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国際情勢を適当に分析してみる(5)イギリスのEU離脱~バックストップ条項について~

 特にターゲットにする読者層を決めず徒然なるがままに筆を走らせる、このエッセイ。

 今回の御題は「バックストップ条項について」である。

 2019年3月末と期限が切られているイギリスのEU離脱問題は、将来間違いなく教科書に載るであろう一大政治イベントだ。様々な教材で取り上げられ、多数の論文が発表されるのは明らか。国際政治学を志す方々は、今のうちから情報収集をするにしくはないだろう。

 現在進行どころか加速度的に混迷を深めるこの政治イベントは、メイ首相が所属する保守党内で信任投票が実施されるに至った。弾劾まがいの暴挙であるが、幸いメイ首相は6割強の支持票により信任された。

 首相を輩出している党が、その党首でもある首相に対して不信任投票を実施するのも異例だが、大差で否決されるのは更に異例であろう。

 大山鳴動して鼠一匹とは、正にこれ。

 政治クーデターなら事前に8割方勝負を決めていなければいけないと思うのだが、彼らはなにをしたかったのだろう?

 僕には反対したという政治的アリバイ工作が目的だった気がしてならない。

 議員たちの真意は不明だが、「俺が! 俺こそが!」と党首候補を名乗り出る人物がいなかったのは事実である。あるいは仮に彼女を引きずり下ろしたとして、誰も火中の栗を拾いたくなかったのだろうか?

 イギリス政治の混迷は僕たちにとっては対岸の火事かもしれない。

 この混迷を悪夢と思うか天の配剤と信じるかは人それぞれだが、こう考えてはどうだろう。

 僕たちはキューバ危機やベルリン封鎖も知らない。東西冷戦終結とベルリンの壁崩壊はかろうじて間に合ったかもしれないが、子供の頃すぎて重大性を理解できなかった世代。

 その僕らが歴史的節目を鑑賞できる!

 例えモニター越しの三等席であろうとも悪い気がしない、と感じてしまうのは歴史好きの悪いところか。


 今回はこの一大政治イベントを、報道各紙や政治ジャーナリストが指摘しない観点から適当に分析していこうと思う。尚、僕はジャーナリストでも国際政治学者でもないので的外れな指摘をするだろうが、「分かったふりをして、また馬鹿な主張しているな」と笑いながら流してもらえると助かります。


 ◇


 2019年12月時点で問題になっているのは、バックストップ条項と言われる。

 この条項の話しに進む前に歴史へ目を向けてみよう。

 欧州史を少しでも触れていれば分かることだが、イギリスは大陸が統一されることに嫌悪感を覚えてきた。

 嫌悪感は甘すぎる表現か。

 イギリスは仮想戦記小説ならばラスボスか黒幕的役割を演じてきた。欧州統一をことごとく邪魔してきた歴史を持つこの国は、田中芳樹先生の作品なら最終的に破滅させたと思う。だが、事実は小説より奇なりで、古の大英帝国の面影はないけれど未だ常任理事国の一角を占めている。

 イギリス様の底力、恐るべし。

 しかし時代は変わった。

 ヨーロッパ統一を阻むラスボス――もとい鉄の女サッチャー首相の抵抗むなしく1986年共同市場を造る議定書が成立してしまった。3年後に通貨統合を進めることも決定された。かつてのラスボスも時代に逆らえないと判断したのか、EU加盟へと舵を切っていくことになる。

 スターウォーズにおける帝国的立ち位置にあるイギリスが妥協したことにより、共和国側であるEUによる欧州統一はなされたのでした。

 ちゃんちゃん。


 ――とはならなかった。


 10数年後、イギリスはEU離脱を問う国民投票した上で離脱派が勝利してしまう。

「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」ならぬイギリスの覚醒といったところ。政治の流れも変わり欧州離脱案は住民投票で支持された上、議会の決議も得てしまった。

