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自動運転が実現された世界を適当に推測してみる

 特にターゲットにする読者層を決めず徒然なるがままに筆を走らせる、このエッセイ。

 今回の御題は「自動運転が実現された世界」である。

 日本でも研究されている車の自動運転技術は、どれほど遅くても僕が生きている間には一般化しているだろう。SF的な世界の出来事ではなく5年~20年ほど先の未来。SFについては僕は門外漢だが、その程度の未来なら推測くらいはできる。勿論、推測の精度を無視した上で適当に語るだけのレベルにおいてだが。


 先日、米国において自動運転車試験中に人身事故が引き起こされた。ニュースにも流れたのだから、御存じの方も多いだろう。事故を引き起こしたのは米国の配車サービス大手ウーバー・テクノロジーズ。同様の事故はグーグルやテスラも引き起こしているが人身事故である点が異なる。運転手が死亡したという意味ではテスラも人身事故に分類されるかもしれないが、自爆してるのだから意味合いが異なるのだろう。運転席へ乗車している人物が操縦していないケースでは自爆となるのか、という法学問題はとりあえず置いておく。


 ウーバーの事故で注目すべき点は二つ。

 一点目は事故が夜間に発生している点。

 二点目は被害者が横断歩道ではないところを歩行中に事故に遭った点。


 一点目の問題はある意味簡単である。センサーの精度を改善するか、都市を真昼のように照らしだすかの二択。センサーの精度向上は技術的に可能だろうが、最終的には後者の改善が求められる気がしてならない。自動車メーカーの資金投入は最小限にして僕達の血税で解決するパターンだ。

 エネルギー問題やらを無視した、米帝プレイさながらの重課金で推し切るという図式は反吐が出る。そんな未来を見たくないが、この際僕の心証問題でないだろう。


 問題は二点目のほうにこそある。

 この意味するところは横断歩道を歩かなかった歩行者の行動を、40~70メートル先で予測するのが如何に困難なのか。日々この危険と隣り合わせなドライバーとして言わせてもらえば、控え目にいっても「出来るものならやってみろ」くらいは主張したい気分だ。

「車を所有することのデメリット」でも述べているが、全てのドライバーはロボットのように正確で、スパコンのように高速演算して未来予測を求められている。予測しろというのだろうが、僕等はアムロ・レイのようなニュータイプではないのだ。車の装甲越しに相手の存在を感じるなど不可能である。

「自動車メーカーの技術者達よ、御手並み拝見といこうじゃないか」

 そんなふうに僕が感じたとしても無理もないと理解して欲しい。

 SF的解決策を交えて極論をいえば、量子コンピュータ並みの計算速度を車に実装することで未来予測は可能な気がする。都市を真昼のように照明で照らすという提案以上にコストを無視した解決策だが、いまは可能性を模索している段階なのだから問題ないだろう。


 視点を変えてみよう。

 問題なのは自動運転技術ではなく歩行者の存在にこそあるとしたら。

 誤解して頂きたくないのだが、僕はウーバーの事故で犠牲にあった方に責任があると指摘しているのはない。歩行者という存在があったから事故は発生し得たのではないだろうか? と視点の変更を求めてるのだ。

 歩行者の行動を予測しきることは量子コンピュータ並みの計算速度を導入しないと不可能である。と仮定した場合、残る可能性を検討するのは当然の帰結であろう。

 歩行者が存在しない道路――つまり高速道路ならば問題ない。高速道路を走行する車すべてを自動運転にすれば、その行動は予測可能である。甲殻機動隊ばりの解決方法はコストがかかるだろう。運送会社の負担は大きくなり、その負担は結局消費者である僕達に回ってくる。見たくない未来予想図だが、都市を真昼のように照明で照らすコストに比べれば安いかもしれない。


 政府にしても企業にしてもコスト負担は嫌がる。

 この前提に立つと、今まで検討した対策案はコストパフォーマンス的に問題があるものばかり。

 検討した問題に抜けはなかったのだろうか?

