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第八話 たいていのことはへっちゃらよね 2

 朱莉は脚を組み、鷹揚な態度でダイニングテーブルに文字通り腰かけ、椅子に座る少年を見下ろしていた。


(シュリ様ぁ、行儀悪いですよ)


「どーりで、どっかで見た顔だと思った」朱莉の脇にはヘッドロックをかまされて、もがき苦しんでいるミケランジェロがいる。(し、死ぬ、あかりん! ボクりん死んじゃう……! トーコ、たすけ……て)


 しかしその声はトーコに届かない。


(だから言ったじゃないですか、そうじゃなけりゃ私も家まで連れてきたりしませんよ。それにシュリ様、なんかテンション変ですよ、病み上がりでしょ?)


「ふん、今日のあたしは一味違う。容赦はしないんだからね」


(いや、根本的に状況把握してから行動してください)


「ふん、今把握したわ」


 少年はやっと解ってくれたかとばかりに、安堵の息をつく。朝子の結婚式で朱莉の隣にいた少年だ。あの時は場の雰囲気からもう少し大人に見えたが、改めて学生服姿の彼を見るとやはり少年という年頃だ。

背も朱莉と同じか低いくらいだ。どこの学生かという事までは分らない。


「それにしても、なんですか、この奇妙な人の集まりは……あなたたちは家族なんですか?」


「ほっとけ、あんただって怪しい霊感応力者じゃない」


(ところでシュリ様、もう体は大丈夫なんですか?)


「ん、ああ。とりあえず一時間寝たら治った」


(ほんと、朱莉ちゃんって丈夫よね、安心したわ。本来なら三日は寝込むくらいの消耗度だったんだけど……)


 少年は各々の顔を見回して、首をひねる。


「って、ことは……トーコちゃんに、お姉さん、お兄さん、んで、お母さんとお父さんという感じですかね?」


 少年はトーコ、朱莉、妙玄、鞠と順番に指さし、最後に窓際を指した。


「は?」と全員が少年の指が最後に向いた方を見遣ると、麻邦がテラスの柵に肘を置き煙草をふかしていた。


(ハッ、なんだ、殺ってなかったのね……てか、しれっとおばちゃん認定されたし)と渋面を隠すことなく言い捨てる鞠の背後で、トーコは(いや、鞠さん……ほんとに殺そうとしたんですか? っていうかタケル君、鞠さんのこと見えてる?)と首をかしげる。


(はぁ? タケル君?)と鞠は改めて少年の顔を覗き込むと、思案するように人差し指を顎におき天井を見上げ、視線を左右に振る。


(どうかしました? 鞠さん)トーコは鞠の感じを察し、声を潜める。


(……う、ううん、なんでもない……と、おもう)いつもの鞠からすると、あまりに歯切れの悪い返事だった。


「まあまあ、ここはご飯でも食べながらゆっくり話しましょう。お腹が減ると怒りっぽくなりますからねぇ」独りダイニングテーブルの席に着いた麻邦は、状況と裏腹にどこまでもマイペースの無敵っぷりである。


 その後の食卓は奇妙な風景が展開されている。


 朱莉から向かって左面には麻邦がいつものように着座し、右面には少年、タケルが遠慮がちに座っている。正面には妙玄、トーコはテーブルの上で正座している。


「はい、じゃあ皆さんで、いただきまーすっ」手を合わせるトーコに続いて四人が行儀よく「いただきます」と唱和する。


「なんで俺はお前らと飯食うことになってるんだ?」と妙玄。


「まあまあ、良いではないですか妙玄さん。これも何かの縁ですよ」と麻邦。


「ところであんた、麻邦さんっつったか? 部屋の中なんだから帽子とコートくらい脱げよ」


「いえ、これは私の守護結界ですので。韻枢師たる者、いかなる時も油断してはなりませぬから」


「いや、さっきからいい感じで吹っ飛ばされてただろが……にしても韻枢師のあんたが、なんでこの部屋に出入りしてるんだよ」妙玄のいぶかしむような視線は、大皿に盛った筑前煮に箸を伸ばそうとする麻邦と交差する。


「でぇ、タケルは結局何者なわけよ?」行儀悪くご飯を頬張りながら、ぞんざいな口調で朱莉は少年、タケルに問う。


「そんな、何者とか、大した者じゃないですよ」対してタケルは上品に一口白飯を口に運ぶ。


「あのね、何の関係もないのに朝子の結婚式会場に居るとか、たまたま困ってたトーコを助けて送り届けるとか、お前の行動って充分変な訳。そりゃ今日の一件に関しては、お礼を言わなきゃいけないわけだけどな」


 言葉を発するごとに口調の乱れる朱莉は、箸でタケルを指す。


(今日のシュリ様、一段と口も行儀も悪いですねぇ)思わずトーコが漏らしてしまう程だ。


(本当に、食べ方汚いよねぇ)と、猫のミケランジェロにまで言われる始末である。


「む……このご飯は……! しかもこの味噌汁!」タケルが背筋を伸ばして目を丸くする。


(あ、わかりますぅ? おばあちゃんの直伝ですよぉ)最近トーコはすっかり気をよくして、味噌汁と白ご飯はメニューから外さない。


「ちひょっと! 聴いてる?」質問をした朱莉がテーブルを叩き、ご飯を口に入れたままタケルに苦言を吐く。すると「おい、飯を口に入れたまま喋るなバカ! コメがとんできたぞ!」と、正面の妙玄に叱咤される。


