11.奪取
俺、環奈、沙弓の3人は回収物があるタワーの方へ向かい、走り出す。3分も経っていないのに環奈と俺達2人の距離は50メートル以上も離れてしまった。
「あいつあんなに飛ばして平気か?後でバテないよな?」
「そうだね」
沙弓は息を上げながらも相槌を打ってくれた。
「環奈と離れたけど問題ない?」
「平気。後ろに私が居るから」
「俺はお前の心配をしたんだけどな」
「無理、もう止まって休みたい」
「素直だな」
ダネルNTW‐20は肩ベルトで支えられて居るのだが、設置型の対物ライフルな為、179センチの全長と、26キロの重さを誇る。それを持ち運んでいる沙弓は普通に走るよりも疲れるのは当然だ。
「量産型狙撃銃はどれくらいの重さなんだ?」
「M24 SWS。大体4キロ」
「なんで機動力が必要な奪取の訓練でこれを選んだんだ?」
「買ったばかりの武器って使いたくなるじゃん!」
泣きそうな目で問いかけられるが、俺は目を丸める。
「なるほど」
「M14…」
「ん?銃の名前?」
「アサルトライフルにスコープ付けただけの武器を使いたい」
「そう」
彼女は突然足を止め、銃の二脚を立て、地面に置き、股にそれを挟む。
「え?援護ここでするの?」
「環奈が交戦を開始した。恐らくすぐ敵も依ってくる」
俺はこの位置からは敵の姿は把握できない。しかし彼女はスコープを覗き、引き鉄を引いた。銃声が響き、反動で一瞬、激しく浮き上がる。
「聞きたことが2点」
「どうぞ」
「どうして環奈が交戦していることをスコープ覗く前に気づいた?」
「こいつ」
と、言って彼女はヘッドマイクに左手を当てる。
「もう1つは?」
明確な答えになっていないまま彼女は次の質問をせがむ。
「狙撃ってうつ伏せじゃなくていいの?」
「おっぱい痛いからこの体制がいい」
これも明確な答えではない気がする。彼女の説明は大雑把で抽象的で稚拙だ。
「あー。でもこの状態だと、俺は環奈の援護出来ないからもう少し進もうぜ?」
「環奈。私、沙弓だけど聞こえる?」
相槌もなしに突然環奈の名前を出し、呼びかける。
「後退しながら応戦して。――そう。あんたがそんな態度取るんだったら、私、片葉におんぶしてもらうよ?」
「いや、いきなり何してるの?」
「こっちに来るように指示を出したの」
「無線?」
「違う」
彼女は目線を左右に向ける。
「片葉、私の右側から1体。左上から1体が来る。右のほうが早く来る」
「なんでわかったんだ?」
「環奈への通信含め、私の神器の特性だよ」
「怠惰な後衛の君にはピッタリな神器だね。指とリコイル以外では動かないでくれよ」
「怠惰ってなんだ!環奈の毒舌が感染ったな?」
俺は彼女の指示通り、右方向を向くと、ビルの窓からデッサン人形のような木偶が飛び出し、突撃してきた。木偶に対して右足を2時の方向に向けてステップし、左脚を付き出し、足刀蹴りを撃ち、ドールの顔面を突き飛ばした。
「怖いって!――あ、上から来る!」
沙弓は怯えながらも引き鉄を引き、俺に敵の位置を教えてくれる。俺は振り返ると、両手斧を持ったドールが振り下ろしながら落ちてきている。俺は右に屈み、その斧の刃の支えを両手で握る。そのまま左側に体を流し、敵の体を地面に叩きつけ、斧の先端で押し付ける。コンクリートの地面だったため、敵はそのままめり込まれ、身動きが取れなくなる。俺は斧を持ち上げ刃を薪割りのように叩き落とした。
「右のドール、未だ生きているよ!」
「わかった!」
俺は彼女の疑問を無視して斧をテニスのフォアハンドと同じ形で振る。ちょうど突撃してきた木偶の頭に当たり、吹き飛ばす。その際、沙弓の頭に風圧がかかった。
「こわー!あんたわざとやってる?」
「うん」
「あとでいじめる!それから、環奈が肉眼で見える」
前方に目を置くと消しゴムと同じくらい環奈と豆粒ほどのドールが見えた。