 いや、ある。

「横断歩道ではないところを歩行中」という点を見逃していた。

 誤解してほしくないが僕は被害者に非があると主張しているのではない。ただ仮に道路交通法を完全に順守していたとすれば、今回のような事故は起き得なかったのではないだろうかと推測してるだけなのだ。

 米国の法律は知らないが、日本において道路交通法はドライバーに不当なほどの責任能力を求めている。道路交通法の順守を歩行者や自転車に求めれば、イレギュラー要素は減るのではないだろうか。

 横断歩道ではない場所を歩行した経験は僕にもある。

 少しくらいはいいだろうとの感情による行動だが、少しくらいという感情で逆走するドライバーは稀だろう。それはリスクがあると分かっているからだ。

 道路交通法の順守を歩行者が完全に履行すれば、たしかに今回のような事故は防ぎえるかもしれない。


 そんな未来が有り得るだろうか?

 歩行者の責任を問うことは、道路交通法の運用を180度転換しなければいけない。それ故に、読者の中には僕が推測した未来は実現不可能だと嘲笑される方もいるだろう。

 果たして、そうだろうか?


 世界は多面的であり僕らが考えている以上に複雑である。

 一つの場面において運用されていない技術が、即運用不可能な技術であることを意味しない。地球を立体的に捉えたとき、地球の7~8割は海で構成されており、地上など地球全体から見て少数派にすぎない。同様に空がない世界は存在しないのだから、こちらは10割といって差し支えないだろう。空においてジャンボのような旅客機で、海においてはタンカーなどの大型貨客船で自動運転技術運用されて久しいのだ。

 このように捉えると、自動運転技術は既に実現された技術であることを思い出されるだろう。空と海に歩行者は存在しないが、自動運転技術を搭載しないセスナや漁船のような不確定要素はどちらにも存在する。しかしこれらも定められたルールに従うことで、空と海において安全航行が保障されている。

 地上において自動運転技術を運用する際、どのように法を整備すればいいのかは自明の理に僕は思える。空と意味の事例をそれを指し示しているのだから。

 

 結論は急ぐまい。

 現状の道路交通法に慣れた僕らにとって大きな変革であり、常識を破壊されるような提案は受け入れがたいのも無理もないのだ。

 そのような未来が存在すると仮定しよう。

 ドライバーは無限の責任を求められなくなったのだから、自動車保険の保険料は減額されるかもしれない。保険会社が負担する金額が減るのだから有り得る未来図だ。一方、責任能力を求められることになった歩行者は、事故による損害賠償負担が重くのしかかる。破産しかねないほどの賠償へ備えるには保険加入しか手がない。加入者が増大することで保険会社が大きな収入を得られるため、この業界が法令の大幅変更に賛成する可能性は否定できない。

 自動車メーカーは自動運転による事故の責任を問われる可能性が減るのだから万々歳だ。膨大な額の訴訟費用に怯えず済むことで、配当金も増えることにあり株主様も喜ばれることだろう。経団連のラスボス的存在である彼等にとって悪い話でもないため、これまた法令変更に賛成する可能性は残る。

 一番反対しそうなのは歩行者第一主義を唱えそうなマスメディだが、彼らはスポンサー企業様に弱い。その意向が変われば、彼らは従わざるをえないだろう。

 少子高齢化が進む日本において国民の足を確保することは、行政機関にとって急務である。自動運転技術は高齢者ドライバーの事故という問題と、バスやタクシーなどのインフラ保全のコスト負担にあえぐ行政にとって救世主になるかもしれない。とはいえ行政は現状の変更に対して抵抗するだろうが、経団連の意向にめっぽう弱いどこかの政党が、行政の長としてやれと指示すれば従わざるを得ない。

 

 一見するとすべて良しと聞こえるが、国民すべてが保険に加入する未来図はどのような意味を持つのだろうか。保険料の負担という永続的コストにより、貧富の格差が増大する社会ではないだろうか。

 刑罰が厳しくリスクと貧富の格差が増大することで、ジニ指数は高くなり社会は不安定化していく。

 車社会のもつリスクをいままでドライバーは全て負担してきた。

 自動運転技術の普及はこの歪みを正すかもしれないが、その負担はどこかに必ず回る。自動車会社や政府が負担を負わない以上、それ以外の誰かが負わなければいけないのだ。

 自動運転技術の開発は急務であるが、事故の完全な予防は困難である。今回はその困難な壁を如何にして乗り越えるのかを素人的発想で予測してみた。良い未来図予想図ではないが、あくまで適当に予測したのだから気にしないほしい。


 勿論、今後もドライバーが無限の責任を問われ続ける可能性も残念ながら存在し続ける。

 この場合、ドライバーの心理的負担は現状以上のものを求められる気がしてならない。

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