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第二話 放浪者の狂詩曲 3

(ちょっとぉ、やり過ぎじゃないの?)


「うおっほん! あーあーあー。変に低い声出すもんじゃないわ――」朱莉は何度か咳払いをして声を整え、「いーのよ。あの生意気なガキにはあれくらいきつくビビらしておかないと。鞠さんだってこの二週間のあいつの狼藉見てたでしょ?」とあっけらかんと言う。


(ま、私からは結局見えないんだけど、どんな子だったの)


「うん、やっぱり女の子の霊だった。地元の中学の制服着てたから、あれが家族惨殺して、最後に自殺した頭のおかしい妹の方ね」


 朱莉は公園のベンチに座り、コンパクトの鏡を覗き込みながら、鞠と話をしていた。


「家族殺すほど憎いなら、なんでわが家に地縛するかね?」


(霊にはそれぞれ言い分もあれば事情もあるしね――にしても扉の子だからトーコってひどいわぁ。朱莉ちゃんって見かけによらずサディスティックね)そう言いながら鞠は嫌悪感を示す。


「なんでえ? 全然可愛いじゃん。これでも顔見て仏心芽生えたんだよ。最初は玄関マットに染みついておけって、言おうとしたんだけどね。憑いたらそれごと捨てて燃やしてやろうかと」


(ひ、ひど……本当に悪魔サタンね)


朱莉はさっきまでのやり取りを思い出して吹き出した。


「しっかし、まさか信じるとはねぇ……会心の演技だったっしょ?」


(調子乗りすぎ! 大体六千八百万年前ってなあに? まだ人類すら生まれてないわよ? それにその名前!)


「あ、まぁそこは深く考えてない。とりあえず悪魔信仰とか黒魔術的な感じで言ったらハマったし、さっすが中二ね。ま今後はそういう感じでお願いねぇ」


(全部私の力のおかげってこと忘れないでよね、さすがにあれだけのものを捌くのは大変なんだから)

「わかってるって、感謝してます。さすがは我が守護霊様! 今日はお線香奮発しちゃいますから!」



 相変わらず朱莉は天華会館の臨時職員のままだったが、仕事も覚えだし職場にも慣れてきていた。葬儀場で遭遇するのもほとんどが抜けたての乖離意識ばかりで、時折猪口雅夫の時のように意思疎通をせざるを得なかったが、多くは穏やかな会話に終始していた。


 悪くない仕事だと思えてきていた。休みが定まりにくいのは玉に瑕だが、さりとて遊びに誘ってくるような友達もいなければ、彼氏もいないのだ。それよりどこに行っても混み合う世間様の休日をさけて、悠々謳歌できるという部分のほうに有難味を感じ出していた。


 今のところ確約はできないが、今日明日と葬儀の予定はないため、休暇を合わせ今日は昼からランチに行こうと飛騨と待ち合わせをしていた。


 さっきまで真っ黒な雲が覆って稲光が激しくたなびいていた空は嘘のように晴れ渡り、再び太陽が顔を出していた。朱莉はベンチから立ち上がるとコンパクトを仕舞い、弾むような足取りで駅の方へと小走りに駆けだした。


「朱莉! こっちこっち!」


 人混みであふれかえる中央都市の駅のコンコースで、関西弁で大きく叫ぶのは女性。浅葱色のサマージャケットにゆったりとしたガウチョパンツというカジュアルないでたちで、ぶんぶんと音が鳴りそうなほど勢いよく手を振っていた。


 飛騨である。


 飛騨の正面で迷惑そうにしている中年男性を横目に、朱莉は肩をすくめ駆け寄った。


 近づいてみると彼女はいつもと違って綺麗に髪を結い、年相応に自身の長所を引き出すような上手なメイクを施していた。一般的美人の域にはないが、女性として魅力的という言葉は当てはまる。


「さ、いこか」と飛騨は朱莉に笑いかけるとさっそうとヒールの踵を返す。


「どこいくんですか?」と追いすがる朱莉は飛騨の顔を覗き込み問う。


「あそこ」


 飛騨が指差したのは県下でも有数の高級ホテルだ。


「えっ! あたしそこまでお金持ってませんよ!」言いながらどれほどかかるかなど知らない朱莉だったが、「大丈夫やって、ランチはお手頃な値段やから。不況続きの最近はホテル事業も火の車やからな、ランチで客引きして求心力出しとかな、本腰のディナーもままならんっちゅう訳や」


 飛騨がそう言うように、一般的なダイニングのセットメニューよりは値が張るが、一流のシェフの用意するコース料理がこの値段で賞味できるとあれば、コスパは非常に高いといえた。


