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雷霆の神使と白皮の魔人  作者: 堕罪 勝愚
1章 朱雀の紅炎
12/51

10.夾雑

『人間の愚劣な本質が孕んだ夾雑』


 そんな気の利いた言葉を並べたのは“愚劣な本質”である実父だ。その父は俺の事を憎んでいた。幼いながらそのことを理解していた。

 何を思って憎悪の対象である物を引き取り育てたのだろう?単純に後通義が欲しかったから?掃き溜めが欲しかったから?否、そんな私欲の混ざった打算に翻弄されるような人間ではないことは産声を上げる前から知っていた。

 彼は俺に憎みながらも慈しんでくれた。

 彼が何故俺に憎悪と慈愛を向けたのか。結論から言うと、片葉と片名は人間性の本質が似ていたのだ。

【鏡の法則】同族嫌悪とも言うが、それを抱える人間は自分の人間性を詳しく理解していないところが多く、自分が好きな点、嫌いな点を見出だせないでいる。片名は客観的に俺を見ている為、自分の汚点を晒されているようで嫌気が差すのだろう。

 何故父にそんな辛辣な言葉を向けられたのか、今となってはどうでもいい事だ。





「片葉。私、神使の側につく。こっちの生活のほうが、優しくて温かそう」


 俺は首を縦に振って相槌を打つ。優しくて温かい世界は蓋で、中を開ければ汚物に塗れた感情論。俺はそれを知っている為、彼女の言葉に最後まで頷くことは出来なかった。

 携帯情報端末を取り出し、ブラウザを開く。

【魔人 勧誘 方法】と検索を掛ける。


魔人デヴィルを勧誘するには最低3ヶ月の幽閉期間を経て、筆記テストが必要となる』


 この一文のみで充分なほど簡潔で簡単な説明だった。俺は彼女にそれを見せる。


「ごめん。未だ時間掛かるね」


 音として言葉は通じているのだ。恐らく文字もわかるのだろうと踏んで彼女に見せたのだが、ところどころ漢字や言葉の意味がわからないようで、それぞれ説明してあげた。


「私、待つよ」


 笑顔が、彼女が見せる満面の笑みが恐かった。“優しくて温かい”ものは夾雑の俺にとって“異物”なのだから。


「レーラ。もう帰るね」


 彼女は寂しそうに俯くため、会話もしないまま俺は30分居座り、彼女が疲れて眠った隙を狙い、帰宅することにした。




 暗い部屋で蓄えていたロドプシンが橙色の西日により、ネガティブフィードバックを起こし、視界が一瞬白く遮られる。そう言えば、魔人デヴィルや神威を使う人達は一部の色素が欠陥していると聞いたが、暗いところで目は見えるのだろうか?

 俺は教室に置きっぱなしの鞄を取りに行き、昇降口に向かおうとした瞬間、生徒会室の窓から光をが差し込むのが見え、俺はそこに足を運ぶ。もしも中にいるのが明流だったらと考え無かったわけではないが……レーラとの一件でそんなことはどうでも良くなっていた。いや、考える前に行動していて、もう諦めた。