「さっきの通信で20秒程滞空するよう指示をだしてくれ」
「わかった――。環奈、愛しの片葉からだけどジャンプして20秒浮いて。――いや出来るだろ?」
「別にジャンプして浮けなんて言ってないよ。壁に張り付くとかでも…」
俺の言葉が終わる前に、消しゴム環奈が蚤の様に高く飛んだ。1メートルの跳躍で滞空時間は約0,9秒。俺が要求した滞空時間は20メートル飛ぶ必要があるが、彼女は難なく20メートルは飛んでいる。
彼女が跳んだのを見計らい、俺は再び斧を振り、今度は手を話す。
「だから髪の毛が巻き込まれそうなんだよ!」
先端の重みが遠心力を生み、そのまま推進力となり、前方へと加速していき、地に足が着いている敵を薙ぎ払った。しかし、それ以外の敵は環奈を追って跳んだ為、結果的に回避という形になった。
「沙弓、突っ込むから援護してくれ。前衛は俺に変わる。環奈を観測手に配置するから」
「環奈、後退して私の護衛について」
俺は靴の底にリコシェの斥力を働かせたシールドを貼り、地面を蹴り、駆け出す。一足で10メートル近く出ているのがわかる。
かなり距離が遠かったのに、俺と環奈はすれ違い、場所を入れ替えた。
『片葉』
右隣りから電話を通したような沙弓の声が響き、俺はそちらを向いてしまった。
『振り返らなくていいよ。指示出すから、その通りに動いて』
「ああ。わかった」
『環奈が戻ってきよ。これからあんたはおこぼれの3体の敵と交戦、それから、こちらへ向ってくる2体に応戦、計5体を任せてもいい?』
「任せていいよ」
返答をしたと同時に白光りする刃が飛んできた。走りながらダッキングで回避すると、二丁のナイフを握る敵が目の前に居た。俺はそれに対し、シールドでまとった右肘を叩きつけ、その衝撃が体に伝わってきた。人間なら歯が折れるのに、木偶は地面に大の字で倒れるだけで終わった。
『撃破確認。右後ろから魔力弾が来る。回避行動を取って』
五体満足なのに倒した扱いらしい。俺は右前にロンダートをして弾から垂直に移動して回避する。そして撃ってきた方向を確認すると右手が砲塔になっているドールが居た。
「こりゃ、弾丸というより大砲だな」
『まあね。援護する』
言葉と同時に破裂音と金属が触れる音が聞こえ、照準を俺に向けたドールはこちらへ飛んできた。
『頭に当てた。撃破確認』
「もう、沙弓に任せるよ」
『いいや、あんたが隙作ってくれないと当てられないんだよ。右向け!』
俺は指示通り右を向く。
「なんで敵は右に回ってくるのが好きなのかね?」
『いいから応戦。あわよくば殺せ!』
「口悪いな」
右を向いても敵の姿は見えない。俺は警戒を強め、拳を握って前を向く。
「見えない」
『前方にシールド貼って!』
俺は腕の内側にシールドを貼り、猫の手を作る。すると重みのある何かが触れる為、俺は後ろ足である左脚で吹き飛ばないように支える。
「敵が見えない!」
『光を屈折させているから姿が見えてないんだよ』
「遥のタナトスみたいだな」
『私はドールの姿を認識できているから指示出すね』
「お願い!」
俺は防戦一方の動きをしていて手付かずになっている。
『敵の攻撃は格闘に依る打撃だから…』
それが耳に入った瞬間、敵の攻撃をシールドと腕で受け止め、両足を地面から離し、上半身を重力にかぶせる。すると七色の光が見え、仰向けに倒れる木偶の姿を作り出す。俺は腕で押さえ込もうとしたが、白い光の線がドールの頭部に当たる。
「あぶねー!沙弓!わざとやっただろ?」
『お返しだよ』
「一本取られた。で、近づいてきている敵はどうすればいい?」
立ち上がり、戦闘の構えを再開する。
『いや。片葉は単独行動をして。あなたの動きを見て、わたしの援護は不要と判断したわ』
彼女は至って冷静に指示を仰ぐ。
『私達はできるだけ敵に目立つように行動するから回収物をお願いね』
