人は直感的になにを連想するか?
今回の話題については、事前に譜楽士様の御許可を頂いた上で投稿しております
我ながら微妙な題材を選んだなと思いつつ、今回も徒然なるがままに筆を走らせてみます。
前置きを一切に抜きにして単語を言われたとき、一瞬思考に空白が生じた経験は誰しもあるのではないでしょうか?
前後の文章が存在しないというのは非常に厄介なものであり、推理の立てようがありません。
それ故に直感的に何を思い浮かぶかが重要になり、個々人の趣味や人間性がもろに反映されると僕は思います。
先日、譜楽士様の活動報告を拝見していましたら、興味深い話題に触れられていました。
譜楽士様の相方様が本を借りてきてほしいと言われたそうです。
なんの本?
「砂漠の本」
砂漠の本?
砂漠の本と言われて、皆様は何を想像するでしょう。
僕はエルヴィン・ロンメルを直感的に想像しました。
つまり「砂漠の狐」です。
エルヴィン・ロンメルが誰か分からない方のために御説明しますと、エルヴィン・ロンメルは第二次世界大戦時に活躍したドイツ軍人。彼が最も活躍したのは北アフリカの大地であり、寡兵ながら圧倒的な兵力と物資を持つイギリス軍を大いに苦しめ、時の英首相チャーチルに「ナポレオン以来の戦術家」とまで評された名将です。
その彼のあだ名が「砂漠の狐」。
いきなり「砂漠の本」と書かれますと、なにを意味しているか分からず良い意味で想像力を刺激します。そして、脈略が存在しないため直感的に判断するしかなく、それ故に人間性や趣味が反映されやすいのではないでしょうか。
面白い表現方法だと思います。
ちなみにサハラ砂漠を想像しなかったのは「○○砂漠の本」と前置きがなかったので、自然としての砂漠が思い浮かびませんでした。
まあ、サハラ砂漠の本と言われても、僕だったら「サハラに賭けた青春」上温湯 隆氏の手記を想像したりしますが――
結局、純粋な意味での砂漠に辿りつきませんね。
ちなみに上温湯 隆氏は、1970年代前半にアフリカで活動された冒険家でした。
彼の人生は壮絶であり、沢木耕太郎先生の「深夜特急」の先駆け的作品と言えるでしょうね。
彼はアマチュア冒険家という事もあり、同時期に活躍された伝説的冒険家「植村 直己」氏よりも少しマイナーな方かもしれません。
ですが、その手記は決して劣るものではないと僕は考えます
少し、話がズレましたね。
砂漠というのは人の想像力を刺激しやすい存在です。
砂で構成された人を寄せ付けない世界は、死の世界そのもの。古代エジプト人はナイルより東を生者の土地とし、ナイルより西を死者の土地としたのも頷ける話です。
ちなみに、嫁さんに聞いたところ彼女はサハラ砂漠を想像したようで、そこからサハラ砂漠を旅する紀行本を連想しました。
僕等の想像はこのくらいにして、「砂漠の本」が何を意味したのかの回答と行きますね。譜楽士様の相方様は、砂漠の地方を舞台にした作品を執筆するために資料を必要とされたようでした。
皆様は「砂漠の本」からどのようなことを想像されたでしょうか?
◇
他の方の話題だけでは失礼ですので、僕と嫁さんの会話から一つ。
携帯でなろう作品を読んでいた嫁さんが、あるとき、略略もなくこんな事を言い出しました。
「いっこさげる」
いっこさげる?
どうやら作品に対する感想のようなのですが、僕はどのように反応したらいいのか一瞬悩みました。
さげるとは、多分「下げる」を意味しているのでしょう。
では「いっこ」とは何を意味しているのか、これが問題なのです。
間の悪いことに嫁さんがどのジャンルを読んでいるのか知らない状態での会話であり、しかもなろう小説は、ファンタジーから現代、SF、時代作品まで千差万別。
普通に考えれば「一個」と解釈すればいいのですが、ジャンルが広すぎるため「個」と単純に解釈するのが正解とが言えないのです。
このとき僕が想像したのは、「一戸」でした。
何故、「一戸」なのか?
一戸とは一軒の家、或いは世帯を意味する言葉です。
嫁さんが読んでいる戦記モノや転生モノだとするならば――嫁さんは戦記モノは読まないですが異世界転生モノやVRMMOは好む傾向があるため、「異世界行って領地経営に専念する」という類の作品を読んでいても不思議ではないのです――領主は住民の数だけでなく戸数で把握する必要性があります。
ここで問題なのは、「一戸下げる」などという微調整が果たして発生し得るのか? という点でしょうね。
そもそも「一戸減らす」が正しい使い方のような。
嫁さんが何が言いたいのか分からず、僕の思考はここで停止してしまいました。
結論から言えば、「文章の先頭を一文字下げる」と伝えたかったようなのです。
嫁さんによると小学校で「一個下げる」と習ったとの事ですが……
分からんて、その情報では流石に!
こういうどうでも良い話題ですが、覚えておけば小説の話題になると僕は思うのです。
例えば最近アニメ化された『旦那が何を言っているかわからない件』のような形式で、ミリオタの旦那と一般人の妻との噛み合わない会話を日常系作品として書き上げるとか。
或いは作品の一シーンで使うのも効果的でしょうな。
この手の思い込みを利用して作品を書くのは、落語が最も得意にしているように思います。話芸の話をそのまま小説に転用は出来ないでしょうが、何かのキッカケになるのではないでしょうか。
落語はNHKの「日本の話芸」という番組で大変良い作品を放映しています。
参考までに視聴されては如何でしょうか。
などと、「僕の世界設定は(略)」に相応しそうな事を言って締めとさせて下さい。