 扉のくぼみに指をかけて引き、ドアを開ける。


「あ、片葉君?」


 下の名前を君付けされるのは新鮮だった。


「こんにちは」


 生徒会室の長テーブルで勉強道具を展開してシャーペンでカリカリ音を奏でている鈴乃先輩に俺は挨拶をする。


「どうしたの?」


「明かりがついていたので、もしかしたら未だ火狩と土屋が居るのかなって思って来ました」


「ごめんね。私で」


「いや。鈴乃先輩は目の保養なので大歓迎です。お邪魔します」


 火消し部への勧誘が出来るかどうか探りたかったので、冗談を混ぜながら向かいの椅子に座った。


「何?口説いてる?」


 彼女はノートに黒鉛が砕けた粒子を擦りつけながら返答するため、対応に困り、


「調子乗りました。すんません」


 謝罪する。


「なんで謝るの?」


 彼女は半笑いで答える。


「勉強しているんですか?」


「そうだよ。勉強は学生の本望だからね」


 理解に苦しむ。元々勉強というものを厭悪している。だから態々時間を作って勉強をする気にもなれない。しかも神使になれば勉強とは無縁の世界に行けるのだ。

 俺は彼女の手を見る振りをして、胸の膨らみを見つめてそんなことを考えた。


「どうして、火消し部を止めてまで勉強を頑張ろうと思えるんですか?」


「――君は直言居士な人だね」


 書いている手を止め、時間を置き、質問の混ざった返答する。


「はい。歯にお召し物をさせるのは嫌いですから」


「明流ちゃんにも同じことを言ってたって聞いたよ?誰かの受け売り?」


 明流という単語に背筋を強張らせながらも、平常心を保ち、短時間で言葉を練り上げる。


「辛辣な父親がよく使っていました」


 彼女には包容力が有る。それが俺にとって都合のいいもので、それを聞き、彼女に好意を向けた。


「私、神使の学校の先生になりたいなって考えているの」


 確かにその包容力は先生向きだ。


「だから勉強を?」


「そう。火消し部にいた時は全然勉強出来なくて、成績は最悪だったの」


「先生になりたいと思ったのはいつです?」


「――」


 先輩は手と言葉を止める。


「なんか、俺、踏み込んじゃいけないこと聞きました?」


「ん?あ、うん。まあ、あまり詮索してほしくないね」


「すみません」


 俺は先程の会話から1ミリも視線を逸らせてない。だから怪しまれたか、彼女は…


「さっきからどこ見てるの?」


 と戦意の混ざった言葉を述べる。


「先輩の膨らんだおっぱいです」


 わざわざ品位のない言葉を選び、包み隠さず答えた。


「普通服を着ていたら胸の膨らみなんて目立ちませんよね?でも先輩は結構大きいです。詰め物をしているのか、巨乳なのか……気になります」


「歯に衣着せなさい」


「先輩が聞いてきたんじゃないですか?」


 困り果てた表情を見せるが、決して呆れているわけではない。彼女も彼女で楽しんでいるのだ。いや、空元気とも捉えられる。


「君は…その…おっぱい好きなの?」


「先輩。俺、小さい頃に父親から英才教育を受けていたんですよ」


「性的な英才教育とか止めてよ?」


 俺はそれを言うと彼女は不思議そうな顔をして口を開く。俺は応答して言葉を畳み掛ける。


「父は性欲とは無縁に近しい人ですからそれはありません。彼が木刀を振り回し、俺はそれを回避する。10分間それを行い、全部回避出来たら小遣いがもらえて、1発でも喰らえばその月の小遣いはもらえません。全然もらえた記憶なんてありませんから、相当喰らったんでしょうね?」


「その説明には何があるの?」


「とある研究で低所得の人間は大きい胸を、高所得の人間は小さい胸を欲すると語っています」


「――片葉君は低所得なの?」


「はい。と言っても、俺は愛玩動物としておっぱいを愛していますから」


「真顔で言わないでくれないかな?なんで犬と猫とおっぱいが並ぶの?違うよね?」


「犬と猫を撫でるのと同じ感情でおっぱいを揉める自信があります」


「真顔なせいで厭らしく聞こえないけど、セクハラになるよ?」


 人間は他人の困った顔が好きな理由はただ嫌がらせをしたいわけではない。困った顔を見て、人間性と呼べるものを感じ取ることが出来る。


「まあ、冗談ですけど」


「突然セクハラって言葉で萎縮しないで。それだったら始めから言わないでほしかった」


「萎縮してませんよ。ただ前言の目の保養って言葉はおっぱいが関係ないって事を伝えたかっただけです」


「そんなことはどうでもいいのよ。あなたがおっぱいに注目していようが、それ以外のところを見ていても害がなければ関係ないし」


 彼女は多少顔を赤らめている為、満更でもないのだろう。悪いことをしたな。


「そうだ、片葉君。君は火消し部って名前の由来、知ってる?」


 勉強の手を再開しながらも、彼女は話題をすり替えて離しをする。


「――火消し……消防?えっと…」


「やっぱりわからないか。火消し部の元は火消し部隊」


 火消し部隊とは戦車戦に置いて、殿部隊が引き寄せた敵に向って機動力を活かし、接近し、速攻するもの。初代火消し部部長が戦車ヲタだったためそういう名前が付いたと彼女は説明した。


