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第十二話 黄昏の中に 7

 結論から言うと、エヴォロイド・ミサキはAUNグループの中、シエルブリリアントで試験的に登用されることとなった。


 実際に受け付けや、インフォメーションなどのAIを使用したデジタルサイネージに、そのままエヴォロイドフォーマットとして組み込まれる。だがこれはおまけのようなもので、エヴォロイド・ミサキは“三塚ミサキ”として、世界初のエヴォロイド社員として登録されることになった。


 今までも企業が宣材としてAI端末等を“社員”的に位置づけてきたことはあったが、ここに画期的であったのは、各マイスターが作成したエヴォロイドをコンペで採用するのではなく、エヴォロイドそのものの意志を優先し、面接を施し、業務に従事させるか否かという段階を踏んだところにある。


 それを馬鹿馬鹿しい出来レースだと言ってしまえばそれまでだが、採用の形式はグループ内企業各社が推した代表エヴォロイドが、コンペで選ばれるという名目だったが、ふたを開けてみれば、通常の社員に行うような面接を受けさせるという選定方式だった。グループ内企業で名乗りを上げたのは二十社以上、その中には動画配信サイトなどで活躍している有名エヴォロイドも含まれていた。


 実際に各社代表が応募してきたそれぞれのエヴォロイドAIに面接を施してみれば、様々な反応があった。中には「マイスターに無理矢理受けさせられただけで、自分は興味がない」「私に対する労働対価が見合いません」「人格を具体化するなど、ルッキズムの乱用を加速させるだけです」などと自らの存在を否定してみたりする者まで現れ、期せずしてAIの、あるいはエヴォロイドという存在の新たな可能性を垣間見ることになる。


 これは親たるマイスター達にとっては興味深いことではあっただろうが、現場は混乱した。オブザーバーとして迎えていたAIに詳しい研究者が言うには、AIだから知識も社会性も人並み以上に兼ね備えているが、より人間らしく、人間たらんとするが故のことだろうと。まして現代における成人年齢周辺の女性ないし男性の言動や心理をAIが分析、構築し、忠実に再現した結果ではないだろうか、とのことだった。


 皮肉なことに、結果的にそんなことを・・・・・・言わなかったミサキは、ごく自然に見えた。ただ自分に課せられる仕事に携わりたい、誰かの役に立ちたい、もしも自分にそれが出来るなら心から、やってみたい、と。そのように言ったのだった。


 かくして、朱莉がキャラクター概要と周辺設定を企画、それを三塚が設計データ化し、社会人ソーシャルAIへと昇華させた“三塚ミサキ”は晴れてシエルブリリアントのAI社員として採用されることとなった。外観も社会人年齢に合わせて数歳成長させた。


 下世話な話だが、ミサキには社会保険等の保障はつかないが、給与はいわゆる一般職の職員と同程度が支給される。そして当然これは管理者である三塚研二の口座に振り込まれることになる。朱莉が当初想定した版権というものは設定されず、“社員の人格”を商業利用する事は出来ないとしてAUNが厳格に線を引いた。


 こういった仕組みは無論今までになかったことだが、AUNグループの方針が今後一般化すれば、自身の作成したAIやエヴォロイドを意図的に“稼ぎ手”として制作し、自らの生計を立てようとするERマイスターが次々と名乗りを上げてくることは予想される。


 それだけに、この仕組みを奴隷制度のようだと非難する人権団体も少なからずあり、奇しくもAIや、エヴォロイドに始まり、将来現れるであろう自律的稼動筐体アンドロイドに対する権利問題といったものが加速してゆくことが示唆された。


 実際三塚ミサキは、世界初ということもありメディアに取り上げられ、瞬く間に認知された。


 今までの企業マスコットや、AI社員といったものよりも、より人間に近く、三百六十五日、二十四時間働かせたとて疲弊せず、膨大な事務仕事も高速で処理し、いかなるカスタマーハラスメントにも屈しない理論武装エンジンを積んでいる――ものだと思われていた。


 が――ミサキは八時間働けばきっちり疲れてパフォーマンスは落ちたし、事務能力は一般職員に対して人並みかそれ以下で、試しに総務に配属してみたら職員からクレームの嵐に。電話受付口に配属してみれば、モンスターカスタマーに耐えきれず泣く。普通に週休二日を望み、定時で退社したがり、挙句上司の愚痴も言う。


