8.後輩
明流の父親はとてつもなく寛大な人格で合理的な性格だと思う。俺と明流の父の2人で玄関に向かい、明流の見合い相手である弘前の父子を出迎えた。彼らは俺達の服装とは真逆で洋装と言わんばかりの黒い背広を羽織っていた。
「お久しぶりですね。弘前さん」
明流の父、此処では信三朗さんと呼ばせてもらおう。。信三朗さんは優しく呼びかける。それに対し、不満気な表情を浮かべる。
「お久しぶりです。日渡さん。そちらの方は一体?」
「彼は私の新しい家族です」
「(家族。かぁ)」
口を開かず、喉も震わせずに呟く。
「家族?つまり、あなたは彼の後継人と言うわけですか?」
「まあ、父子という関係ではありませんが、そういうことになりますね」
「では、どのような関係で?」
「師弟です」
信三郎さんは言い切り、それを訊いた俺はにやけそうになるが堪えた。
「まず、見合いの前に確認したいことが有りますが、よろしいですか?」
彼は話を切り替え、出迎えながら言葉する。
「確認?何を聞きたいのです?」
「息子さんの実力です。私は実力のない者を娘の婿にするつもりはありませんから」
優しく声を掛けたはずなのにどこか攻撃的に感じる信三郎さんの言葉は客の2人に威嚇の効果を与えた。
「実力…ですか。どうやって見極めるつもりです?」
「彼と、あなたの息子さんに模擬戦をさせてみてはいかがですか?」
「模擬戦……」
自身なさそうに呟く客人は、案内された部屋に渋々入る。
「先程、彼とは師弟の関係だと申しましたね?」
客人は敷かれた座布団に安座をして佇む。俺を見ながら信三郎さんに話を向ける。
「ええ。私の一番弟子です」
「今まで弟子を取らなかったと伺いましたが?」
「弱い者に教える技術は兼ね備えていません」
今世紀最大級の威嚇だろう。そして俺に振りかかる大いなるプレッシャー。相手が俺より強い可能性も有るんですよ?
珍しく、俺は弱気な思考に陥る。その原因としては、見合い相手である少年が華奢に見えたからだ。矛盾しているように思えるが、俺は他人の外見でギャップと呼ばれるものを想像してしまう。父、月宮片名の洗脳のせいなのだろう。
「つまり、私の息子とそちらの彼を戦わせろというのですね」
「話が早くて助かります」
模擬戦ではなかった。俺と明流の見合い相手である弘前は柔道着を着て道場で向かい合った。さっきはちゃんと見ていなかったが、この畳み、スプリングの質が良く、叩きつけられても衝撃は吸収される形になっている。
俺がお辞儀をすると相手も深々と頭を下げて返す。武道に置いて深々と頭を下げるのは危険視されている。礼をしている途中で攻撃をされることがあるからだ。
「月宮片葉だ」
「あ、えっと……弘前幸地です」
俺は名前を伝えると相手も名乗ってきた。
「高校2年生。神使になったのは最近だけど、3歳の頃から武道は心得ている」
正座の状態で声のトーンを落とす。
「今でも続けているから、俺、半端無く強いよ」
降参するなら今のうち。そう言わんばかりに彼に告げる。
「僕は高校1年生です。しょ、小学生の頃から空手をやっています」
「空手か。それだけ?」
「はい」
俺は目を細めて彼を見る。
「君は、見合いについてどう思っているんだ?」
「見合いについて……。あなたは明流さんと、どのような関係ですか?」
話しをすり替えに来たな。俺はすり替えられた話に敢えて乗った。
「幼馴染設定だ。あいつ、朱雀っていう能力があるだろ?その能力のせいで嫌でも見合い話が近づいてくるって嘆いてた」
少し言葉遣いを下して説明をする。
「明流と見合いをしたかったら俺と模擬戦をしろ。そんな条件を出せば態々危険を犯して明流を家族に引き入れようとは思わないだろう?」
「なるほど…」
彼は少し不満気な顔を見せる。
「なに?なんでそんなに嫌そうな顔をしているんだ?」
「明流さんは見合いを嫌がっているんですか?」
「嫌がっていたって言うのは少し大げさだとおもうけど、そうだね。嫌がっていた」
「ですよね…」
俺は立ち上がり直立して爪先で3回跳ねて痺れを治す。
「お前、明流に惚れているのか?」
「……」
冗談のつもりで言ったのだが、沈黙が反響する。黙りこくるところから図星なのだろう。
「どうする?これから俺と面と向かって戦うかい?」
「はい」
「わかった」
俺は拳を半開きにして猫の手のように前に突き出す柔道の構えを取ると、彼は握り拳を垂直で並行に構える。空手の構えなのだろうか?