 泣き叫ぼうが後の祭り。

 三つ子の魂百までではないが、イギリス様はやっぱりイギリス様だった。

 1986年時点におけるサッチャー首相の真意は不明だが、かかる事態まで予測していたとするならば末恐ろしい。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というが、30年先を予測したのであればサッチャー氏は賢者に値する女性だったのだろう。経済的不利益を根拠にジャーナリストや経済学者達が声高々に離脱反対を叫んだにも関わらず、人の精神の奥深くに刻まれた価値観は変わらないと読んだのだから。


 そう、問題は人の価値観が変わらない点にある。


 バックストップ条項はイギリスと国境を接するアイルランドとの国境問題を規定している、と言われる。

 アイルランドはイギリス領である北アイルランドの隣に位置する国だ。北アイルランドは今でこそ落ち着いたが、1960~70年代にかけて派手に国内テロが起きていた土地であり、なにが起きるか予測は困難である。

 北アイルランド問題の根は深いが、1960~70年代という時代性を無視してはいけないだろう。アメリカでは公民権運動やベトナム反戦、日本では安保闘争、中国では文革、ドイツではドイツ赤軍のような運動が燃え上がった時代。北アイルランド紛争も同時代にピークがきている。

 この時代性を考慮に入れれば、2010年代を1960~70年代と同一に定義するのは正しくはないかもしれない。

 僕は北アイルランド問題を過小評価するつもりはないが、スペインのバスク祖国と自由(ETA)が完全武装解除したように、北アイルランドもかつてのような事態には陥らないと思うのは楽観的過ぎるか。とはいえ弱まっているといえど火に油を注ぐのは愚かであり、イギリス政府が慎重になるのも無理はない。

 国境検問所を設ければ住民感情が燃え上がるかもしれないし、なにより国境検問所管理に金がかかる。ならば検問所をやめればいいじゃないかとなるが、そうなるとEUの法を適用しなければいけない。

 実に厄介な問題である。


 ◇


 バックストップ条項を話題にするとき、この問題はEU加盟国とイギリスが直接接する土地だから、みたいに語られることがある。

 厳密にはこの説明は正しくない。

 正確を期すならばEU加盟国とイギリスが国境を接する土地で、バックストップ条項を適用するかで問題になっている国境が存在する、が正しいと思う。

 僕が何を指摘しているかわからない?

 ――そう言えば、そうだな。

 後者の方は国際情勢に詳しい方だろう。


 EU加盟国とイギリスが国境を接する土地は一つではない。


 その名はイギリス領ジブラルタル。

 スペインと国境を接するこの港街は、イベリア半島の南東端に突き出した小半島に位置している。ヘラクレスの柱の異名でも知られる巨大な岩山を要するジブラルタルは、地政学上極めて重要なこともあり18世紀からイギリス領なのだ。

 スペインは事ある度に抗議しているが、イギリスは1713年に締結したユトレヒト条約を根拠に、返還要求を無視し続けている。遠い昔の話しと思うかもしれないが、2018年にスペイン政府がジブラルタルへの出入国制限を検討している、とニュースになったことを思い出してほしい。中世の条約を根拠に領有権を主張する点は僕たちの理解を超えているが、契約社会である欧州ならでは。


 この話題で少し妙な点に気付いただろうか?


 スペインもイギリスもEU加盟国なのに、なぜ出入国制限が問題になるのか。

 これにはややっこしい事情がある。

 単純に図式化するならば、EUとは共通の外交・安全保障政策を扱う機関であり、その根拠をマーストリヒト条約に求めている。EUは経済統合を推し進めるため、人と物の移動自由にすることを旨としており、その根拠をシェンゲン協定に求めている。

 マーストリヒト条約=シェンゲン協定ではないのだ。

 マーストリヒト条約発行は大きな政治的挑戦だったこともあり、シェンゲン協定と分離している。いわば二段式ロケットのような方式を採用しているのが、EUという存在の実情なのだ。

 イギリスはマーストリヒト条約に署名しているが、実はシェンゲン協定に署名していない。そのためスペインからイギリス領ジブラルタルに入国する際に、かなり緩い入国審査が行われている。入国審査が行われてるくらいだから国境線もちゃんと管理されているらしい。イギリス領ジブラルタルにおいてバックストップ条項が問題にならないのは当然であり、おかげでニュースなどの報道各紙で語られることはなかった。

