれない。しかし前住職は身元を引き受けてくれる身寄りがないため、寺にそのまま居座り、妙玄が身の回りの世話をしているといった始末である。


 妙玄自身は住職として本山からの給金を得ているため、寺に居住し管理しなければいけないという以外に生活には不自由はしていない。しかし、ほおっておけば廃寺になるものを維持する意味が分からない、ハイジでなくとも、教えておじいさんなのである。


 印条寺はやや人里からは離れており、集落から約一キロ山奥へと入った竹林の中にある。寺までの道のりは荒れた山道だ。昔の街道だったとはいうが道幅は軽自動車が一台ギリギリ通れる幅で、舗装はされていない。寺は街道の中継地のような役割をしていたそうだが、それより奥は今ではハイキングコースになっている。しかしハイキング客など一か月に二三人見ればいい方で、誰も寺を気味悪がって近づこうともしない。


 そんな山の中で、街に出るのに何かと不便なので、妙玄は自分の移動用にオフロードバイクを使用していた。文字通り荒れた路面や山道を走破するためにあるバイクである。


 坊主が袈裟をなびかせてオフロードバイクに乗って疾走する様はさぞ奇異に映り、ますます地元民からの支持を失っていたが、妙玄は素知らぬふりをしつづけた。




 妙玄の心の中には諦めが広がりつつあった。


 法事がない時はもっぱら野良仕事である。作業に法衣など着ていられないので、普段はつなぎの作業着である。庭の草引き、雑木の処理、崩れた壁の補修、破裂した水道管の取り換え、漏電して燃えた配線の引き直しに、迫りくる自然環境と害虫との攻防戦。


 ここに来てから野外活動の知識とDIYの技能だけは格段に上がった実感はある。


 住処はある、給料も自動的に毎月振り込まれてくる。後は数少ない檀家の法事を務め、必要ならば葬儀に出向き、寺の修繕と老人を監視していれば生きてはゆけるのだと。


 ちょっとした野外生活だと思えば楽しくも思えた。


 それにこれほどの山奥ならば、どれだけエレキギターをかき鳴らそうが文句を言われることもなかった。


 妙玄こと、桜坂玄斗さくらざかくろとがかつて目指したのはロックスターだった。実家はどこの旅行ガイドブックにも載るほどの有名な寺院であるが、次男の玄斗は僧侶になることを拒み、高校の時からバンドを組んでスターダムを目指し地元の大会で優勝するほどの実力はあった。


 玄斗はギターボーカルを担当し、そのテクニックと類まれなる声量と幅広い音域は、すぐにでもプロにならないかと方々から声をかけられるほどだった。


 だがプロダクションが用意したポストはソロだった。彼の持つ整った端正な甘いマスクが十二分に影響したことは確かだろう。


 彼はバンドメンバーを切ることができなかった。デビューするなら全員一緒でなければだめだと、話を断った。高校卒業後フリーターをしながらライブハウスで活動を続けた。だが、メンバーはいつまでもうだつの上がらない自分たちを、半ば卑下するような態度を取り出した。中にはプロになるよりもこのまま趣味としてやっていかないかという者もいた。


 玄斗は憤った。だが、諦めず皆を鼓舞し続けた。


 やがてバンドメンバーから、黄色い声援が増えてゆくことに不満の声が上がるようになる。バンドを支えているのは所詮玄斗一人だと。内紛からやがてバンドは解散、彼らはその後新しいメンバーを迎えて別の場所で活動した。


 このころからだった、孤独などなんとも思わなくなったのは。一人でいい、一人で充分だと。誰かと一緒に夢を成し遂げることなどできないと、自分一人でやるのだと、やるのは自分だと。必ずのし上がってやると。


 その後玄斗は苦々しい思いを広げながら、かつて逃したソロデビューの機会を再び引き寄せようとシンガーソングライターとして活動を始める。


 仲間だと思ったいた者たちにやっかまれ、つまはじかれ、裏切られた。断ち切れない怨嗟の想いを振り切るように声をからして連日夜の街で歌い続けた。


 時にやくざ者に絡まれ、ぼろ雑巾のようにひれ伏す姿を街ゆく人々にあざ笑われ、玄斗はより陰鬱な夜の闇へと身を沈めてゆく。


 ある日そんな玄斗の耳に不思議な声が聞こえるようになる。


 最初は疲れているのだろうかと、幻聴だろうかと思ったが違った。


 人ならざる者たちの声だった。


 自分たちの想いを歌にしてほしいと、次から次へと霊が現れ言葉を紡いでいった。彼らがどんななりをした何者なのかはわからない。ただその言葉の数々は恐ろしいパワーを秘めていた。


