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第四話 変わってみるのもいいんじゃない 2

 周防朱莉はいつも考え事をしていた。


 昔から絵が得意な女の子だった。小学校のころはクラスの中でも絵が上手だと言われ、周囲からは将来は絵描きになればいいのに、と無邪気な評価をされ続けてきた。


 しかし、やがて小学校という小さな世界から出て中学にあがってみれば、自分がそれほど特別ではないことに気付かされる。自分と同等の絵が描ける者などいくらでもいるのだ。


 腐るほどの自尊心があった訳でもない。無邪気に将来は絵描きになるなどと言っていた自分が懐かしく思えた。挫折したと言えるほどの衝撃ではない。ただ、自分も例に漏れず、このまま普通という巨大な怪物に吸収されてゆくのだろうと思っていた。


 中学生社会の一員として適応するという事は、学力という一元的な価値観に収斂されてゆくことなのだと気づかされる。


 普通になってゆく自分。


 目に見えている物だけが全ての現実。


 つまらない、くだらない、と朱莉はいつも窓際から校庭を見つめていた。昼休みになると屋上に出て弁当を食べながら、一人でノートに絵や物語を描いて妄想していた。想像は自由だ。誰にも縛られることない自分のルールによってのみ作られる世界。自分の前世、魂の在り方。世界の成り立ち、並行して存在する異世界。人ならざる者、未知なる知性体。人が生み出す超能力、体系化された魔術。霊の存在と世界、魂を統べる神。


 そんなものがあればいいのに。


 漫画や小説に書かれているような世界が本当はあるんじゃないか。そう思うとワクワクできる。もちろん本気になんてできないけど、真似ごとでも、もしかして、と思う事ならみんなやっている。


 そう、お寺や神社にむけて願をかけてるじゃないか。ただの石でできたお墓を拝んでるじゃないか。いつか白馬に乗った王子様が自分を迎えに来てくれるだとか、悪事を働いたら罰が当たるなんてどこかで畏れたり、どこそこに行ったら悪霊に憑りつかれるだとか。


 皆どこかで何らかの形で妄想を信じたがっている。人以上の力の存在を認めたがっている。じゃあ、私がそんな風に思っても全然変じゃないよね、と。


 周防朱莉は退屈な日常を少し楽しくするために、中学校入学と同時に魔王の転生体として生きていた。両親もクラスメイトもそれには気づいていない。


『ディントウルニ・アブフェアエ・シュリ・バーミリオン・モーリーホア』という十六天魔王の一人、現代によみがえった朱の魔王の権現『閃光のシュリ』という“設定”を生み出すという痛いことをしでかし、“シュリ目線”で日々ノートに日記を書き綴っていた。「人は愚かである」などと。


 そんな朱莉の妄想はノートの中だけにとどまらず、封印した右手と称し、呪印を描き包帯で隠すという暴挙に出、これを解くとき本当の実力が発揮されるなどという、これまたひどい“設定”を自らに課していた。


“設定”といえど、ほんの少し呪術的な期待もあった。この朱莉の行動を見て馬鹿だと一笑に伏せる者はそう多くはないだろう。誰もがこんな少年少女期に自らの成長とそぐわない脆弱性を知り、絶望しないため何らかの――学力や技術力や才能以外の“力”あるいは“特別性”をねつ造してでも期待したくなるものなのだ。そしてそれは延べて親や兄弟には告白できない物であることがほとんどだ。


 そんな朱莉でも友達がいないわけでも孤立しているわけでもなかった。


「ちょっと朱莉、虫に刺されたとか言ってたけど長くない? あんまりひどいようなら病院行きなさいよ」当然三週間も腕に包帯を巻いていればクラスメイトも心配する。


 そのように言われて大丈夫、と言いながら、言外に「病院はダメだ、正体がばれる」と呟く。


 自分だけが知る秘密の遊びは、朱莉の中でむくむくと成長を続けていった。




 ある春の日、いつもよりも暖かくペンが機嫌よく走った。


「周防さんってさ、いつも何書いてるの?」


 屋上で絵を描いていると、声をかけてくる人物が居た。できるだけ人に見られないようにしていたのだが、夢中になりすぎて近づいてきていた人に気づけなかった。慌ててノートを背中に隠す。この頃は魔界文字の生成に余念がなく、ノートの記述も魔界文字を多用していた。当然“人族”が見ても読むことは叶わない。


「わたしも絵が好きなんだ。よかったらうちに来ない?」


「うち?」


「漫画研究会、放課後毎日図書準備室で活動してるから。よかったら覗きに来なよ」


 中学二年にあがってすぐだったので、クラスメイトの名前をほとんど覚えていなかったが、顔には覚えがあった。わりにかわいい部類に入る子で、入学の時から印象深い。そんな子が声をかけてくるなんてなんだか意外だなと思った。