 はっきり言って朱莉は本格的なフランス料理など食したことはない。葬儀だけでなく結婚式すら出たことはなく、シエルブリリアントに在籍していた数日間ですら見たことがなく、それがフランス料理なのかどうかもわからないのだが、一品一品が丁寧に盛り付けられ、ゆったりとした時間と空間の中で一口づつ噛みしめ味わう食事に至福を覚える。とにかく初めて尽くしの経験に、自分が立派な大人になった様な気分で心が躍る。


 ワインの味も解らなかったが、グラスに注がれた緑がかった淡い色の液体に、ホテル最上階の大きな窓へと屈折し間接光となって飛び込む太陽光が美しく透過して、そのさっぱりとした飲み口をより際立たせているように感じる。


「うう、おいしいですぅ――飛騨さん、よく来るんですか?」


「ん、まあたまにやけどね。ああいう職場やとあからさまにお洒落するわけにもいかへんし、こういうとこにたまには来て、オンナを忘れんようにせなと思ってな。ホラ、三十過ぎの女なんかただでさえ頑張ってる感出まくりなんやから」


 関西系の人間だからだろうか、飾り気のない言葉には好感を覚えるが、飛騨は自嘲的に話す事が多い。

「ま、さりとて狙うモノがある訳でもないんやけど、花の命は短しってゆうやろ? ああいう仕事してるからこそ今が大事やなっておもう。ウチらとそんなに歳変わらん子を棺に納める時なんか、やり残したことあったんやろなぁとか思うわ」


 この二週間で飛騨が言うほど若い人間の葬儀に会したことはまだなかったが、朱莉が出会った乖離意識体の多くは後悔を口にしていた。そして遺してゆく家族や伴侶のことを憂いていた。だがそれも四十九日の間に整理をつけて旅立ってゆくのが普通だと、鞠から聞いた。


 その鞠といえば、年齢相応に美しく見える女性像で朱莉の背後に現れている。妙齢を過ぎ、花盛りと言うには無理があるが、人生全体を見渡せば若い部類に入る。彼女はあの歳で亡くなったのだろうか。結婚していたのだろうか、子供は? ふと今まで気にもしなかったことを考えてしまう。


 そして家に縛り付けられているポルターガイストの少女トーコ。彼女は自ら命を絶ったとはいえ後悔はないのか。


 あれほど思考する残念した霊体を朱莉は見たことが無い。今日の今日まで姿を隠し現さなかったのは彼女の意思によるものだという事は今日の一件ではっきりした。


 霊体は霊感応力者から、姿を隠そうとすれば隠すことが出来る。


 ただ『干渉』すれば形骸を自ら持つことになる。


 干渉とは朱莉がトーコを煽った罵詈雑言のような心象を揺さぶる言動もその一つであるが、怒らせるということを指しているのではない。解りやすく言えば、霊体とわずかな一点でも心を通わせることを言い、心を開くと霊体は朱莉のような霊感応力者に姿を見られてしまう。


 心を通わせるといえどそのやり方は様々であり、徳の高い僧侶などは時として霊を懐柔し、そのまま成仏させることができるという。この“成仏させる”とは、霊体を一つの存在と認め、再び元の人間の意識を惹起させ対話を試み、負の思念を正転させる行為を仏法的に言い表した言葉である。また僧侶の唱えるお経や念仏にはそういった霊の式に対応する『対象式』が簡易的に組み込まれており、ある程度の除霊効果があるのはそのせいだという。


 ただ、今朝のケースでは朱莉の煽りにトーコが腹を立てたゆえの心開きであり、けして褒められるようなやり方ではない上に、成仏とは程遠い。鞠がいなければおそらくは串刺しにされていたであろうことは容易に想像がつく。


「朱莉?」


「え?」


「なんか悩み事でも?」


「い、いえいえ、そんな、全然……」


 正直問題は山積である。ポルターガイストを下僕にしたとはいえ、あの部屋から出ない限り縁を解くことは出来なくなったのだ。意識を閉じずに部屋に居ながら霊障を避ける為にはああするしかなったのだが、これで名実ともに殺人鬼の中学生と同居することになった。そういうのに辟易して実家を出てきたというのに、これでは余計に性質が悪い。


「なあ、朱莉ってどこに住んでるの?」


樋井台ひのいだいですけど……」


「え、高級住宅街やん、もしかしてお嬢様?」


「あはは、そんなことないですよ。たまたま安い物件があって、っても賃貸マンションですよ、最上階で見晴らしはいいですけど……」


「えーいーなー。ウチなんか1Kの築四〇年物やで。窓を開ければ港が見えるどころか、みんな隣・・・・が丸見えや。向いは学生寮で毎晩酒盛り、全裸で踊りまくるアホどものせいで夜も寝られへんわ」


「あっはは、大変ですねぇ」


「笑いごっちゃないで、ホンマ――あ! なあ、今から朱莉んち行ってええ?」


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