「ふぅー」
唇から鋭く空気を吐き出し、脱力した後、殺気を展開する。
俺は前蹴りを撃ちだすと彼は左脚を引いて右方向に回避し、引いた左脚を後ろから回し、右方向に撃ちだしてきた。左手に向かってくる足を屈んで回避し、そのまま足払いを繰り出す。俺は耐えられる事を想定して次の動きに備えていたのだが、幸地はよろけてそのまま地面に叩きつけられた。
俺はその無様な姿に拍子抜けをした。
彼は四つん這いになり、地面に顔を埋める。
「おいおい。それで終わりとかやめてくれよ」
「――勝てないんです!僕は……。明流さんのことを――どれだけ思っていても……。どれだけ鍛えていても。あなたには……勝てないんです!」
俺にはどんな意図で言っているのか理解できない。ただ、彼には執念があることは伝わってくる。
「――明流さんは……あなたのことを思っているから…僕には、何も出来ない」
詰まった言葉は俺の攻撃性を掻き立てる。劣等感じゃない。これは単純な憤怒だ。
不意に、彼の後襟を掴み、引き上げ、直立させる。そのままボディーブローを撃ちだした。
「調子のってんじゃねーよ!」
「ぐぅ!」
彼は口から唾液と胃液を同時に出し、床に雪崩れ込む。
「す、すみません」
口元を抑え、畳みに液体が落ちるのを防いでいる。
「明流のことをどう思っているのかは知らない。でも、明流に勝手なイメージ付けてグダグダ女々しく文句ったれてんじゃねーよ」
俺は幸地を引き摺り、明流の居ると思われる部屋に向かう。彼女は確か母と客間にいたと思うのだが…。
「失礼します」
乱暴に扉を開く。
「片葉さん!?」
彼女は目を見開き、顔を赤らめ、驚いた表情で咀嚼しながら俺の名を呼び、顔を見る。
「ごめんなはい」
口に何か入れているらしく、言葉が覚束ないでいる。
「何食ってんの?」
俺は幸地の後襟から手を話し、彼女の隣に座る。彼女は急いで喉に押し込む。
「その……先程弘前さんから頂いたまんじゅうです」
「……」
彼女の表情が間抜けだったため、俺は言葉を失う。
「片葉さん。それから幸地さん。何用ですか?」
赤面しながらも気を取り直し、言葉を続ける。
『幸地は明流の事を思っているらしいが、中々言い出せず、挙句の果てに、俺に向って愚痴を言ってきた。一度、会話して彼の気持ちを理解した上でこのまま結婚を前提に交際するか、今までどおり赤の他人に戻るか決めてくれ』
と言おうとしたのだが、明流の目が幸地に対し、まんざらでもないように見えた。
「明流。まんじゅう好きなの?」
「甘いものはなんでも好きですよ……」
「(可愛い表情をしたら何でも許せると思ってんじゃないよ!可愛いから許すけど!)」
俺は心のなかでその言葉を吐き散らし、彼女の顔をじっくり見つめ、その後、棒立ちする幸地に視線を移した。
「あのさあ、1回見合いしてみない?」
2日経った月曜日の放課後。俺は生徒会室で土屋と火狩の男3人で机を挟み、学戦のトーナメントを組んでいた。
「サバイバルとかサドンデスとか面白くない?」
俺は不意に言葉を呟く。
「は?」
土屋は目を細め俺を見る。
「それは論外だ。出場者全員が入るほど大きな戦場は備わってない」
「ブロックを分けて戦わせればいい。8つくらいがちょうどいいんじゃないか?それからトーナメントを初めて組めばいい」
「なるほど…」
生真面目だった土屋は初めて首を縦に振りかけた。
「俺は賛成だぜ」
火狩はとても軽率に見える言葉遣いで手を上げ、意志を見せる。
「お前はいつでも長いものに巻かれるよな。鈴乃先輩とか鈴乃先輩とか」
厭味ったらしく土屋は投げかける。
「おい!鈴乃先輩は関係ないだろ!」
「何?火狩は鈴乃先輩のことが好きなの?」
「そうだ」
土屋は本人より早く頷いた。
「おい。なんでバラすんだよ!」
「俺が言わなくてもお前が顔で語るだろ」
