15+.泥水
沙弓、火狩、土屋の3人は市街フィールドの中央、スクランブル交差点が描かれた場所に転送された。
「見晴らしがいいな。かと言って下手に動くと予期せぬ場所で遭遇する確率が高い」
火狩はサーベルを左手で持ち、シールドを作りながら状況分析する。
「今、3機のアルゴスを飛ばした」
沙弓の専用神器【アルゴス】は索敵、通信を行うもの。全部で7つの目玉のようなドローンで、彼女のヘッドフォンを通して指示を出している。そのヘッドフォンが脳の電気信号を受け取り、アルゴスを操作している。と、同時に、アルゴスが得た視覚情報を超音波で耳から流し、脳に映像として処理させている。解像度が殆ど無いので、沙弓が見ている映像は2Dグラフィックの白黒で移されたサーモグラフィー。
「この神器、便利だな。どうして似たようなものを沙弓以外の連中は使わないんだ?」
火狩は素朴な疑問を独り言のように呟く。彼は考えるのが嫌いな質で、疑問を投げかける独り言はいつも土屋や沙弓が答えてくれる。しかし、今回は誰も口に出さない。
もしも彼の言った疑問をこじつけるならば沙弓の冷静な性格がアルゴスの操作を可能にしているので、現実的に他の人は扱うと効率が悪くなるのだ。現場では神使ではなく、オペレーターがドローンの操作を行って索敵やアイテムの運送を行っている。
沙弓が操作するアルゴスは2人の人間を補足した。
「居た!」
影絵のような状態だが、武器は正確にわかり、彼女の知識と合致させて人を特定出来た。
「此処から北東4キロ、結構近いね。1人はショットガンとマシンピストルを持っている奴。林だね。それから左右対象の大剣。これは多分【パチャママ】。飛香か」
狙撃手である沙弓にとって、4キロは近いのだ。しかし、今彼女は【ユースティティア】を装備しているので射程はかなり低く、どれくらいなのか詳しく想定出来ていない。至って、狙撃戦は不利になるだろう。
「もう1人は写ってる?」
火狩は恐る恐る聞いてみた。
「残念ながら映ってない。凛のことだから隠れているでしょ?」
「あー。秋元か。あいつの狙撃は俺の盾ぶっ壊すからな」
「だったらサーベルを剣展開して叩き落としてみたら?」
「それが出来るのは水鳥ぐらいだろ?」
2人が会話していると、土屋は北東の方向へと走る。それに続き、火狩も駆け出す。
「え?ちょ、お前ら!」
「沙弓、ビルにでも登って援護と指示出しをしてくれ」
土屋はそれを伝えると沙弓は舌打ちをした。そして聞こえるのか聞こえないかの声で
「わかった。2機つけるよ」
と言った。
土屋と火狩が走り出し、3分が経過した。3分で彼らは1キロを走り終えていたのだが、疲れている気配は全く見せない。
『創輝!狙撃が来る!』
沙弓は火狩に向け指示を出す。彼女は凛の姿を捉えていた様で、凛が火狩に照準を向けていた事を見ていたようだ。
火狩はすぐにサーベルに広がるシールドの上に波紋を浮かび上がらせる。直進してくる弾丸は一瞬でシールドに着弾し、それと同時に爆発をする。その為、スナイパーのバレットからでる散弾の威力を分散させ、盾の崩壊を防いだのだ。
「ぐ!」
「やるな、創輝」
「っは!」
火狩は足を止めるが土屋は直進する。今の火狩の動きを見て、彼はそれの回避方法を脳裏で浮かべたのだ。その上、敵である秋元凛のバレットはプログラムを結合させるのに時間がかかる。その為、彼は1秒でも早く前に進みたかったのだろう。
『克己、林が来る』
「了解」
土屋は支持を受け、ビルの間の脇道に入った。するとショットとファイアの無数に散らばるバレットが飛んでくるではないか。
「くそ!木造は展開が早いね」
林の声が聞こえ、土屋はすぐに踵を返し、全身する。すると目の前には大剣を掲げた少女がいて、彼の脳天めがけ、剣を突き立ててくる。咄嗟に彼は跳び出しそれを回避する。