 余りの普通さに、実は中の人がいて遠隔操作されてる疑似AIなのではないか、という疑いも持たれたし、これならAIである必要などないのでは、ともっともな意見も流れた。


 だがミサキはシエルの社員並びに顧客から愛された。外部では私設ファンクラブまでできてきているらしい。


「ミサキちゃん、お仕事は楽しい?」朱莉はたまにシエルブリリアントに顔を出したときは、館内の各端末にいるミサキに声をかけてみる。自分と同い年くらいに成長し、受け応えも大人びていて、三塚の部屋に居るときとは違う。


 まるで、いつも家ではソファでごろごろしていた娘が、偶然街の小売店でバイトしている姿を目にした父親が困惑してしまうような驚きがあった。それと同時に朱莉は、自分よりもよほどちゃんと接客対応が出来ているではないかと恥じ入る。


「おかげさまで、毎日充実してます」


 にこやかに微笑む、端末ディスプレイ内のミサキは、やはり霊体とダブって視えていた。一体どういう仕組みなのか判らない。それぞれの端末に霊が憑いているのか、無線通信のようなもので繋がっているのか、はたまたエヴォロイドデータそのものに霊がリンクしているのか。


 さらには、ミサキはちゃんと出勤も退勤もしている。


 通常の従業員と同じく始業時間までは端末を立ち上げても現れないのだそうだ。では、その間、つまり夜間はどこにいるのかというと、三塚の家の端末に戻っている。しかも、もとの中学生くらいの少女の姿に戻って。


「変身魔法少女じゃあるまいし……どうなってんのよ、これ」三塚にそれを訊くと、やはり日中は三塚の端末にはおらず、夕方疲れた様子で帰って来るという。


「そういう契約だし、仕事だから仕方ないよ。ああ、娘を嫁にやるってこういう気持ちなのかもネェ」などと、意外に達観している。「まあ、僕とミサキちゃんは魂で繋がっているから」ともいう。


 あれほど執着していた“彼女”に対して、これほど落ち着いた視点で見られるのは、さすが職人というべきか、腐っても男性なのだなぁ、と思う。


 もっとも、今その三塚の対面しているディスプレイ上には、あらゆる形とサイズのバストの生々しい3Dモデルが並んでおり、クライアントと――つまり八代と、好きなのはどのタイプなのかと肩を並べて真剣に相談し合っている。


 シエルブリリアントがエヴォロイド社員を採用してから、各企業もそれに倣い、マイスターとのサブスクリプション契約、つまりエヴォロイドの期間派遣業のようなビジネスモデルを軸にした市場が形成されつつあった。


 相変わらず人格を商品化している、ルッキズムを加速させる、などの人権団体、女性団体の声明は耐えなかったが、無論ながらエヴォロイドが必ずしも美男美女というわけではないし、いわゆる“地球人類”である必要もなかった。


 皮肉なことではあるが、エヴォロイドの社会進出に否定的な意見を持つ各種人権団体のシュプレヒコールが、この人造的な人格に人権が適用されるのかという争点を加速させることにもなり、社会通念たりえる法整備の必要性も取り沙汰されだしている。


「朱莉さん、きいてください! 今度ね、わたし衣装部に正式に所属になったんですよ」


 衣装部というと、矢上さんのとこか……と、入社したてのころ一言二言話はしたけども、知り合いというほどではない。一瞬で衣服を交換できるエヴォロイドなら、たしかに衣装部という部署はうってつけだろう。ドレスや衣装のサンプリングが、具体的かつ詳細に示すことが出来、よりよい選択を提案出来るようになるかもしれない、と思ったのだが。


「わたしね、ドレスをデザインしてみないかって。シエルの衣装部で扱うドレスを作るお仕事のお手伝いするんです!」


 割と驚いた。


 昨今生成AIはクリエイター顔負けの創作をするとは聞いていたが、それらは指示言語であるプロンプトに縁取られ、学習モデルを元にしたランダムで無作為な情報とリソースの継ぎ接ぎ、それらを帳尻合わせすることによる、偶発的な産物とされてきた。


 それがエヴォロイドという“人格”をもつAIは、これまで得た知識や経験や情報から汲み上げた材料をもってして創作を行う“個性的想像力”をある程度もっていた。


 それはまさに、人の創造力といえるのかもしれない。


「ミサキちゃん達がそんな能力つけちゃうと、ケンジお兄ちゃんもアタシ達も形無しだよねぇ」あくまでエヴォロイドとしてのミサキを褒めた。


「でも……朱莉さん……わたしね……」


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