確かにと口に出してしまいそうだったが、いくら馬鹿でもそれを言われたら傷つくだろうな。
「否めないな」
火狩は顔を机に埋めて呟いた。
「で、お前は日渡とはどうなんだ?月宮君?」
土屋は半笑いで俺に問いかける。彼のふやけた顔を初めて見れた気がするな。
下手に何か言うと誂われる気がした。俺は返答を即座に考えて言葉に出した。
「進展ゼロで明流のことを好きな俺以外の男子を応援している状態だ」
「意気地なしだな」
ふやけた顔のまま言い返された。
「おい、ずれたぞ」
火狩は話を戻しにかかるが扉がノックされた。
「おい男子。恋話でどうして私の名前が出てこないんだ?」
これは隣の席の女子、基、木造沙弓の声だった。
「幼馴染ってステータスはゲームの中だけのものだからな」
土屋ははなっから興味が無いようなアピールをする。
「あんたじゃない。片葉だよ。編入してきてそうそうクラスの女子に優しくされたら普通惚れるもんだろう?なんですれ違って赤面1つしない?」
「お前ら2人の解釈はどうも偏っているよな?生憎俺は明流とは幼馴染だし、俺はクラスの女子に優しくされても勘違いはしない」
「「ギャルゲーの主人公が!」」
土屋と沙弓の言葉が重なり、俺を攻め立てる。
「やったことねーよ、ギャルゲー」
「嘘だろ?凩からはゲーマーって聞かされたぞ?」
「真希奈は確かゲーマーって言っていたわ?」
再び2人の言葉が重なるが、同時だったため脳で処理をしきれなかったが、『凩真希奈』と『ゲーマー』って単語は聞き取れた。
「まあ、ゲームが好きなことは否定しないけど、アクション・シューティング・RPGの3種しかやらないよ」
「是非ギャルゲーをおすすめしたいわ!」
「女子からその手の勧誘を受けるとは思わなかった」
俺は軽く受け流す。アドベンチャーやシミュレーションといったチンタラしたゲームは嫌いだし苦手なのだ。
「で、沙弓。俺に何か用事?」
「ああ。ある女の子から…と言っても生徒会の後輩なんだけど、その子があんたに用事があるって言うから呼び出せって言われたのね」
「後輩…!?沙弓、どれだけ月宮を主人公にしたら気が済むんだ!?」
土屋は真面目な顔と真剣な声でふざけた内容の言葉を戯れる。
「あー。でも片葉は明流を攻略したわけじゃないし、今回の要件はそれとは違うから平気じゃない?だって環奈だよ?」
環奈と言うのが俺に用事がある女の子なのだろう。俺に用事とは物好きにも程がある。
「よくわからないけど承るよ。案内してくれ」
「1年2組の教室」
「え?場所の名前だけ言われても…今日地図持ってきてないよ?」
「ああ。2年の教室の1個上の階層だから平気でしょ?場所とか大して変わらないし。往復面倒だから後よろしく」
「沙弓。俺ルートを進展させたかったら案内してくれよ」
「その程度で高感度あがる玉じゃないだろ?」
女に会いに1年の教室、1人で行く玉じゃねーよ、と言いたかったが、それ以前に、
「用があるならお前が此処に来いよ」
といった感情が先に出向いた。
「私達に訊かれたくないだろ。環奈は」
確かに、生徒会室は1階。1年の教室は4階。面倒という単語が出てきてもおかしくない。沙弓は素直な人間なんだなと解釈し、俺は向かうことにした。
メガネ。それは絶滅したと思われる属性の1つ。絶滅したと言われている原因は魔力に依る治療の発展のせいだ。魔力があれば眼球の水晶体を支えている毛様体筋を向上させて、最大視力を10,0まで上げてくれる。しかし、俺の目の前にメガネを掛けている少女が居たのだ。ダテメガネであればレンズに依る光の屈折は起こらない。しかし、その少女の掛けていたメガネは確実に近眼を調節するように出来ていて、少しばかし目が小さく見える。
「始めまして。水鳥環奈です」
俺の身長は171センチ。彼女は俺の鳩尾辺りに頭の天辺が届いている。要するに身長が低い。その上、メガネのせいか、将又元々そうなのか、垂れ目が目立っていて、印象としては童顔だった。
