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第二話 放浪者の狂詩曲 追伸

 彼女と妙玄の間で何が語られたのかはわからない。ほんの五分から十分の間だっただろう。朱莉以外の者が見れば、ただ僧侶が棺の前で胡坐をかいて何やらぶつぶつと独り言を言っているようにしか見えなかったはずだった。


 その後会館の職員たちの手により、いったん中断という形から式が再開され、妙玄から耳打ちされながら喪主の父親は謝辞を述べるという奇妙な絵面の締めくくりとなった。父親は途中で号泣し、“彼女”に対して何度も謝っていた。


 彼女と彼女の家族の間にどんな関係性があり、どんな問題を抱えていたのかはわからない。妙玄はそれを訊いて彼女に何らかのアドバイスができたのかもしれない。死して初めて気持ちが伝えられるなど、あまりにも不自由すぎる。そんなやるせない気持ちと、不甲斐ない自分の行為に胸が痛んだ。



 出棺を見送る朱莉の肩を何かが触れた。


(あんなお父さん初めて見た)


(なによ、あんたまだ居たの? 一緒に行かないでいいの?)


(別に……自分の焼けるとこなんて見たくないし)


(何の話してたのよ、あのお坊さんと)


(――教えない。でもあの人かっこよかったなぁ、あんな人が彼氏だったらいいのに)


(もうあんた死んでるじゃん、終了よ。だから言ったでしょ生きてりゃ――)


(生まれ変わるもん)


(――ってまだそんなこと言ってんの?)


(ちがうよ。またこの世界に生まれるの。お姉さん知ってた? 人生ってやり直せるんだって)


 少女の顔は嬉しそうだった。もう死んでいるのに未来を夢見るような目を輝かせていた。


(そうね。あとひと月半でお迎えは来るけど、それまではこっちでせいぜい世の中を見ておいたらいい、また次の人生で役に立つこともあるかもね)


 朱莉も微笑みを返した。歩き出した彼女の小さな頭に触れようとしたが、その手は空を切った。


(じゃあね、お姉さん。最後に話せてよかった。ありがとう)


 行かないと言っていたくせに、彼女は半ば駆けるようにして家族が乗り込んだ火葬場への送迎バスへと乗車していった。肉体から抜けたばかりの霊はしばらく“物理的な癖”が抜けない。しばらくすれば実存物質も空間軸も意味がないことが判るのだろうが。


 自殺を選択した死者が天上霊界でどういった沙汰を受けるのかを朱莉は良く知っていた。罰があるわけでも地獄に落ちるわけでも、永遠に浮遊するわけでもない。


 ただ、もう一度同じような、似たような人生をすぐに歩まなければならなくなる。当然前世の記憶をもって生まれてくる事はない。彼女の人生は四十九日後に終わり、全ての記録と記憶を抹消される。この人生の経験が次の人生に生かされることはない。


 もし生まれ変わっても、記憶がないのだから再び朱莉と再会することもなければ、苦言だって吐かれることもない。彼女、あるいは次は彼かもしれないが、次もまた何も知らずに人生を始めるのだ。


 妙玄というあの若いやさぐれた僧が彼女に何を言い、どう諭したのかも今となっては想像がつくというものだ。

 

 朱莉は作り笑いをして彼女を見送った。が、その直後再び肩に触れる何かがあった。


(ちょっとあんた、一緒に行ったんじゃ……)と振り返ると、そこにあったのは館長如月の氷のような微笑みだった。


「お疲れのとこ申し訳ないんだけど周防さん、ちょっと、事務所まで来てくれるかな」




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