16.苦杯
「片葉さん、痛いです」
彼女の腫れている頬、血を拭ったような口元。まるで殴り合いでもしてきたみたいだ。
「大丈夫か?」
「まあ、狙撃戦では問題無いです」
「狙撃って、それユースティティアだろ?」
「え?ドラグノフじゃ無いんですか?」
「まあ、そう見えなくもないよな」
俺は彼女から手を離す。
「連射性を高めただけに見えたんですけど……」
「これはAK‐47を狙撃型に改造した武器らしい」
「そうなんですか……ストックと先端のパーツがドラグノフのそれと一緒です。で、ユースティティアって名前はなんですか?」
「適当に俺が付けた」
そう言って俺達は足を進める。
「後どれくらい敵がいる?」
俺は独り言を呟く。そう言えば以前、端末に情報が載ってあったな。
「明流、参加者を見る方法ってどうやるの?」
「学校のホームページを開いて下さい。そこへ生徒番号を入力すると開けるはずです」
「ああ、此処ね」
生徒証へ書かれた6桁の番号。俺はそれを端末へ入力すると【対立】の名簿が表示される。
「残りは俺ら2人と、火消し部の全員。勝てるかな。遥1人でも苦戦するのにな……」
途端、コンクリート片は音を立てる。
「って!いるし!」
俺はその場へ連射弾を撃ちだす。
「外れ!」
声は聞こえるが場所は分からない。
「明流。取り敢えず逃げ……」
明流はユースティティアを俺から3時の方向へ向けて掃射する。
「見えてますよ」
明流の両目は何故か黒く光っている。
「何?」
「【タナトス】は明流ちゃんには敵わないな」
虹色に光を放ち、遥の体を写し出す。彼女は膝を地面に付け、肩を抑えている。赤い雫が滴り、彼女は転送室に飛ばされた。
「思ったよりあっけないな」
「遥先輩は格闘主体の戦法です。姿が見ていれば近距離射撃で難なく倒せますからね」
「その眼は?」
「赤外線を見る能力です。いくら光の反射を遮断しても体から自然に出る光までは遮ることは出来ません」
「明流の能力、結構チートだよな」
彼女は笑顔を向けながらも、左右を見渡す。
「それ、壁越しでも見えるのか?」
「はい。見えますよ。だから今探っているんです」
「いる?」
「居ます」
広いフィールドな筈なのに結構近くにいるんだな。
「ただ、遠いですよ。近い距離を“目と鼻の先”と言うなら、今の距離は大の字に開いた両手程です」
「無理に例えなくていいよ。結構遠いのはわかったけど、どれくらい遠いのかわからんし」
「ごめんなさい。片葉さんみたいな、気の利いた言い回しが出来なくて……」
「出来なくていいよ!」
俺は彼女が指差す方向へ歩を進める。すると明流は後ろから付いてきた。
「援護しますよ」
「背中は任せた」
索敵を進めて数分が経った頃。
「片葉さん、音を殺して下さい」
明流は小さい声で俺に話しかける。
「いるのか?」
「はい。見えますか?」
彼女の人差し指の方向にはありんこ程の経盛先輩が見える。
「ああ。見えた」
「仕掛けますか?」
「まずは接近。そっから万里花先輩を探そう。俺は連携が苦手だから万里花先輩を見つけ次第、君はそっちへ攻撃を向けてくれ」
「わかりました」
俺らは小声で会話し、足音を立てずに駆け出す。
「明流。いい?」
「なんですか?」
「スコープで先輩が上半身のみを覗ける距離になったら撃ってくれ」
「大体50メートルですか」
「まあ、そんな所。多分防ぐぜ、あの人はなんか、嫌な予感がするよ」
俺はコソコソと駆け出す。明流は匍匐してゆったりと歩みを進める。そして彼女は仁王立ちする経盛先輩に向けて連射弾を撃ちだした。弾幕がすごく、何発撃っているのかわからない。経盛先輩は予めわかっていたのか走り、弾が当たらない壁に移動する。
「やはり気づかれてた?」
「でしょうね」
俺はすぐに彼の後を追う。経盛先輩の両手にはトンファーがある。使用は盾を作り出す。リコシェを装備している彼は盾すらも攻撃に変えるだろう。
彼はトンファーの先端からリコシェを撃ちだす。俺は掌をシールドで覆い、それを弾き防いでから、そのまま反撃のファイアを掃射した。
経盛先輩は掻い潜りながら俺の近くにまで来る。俺は左脚を上げ、押し出した。すると彼はトンファーをクロスさせてガードする。斥力と斥力が当たり片足で地面についた俺は弾き飛ばされた。経盛先輩は追撃の為トンファーを突き出してきた。基本的には避けたいところだ。しかし、体制も体制なので、俺は防御の姿勢を取る。すると、彼はその上から爆発を打ち込む。その破壊力で俺は後方へと薙ぐ。俺は背中で道路を横断させられる。ジャージは摩擦で焦げて変な臭いを出す。
立ち上がり、構えを取る。はっきり言って戦いづらい。これは恐らく、格闘と思って応戦したからなのか…。彼は攻撃に混ぜてグレネードの爆発を組み込んでくる。それに応戦するには意識を近距離銃撃戦にしたほうがいいのだろう。
俺はすぐさま接近し、5つの波紋を作りだし、跳弾させる。それを敵は屈んで回避する。素手に依る攻防戦では低い位置のほうが有利なこともある。俺は足を滑らせて蹴り上げる。すると経盛先輩の右手に当たり、トンファーを突き放すが、俺の身体は地面に捻じ伏せられた。
そのままダガーが俺の胸部に突き刺さり、肋骨を切り裂き肺に届く。
「ぶっは!」
俺は身体を前にのめり込ませると天井に頭をぶつけた。カプセルホテルのような、CTのような…。此処は…転送室?
