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四季篇  作者: 椎井 慧
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春雷と春雨

 三月も終わりに差し掛かったある日。冬の寒さと春の暖かさを交互に繰り返すこの時期に、一人の男が竜に乗って空から舞い降りてきた。



「見よ、春雨(はるさめ)。今年もこの(うま)し国に帰って来られたのう」

 春雨と呼ばれた竜はキュウ……と甘えたように鳴く。



 男の名は春雷(しゅんらい)。雷を操り司る天上人(てんじょうびと)で、日本では『雷神』と呼ばれている。『雷神』といえば鬼のような姿で荒々しく太鼓を打ちならすイメージで描かれることが多いが、今、日本の上空に舞い降りたこの男はその荒々しくも剛健な姿とは程遠い姿である。

 華奢な身体のその男は長い黒髪を一つに結った頭に立烏帽子をかぶり、白色の狩衣を着た、いわゆる神職に就く者と同じ格好をしており、背中には弓を背負っていた。



「先日、風華(ふうか)が春一番を吹かせてくれたおかげでだいぶ春めいておるな。儂らも仕事をしようか、春雨」

 足下に広がる、緑が芽吹き始めた山々を嬉しそうに見ながら春雷が言うと、春雨はキュッ!と返事をし、大きな輪を描くように空を旋回し始めた。これは竜が雨乞いをする時に行う、雲呼びというものだ。ぐるぐるとわたあめを作るかのように輪の中心にもくもくと灰色の雲が出来ていく。



「うむ、良い雲じゃな」

 春雷はそう言うと、背中に掛けていた弓を手にし、背筋を伸ばして矢を(つが)える姿勢をとる。すると蒼白く光る弓矢が手元に現れた。その弓矢は稲妻のようにばちばちと音を立て、小さな閃光を散らしている。春雷はぐぐぐっと背筋を収縮させて、力強く弓を引いた。

()ッ」

 小さな掛け声と共に春雨の作った灰色の雲目掛けて矢を放つ。矢は流星のように稲妻の尾を曳きながら雲の中へ入っていくと、やがてその稲妻の尾で雲全体を覆った。蒼白い稲光が雲の中でぴかぴかと光り、地響きのようなごろごろという音がし始める。そうしてついに雨が降りだし、稲妻は地に落ち始めた。




 こうして春雷と春雨は各地に雨と雷を落としていった。

 人間の世界では「大雨警報」が発令され、テレビやラジオからは厳重に警戒するようアナウンスが繰り返し流される。




「ちょっと春雷ぃ、やりすぎなんじゃないのぉ?」

 そう声を掛けて来たのは風華だった。

 艶やかな着物の首元を緩く着崩し、肩を露出させた美しい天女の風貌をした彼女も、日本では『風神』と呼ばれる神の一人である。

「久方ぶりじゃのう、風華」

 春雷は穏やかな笑顔で挨拶をした。そんな春雷に風華は眉をひそめ、手にした扇子で口元を隠しながら嫌味っぽく言う。

「あんたそんなヘラヘラした顔でこんな雷落っことすとかえげつないわねぇ?」

「今年も最上の春を運ぼうと思うたら、力が入ってしもうてのぅ」

「しっかたない爺さんねぇ、本当に。ま、あたしが掃除してあげるわよ」

 風華はやれやれと言いたげに溜め息を吐くと、扇子を広げ大きく一振りした。

「風よ。雲を散らせ」

 風華が扇子を振り、舞う度に雲の流れがどんどん早くなる。太陽が東の山際を赤く染める頃にはすっかり雨雲は流れ、生まれ変わったような瑞々しい空と空気だけがそこには在った。

 雨に濡れ、朝陽でつややかに光る草木を見て春雷は顔を綻ばせる。

「有り難う、風華。お主のお陰でまた季節が深化した」




 今年も、生まれたての春が私たちの元へやってくる。

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