隙が出来た所で林は土屋にショットガンを向けた。
「おら!」
火狩は大声で叫び、思いっきりグングニルを投げつけた。ちょうどそれがショットガンに触れ、右手を弾き、照準をずらした。
「克己、林は俺に任せろよ」
「ああ、死ぬなよ?」
「誰が!?」
火狩は盾を付き出し、突撃する。それは飛香も巻き込みそうな勢いであったが、彼女は後退して回避する。。林は左手のサブマシンガンを乱射して後方へ走る。盾は弾丸を弾く。火狩は地面に落ちた短槍を拾い上げながらも進行をやめない。
ちょうどその頃、ビルの3階の窓からは匍匐する凛が弾丸のチャージを終えていた。それを回避するよう沙弓は土屋に指示出しをするが、集中していて聞き入れない。
「くそ!私がやるしか無いのか」
沙弓は射程距離も曖昧なまま、1キロ離れたビルを覗く。ドラゲノフ、AK‐47の射程は600メートル。彼女はスコープに凛の姿を捉え、慎重に息を吐く。
「ふー」
凛は動き回る土屋を捉えるので精一杯な様子で、周りを見る余裕なんて無かった。
「外れてもいいや」
彼女は笑いながらマガジンに詰め込んだ魔力を一気に放出する。出てきた30発の弾丸は多少角度はずれたものの、真っすぐ飛んでいき、凛のいるところまで届く。しかしながら彼女の体に触れることはない。瓦礫が崩れてダメージを与えてくれたのだが、優位に戦闘を進めるまでには至らない。
凛はバレットM82を抱え、すぐに場所を移動する。沙弓はアルゴスに追跡させた。
「よし!いいぞ、私!」
彼女は小声で独り言。胸を軽く叩き、凛を追跡する。
林は逃げ、火狩は追いかける。林が撃つ弾は豆鉄砲でしか無く、火狩の盾に傷一つ付けられず、距離も遠ざけられていない。それどころか、近づかれている。
「はぁ!」
林は足を止め、ショットを突きつける。火狩は本能で感じ取り、足を停止させ、横に体を移動させた。その瞬発的な動きに林は焦りを見せる。
火狩はサーベルを剣展開させて刺突を打ち出す。林転がりながら回避するも、火狩はすぐにグングニルの先端を向け、ショットを打ち出す。弾丸が触れる前に林は転送室に戻された。
飛香と土屋は一定の距離を保っている。
土屋は2連撃の横薙ぎを放つ。飛香はそれを剣を縦に持って防ぐ。彼女はそのまま剣を振り下ろす。咄嗟だっため、土屋は【フロッティ】で防いだ。重みが彼の体を襲うが、肩透かしをして剣を落とさせる。
「上手い」
飛香は右手に円を浮かび上がらせる。それはファイアのものだ。土屋は転がり、回避する。弾丸はビルに触れると爆発する。土屋は諸刃にグレネードのバレットを貼り付け、片側を爆発させ、その力で斬り上げる。飛香はそれを咄嗟に防いだ。そのまま土屋は爆発を加えてダメージを与えた。
「く!」
軽いと言うアドバンテージでもあり、弱点でもあるそれを補う今の技はさっき、火狩から取り入れた動きであり、その発想に至ったのはシールド破壊狙撃のガードの術で学んだのだ。
「さすが、土屋君!」
飛香は体制をすぐに立て直し、剣を振り上げた。土屋はバックステップで回避しする。
「遅い!」
次も土屋は爆発を込めた剣撃を食らわせる。速度も威力も増したその剣は彼女のガードを壊し、吹き飛ばす。
フロッティは“斬る”ではなく“突く”事が本望な武器である。それは神話で語られていることだ。
だから彼はバランスを崩した彼女に向けて刺突を放つ。刺突は剣の重量ではなく、使い手の体重や体重移動に依り威力が増す。
飛香は剣が腹部を覆うジャージに触れた瞬間転送される。
沙弓は敵である凛を追い、ビルの中に入る。索敵が出来ている沙弓のほうが俄然有利だ。だが、彼女は油断は一切していない。