「負けたのか?」
俺の眼からは自分で抑えきれない涙が出て来る。どうして身体が地面に捻じ伏せられたのか分からない。悔しくてたまらない。横隔膜が痙攣し、息が鋭く俺の肺の中に入る。溢れてくる涙を両掌で拭うが、止まらない。途端に明流の顔が脳裏に浮かび、ますます悔しさが増した。この感情も恐らく、月宮片名の洗脳……俺は涙を流していると、突然、足からもとドンドンと音がしてそこを向くと沙弓がいる。
「泣いてんの?」
俺は上を向いたまま彼女を無視するが、寝ている床は音を立てて外へと開かれた。そのせいで無防備な猫になり、目を隠した。
「平気?大丈夫?傷が治ってないの?」
「治ってるよ」
ダメだ。涙を堪えられそうにない。手の甲で眼を隠し、息を止める。
「こっちへ来な…」
彼女は俺の手を引き転送室から外へ出す。俺が連れて行かれたのは生徒会室。そこには鈴乃先輩も居たが、彼女はお構いなしに俺を椅子に座らせた。
「片葉君!?どうしたの?」
「負けて返って来たみたいです」
先輩は俺の泣き顔を覗き込み、問う。よく見ると、彼女の右手にはシャーペンが握られていて、何かのテキストで勉強しているみたいだ。俺はそれを偲びながら横隔膜の痙攣を無理矢理抑え、呼吸を取り戻す。
「沙弓ちゃんはどうして片葉君をここに連れてきたの?」
先輩の放つ一言は冷たく、俺の耳を鋭く劈く。
「人が少ない所で泣かせようと思いました」
沙弓の引き気味み感じられる態度から、今の鈴乃先輩は普段は見せない一面を作り出していると察することが出来る。
「なんだ。てっきり私に慰めろって言いに来たのかと思った」
一瞬鈴乃先輩はいつもの温和な雰囲気を醸し出した。だが一瞬で、すぐ彼女の持つ二面性を引き立てた。
「どうして君は経盛君に負けたのだと思う?」
その口ぶりは試合を観戦と見受けられる。俺は探り探り、彼女への返答を出してみる。
「力の差」
「アバウト。もっと具体的に」
「情報処理能力」
「わかっているじゃない。どうして泣いているの?」
その核心に触れた直球な質問に、俺は目以外の器官が全て停止した様に感じた。
「先輩!もうやめて下さい!」
沙弓は机に身を乗り出して怒鳴った。
「いいよ沙弓。ごめん。俺のために声を張らなくていいから」
俺は彼女に割入り、言葉を続ける。
「先輩、俺は単純に劣等感が湧いたから泣いたんです」
「片葉君。見かけ通りプライドが高いのね」
「子供っぽいだけです」
すると突然、放送からベルが鳴り出す。
『本日、18時38分を持ちまして【対立】を終了させて頂きます。訓練に参加した生徒は速やかに会議室に集合して下さい』
「あ、呼ばれた」
沙弓は俺の耳元で言うが、それは独り言にしてはボリュームの高いもので俺は彼女に向いた側の耳を塞いだ。
「ごめん」
「今度から気をつけて」
俺達はそんな会話をしながら、鈴乃先輩に挨拶をして、すぐに会議室に向かう。
彼らが外に出た後、鈴乃は部屋で1人、机に頭を倒し自己嫌悪に陥っていた。
「言い過ぎた」
俺達が会議室に向っている途中。
「驚いた。鈴乃先輩があそこまで冷たく当たるなんて考えてもみなかった」
沙弓は肩の力を抜いて本来の独り言のボリュームで呟く。
「見抜かれたな。本質を」
俺は|whisper(囁き)で返答する。
「どゆこと?」
彼女はそれについて浅く追求してきた。
「本質って何?片葉がMって事?」
俺は敢えてそれを否定せず、又肯定もせず、生かさず殺さずの状態のまま話を進める。
「鈴乃先輩の言葉、はっきり言って“聞いてて気分が悪かった”」
脈絡なく進んだ展開に沙弓は「は?」とだけ答えた。
「まあ、何ていうか、俺に向って放った言動ではないなと感ぜられたんだよ」