 ひとりでに筆が走り、音楽を奏でた。体は疲れて拒んでいるというのに、あふれ出る泉のごとく玄斗から次々と楽曲が生み出されてゆく。


 そうして書かれた玄斗の歌は恨みの情念に満ちていた。世界を否定し、人を信用しない歌詞がパンキッシュだと熱狂的なファンの支持を集め、彼らを陶酔の渦に引き込んでいった。


 自分が腐っていることはよくわかっていた。こんなものは自分の歌いたい歌ではない、と。だがのし上がり再び表舞台に立つためにはなんだって利用するつもりだった。


 しかし、ライブをすれば会場内の者たちが皆トランス状態に陥った。暴力行為や性行為があたりで頻発し、警察から薬物や吸引性の麻薬による集団催眠状態にあるのではないかと取り調べも受けたがいずれも白だった。


 自分が歌えばなぜか人を狂わせてしまう。自分の書いた歌は人を狂気へと導く呪文だと、玄斗は恐ろしくなり、歌うこと、曲を作ることをやめようとした。だが体は意思に反して動き出す。


 このわけのわからない状況を、半ば勘当状態であった自身の生家に頭を下げ、権威ある僧正に相談するも一向に解決をみなかった。だが玄人の遠い親戚にあたる密教僧は、玄斗が生来からもつ、『念の周波数』を自在に合わせることが出来特殊な能力が災いしたのだと説明された。霊の声を聴き、霊の訴えを実行する特殊霊媒体質とも言われた。おまけにすでに百以上の悪霊が玄斗の体に憑いているとまで言われた。


 それはあまりに荒唐無稽で到底信じられるものではなかった。仏道より外れようと、逃げようとしていた自分にそんな力があるなどと信じたくはなかった。


 しかし事実であるとこの密教僧、印条寺の前住職、観寧阿闍梨かんねいあじゃりは一連の騒動に終止符を打つべく、玄斗を仏門へと誘ったのだった。





 豪奢な建物、絢爛な街の灯を目に映すたび、妙玄はそんな過去をふと思い出した。あのまま仲間を見捨ててソロとしてデビューしていれば、人々の歓声の渦の中でスターになれたはずだったのに、と。僧になったからといって簡単に俗世の欲が断ち切れるわけではない。まして妙玄はまだ二十六歳の若者だ。


 マンションは今や当たり前だがオートロックで地上十五階はあるだろうか。明らかに高級感が漂う。ここの住人はエアコンなどなくとも、背後に連なる山麓から吹き抜けてくる清涼な風を受けてさぞすがすがしい住環境を享受しているのだろう。開け放たれた窓がそれを証明している。


 最上階に住まう者などはさながら現代の貴族だろう。山を背に街を一望する高台に建つマンションの最上階。地べたに張り付き、うっそうと茂った竹やぶに埋もれ、ナチュラルに大自然に帰依してしまいそうな印条寺とは雲泥の差だ。


 思わず舌打ち、往年のロックミュージシャンのことを思い出し、窓からテレビが投げ出される光景を思い浮かべてしまう。――いや、また自分がそんなことを思えば悪霊に取り込まれてしまうと、慌てて意識を真っ青な空に向ける。


 ちらと真昼の太陽を視界に入れたとき、そのまぶしさに目を細める。


 しかし次の瞬間、太陽は四角い影に覆いつくされた。一瞬のうちに大きくなってゆく影におののき慌てて飛びのく。


 恐ろしい衝撃音とともに落ちてきたのはテレビだった。五十インチはあろうかと思える液晶がアスファルトにたたきつけられ、妙玄の目の前で無残にひしゃげていた。


第二話テーマソングはこちらも超有名な「Bohemian Rhapsody」 クィーンの名曲ですね。

これは全くもって雰囲気です。ただ好きなだけとも言えますが、殺しの行為と罪、許しと諦めの混濁といいましょうか、そういった劇中のドタバタ感がマッチすると感じていただければいいかなぁと。



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