凛の方は慎重に左右を見渡し廊下を歩いている。沙弓がファイアを装備しているわけでないのに、連射をしてきた事について考えあぐねている。沙弓がもしも拒絶反応がない体質であればチップを交換するだけで攻撃のバリエーションが増える。それを懸念した彼女はゆっくりとグリップを握る。
どこから来るか分からない。だから彼女は廊下の端に背中を付けて三脚でライフルを立てる。
「お願い、ただのチャージバレットであって!」
沙弓は彼女の行動を理解していた。木造沙弓には自信という言葉が乏しい。だから正面から現れることは絶対しない。
「自信過剰な片葉が羨ましいよ」
彼女は凛がいる階層の真下に立ち、上に銃口を向ける。マガジンに入れたバレットを連射させることが出来る彼女はプログラムを組み換え、スナイパーのみにする。此処でリコシェを込めたバレットは壁を壊すが反射して沙弓自身に当たりかねない。
沙弓はゆっくりと引き鉄を引く。4発の弾丸が天井に当たる。貫通したが、運良く凛に触れることはない。
「外した!?」
「下から!?」
彼女らは互いに動揺する。
「私は片葉みたいになりたい」
そのまま残弾へリコシェのプログラムを加えて、彼女は連射する。跳弾は天井と床を砕き、跳ね返る。彼女は無理に飛び退き、跳ねっ返る弾丸をから体を遠ざける。
天井は抜け落ち、凛は床に落ちる。しかし、彼女は落ちてすぐ、ショットのバレットを掌から放ち、姿が見えない沙弓に牽制をした。沙弓は左手で半径50センチのシールドを貼り、バレットを防いだ。
沙弓はそのまま銃口を向け、円を浮かび上がらせ撃ち抜く。
「出来た。私、片葉みたいに出来た!」
彼女は尻もちをつき呼吸を取り戻す。
『沙弓!沙弓!応答してくれ』
彼女周りを舞うアルゴスは火狩の声を響かせていた。
「なんだよ?」
脱力した様子で彼女は言い返す。
『一度、合流しよう。お前の位置を教えてくれ』
「わかった。克己が今、座って休んでいるみたいだからそこで集合しよう」
沙弓がそう言うと、火狩は肯定の相槌を打った。
土屋は魔力を錬るのが苦手だ。その為、複雑な使い方をした後はキャパオーバーを起こし、暫く動かなくなる。そして、何よりダメージが大きかったのは、戦闘が終わった直後、沙弓の声がアルゴスを通して聞こえた言葉。「私は、片葉みたいになりたい」その言葉が土屋の嫉妬心を仰いだ。
「克己」
沙弓は彼が休んでいる姿を見て駆け寄る。土屋はそれをみて、安堵と不信感の両方を脳裏に浮かべた。
「お前だけか?」
「今アルゴスで創輝を誘導しているよ」
土屋はフロッティを杖代わりにして立ち上がる。
「ボロボロだな?」
「怪我はしてないさ。ただ、俺のメモリ不足が招いた結果だよ。まあ、お陰で新たな技を身に着けたぜ」
「それ、技って言うのか?でも、真司のことだ、多分あんたの成長度を考えてこんな作りにしたんだろうね?」
神機整備科2年、酒枝真司。土屋のフロッティを設計した張本人だ。
『なあ。沙弓、端末を見れるか?』
火狩はアルゴスを通して通信する。彼の手には端末が握られていて、その画面にはグループの名簿が載っており、脱落しているか否かが分かる。
「環奈のチームが全滅してる?」
沙弓はその情報に驚きを表す。
『そうなんだよ。それから、萩下や高浜姉妹も負けているだろ?きっと火消し部の人達だよ』
「わからんよ。片葉達かも知れない。全員生き残ったチーム私ら含め3つだからね」
「逆に、中途半端に生き残ったチームは無いだろ?」
土屋は沙弓の横から画面を覗く。その間、彼らの耳は触れ合う。
「お前、さり気なくスキンシップしてくるんだな。そんなに私が好きか?」
「ああ」
「肯定すんなよ。告白か?フルぞ?」
「勝手にフレよ」
土屋は思っている事を顔に出さずに答えた。
