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第二話 放浪者の狂詩曲 1

「あああああぁーっ! なにやってんだこのポルターガイストがあぁっ!」


 真昼の陽光がさんさんと注ぎ込まれる、平和的でのどかな広すぎるリビングに朱莉の声が響く。もちろん部屋には彼女一人である。


「就職祝いにおじいちゃんに買ってもらったテレビがぁ……! このっこのっ! バカ!」


 朱莉は浮遊する霧に向かってぶんぶんと拳を振った。


(おおー下にいた人に中りそうだったのに、惜しかったなぁ)


「なっ!」


 あわててテラスに出て、テレビが落下していった階下の道路を恐る恐る覗き込んだ。そこには袈裟を着た僧侶が尻餅をついてしばし呆然としていた。


 朱莉は気づかれないよう、慌てて首を引っ込め後ずさりする。


(かっかっか、私の恐ろしさが解ったなら、さっさとここから出てゆきなさいな。ま、普通はここまではしないのよ。ここまでしなくても皆怪奇現象に恐れて出てゆくからね)


「なんで……」


(私は魔道神霊よ。人間がこの地に訪れるより以前から、この場を支配して三百二十七年、ここは私の『場』よ。人が勝手に作ったルールで自分のものだとかちゃんちゃらおかしいわ)


 朱莉がここに越してきて二週間になる。休日を得て本格的に荷物の梱包を解いていた矢先に再びポルターガイストの妨害に遭った。


 彼女が騙る“魔道神霊”などという名はともかく、居るには居る。その地に『場』を築き永らく定着する地霊の類というものが。そういった存在はしばしば地元の民から『山神様』などと崇められ、それこそ神霊クラスの霊格を持つに至ることはある。


 だが自分より高位の霊格を騙るのは悪霊の類の常套手段である。“彼女”の言に至ってはもはや中二的発想、思いつきに他ならない。魔道神霊などという言葉はないし、山神として三百二十七年では短すぎるし、第一守護霊の鞠から姿が見えない上、鞠が『式』を検分した時点で、鞠よりも低位の霊であることは確実なのだ。


「そこまで怒ることないじゃない! あたしはただ話をしようって――」低級霊とはいえあくまで下手に出たつもりだった。だが、“彼女”は激昂した。


(あんたが私を懐柔なんてしようとするからよ。正直ムカつくわ)


 確かに霊の声が聞こえる朱莉は彼らと対話が出来る。霊とて元は人間だ、定着する環境により偏りは様々だが、珍しく“彼女”のように人格を保ったままの霊なら、地縛霊だろうが話をする価値はあると、葬儀場で出会った猪口雅夫との語らいを思い出して話しかけたのだ、大人として。


(大体何よ。ここに来たときはバカみたいにチャラい金髪だったのに、仕事行くってなると髪の色戻してさ、男ウケねらってナチュラルメイクでうぶな女演じてってか? 私は正直あんたみたいにコロコロと立場で態度を変えるポリシーのない女が大っ嫌いでね。挙句、ちょっと大人だと思って偉そうに上から目線とくりゃムカつくっての!)


 所詮は霊の戯言か、と朱莉は息を吐く。もはや中学生の言い分だ。という事はやはり彼女はこの部屋で起きた事件の加害者ということになる。


 うんざりする。


 これまでも何度も霊には遭遇してきている。何度も嫌な思いはしてきた。


 ただ脅かすだけの変質者みたいな霊は登下校で通る三丁目の電柱にいつも立っていた。被害妄想激しすぎて人の形を保てなくなった奴が恨めしそうにマンションの入り口でいつも居座っていたり、買い物に出かける途中で車に轢かれたおばあさんの霊は、毎夕方になるとスーパーに出かけ、下校中の朱莉に出くわすと暴言を吐く。川で溺れた子供の霊が毎度毎度朱莉を見つけると溺れたふりをして気を引こうとする。


 何が嫌って、学校の便器から顔を覗かせる奴が最低だ。漫画のようだがこのパターンがが割といるのだ。何がしたいのかわからない。もちろんそれを知ってから当該のトイレは使わないようにしてきたおかげで、朱莉のなかで市内の公衆トイレの数は減った。


 こんな風に霊はあちこちにいる。一定の場所にとどまり念をこじらせる地縛霊なら場所を避ければよいが、浮遊する連中は朱莉が“見える者”と知れば何らかのかかわりを持とうとまとわりついてくる。だからこそ内覧の時に慎重に、注意深く霊視は行ったのだ。


 彼らの行動原理は単純だ。とりわけ霊体となってこの世にとどまっている連中のやることはわかりやすい。なにかを訴えたい、判ってほしい、理解されたい、それだけだ。なぜならこの世界に残した念だけが、彼らをここに自縛させているからだ。それが取り除かれれば所謂成仏として天に召される。


 人が死ぬと四十九日を経てあの世へと旅立つというのは、日本人ならよく知っている話だろう。そう、約五十日間は死者の魂は霊体となって現世に無条件で残留している。どんな人間でもだ。



 彼女のように霊とコミニュケーションが取れる霊感応力者は人間の乖離意識である霊体とその後にも残り続けた残留思念としての霊体を明確に分けている。


 ふたつの霊体の見かけは変わらないが、前者は人間の心そのものを保持している。したがって彼らとは意思の疎通がスムーズに行え、トラブルもほとんどない。ただ生前に強いこだわりがあったり悪意があったりすると、そのまま反映されてしまうことがあるのだが、多くは自動的に現世から天上霊界へとシフトし霊体となってとどまることをしない。


 対して現世に留まる五十日前後の間に正転換・・・できずに残留思念を持ち続けてしまった霊体は負の意識の集合体といってもいいだろう。必ずしも人に害悪を与えるものではないが、負の感情の強かった者が死亡し、そのまま負の思念をつのらせ、それをアイデンティティとして現世に思場形成し『残念』する。


 つまり多くの残念した霊体が文脈に関係なく延々と同じ行動を繰り返す“理解不能でちょっとはた迷惑な隣人”といった様相を呈しているのはこのためである。彼らは基本的には複雑な思考は何も持っていない。状況に対応する意識を持たないのである。


 そこから言うと朱莉の部屋に地縛するこのポルターガイストは今までにない特殊な例だ。“彼女”は明らかに思考し状況に対応しており、その行動原理は生身の人間や乖離意識と変わりがない。


 仮に彼女が三年前の事件の当事者だったとしたならば、とっくに成仏して天上霊界に昇っているか、何らかの念に囚われルーティンワークを繰り返す惨めな残留思念と成り果てているはずなのだ。


 それというのも、残留思念は大抵三年も経てば人らしさを失って、人の形質も失うものなのだ。なのに“彼女”はよく喋る。


 これはよほど念が強いということなのか。だとすれば、その割に見せかける姿がこの白い靄だというのはバランスがおかしい。可能性としては意図的に姿を見せないようにしているのだろう。いずれも朱莉が経験上あらゆる霊体を観察してきた結果から導いた推論ではあるのだが。


 試しに朱莉は彼女に問いかけてみる。


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