ファンタジー探偵先生 3
僕のその日の仕事は、少しだけハードだった。今まで色々な死霊と話してきたが、今回のは特に骨が折れた。
「もう一度お尋ねします……あなたを殺したのは誰ですか?」
『死んだばあさんはげんきかのう……』
「あのねえおじいちゃん、死んだのはおじいちゃんなの。わかる? 犯人の特徴とか、そういうの」
割って入る衛兵くん。いつもはあまり役に立たない彼の横槍も、今だけは少し頼もしい。
『ええ? はんに? 煮物は柔らかいほうがええのう……』
だが、無駄。間違いなく無駄。よぼよぼのおじいちゃんの霊から話を聞き出すのは、あまりにも無謀というほか無かった。
今回の事件自体は、とても簡単だった。夜中におじいさんの家に強盗が押し入り、殺害。あらかた金目の物を盗んだ後らしく、僕が来た時にはもう部屋の中はひっくり返したように荒らされていた。被害者は御年七十歳のおじいちゃんで、色んな事の判断がつかなくなっていたらしい。
「だからあ、何でもいいんですよ。昨日の夜、何がありましたかーっ?」
『ああ……耳が遠くてのお』
衛兵くんにおじいちゃんの事をまかせ、僕は部屋の中に何かおじいちゃんの記憶を呼びもどでそうなものが無いか探していた。
例えば子供からの手紙――これは無かった。
例えばおばあさんとの思い出の品――これも無し。
部屋にあるのはせいぜいおじいちゃんの服と、あとは昨日食べたらしいパンの包み紙程度。ゴミ箱にはあまり物がなく、掃除はしていたらしい。
「あのおっ、なんでもいいんですよおーっ!」
『なんでも? ……それなら柔らかいものがええのう』
――この老人が? 掃除を?
あり得ない。とてもじゃないがパンを買って、掃除が出来るような人間には見えない。
確かなことは、唯一つ。
「おじいさん、嘘をついてますね?」
ちょっとだけ気が引けたけれど、僕はおじいさんを問い詰める事にした。
『死んだばあさんに』
「いつですか? どこでですか?」
おじいさんは、わかっている。自分が魔法で一時的に蘇らせられたということを、完璧に理解していた。だから、嘘をついた。右も左も分からない老人のふりを。
「ああ、わからないならそれでもいいですよ。この衛兵くんに調べてもらって、僕が復活させれば良いだけですから」
この事件は初めからおかしかった。御年七十歳の一人暮らし。それも強盗殺人。
例えば僕が強盗だったとして、住人がこんなおじいさんで……殺す必要はどこにもない。金目の物を奪って逃げればいいだけ。
「質問を変えましょうかおじいさん」
ごほんと僕は咳払い。それから指をぴんとのばし、おじいさんに突きつける。
「……誰を庇っているんですか?」
「おばあさんが犯人でしたね……といってもかなり年が離れていたみたいで……まだ四十代後半でしたけど」
「信じられない事件だった……」
僕と衛兵くんは適当なカフェでお茶を啜りながら、事件について話し合っていた。
事件の概要はこう。七十歳だけどまだまだ元気なおじいさんの家に、出て行ったはずのおばあさんが金をせびりにやって来た。おじいさんが拒否した所、ナイフで胸を一突きして殺害。そのままおばあさんは部屋から金を盗んで逃走。おじいさんが嘘をついていたのは、罪悪感からだった。自分が見栄を張って若い嫁を貰ったせいで、人生を奪ってしまったことの罪悪感。
「悲しい事件でしたね……」
「あー……そこじゃなくて」
まあ、事件自体はわかってみればよくあることで。僕が気になるのはそうじゃなくて。
「よく倍ぐらい離れたおじいさんと結婚したなあって」
「そうですか? 別に自分はなんとも思いませんでしたけど」
「……男の人ってそういうもの?」
僕は紅茶をすすりながら、衛兵くんに聞いてみた。するとどうだろう。
「だって、自分と先生はかなり身長差があって下手したら親子に見えるかもしれないですけど」
彼は随分と嬉しそうな顔で、こんな事を言い出すのだ。
「自分はいつだって先生と結婚したいと思ってますよ?」
僕はカップのお茶を全部衛兵くんの顔にかけて、そのまま席を立った。
「せ、先生! 何がいけなかったんですか!」
「……身長の事言うの禁止!」
それから僕は帽子を深くかぶりなおして、まっすぐと部屋に向かった。帰り道、顔が赤いのはさっき飲んだお茶が熱かったせいだと、自分の心に言い訳をした。