「余計に意味がわからない」
「鈴乃先輩って、身内が亡くなったとか在った?」
俺の核心をついた言葉に彼女の顔色は青く変わる。
「と言うと?」
「詳しくは掘らないよ。でも、俺を誰かと投影していたことはすぐにわかったね」
彼女は消え入るように歩み足を早める。俺はその姿を無理して追うこと無く、ゆったりと歩いていった。
俺が会議室に着くと子供っぽく頬を膨らませて怒りを露わにする軍服の女性が居た。
「遅い。どうしてたの?」
子供を慰めるようにも聞こえるその言動に俺は少し安堵しながらも、正直な気持ちを見せる。
「泣いてました」
包み隠さなかったせいか、会議室に集まっていた全員は目を丸くして俺を見る。
「未だ目の周り、赤いですか」
「うん、まぁ、座りなさい」
「わかりました」
俺は明流の姿を見つけ、彼女の隣に座る。ただ、彼女は先程まで着ていた紅色の和服ではなく、青い浴衣のような格好であった。
「片葉さん……」
彼女は同情したように俺の名を呼び慰めの言葉を浮かべようとするが、俺はそれを遮る。
「平気だよ。それより、ごめんな。服がボロボロになるほどやられたんだろ?」
「そんなことないですよ」
さっきまで落ち込んでいたような顔をしていたのだが、突然ニタニタと笑い出す明流。俺はその姿を見て少し苛立ちを覚え、彼女の耳に息を吹きかける。
「ひゃ!」
思ったより大きな声を出す。所縁は俺を鋭く睨みつける。
「片葉。処すよ?」
「ごめんなさい」
俺はあっけらかんと目を閉じて吐き捨てる。
「はい。では、気を取り直して採点結果と合格者発表をしたいと思います!」
アナウンスのような所縁の声で会議室の天井にあるプロジェクターが光を放ち、壁へ映像らしきものを映し出した。
「この訓練、実はポイント制でした。で、ある一定ポイントを手にした生徒がこの学校でいう火消し部に入部出来るというわけです。では、火消し部に入部できる生徒の名前を呼びます!」
なんだ。じゃあ俺は確実じゃん。
「まず1位成績者。日渡明流ちゃん」
彼女が明流に指をさすと、明流の名前と獲得ポイントである60ptと記されていた。
「5人を撃破して50ポイントです」
彼女がとどめを刺したのを見たのは沢木美生と遥だけ。沙弓は彼女が手を下したことは間違いないだろう。つまり、明流は火消し部の全員を倒したということか?俺が敗退した後、2体1という不利な状態で勝ったのだ。畜生、先程の笑みはそういう意味が込められていたのか。
「そして生存点でプラス10ポイントです!」
俺は明流をまじまじ見るとドヤ顔が決められていた。
「不愉快だ。ムカつく」
俺は明流にしか聞こえない口調で声を出す。
「次、月宮片葉君。撃破数は1人。捕獲数3人でした」
俺のポイントはどうやら55。配点が詳しくわからんが、捕獲したと思われるのは恐らく環奈と花蓮、それから火狩だろう。15点かな?倒したのは土屋だけだし……。
「で、後の人達は全員10ポイントで1人撃破。順番に名前言っていくね。火狩創輝、土屋克己、木造沙弓。以上です。本来なら3人はポイントが足りないんだけど、実力が達しているため、合計5人、火消し部に入部する権利を与えます!」
俺と明流以外の3人はガッツポーズを取り、歓声を上げる。
会議室での採点結果を聞いた後、俺は教室に戻ろうとすると環奈に俺のジャージの裾を掴まれた。
「先輩!」
「環奈?」
「私も泣いていいですか?」
「いいんじゃないか?実力を出せずに負けて、挙句火消し部に入部できなかったんだ。苦杯を嘗めさせられたもどうぜんだよ」
理由はわからないが、負けず嫌いである俺は彼女へ冷たく当たった。その姿勢は自分でも自分が嫌いになりそうな程愚行だと認識できる。