「知っていると思うけど、月宮片葉です。よろしくね環奈」
「軽々しく下の名前で呼ばないで下さい。気色悪い!もしも呼びたいと申すのでしたら、せめて『様』を付けて下さい」
俺は目を見開き、もう一度彼女の顔を見つめなおした。
「あれ?腹話術かな?」
その稚すぎる見た目とは裏腹な言葉が並んでいたため誰か別の人が言っているのではないかと疑ったが……。
「お前か、今の毒舌は?」
口元を抑え警戒の体制に入る。
「はい。私がいいました。私の言葉です先輩」
「可愛いからって何言ってもいいと思ってんじゃないよ」
「ギャップ萌えです」
「ツリ目とやさしい口調を兼ね備えてから言え」
「それと、私を可愛いといいましたね先輩?私を可愛いと言っていいのは沙弓先輩か明流先輩か鈴乃先輩か遥先輩か万里花先輩だけなんですからね」
「多いな、おい」
「あと、魚止森さんと」
「だから多いって。『だけ』で区切るなよ」
「じゃあ、先輩は私を可愛いと言ってはいけません」
「俺だけ指定か」
この子は呼吸とともに毒を吐くことが出来るのか。俺は感心しながらも警戒を強める。
「はぁ。じゃあ、改めて言わせてもらうわ。君はとてつもなく、超絶可愛いよ」
「だから可愛いって言わないで下さい」
真面目な顔で言われたな。結構傷つくぞ。
「超絶を付けたけど駄目?」
「はい」
俺の表情筋まで構築してしまった。
「で、要件はなんだ?スローロリスちゃん」
「脇のリンパ節から毒を分泌する霊長目の名前で呼ばないで下さい」
「詳しいな」
真希奈といい、環奈といい、生物の例えが通用するな。この学校は生物のカリキュラムに力を注いでいるのか?
「私を飼いならすために抜歯するつもりですか?」
「目を繰り抜いて媚薬にするよ」
「せめて癲癇の治療に役立てて欲しいですね」
「そこは魔力で解決できるだろ?」
スローロリスでここまで話が飛躍するとは思わなかった。
「兎に角。とっとと要件を終わらせよう」
「はい。では……」
彼女は1回深呼吸をして口を開いた。
「他人の恋の手助けをして何が楽しいんですか?恋のキューピット気取りですか?」
俺は煎じ詰めて説明するように求めた。すると…
「幸地との出会いは小学校の入学式でした――(中略)――というわけです」
「長い」
俺は彼女の1時間にも及ぶ話を聴き終えて言い返した。その間何度も勝手に机や椅子に腰掛け、教室内をウロウロしたのだが、彼女は自分の話に酔いしれながらも俺に言い聞かせたため、内容が頭に入ってこなかった。
「簡単に言え」
珍しく乱暴な言葉遣いで彼女に応答する。
「はい。幸地の事が好きなのにライバルとも思っていなかった明流先輩が一気に敵になった感覚を味わい困っているので先輩に八つ当たりしています」
確かに、幸地に対して明流は素っ気無かったもんな。こんな可愛い子に思われているのに幸地は明流に思いを寄せていたのか。どの口が言っているのかわからんが、もったいないと思うよ。
「なんでこうなったんでしょうね?」
彼女は少女漫画のようにピンクとバラの背景を作り出し、乙女を気取りながら言葉する。その姿を見て俺は歯ぎしりをして目元に影を浮かび上がらせる。
「悪態と言う言葉を体現したような性格が敗因だろ。気づけよ!」
俺は右足を後ろに引き、両足首を回転させて後ろを振り返る。
「じゃあね。環奈。もう二度と遭いたくない」
俺は敢えて出くわす意味の漢字で言葉し、床を蹴り、走りだした。無論、全力で彼女から逃げるために。
「待ってください!」
彼女は着いて来ている。しかも息切れの1つもしていない。
「体力は結構あるな」
俺は関心しながら、開いている窓を見つけ足をかけて地面に降りる。
「此処4階ですよ!?」
「知ってるよ」
――8.後輩 完――