「でも俺…」
場所がわからない事を伝えようとしたら、俺の目の前に野球ボールくらいの大きさの球が浮かんでいた。
「ん?」
扇風機のように羽が中に入っていて中央にカメラのようなものが付いていた。
「これは?」
『アルゴス。これで指示出すよ』
「どこ行けばいい?」
『このまま真っすぐ行けば塔が見えはず。勿論、トラップや敵がいっぱいあるけど、そこは自力で頑張って』
俺はわかったと返事をして、シールドを足の裏に貼り、目的地に向かう。
ブザーがなり、『10分経過しました』と放送が鳴り響く。いつもなら10分も走っていると呼吸が乱れるのだが、神器を使っているお陰か、多少、息は上がらなかった。
鉄骨が組まれたと言っても過言ではないくらいの塔。“露骨”という言葉がそのまま形になったようにむき出しだ。俺は鉄骨をロッククライミングと同じように吊たり、上へと登る。
「沙弓。この上に回収物は本当にあるのか?」
『上かどうかはわからない』
「え?俺が上を探している内に地上で回収物が発見されたとかって言われたらショックで立ち直れないわ」
『どんだけポイントに執着してんだよ』
辛辣に言葉を向ける彼女に俺は肩を落とす。と言っても歩みは止めない。
「言い返せないな」
『まあ、あんたの実力なら高望みとも言わないんじゃない?でも、周りだって強者揃いだよ』
「周りが強くたって、敵じゃないだろ?」
『――どうかな?』
彼女の間が有った応えに俺は歩みの手を止めてしまった。
「へ?」
『――っ!降りて。敵が上から来ている』
「ってことはこの上はビンゴってことか」
俺は手を離して鉄骨を蹴り、落下を早める。
『敵は翼を付けているわ。厄介な魔法をプログラミングしたみたいね』
「翼?」
俺はシールドを貼って地面に着地し、見上げる。彼女の言ったとおり、翼の生えた…いや、鳥のようなものが空を飛んでいて急降下してくるではないか。
「これか。厄介だな」
『バレットで攻撃して撃ち落とせる?』
「やってみる!」
空に向けた掌には白い輪が水の波紋を逆再生したように内側に入りだし、弾丸を飛ばした。敵の錐揉み飛行はその弾丸を掻い潜り、俺の目の前に現れる。父に鍛えられた反射がその場で作用し、俺はバク転をして距離を取っていた。敵は再び空に舞い上がる。
銃声が聞こえ、赤い線が何本も、何本も入り込み、翼の生えたドールを貫き、ドールを地面に叩きつけた。
「赤い光?」
俺はそれが穿たれた方向を見つめると、6階ビルの4階であろう窓から紅色(#c22047)のうねる光が見えた。影がゆらり、ゆらり、と揺れているため炎が光源なのだろうと推測できる。その瞬間、補色である黄緑色の少女を浮かべ、名前を呟く。
「――め…明流……」
胃から食道にかけて何かが押し出して来るように感じるが、すっからかんな為、出てくるものは何もない。
『片葉。1人じゃ危ないから明流に協力を偲んだら?』
沙弓が俺に呼びかけてきた。
「嫌だよ」
『え?もう明流は向っているよ?』
「どうすればいい?」
『なんで明流に苦手意識を持ってんの?喧嘩した?それなら早く仲直りすればいいじゃない』
逃げるか否かは俺の判断だった。俺は悩み、考えあぐねているうちに剣幕を貼った明流と遭った。
「片葉さん」
逃げたい。生まれて初めて目先のものから逃避したいと感じた。彼女の目は確実に怒っている。
「やあ、明流……」
震え混じりの声で呟き彼女の顔をまじまじと見る。すると、彼女はいきなり布を俺の足元に投げてきた。
「拾って下さい!」
「うん。わかった」
彼女の覇気に押され、まじまじとその布を拾う。布の正体は手袋……。
「なに?決闘の申し込み?」
「はい。この訓練が終わったら私と戦って下さい!」
俺は何も言えなかった。もうこの場で彼女にボコボコにされてもいいと感じている。なんでこんなに気まずいんだろう?