「やっぱり泣けません!私も先輩と同じく泣き虫と思われたくないんで!」
「初めて会ったときより悪態にキレがないな」
彼女は鼻が赤く、今にも泣きそうだ。
「先輩みたいにクズでドSな先輩に陵辱されて私はプライドが折れました」
「ああ。俺はクズだ」
「開き直らないで下さい」
「開き直るよ。居直り強盗だ」
彼女は突然、目から大粒の涙を流した。
「片葉先輩よりも、私のほうが悔しいんですよ!」
彼女のヒステリックに叫ぶ姿はどこか見覚えがあり、懐かしく感じた俺は彼女の涙をジャージの袖で拭う。
「私は今まで神威を飼いならすために色々な努力をしてきました!この神威、蝗害は筋力を一時的に活性化させるもの…。私が捕まった時には少なくとも先輩程度の体重ならば簡単に持ち上がるくらいの力は在ったはずです。でも、それが効かなかった。制御できなくなったのかと不安になるくらいにですよ!」
あ、思い出した。この泣き顔は妹と同じものだ。自覚はないが、俺はどうやら大人げないみたいだ。ついつい妹とゲームをすると完膚なきまでに叩きのめす為、よくこんな涙を見る。だから懐かしく感じたのか。
「勿論、そこには先輩の努力とか才能とか在ったのかもしれません。でも最初に言ったとおり、私には神威という才能があり、それを100%活かせるまで努力もしてきました。蝿を煎じた苦杯を嘗めさせられた気分です!最悪ですよ!」
俺は彼女の泣き顔を見てもらい泣きをしそうになる。此処まで感情移入できたのは久しぶりだ。彼女には自分に似た何かがある。いや、正確には妹に似ているのだが、その様が今は愛らしくも憎らしくも見えて心の中で葛藤していた。
「俺はさあ。悔しいと物に当たり散らす癖があったんだ。父親似でね。1回泣いて怒りを別のエネルギーに変える方法を叩き込まれたんだよ。だから泣いたんだ。君が泣くのはそれと同じ理屈だけど、泣きながら俺に当たっているじゃないか。もしも俺に当たるんだったら、憤激しながら殴りかかってこい。俺はそのつもりだったよ」
俺は彼女の涙を拭きききると、いつもの悪戯っ子の表情を作り出した。
「先輩。覚悟して下さい」
「ああ。いいよ」
彼女は大きく振りかぶり、ボディブローを撃ち放った。
俺は痛覚という感情には乏しい。それは生まれつき末梢神経に障害があり、痛みや熱を感じ取れないという人間としては致命的な欠陥が在ったのだ。それを魔力治療で治したが、前文で説明したとおり、痛みだけは帰ってこなかった。その代わりと言っては何だが、体にダメージが入ると擽ったいような違和感に襲われる。
治療した医者や、専門家は中途半端な結果に驚いている。普通、痛覚が無いなら温度も辛さも感じ取れないらしい。有力な仮説は『今まで無かった感覚が突然現れてショック死しないために体が苦を遮断した』というもの。
父はそれを都合がいいと判断し、効率的に俺を鍛えた。
痛覚が無い分、俺の身体は危機感を捉える速度が圧倒的に上がった。それは恐らく、父の無茶な指導の賜物だと俺は感じている。
後日の朝、俺はテレビを付けてゲームをする姿勢を取る。これからやるゲームは沙弓から紹介されたギャルゲー。正直嫌いなジャンルのゲームではあるが、やる前から否定するのは人としてどうかと思う。だから一回やってみようと気軽な気持ちで電源を入れた。。
「アネット2」
タイトルを言いながら登場する画像は描かれたはずの二次元美少女。緑色の長髪に緑色の目。
「そんな人間いるか」
俺はそんなツッコミをしながらもボタンを押すが……。
「明流がいた!」
説明書をめくり、色々なキャラを見ていくが、全員、髪の毛や目の色が変だ。その上目も大きいし、首と顎のバランスが悪い。全員神威持ちなのか?
――16.苦杯 完――