「先生に向いていますね。鈴乃先輩は」


「どうして?」


「教えたがりで、説明が上手、その上包容力もある。転職ですね」


 俺は目を細め、口角を少しだけ上げる。気分的に甘えたいという衝動が有った。しかし、俺は甘え方を知らないので、原始反射の生理的微笑と同じ感覚で顔を作った。


「思ったより、君は子供っぽいのね。あー、勘違いしないで、別に貶しているわけではないのよ?」


「初めて言われました。小学生のときは、真逆の事を言われ続けてきたので」


 鈴乃先輩は俺の本心を無意識に見抜いていた。それが今の言葉として出てきたのだろう。


「故意に私の母性本能を擽りに来ているの?」


 彼女は独り言の様に小声で呟いている。狭い部屋で2人しかいないものだから俺の鼓膜を通り、脳で言葉の意味を理解した。


「あ、すみません。先輩の勉強の邪魔しましたね。此処で御暇します」


「あ、そう?また話そう、2人っきりで」


「はい。さようなら」





 後日、ようやく6時間にも渡る授業が終わり、俺は荷物をまとめ、今日のサービスカリキュラムの詳細を訊くために土屋の席に近づく。


「受付ってどこ?」


「転送室だ」


 彼はこの学校の指定なのか、体操服を取り出し、答える。


「ん?それは?」


「学校指定のジャージ」


「え?着替えないといけない?」


「この前制服でSC受けた時、ボロボロにしちゃったんだ。ジャージだとボロボロになった部分が修復されるんだ。面白いことに、その理由が未だわかっていない」


「SCって想像通り、ハードなんだな」


「その時の訓練は【防衛】だったんだ。戦闘用ドールが積極的に仕掛けてくるもんだから応戦が間に合わなくてな。今回の訓練はなんだか忘れたが、難易度はそれに比べたら低いらしい」


「常々変わるのか」


「カリキュラムだしな」


 土屋は会話しながら、白いシャツに黒のハーフパンツに変え、トレーニングウェアーを羽織る。


「おまたせ。よし、行こうか」


 彼は鞘に収まった大剣、専用神器の【フロッティ】を持ち上げ、背負う。


「はいよ」


 俺は指ぬきグローブとネックアーマーを付けながらあるき出し、2人で転送室へ向った。

 カプセルホテルの様にベッドがズラズラ並んだ転送室には指名を記入する欄が設けられた紙がバインダーに挟められていて、俺と土屋はそれに名前を書く。


「今回は【奪取】みたいだな。詳細はこれに書かれている」


 土屋は俺の端末にURLを送る。俺はそれをタップして内容を確認した。


「ありがとう」


「ああ。俺が同行出来るのは此処までだ。後は1人で頑張ってくれ」


「わかった」


 俺は床に尻を付き、脚に膝当てを付けて、CTのような形をした機械の中に入る。


 奪取 サッカーコート12個分のフィイールドに魔人デヴィルの戦い方をプログラムしたドールやトラップが散りばめられ、回収物を守っている。

 魔人デヴィルから重大な機密を“奪取”といったストーリー性のあるものだな。

 配点、無数に居る魔人ドールは1~3ポイント、1つしかない回収物を決められた地点に持っていったら1000ポイント。無論、回収が完了した時点で訓練は終了。

 生命に危機が生じ、テレポートが発動した場合、入手したポイントが半分になり、失格となる。

 その他に、故意に他の生徒の脚を引っ張ったり、無自覚に他者への攻撃が多く見られた場合、教員の判断で減点をされたり、失格となる。


 俺を含む29人の生徒がこの訓練に参加しているようだ。俺が転送された場所はビルが淡々と立ち並ぶど真ん中だった。今回は転送場所は選べず、ランダムだった。


「あれ?片葉先輩だ」


 半袖と短パンの体操服に長いスポーツウェアを羽織り、腰に黒いベルトとクロスして忍刀を装備している。髪の毛を一本に束ね、揉み上げを左右に垂らしている少女が居た。その少女は目がトロンとしていてピントが合っていない様にも見える。


「ん?」


「今回難易度低いですから、ゴミクズ並に弱い先輩でも荒稼ぎ出来るんじゃないですか」


 いきなり初対面の女の子に悪口らしきことを言われたぞ?


「ゴミクズ並…かぁ」


「おー。片葉、やっぱり来てたんだ。良かった。このエリアに来たのが面識ある2人で」


 沙弓はビルの影から現れ安堵の混ざった笑顔で俺の名前を呼ぶ。ワイシャツにスカート。これは恐らくこの高校の制服なのだろう。そして肩ベルトに巨大なスナイパーライフルを装備していた。銃について詳しいわけでもない俺にも明らかに明流の使っていたライフルよりも、以前持っていたバレルよりも大きく凝った作りになっているのがわかる。そしていつも通り、髪の毛を一本に束ね、ヘッドマイクを付けていた。


