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朱莉・THE・アンダーテイカー  作者: 相楽山椒


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第七話 欲しいのは一本のナイフなのに 5

 慌ただしくストレッチャーが会館内に運ばれてゆく。急きょ呼ばれた朱莉は制服に着替える間もなく、ブレザーだけを羽織った状態で準備に駆り出される。


「ごめん周防さん、急で。二人もインフルエンザで倒れちまってさ」


「仕方ないですよ――はい、そっち持ってください、いきますよ、せーの」


 職員六人がかりで布団ごとストレッチャーから故人の遺体をおろし、畳敷きの床に丁寧にゆっくりと寝かせる。納棺は親族も同席するため、彼らの手を借りるケースもあるが、ここ天華会館ではもしものことがあるといけないので、必ず職員が六人で遺体を運ぶ。それが終わると飛騨と朱莉の二人を残し、四人はそそくさと部屋を出て各々のポジションへと戻ってゆく。


「では、これより納棺の儀を行います」飛騨は手を合わせ、親族に挨拶をするとおもむろに遺体へと体を向ける。朱莉は飛騨のサポートへと回り親族の一堂に頭を下げ、手順を説明する。


 三十歳くらいだろうか、とがった顎に細い眉が印象的な若い男性。色白で、とはいっても血の気は引いているので当然だが、知的な印象を受ける


 まだ老人とは言えない白いものが混じる程度の頭髪をした、初老の男女は故人の両親だろうか。二人とも両目の潤みを隠すことなく、深々とお辞儀をする。そして隣には、憔悴し今にも倒れそうな若い女性、初老の男女との関係性からみて故人の妻だろう。


 死因は病死。進行性の癌だったという。


 皮肉なことに体が若ければ若いほど、癌の進行は早くなる。健康診断などで異常が発見されて緊急入院となった場合でも、いきなり余命三か月などという宣告を受けることは往々にしてある。こればかりは普段から気を付けるより仕方がないのだが、少し体の調子が悪いといっても、そうそう病院に駆け込むことができないのが、忙しい現代社会人の常である。


 親族は飛騨の指示のもと、故人を取り囲み、逆さ湯で絞ったタオルで故人の身体を全身くまなく拭き清める。それが終われば、通常の仏式であれば、旅装束と呼ばれる白い着物、経帷子に着替えを行うのだが、今回も親族が揃えた衣装を着せることになった。


 いつも家の中で着ていたチノパンに、ダンガリーシャツ、それにカーディガン。カジュアルな装い。そのまま買い物に出たとしても格好の悪くないスタイル。きっとお洒落にはそこそこ気を遣う男性だったのだろう。もしかするとストレスをためやすい神経質なタイプだったかもしれない。


 ストレスは体にはよくない。煙草や酒、甘いものの食べすぎや、不摂生よりも、なにより精神的に負担をかけるのが体にはよくない。あれは体の内部、とりわけ根本の部分から蝕まれるので始末に負えない、と観寧和尚が言っていた。肉も酒も煙草も欠かさない百八の生臭坊主がああまで元気ならば、説得力もある。


「修二は映画が好きでねぇ……学生の時は映画監督になるだなんて言っていた……」初老の男性は父親、涙ながらにしみじみと言葉をつなぐ。それを傍らで聞く女性、おそらく母親だろう「あなた……」としなだれかかるように、左手を夫の肩に添える。


「こんなことになるなら、好きな事をさせてやればよかった」


 息子の命を失ってしまうというのは、言い知れぬ悔しさが伴うだろう。肩を震わせ声を湿らせる父親。

「映画は“世界のムロサワ”に限る、ってさ実家に居る時はよく映画を見せられたよなぁ」


「この子、テレビの仕事やってたんですけどね、今の映像界はダメだって、古い映画ばかりで……」母親はそういいながら故人のゆかりの品物、副葬品をバッグから取り出す。朱莉はそれを受け取り棺に入れても問題のないものかを確認する。


「手紙や衣服、写真は大丈夫ですが、このスマホはご遠慮いただけますか」


 スマホを受取ったのは若い女性、故人の妻だろう。まだ二十代も半ばくらいに見える可愛らしい奥さんだ。


 飛騨はちらと朱莉に視線を向けながら、整髪し、髭を剃り、顔を整える。


 闘病の間に頬がこけてしまったのだろうが、もともと骨格の細い人だったようだが、口内に綿を含ませ膨らみを与えると、覗き込んだ妻の顔はほころび、うんうん、と頷く。


 気難しい所もあったが、それだけによく気がつく、人当たりのいい人だったと。


 働きすぎのきらいもあったが、毎晩仕事が終わり食事を済ませると自作の映画脚本を書いていたそうだ。


「映画監督になりたいって夢はずっと捨てていなかったんです……いつかデビューしてやるって、そう漏らしていました」


 と、そこへふっと質量のある、空気の塊のようなものが朱莉の脇に立った。


(中身のない軟派なタレント映画やら、萌えアニメやらが席巻する映像界は腐ってる。クソ、あともう少しだったのに、僕が業界に風穴を開ける風雲児になるはずだったのに)


