小学生の素朴な疑問
特にターゲットにする読者層を決めず徒然なるがままに筆を走らせる、このエッセイ。
今回は「小学生の素朴な疑問」を御題目にすえてみた。
「小学生の」としているが、不特定多数の小学生を意味しているのではなく、僕が小学生だった頃に抱いた疑問である。故に、他の方が同じような疑問を抱いたのかまでは分からない。その程度の話である。
小学生の頃、どうしても理解出来ない問題が誰しもあったと思う。
大人の事情が原因だったり、そもそも根拠すら大した問題でない習慣や伝統だったりしないだろうか。大人となり知識が増えると解決できる問題でも、子供にとっては永遠の謎だったりするものだ。
学校の問題ではないため解答用紙は存在しない。知りたければ自分で調べるしかないのだが、身の回りにある本や大人が答えを知っているとは限らない。僕が小学生だった頃はネットが存在しなかったのだから、解答に至るのはより困難だった。
結果、保留という妥協的な対処方法に至る。
今回疑問に感じた問題は些細な点なのだが、実は奥が深かったと気付いたのは後になってからのことである。
小学校になると世界各国の国名と位置を覚える授業があると思う。3年生だったか4年生だったかは分からないが、そのくらいの時期だ。
歴史や地理が大得意だった僕ではあるが、どうしても間違えてしまう国があった。それが今回の話題である。小学生が間違えてしまう国旗、国名、位置と聞いて、皆様はどこを想像するだろう。
フランス、イタリア、ドイツ、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ。
確かにごちゃくちゃしている地域であり、国旗も微妙に似ていて紛らわ――失礼、日本人には認識しにくい国旗である。
ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、デンマーク
隣国なのに同じマークで色違い。国旗制定時に国民の間で議論にならなかったのだろうか?
インドネシアとポーランド。
同じ配色で上下入れ替えとか勘弁してほしい。
アフリカの奴隷海岸の辺りも、竹の子のように国家が存在しているため間違いやすいだろう。
などあるのだが、僕が間違えたのはそこではない。
その国家は北朝鮮――正式には朝鮮民主主義人民共和国――と大韓民国の位置関係なのだ。
北朝鮮と呼称されるくらいだから朝鮮民主主義人民共和国は朝鮮半島の北に存在し、大韓民国は南に存在する。
共産主義国家と民主主義国家。
両国とも一応と但し書きを付けたくなるのは民族性なのだろうか。
まあ、そんなことは置いておこう。
共産主義と民主主義という相反する思想を採用する両国の位置を逆に覚えてしまうのはナンセンスかもしれないが、それにはちゃんとした理由がある。
当時の問題用紙には次のように書かれていた。
中華人民共和国、中華民国、朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国、イギリス、フランス、ドイツ、インド、パキスタン、スリランカ、ガーナ、エチオピア etc
これらの中から国名と国旗、位置を選びなさい。
中国だけ二つ国名が選出されているのがイヤラシイ。今にして思えば政治的な意図を感じないでもない。現在の中国本土を統治する国家は中華民国ではなく中華人民共和国だが、中華民国自体は台湾に存在している。
中華民国にしてみれば台湾はあくまで一時的な地であり、中国本土も彼らの領土である。まあ、今の台湾にその気概と実力があるかは、この際問題とすまい。
中華人民共和国の国名を覚えさせるということは、小学生にも台湾も中華人民共和国の領土だとする「ひとつの中国」論を刷りこもうとしていたような気がしてならない。
正式な国名でなければいけないのであれば、イギリスはグレートブリテン及び北アイルランド連合王国、フランスはフランス共和国とするのが筋である。それらの問題を放置して、中華人民共和国と正式な国名を小学生に教える必要が本当にあったのだろうか?
それは良しとしよう。
教科用図書検定の審査に合格した教科書に記載されているということは、国家がそのように教えるべきだと判断したのだ、とやかく言うまい。
日教組がアレなのは今に始まった問題ではないだろう。多少偏った政治思想をそれとなく刷りこんだ可能性もあるが、生徒を教育する特権は教師にあるのだからどうにもならない。
少し話は逸れるが、僕が教えを受けたある教師は特に印象的であった。マルクス・レーニン主義的歴史観を平気で教えていたのだ。勿論、教科書にはそのような記載はされていない。共産主義国家がボロボロになっている――共産主義国家が経済的に立ちゆかなくなり、遂にベルリンの壁が崩壊。ソ連の運命も風前の灯だった時代である――にも関わらず、どの面下げて言えたものか。
酷い教師もいたものである。
話が逸れてしまったか、大きく軌道修正しよう。
いずれにしても国名に漢字が使用されているのは極東の国家だけであり、極東3カ国は「中華人民共和国、中華民国、朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国」のいずれかということになる。
中国については国名が長い方が正しいという安易な方法で、僕は認識することにした。
残るのは「朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国」である。
最初に断らせて頂きたいのだが小学生が考えた認識方法であり、そこに政治的意図や中傷は一切なかったのを御理解頂けないだろうか。
尚、韓流ブームがまだ起きていない時代だったので韓国という呼称も知らなかった。
当時、僕は次のように理解していた。
北と南いずれかを覚えれば、必然的に残った答えが正解であると。
いくつもの国名や国旗を覚えなければいけないのだから、少しでも楽に覚えたいのは人情である。北と南いずれかを覚えるかが重要になるのだが、僕は北を覚えることを選択した。
何故、北を選択したのか。それには理由がある。北に存在するのが共産主義国家で、南はそれ以外の何か。漠然としていたが、それが僕の認識だった。韓国が曲がりなりにも民主化され、軍部が政治から手を引いたのは最近の話である。そんなよく分からない政治体制の国家より、多少でも政治体制が分かる国家に興味を惹かれるのは無理もない。
これが、そもそもの間違いの元だと気付かずに。
国名をよく見比べて欲しい。「朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国」、どちらが共産主義国家の国名に見えるだろうか?
僕は、はたと悩んだ。教科書では国名が長い方が北だったような気がするが、民主主義と名のつく国家が共産主義国家なのだろうかと。
今にして思えば、「人民」という点に着目すべきだった。共産主義国家は国名に人民と付ける傾向があるのだ。一例を上げてみよう。
中華人民共和国、ベトナム社会主義共和国、ソビエト社会主義共和国連邦、キューバ共和国。
残念ながら、必ず国名に人民と付けるとは言い切れない。その点も僕を悩ませた。いっそ、国名に社会主義と書いてくれれば分かりやすいのだが、他国の国名にクレームを付けるのは学生の身勝手だろう。
ここまで来ればお察しかもしれないが、僕は南を「朝鮮民主主義人民共和国」と覚えてしまった。
そしてテストで間違い続けた。
共産主義も民主主義の一形態であるという理屈は、随分後で知った。北朝鮮は今でこそ一党独裁であるが、国家成立時は複数の政党が存在していた事実を考慮すれば、民主主義と国名に付けるのも道理かもしれない。
いずれにしても、小学生には理解出来ない理屈である。
理解出来ないが故に、僕は理解するのを諦めた。理由は分からないが、名前が長い方が北なのだと妥協した。
今にして思えば、これが人生の分岐点だったかもしれない。
好奇心を刺激されていればマルクス・レーニン主義に興味を覚えただろうし、共産主義に好感を覚えたかもしれない。そういう人生も有り得たのだ。
皆様には、そういう経験はないだろうか?
人生は奇妙な偶然と幾つもの必然、そして意識の有無を問題としない選択によって構成されていると僕には思えてならない。