 誘われれば出向く。朱莉にはそういう素直さがあった。拒否する意味もないから、といえたが多少は興味があった。当然だが部員は皆それなりの画力を持つ者ばかりだった。ここに居れば自分は並みかそれより少し上くらいだろうか。


 彼女らは人気のイラストを描く技術を一生懸命研究している。上手く描けるとウェブサイトに投稿する。そうするとネット上で人気投票が行われ、高得点をとると注目される。何か賞金があるわけではなく、単にそれが絵を描くモチベーションにつながるのだという。


「へぇ、みんなうまいね」


「周防さんも一緒にやろうよ、目標をもって何かをするって楽しいよ」


 目標か。自分は何をやりたいのかなんて考えていなかった。ほかの部員に聞いてみれば漫画家になりたい、イラストレーターになりたい、など皆『夢』を持っていた。


 それこそ昔の自分のように無邪気だった。


「ふ……無邪気だね」思わず魔王の声が漏れて、慌てて口を噤む。自分を誘ってくれたクラスメイトは小首をかしげ微笑んでいる。大丈夫だ、聞かれてはいない。


 漫画研究会の部員は延べて皆化粧っ気がなく、野暮ったかったが、朱莉のことを誘った女子、有元朝子だけは一人異彩を放っていた。


 彼女は頭がよく、イラストを描くのが抜群にうまく、美少年も美少女もモンスターもメカですら自在にあやつる。投稿しているウェブサイトでも常に上位をキープしており、素人ながらファンも多くついている。


 小学校のころから何度もイラストコンテストに入賞している彼女の実力は折り紙付きで、朱莉もその画力の前には口を噤まざるを得ない。


 彼女のペンネームは『Gペンのアリア』。


 アリアとは彼女の本名、有元朝子のアナグラムである。Gペンとは漫画を描くときのスタンダードなペン先であり、漫画家の中にはこのペン以外は使わないという作家もいるほど、使い慣れればあらゆる線を自在に操ることができる万能ペンである。


 そのペンの名を冠した二つ名を持つ有元朝子に、朱莉は対抗して『朱鏑シュリ』という二つ名を自らつけウェブサイトや漫画原稿でのペンネームとした。


 このかぶらとは弓矢で使う鳴り矢の鏑矢に由来しているが、無論こちらも漫画描画で使用するカブラペンと掛けている。本来のかぶらの漢字を使わなかったのは単にかっこ悪いという理由からだ。


 しかし他の部員からは馴染みのない漢字であまり評判は良くなく、かといって『赤かぶらシュリ』と、ひらがなで書くとギャグ漫画家のペンネームのようだと言われたため、漢字に滅法弱い朱莉であったが一生懸命調べてつけた。


 朝子は大げさなようだが、その美貌も手伝って部内でイラストの女神とあがめられていた。部員は皆アリアという女神を信奉する盲目の信者のように、それ以外の価値観を持とうとしなかった。


 くだらない連中だ。


 偏向的なモチーフをとりあげ、リクエストに応えるようにして、絵を描き上げアップロードする。この“作業”。人の顔が見えない評価。どこまで行っても相対的な評価。自分が描く意味があるのだろうか、と考える。漫研というだけに、漫画作品もいくつか仕上げた。話を考えて、それに沿って絵やキャラクターを描き起こしてゆく。だが、支持されるのは借り物のような綺麗な絵と、ご都合主義な話の流れ。皆が皆似たような絵と似たような話を書き連ねる。消費されてゆくだけのイラスト,消費されてゆくだけのストーリィ。


 まったくもってくだらない。


 部室にいてもなんだかむず痒さを感じる。女子ばっかりだが別に“女子漫画研究会”というわけではない。傾向が同じ女子ばかりの集団。なんとなくコミュニケーションが取りづらく、居づらかった。話が合わないのだ。


 彼女らの話題はアニメと漫画とコミケの話が八割を占める。あとの二割で新しく出来たカフェと流行りのファッションの話をする。


 どれもほとんど興味がなかった。


 部員たちとの距離は離れてゆき、朱莉は部内で孤立する。


 もっと創作的に、オリジナリティあふれる作品を描かなければいけない、どこにもないストーリィを、まだ誰も知らない物語を、世の中へ突き付ける刃のように、うかつに触れれば傷つくような作品を作りたかった。


 朱莉の中でしばしなりを潜めていた魔王シュリ・バーミリオンが頭をもたげ始めていた。



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