 じとっと、しばらく妙玄を恨めしそうに見つめる朱莉に周囲は黙り、緊張が走る。朱莉は何かを言いたげだったが、もっともな指摘をされ、このまま終息するかと思われた。しかし突然立ち上がり人差し指を妙玄に向けて言い放つ。


「バカって言うな、バカ!」


 当然妙玄も黙ってはいない。


「んだとコラ、自分の家でも行儀くらいちゃんとしろバカ!」


「んんー仲睦まじきかな、結構結構」被害を事前に察知したか、テーブルから離れて麻邦が合いの手を入れるが、誰も聞いていない。


(麻邦さんとめて下さいよっ! もおお! 二人ともご飯食べながら喧嘩しないでくださいっ!)


「トーコさんの言う通りだよ、せっかくのご飯がまずくなる」タケルはテーブルに座ったまま淡々と言いのける。


「うっせぇよ! 贅沢言うな!」と朱莉の無駄な牽制。


「タケル君はトーコちゃんを助けてくれたんだろ、なんだその言い草は!」ともっともな妙玄。こうなれば、人の言い合いとはひどいものだ。


「べつにたのんだわけじゃんねぇえよ!」


「お前は天華会館むこうで死んでただろうが!」


「死んでた? ああん。おれぁ、生きてるぜ! ほら、生きてるぜ!」


 朱莉は足を開き、両手を大きく広げて、胸をそらして天を仰ぐ。


「そういう事を言ってるんじゃねえよ!」と妙玄が言うも、


「ふはは! 俺は魔王だ! 今からお前らを血祭りにあげてやっ、る、ぜ!」


(またシュリ様、お客様の前でふざけないでください!)


「ひゃっはー! おふざけが過ぎるんだぜ、魔王ってのはよ、だから魔王なんだぜ!」


 そう言って、朱莉はゴーゴーダンスを踊り始めた。


「あ……朱莉?」


 さすがに妙玄もこの朱莉のこれらの言動の異常性に気づき、言葉を切る。鞠はわれ関せずなのか、ソファに座って考え事をしている。


(もーシュリ様、なんなんですかぁ!)トーコも恩人タケルを前にした失礼千万の朱莉に、立ち上がって地団太を踏む。


「ええい、トーコは黙ってろ! 貴様らわぁ、何を企んでるぅ、ああ?」


(あかりん! おちついて!)


「このクソネコがぁ! 黙ってろ! げはははは」朱莉の声色が変化する。


(鞠さん、やっぱりシュリ様変ですよ!)


 トーコの叫び声で、鞠はようやくハッと気づいて立ち上がった。そして口を大きく開いて驚愕する。


(――――! しっ、しまったぁああ! 何で気付かなかったんだろ! えーとえーと、朱莉ちゃん、ちょっと痛いけど我慢してね!)鞠は慌てて両手を組み合わせて指を組み替え印を結ぶ。(えーと除霊除霊、直接殺るのは慣れてるんだけど、憑依除霊の式どうだったっけ……)


「うるっざあああい! げはげは! お前らここで全員皆殺しにしてやらぁ!」


 朱莉はタケルから手を放し、耳に入る全ての言葉を振り払うように、両腕をぶんぶんと振り回す。


 しかしそこで麻邦が割って入って、スーツのポケットから一枚の呪符を取り出すと、それを空中に浮かせ指ではじき「宣、単元韻唱増幅ユニットスペルアンプルートエントリガー――――カイっ!」短い韻唱を唱えると同時に、人差し指と中指で、空間を縦横に斬った。


 空間の大気が一瞬固まるような衝撃が走り、見えない力を背中に受けた朱莉は、膝から崩れ落ち、ずるずると床にひれ伏し気を失った。


(麻邦さん! なにを……シュリ様に何をしたんですか!)トーコは飛び上がり、朱莉を守るように麻邦との間に入り、両掌を向けて警戒する。反撃も辞さない姿勢だ。


「眠ってもらっただけですよ。憑いてた雑霊は上っ面だけですが祓いました。彼女ほどの霊感応力者が雑霊に憑かれるとは…………、深層的にため込んでたストレスと雑霊の邪念が結びついてしまった結果ですよ。朱莉さん、よほどお疲れだったんではないですか?」


(あ……そ、れは……でもあんなに元気だったし、寝たら治ったって……)


「話の流れからして、おおかたトーコちゃんのことが心配で、無理して起きて帰ってきたって推測できますけど、それじゃ納得しませんか、ン?」


 麻邦の言葉が真実でなかったとしても、トーコは背筋を伸ばさざるを得なかった。そして麻邦はさらに言う。


「それから、後ろの方、まさかの守護霊ボディガード失格ですね」と、にやりとゆがめた口を帽子のつばの下に見せた麻邦は、鞠がいる方向へと首を傾けた。


(――ええ、そうね……やっぱり、あなた私のことに気づいてたのね?)


「さすがに気付きますよ。私には声も聞こえなければ姿も見えませんが、朱莉さんほど凡俗ではないと自負しておりますゆえ……どうでしょう、ここはひとつ橋頭保を築くことを提案しますが?」


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