 領有権が絡んだ故の対応だろうが、イギリスはスペイン様に感謝していいと思う。


 ジブラルタルの件を踏まえた上で、アイルランドの国境線問題に戻ろう。

 人の移動を規定したシェンゲン協定だが、実はイギリスだけでなくアイルランドも署名していない。署名していないのだからジブラルタルに対するスペインのような政策を両国は採るはずである。だが北アイルランド・アイルランド間に検問は存在しない。

 なぜこのような運用がされているのか僕は知らないが、イギリス領ジブラルタルとスペインの間に入国審査が存在する事実を鑑みれば、恐らく異例な対応であると思われる。或いは北アイルランド問題を刺激しないために政治的配慮が両国政府で交わされたのか。

 真相がいずこにあるかは知らないが、この決定した下した政治家は後世の人々に大きな宿題を残した。

 EUという存在に対して、イギリスは相当慎重に対応してきたと思う。

 EU破綻という不測の事態に備えて自国通貨ポンドを手放さなかったし、シェンゲン協定にも署名しなかった。これだけ慎重に行動したにも関わらず、北アイルランド・アイルランド間が足枷となり、国内政治は混迷を極めつつある。


 ◇


 バックストップ条項はイギリス一国の問題と捉えがちだが、この条項はEUの未来を左右する気がしてならない。EUは加盟するための条約は多数あるが、離脱するための条約が存在しないからだ。そのような準備をしないまま国家を超えるような組織を創り上げた無責任さに、正直怒りすら覚える。

 タイタニック号は救命ボート数が乗客数を考慮しないことで、被害を拡大させた。逆説的だが救命ボートは一応用意している。ところがEUは氷山に衝突した時の、被害を最小にする手段を準備するらしていない。僕が怒りを覚えるのも無理がないと理解していただけるだろう。

 自国通貨を維持する島国イギリスがEU離脱をできないとしたら、残るEU加盟国は一つとして離脱することなどできないと思う。島国という意味ではキプロスやマルタも同じだが、これらの国は自国通貨を手放している。なによりイギリスと比較して経済規模が遥かに小さい。小さいほうが離脱の影響が少ないかもしれないが、自国通貨を再発行する際は経済規模の小ささは仇となる。

 EU加盟国はイギリスが離脱する実験を身を挺して行おうとしている、と考えてみてはどうだろう。誰も試したくはないが、この実験は必要なことだ。それをイギリスが経済的リスクを顧みずやってくれるというのだ。

 上記理由からEU加盟国の一部は、将来に備えてイギリスに協力しても良いと思う。だが、公式発表をみる限りそのような国は存在しない。辛うじてドイツがイギリス寄りに見えるが、それも議論の流れを変えるほどの支持ではなさそうだ。

 かかる事態に至ったのは、イギリス様がEUにおける特殊性を笠に着てきて無茶な要求を通してきた過去が影響している可能性もある。仮にギリシャ危機のときイギリスが救いの手を差し伸べていれば、ギリシャはその恩を返したかもしれないが、そのような事実はなかった。ギリシャは経済破綻を前にして喘ぎ、ドイツを筆頭とするEUの情け容赦ない要求に膝を屈したのだ。ギリシャ危機におけるイギリスの動き云々は、たらればの仮定にすぎないのである。

 策士策に溺れるとは、正にこれだ。



 視点を変えれば物事は違って見える。

 イギリス領ジブラルタルは、北アイルランドとアイルランドの国境問題のIFである。歴史にIFはないとはいえ、もしIFが存在していたら今日の政治的混乱はなかったかもしれない。もっとも北アイルランドは混乱したかもしれないが。はてさてどちらが良かったのか。

 大事の前の小事と言われるが、大事と小事を間違うことは間々ある。


 我が国の政治家が同じ羽目に陥らないことを切に願う。

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