二度と会えない君と、本当に最後の恋。
じめじめとした梅雨も過ぎて、ジ-ジ-と蝉のなく、夏が来た。
だけど僕の隣には、もう君は居ない。
でも僕も、もうすぐ後を追うよ。
病院の大きな庭に出て、そんな事を思う。
「【僕】君・・・」
ここの庭には、まだ人は出てきて居ないはずなのに。
「え・・・?」
〔名前〕を呼ばれるから、振り返る。
だけど僕の〔名前〕は、何かに阻まれたように、そこだけが聞こえなくて。
「【僕】、君。」
〔僕の名前〕を呼んだ声は、いつかの君の声に似ていて、まさかとも思いながら、でも、いや、そんな事はあり得ないとも思いながら、振り返った。
「っ・・・」
それでも僕の目に映ったのは、本当に、本当の君で。
「【君】・・・」
僕も名前を呼ぼうとしたのに、名前が思い出せなくて。
思い出したら壊れてしまうから。
君と離れたくない、死にたくないって思ってしまうから、自分でストッパ-をかけているのか。
「お久しぶり。」
君の柔らかな声が、僕の耳に届く。
「元気、だった?」
「・・・うん、だった。」
元気だった。僕はその、〔だった〕を強調した。
「・・・元気?」
「ううん・・・病気に、なったよ。」
「そっか・・・」
君は微笑む。
「人生、何があるか、わからないね。」
「何があるか、わからない。」
そう、君みたいにね・・・。 そして、僕も。
「今日が、最後の日なんだ。」
「私と同じところに来るの?」
「そうみたいだね。」
「じゃあ私が、一足早く、【僕】君のお迎えに来ちゃったって事だね。」
また微笑む。
そうだな・・・
「もう、連れてってくれても良いよ。」
「・・・じゃあ、私が連れてってあげるよ。」
そう言って、手を差し伸べてくる。
「え・・・本当に・・・?」
「うん。・・・ほら、つかまって?」
僕の手が、君の手に重なった。
「あ・・・・・・」
その時、心のずっと奥の方の、記憶が、気持ちが、溢れて・・・
勿論、君への気持ちも。
「どうしたの?」
「この世界とも、【君】とも、お別れなの?」
「私はわからないけど・・・この世界とは、また降りてこられる日まで、お別れかな。」
「そっか・・・ねぇ、じゃあ、生きていた時の、元気そうに動いていた時の【君】に、もう一度名前を呼ばせて。」
「今だって私、死んでるけど動いてるよ?」
「じゃ、ついでに。いま僕の目の前に居る、【死んでるけど動いている君】にも。」
「何だそれ。ついでなの? 私、生きて動いていた頃の私を恨むよ。」
そう言って笑って、僕の言葉を待った。
息を吸う。心臓が脈を打って、あぁ、まだ生きてるんだなと、感じる。
そして、君の名前を。
「・・・・・・【僕の大好きな人】。」
君は、あははっと笑った。
君の名前は、あいかわらず僕には聞こえないけど、君には届いていたみたいで。
「さよなら、【僕の大好きな人】と、この、素晴らしい世界。」
そう言って、僕は目を閉じた。
僕は・・・意識を失った。
二度と会えない君と、会えるように。
本当に最後だった恋を、また続けられるように。
『さよなら。』