「おっと!アルゴスが片葉達の位置を捉えた!」
彼女の脳に映し出されたものは3人の人間。1人は武器を持っていないことから片葉と分かる。隣りにいるハーフアップの少女は腰に2つのサーベルの柄を備えているところから瑞香と判断。そして特徴的なのが大きな袖である。左側は千切れていたのだが、右側にはちゃんと備わっているところから戦闘中になくなったと理解出来るだろう。彼女はすぐに片葉のチームと判別できた。
「おっす、おまたせ!」
火狩が合流し、3人揃う。
「月宮がどうかしたって?」
「補足した」
沙弓は笑顔を向ける。
「どこ?」
「南西に3キロ」
「近いな」
土屋はスナイパーの沙弓を考慮する。
「日渡の射程距離は600メートルだからスナイパーとしては沙弓のほうが有利。西屋と火狩は防御型の前衛。俺と月宮は攻撃型の前衛。それぞれ一対一で戦えば間に合うよな?」
「正直明流と一対一は嫌だな」
「じゃあ、俺らが前で3人を足止めして後ろで沙弓が援護射撃っていうのは?」
「賛成。私は後ろで隠れているから、あんたらは前で足止めお願い」
彼らは片葉達の進行方向を予想して回り込むように歩みを進める。数分後、火狩と土屋の前衛が500メートル付近まで近づき、沙弓は足を進めながらビルの屋上を狙撃ポジションとしてセッティングした瞬間に、彼女の頭の中に流れてきたのは突撃してくる片葉。回り込む瑞香と明流。
「克己!創輝!片葉が1人で向ってる!」
『了解。それ以外は?』
「それが……」
彼女はスコープを覗く。すると明流の身体全体が写し出された。
「まずい!明流の目が黒い!」
『は?意味がわからねーよ』
明流の目は基本的には黄緑色だ。それは【神威】に依る色素欠損で、赤系統が作り出せない。しかし、今は黒い。
これは明流の神威の応用で、彼女は【朱雀の眼】と名付けている。この目に映る物の温度が分かるのだ。それで、彼女は沙弓の温度を見極め、そのまま直進している。
『瑞香さん!いました!』
『わかった。じゃあ、盾を貼るよ!』
アルゴスから通う音は沙弓の耳に入る。
「まずい!明流だけでも厄介なのに、瑞香の盾が入ると!」
彼女は銃口を向け直し、明流を目掛けて打ち出す。瑞香の盾に弾丸が触れるが、弾かれ、貫通することはない。
「瑞香!邪魔!」
沙弓は文句を言いながらマガジンの弾丸をばら撒く。
バレル自体、アサルトライフルの改造なので狙撃には向いていない。この武器には彼女が望むアドバンテージが備わっているのだが、当人には相性が悪すぎる。
スナイパーのバレットは貫通力があり、射程も長い。しかし、それにリコシェを加えると、貫通力が無くなる。その為、威力が激減する。ただでさえ威力が落ちたバレットは連射を目的とした中途半端になってしまった。彼女はそれを瞬時に悟り、まずは逃げに回った。
明流は両肩から紅炎を腕の様に出し、屋根を掴む。
「瑞香さん。捕まって下さいね」
瑞香は明流の左腕を右手で掴む。そのまま彼女らの体は引っ張られ、先まで沙弓がいた屋上に到達する。
「っく!逃げられたか!」
「恐らく沙弓さんは武器の選択ミスでこれから近距離銃撃戦に持ち込むつもりでしょう。私には瑞香さんと言う盾が居ますからね」
「盾なりに頑張るよ」
それを走りながら盗み聞きしている沙弓は目を細める。
「鋭いんだよ!あの子は」
階段を降り、踊り場でスタンドを立て、足を広げて待機する沙弓。アルゴスで跳弾の予測をする。
「瑞香さん。沙弓さんはあの踊り場で待ち構えています。盾を全面に展開して下さい」
明流の肉声が聞こえ、沙弓は焦る。アルゴスの情報をすぐに確認して位置を把握。引き鉄を引いた。
7発の跳弾。瑞香は左右にサーベルを持ち、盾展開する。右手のサーベルは剣特化型な為防御力は極めて低い。だが、壁に跳ね返って威力が落ちたお陰でガードは楽だったらしい。