「本当は環奈さんに渡すつもりでした。でも、今、片葉さんが憎いです!」
「なんだ。わかりやすくて助かる」
全身からシールドが出て、俺の身体を覆い、斥力でコンクリートが砕ける。
「私のチームと合併して下さい」
「合併?」
「獲得ポイントを共有するんです。端末出して下さい」
「沙弓、いいの?」
『ああ、確か今回のオプションであるみたい。さっき端末で確認したら書いてあった』
端末には俺、沙弓、環奈の名前が書かれていて、明流に端末を渡すと、彼女の名前と、【林修字】【萩下透湖】という3人の名前が追加され、先程まで獲得ポイントが43だったのだが、79という数字に跳ね上がる。
「明流。回収物が塔の上にあると俺は睨んでいるんだけど、君はどう思う?」
「この訓練の場合は虱潰しですから疑わしいと思ったら探すのが先決です。実際、先程は9ポイントのドールが守っていたのですからね。疑わしいですが、態とらしくも思えます」
「天辺に登ると時間かかりそうだな?」
「一緒に昇りましょう?」
彼女の笑顔は久しぶりに見た。いつもならスクラム入りの歯磨き粉で歯を磨いている気分になるのだが、今は罪悪感で殺されそうだ。
鉄骨のジャングルジムを暫く登っていると50mと書かれた看板が見えた。そこには両腕が鉤爪の様に大きく広がるドールが待ち構え、胸部にはハンドボールほどの球体が埋め込まれている。これが回収物なのは一目瞭然。【奪取】と記されている。
「なんで胸に?」
「魔人の心臓は神器の魔力調達に使うことがあります。今回は心臓が目的なのでしょう」
「なるほど、奪い取るのは機密情報じゃなくて心臓というわけか」
無駄話をしていると大きな鉤爪で攻撃してくる。俺は前に飛び出て明流を庇うために、防御壁を貼り、攻撃を受け止める。
敵は即座に後退しようとするが、俺は逃さず手首を掴み引き寄せてから10時の方向に左脚を向け、腰を捻り、シールドの貼られた脚でミドルキックを放ち、素早く引いて、細い足場でバランスを戻す。鉄骨に敵が当たり、ひん曲がるところから相当な威力があったことは証明できたのだが敵はまだ動けるようで反撃の左フックを撃ち放った。俺はそれをダッキングで回避すると、紅炎が鞭の様にドールの首元を叩きつける。
「耐久値が高いです!倒さずに奪い取りましょう」
「ここじゃ思う存分戦えない。地面に戦場を移す」
「そうですね。立地条件が悪いです」
俺が構えを戻すと敵は鉤爪を使って入り組む鉄骨を跋扈し始めた。
「だな。これじゃジリ貧だ!」
高速で動き、俺を警戒しながら攻撃を仕掛けてくるが、俺はしゃがんだり、跳んだりして回避している。
俺が回避行動をすると、明流は紅色の弾丸を幾つか放つが触れることはない。
すると、白い光が鉄骨に当たり、屈折し、跳ね返ってドールに当たった。
『援護したわよ』
アルゴスから声が聞こえた。ということは沙弓だ。
「する前に言ってほしかったよ!」
俺は体制を崩したドールの背後に周り、羽交い締めにして鉄塔の外側から逆さに落下する。
「片葉さん!?」
『私、考えるより先に……って何やってんだよ!?』
バカと煙は高いところが好き。いいや、違うね。落下する時の絶妙な恐怖感がたまらなく気持ちいいんだ!
手を離してドールを蹴り落とす。俺は高層ビルから何回か落ちたことはあるが、一度も気絶したことはなかった。多分、高いところから落ちると失神するという話は落下死した遺族が思い込みたいが為の気休めなのだろうと俺は解釈する。
「沙弓!聞こえるか!」
俺は仰向けになり、声を上げる。
「聞こえていたら俺のシールドを撃ってくれ!」
全身にカプセルのようにシールドを貼り、一箇所だけ膜を強める。刹那、衝撃が走り、俺の身体は鉄骨にぶち当たって薙いだ。俺と触れ合った部分はひん曲がるが、俺の身体に異常は無い。これもリコシェの【シールドプログラム】のお陰であろう。硬かった鉄の塊はクッションのように俺の身体を受け止めてくれた。
『馬鹿!ほんと馬鹿!心配したんだからね!』
「ありがと、これで沙弓は俺ルートが少し進展したよ」
『じゃあ、明日デートしようぜ!』
「いいよ」
冗談だと思い安請け合いをする。地面を見てみると、関節という関節が不規則に曲がった木偶が倒れていた。俺は飛び降りて、奪取と書かれた球体を蹴ってドールから外し、お腹に抱える。今まで見ていなかったが、俺の肘や膝、脛の上に巻かれた衣服が破け、擦過傷のついた肌が姿を見せていた。
「片葉さん。お疲れ様です。私、全然いいところ見せられませんでしたね?」
明流は上から声を張って俺に伝えてくれた。和服を着用している彼女。下半部の裾の中が見えそうだったのだが上からの光のせいで影ができ、捉えることができなかった。
「(惜しい!)」
心の中でくやみながらも彼女に返答する。
「いいや、羽の生えたドールの時に見させてもらったよ。それに、これから直に拝めるんだろ?君の実力を?」
ついでに衣の中も……。
「はい。片葉さんを全力で叩きのめします。模擬戦の時とは違って神威をぶっ放していきますからね!」
俺は手を振り、別れの挨拶をしてから、機動力を活かし、回収物をポイントまで持っていった。
『おつかれ。楽しかった?』
「ああ。楽しかったよ」
『そうだ、環奈から伝言。お詫びしますから許してください。だって。私には何のことかさっぱりわからないよ』
「あの子、反省するんだ」
回収ポイントまで運ぶと、俺の身体に掛けられた重力は背中に落ち着く。
――11.奪取 完――