「おっす。沙弓。皆体操服だけど、俺と沙弓だけ、制服だね」


「ああ。私、狙撃手だから服ボロボロにすることはまず無いんだ。明流もそのはずだよ」


「それと、武器変えた?」


「変えたよ。と言っても、新しく購入したといったほうが正しいんだけどね。ダネルNTW‐20って名前らしい」


「耳から垂れ下げているのは?」


 彼女は耳を覆いかぶすような仕草を見せ、答えた。


「専用神器。アルゴス」


「先輩方!無視しないで下さい」


「君誰?」


 少女の横槍に、俺は冷たく対応した。


「は?酷くないですか。私ですよ。私」


「誰だ?」


「環奈ちゃんです」


 彼女は自分の名をちゃん付けで名乗りだし、俺はそれを聞いて納得した。


「あー。そっか。メガネ外したのか。戦闘中は邪魔だもんね」


「そうですよ!お陰で先輩の動きがゆっくりに見えます。あ、そう言えば先輩、私がメガネを外した姿を見たこと有りましたよね?」


「ん?じゃー、髪型が変わったせいで俺は君のことを認識出来ていなかったのか。まーいい。環奈の神威って【蝗害】って名前だろ?飛蝗だけじゃなく蝿の特性までも使えるのか」


「蝗害って、私が付けたわけじゃありません!【怠獣】って名前だったら最高ですのに」


「ナマケモノ?あー。スローロリスのネタ未だ引きずってたのか」


 以前彼女と初めて会った時、俺は大きな目や毒と言わざる得ない言い草から、おふざけで『スローロリスちゃん』と呼んだのだ。それが気に入っているらしい。


「スローロリスには和訳がありませんので、ナマケモノを漢字に当てはめました」


「環奈からは勤怠や獣臭はしないよ。俺が君の神威に名前をつけるんだったら【雑虫】かな?」


 俺が彼女へ言葉の仕返しを言い終わると、環奈は言い返すために口を開く。そのやり取りを見かねた沙弓は環奈の低い位置にある頭に手刀を落とした。


「いた!」


「甘えるのが下手なくせにじゃれてんなよ」


「沙弓先輩、嫉妬ですか?」


 突然沙弓が男勝りな口調になり、俺は目を見開いた。この態度は火狩や土屋に対するものだけだと思っていたせいだ。


「はいはい。嫉妬だよ。私だって片葉にあまえたいですよーだ」


 沙弓は心にもない事を口にしたのかすごく口調が卑しかった。


「で、本題に移ろうか。今回の訓練は恐らく9チームの対抗戦。29人居るからそのうちの2組は4人で、それ以外は3人。つまり私達だ」


 沙弓は話を切り替え、端末を俺と環奈に見せてくれた。それには木造、月宮、水鳥と記載されていて、時間であろうか残り4分を示すカウントダウンが始まっていた。


「片葉は初めてだから知らないと思って説明するよ。チームで獲得したポイントは全員が手に入れる事ができるんだ」


「え?割り勘?」


「違うよ。例えば、環奈が20ポイント、私が10ポイント、片葉が30ポイント分のドールを倒したとするじゃない?すると合計60ポイントが私達全員の手元に入るってわけ」


「資料には、倒されて失格になると取得ポイントが半分になるって書いてあったけど」


「死んだタイミングのポイント半分が手元に入るの」


「言い草はあれだけど、良いシステムだね。協力して圧砕するもありだし、各個でバラしてもいいわけだ」


「そういうこと。だけど、ドールは魔法のプログラムを使ってくるから、1ポイント分の敵でも強いよ」


 沙弓の言葉で環奈の顔は硬直し、俯く。


「【防衛】の訓練でこの子ドール2体にリンチにされてたのよ」


 環奈は有頂天な性格で、調子に乗って突っ込んでいったのだろう。その時の風景が鮮明に想像できる。


「言わないで下さいよ。先輩!」


「陣形はどうする?」


 俺は環奈の言葉を遮り、本題を切り返す。


「そうだね。私が決めていいの?」


「いいよ」


「まず、私、片葉の新しい神器や戦術を知らないんだ。だから、前衛を比較的動きが読める環奈がいい」


 妥当だ。俺が前に出て不可解な戦闘をしてしまったら俺に攻撃が当たりかねない。


「そして片葉は観測手と私の護衛をしてくれ」


「ああ。わかった」


 端末のアラームがなると、彼女らは声を上げる。


「いくぞ!」


「はい!」


 俺もそれに続けて声をだす。


「おっしゃ!」


 グローブに魔力を溜め、チャージバレットの準備をする。



          ――10.夾雑 完――

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