「こんなに明流が憎たらしいと思ったのは初めてだ」
彼女は階段を3弾飛ばしで駆け上がり明流と瑞香の正面に立つ。あまりの鋭い動きに彼女ら回避行動が遅れる。
沙弓は右脇を締め、銃口に大きな波紋を浮かべた。波紋が収縮した途端、弾丸はマッハを超えた。瑞香は咄嗟に利き手である右手を前に突き出して防御した。盾は砕け散り、瑞香の右胸を貫き、明流の髪の毛を透いて後方へ流れ出る。
「がはっ!」
瑞香は吐血し、地面に膝をつく。彼女が転送されるのは時間の問題だ。瑞香は最後の力を振り絞り右掌から4発のバレットを放つ。その弾丸は真っ直ぐ沙弓に飛んでいくが、彼女はそれを予測してたのか、左掌にシールドを作り、ガードした。ホーミングが付けられたそのバレットもまた威力が低く、コアグリップ無しのシールドでも防げてしまうのだ。
明流は咄嗟に銃口から連射弾を放った。しかし、フォームがデタラメだったため弾丸は明後日の方向へと飛んでいく。
先程、沙弓が撃ったバレットはスナイパーのみ。次弾を出すのに少し時間が掛かる。その間、明流が彼女へと攻撃を仕掛けない保証は無い。なので沙弓はユースティティアを捨て、明流に飛びかかる。
沙弓の右手には一般的なダガーが浮かび上がっていた。白光りするそれを明流は認識し、すぐに紅炎の腕で殴り掛かる。しかしそれを掻い潜られ接近される。明流は紅炎を解除し、銃身を回して殴り掛かる。沙弓はそれすらも回避し、明流へと坂手持ちしたナイフを突き立てた。咄嗟に明流は後ろへと倒れ込み、刺突を回避するも、沙弓はマウントポジションを取り、振り下ろす。明流は沙弓の手首を握り、踏ん張る。
「っく!」
沙弓は歯を食いしばり、明流の心臓部へとナイフを下ろすが、抵抗され、徐々に体の上部へと上がっていき、肩へと刺さる。
「痛い!」
明流は涙目になりながらも必死に堪える。
「倒れろよ!」
「嫌です!」
意地の張り合い。沙弓は怖くて仕方がなかった。今までは近接戦に持ち込むと簡単に勝てた明流がこんなにも応戦出来ている。その成長ぶりに片葉の存在を恨み、同時に明流に尊敬を向けた。
沙弓はダガーを消して手を離す。途端、明流は一瞬力を抜くので拳を握って殴りつけた。当たった場所は左側の犬歯を覆う唇。彼女は口内裂傷を起こし、血を吐き出した。
「なんでこんなに強く要られるんだよ!」
沙弓は泣きながら左拳を明流に振り下ろした。明流は両手をクロスさせ、拳を受け止めるが、顎に当たり、脳震盪が襲いかかる。しかし、以前片葉に喰らった攻撃より断然弱いので耐える。
「片葉さんと戦ったからです!」
明流は腰を浮かせて体を思いっきり右側に回転させる。ポジションをひっくり返すも、沙弓は両足を明流に絡めたままだ。
明流は両手を絡ませ、振り下ろすスレッジハンマーを繰り出す。それは沙弓の頬骨に激突する。
「いったい!」
沙弓にダメージを与えたのだが、明流が声を上げる。
「こっちのセリフだよ!」
沙弓は両足の締め付けを強くする。明流は苦しみながらも、右手にダガーを作り、肘関節を使って振り下ろす。それが沙弓の鳩尾に当たった途端、彼女は吐血し、転送された。
明流は呼吸を乱し、そのまま咳き込んで胃液を吐き出す。慣れない肉弾戦と突然行った有酸素運動、沙弓を刺した時のナイフの感触など、色々相まって彼女のメンタルは酷く傷ついている。
明流は片葉と合流するために立ち上がりM24SWSを手に取るが、銃口が曲がっている事に気づく。
「沙弓さん。お借りしますね」
明流は床に付いた沙弓の血痕に手を合わせ、ユースティティアを手に取り、下の階層へと足を進めた。
その頃、転送先で沙弓は「死んでねーっツーの」と涙目で呟いた。
――15+.泥水 完――