 原理主義者か、と朱莉は霊と目を合わすことなく思う。


 映画の観方をとやかく言う人間は多い。そして映画を見た後は大抵皆、批評家になる。お金を払ってわざわざ作品を観たという事実を肯定化したいがためだろう。そして平気な顔をして“あれは駄目だ”とネットのレビューに匿名で書き込む。


 それはそれで間違いでも非難されるべき行為でもないが、一介の素人の戯言だ、とも朱莉は思う。自身も創作に携わっていた時分は、何らかの夢を見たはずで、売れる売れない、受ける受けない、という外的な価値基準判断を気にしたことはある。


 朱莉の手を借りて作品を世に出した作家の霊たちも、文字通り心血を注いで世に出した最後の作品を世の中に問うた。


 だが、すぐれた作品が必ずしも世の中に迎合され、商業的に成功するとは限らない。その時代や、観る者の感性で趣向は変遷してゆくものだ。朱莉のいた芸術系の世界ならなおさらその線引きはあいまいなもので、おそらく、なぜそのデザインが、なぜその作品が評価され世に出ているのかを正確に、理路整然と論じることが出来る者などいない。作家本人とて、自身の制作に至るまでの思い以外には語ることが出来ないからだ。


 映画などに見られる映像作品が商業的に傾くのはある程度仕方がないことだ。売れた小説原作、あるいは漫画原作をたたき台にして、そこへ有名タレントをねじ込み、無理やり実写映画化したものなど枚挙に暇はない。


 だが、映画とは金も手間も時間もかかるものなのである。その中で多くの人間が動き、多くの人間の思惑が介入する。作家の思いを伝える創作作品というには不自由すぎる環境にある。それを商業的に成功させようという腹づもりならなおさらだ。皆が利益を獲得できる機能媒体を目指すのは当然だ。


 一般人はそうして出来上がった結果だけを見せられている。無遠慮な批評も致し方はないとは思う。


 故人、佐藤修二がどの程度のアマチュア作家であったのかは知る由もない。だが齢三十半ばといったところ、番組制作会社に勤めていたのであれば中堅くらいの地位におり、仕事の合間を見つけて、足しげく映画館に通い、家で映画脚本を書いて、と精力的に前向きに創作に携わって、いつしかのデビューを夢見ていたことは遺族の言質からして確かだ。


「あの、本は……大丈夫ですか?」


 妻が差し出したのは一冊の四六版の単行本だ。


「これは?」


「夫が若い頃に自費出版で書いた小説だそうです……全然売れなかったみたいなんですけど、この機会にお越しくださった会葬者の皆様にお渡ししようと思って、持ってきたんです」


(ああっ、真奈美、それは……。まあ、いいか……勢いでつくっちゃったけどなぁ、友達と親族に配ってそれで終わりだったよなぁ。ジャングルで三冊くらい売れたけど、それもネットで知り合った作家仲間がお情けで買ってくれたものだったしなぁ……そういや真奈美は読んでくれたんだろうか)


 佐藤修二は腕組みしながらため息をついて、虚空を見つめていた。


 作家という生き物が自身の創作物を形にすること、すなわち書籍化させることは一つの夢である。本来なら高名な賞を獲り、出版社から切望されて一般ルートで書店に並ぶことが至上目標であるが、それに叶わないアマチュアはしばしば作品を印刷所に持ち込んで、装丁し、書籍として市場に流通させるという自営業を試みることがある。


 だがこの方法は往々にして成功することはない。無論本人も承知している。百に近い確率で世間に流通しないであろうことも、自己満足であるという事も。


 おそらく在庫は百や二百ではないだろう、妻が抱えてきた大きなバッグには、佐藤修二先生の報われなかった作品が詰まっている。


 朱莉は本を受け取り、ハードカバーの装丁を眺める。


 純文学作品だろうか、タイトルは『蟋蟀の命』とある。


 朱莉はタイトルが読めなかった。


「えーと……」


「コオロギです」


「ああ……こおろぎ! ですか――ああ、いえ……すみません、この厚さの本は燃え残ることが多くて、ご遠慮いただいているんです」と本をそっと妻に差し返す。


「そうですか」と寂しそうにつぶやく真奈美。それを見て「あの、よろしければ読んでやってください」と言って横から父親が口添える。


「え、私にですか?」飛騨に目配せすると、もらっておきなさい、とほほ笑む口元が語っていた。



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