人生の転機(1) ~家庭で考える「エネルギーの多様性」~
特にターゲットにする読者層を決めず徒然なるがままに筆を走らせる、このエッセイ。
今回の御題は「エネルギーの多様性」である。
いつもながら御大層な御題目だが、国家規模でのエネルギーの多様性について論じる気は毛頭ない。別にサイトが荒れるのを恐れたからではなく、やはりこの手の話題は身近な例から論じた方が説得力があると思うからだ。
重ねて断っておくが、決して左側の論客との対話を拒否したわけではない。
とは言え、頭の整理を兼ねて歴史を紐解くのは重要だろう。
日本においてエネルギー問題の分岐点と言えば、先ずは油主炭従政策と言われる主要エネルギーが石炭から石油に変化した60年代。中東戦争から波及した石油危機に発展した70年代。
まあ、この辺が直ぐに話題に上るだろう。
石油危機に懲りた政府は、中東への依存を下げるため供給元の多様化と国家規模での備蓄を開始したとよくニュースで語られる。
が、ちょっと考えればわかるが、この論法はおかしい。
何故なら、思考が戦後を起点としているからだ。
日本がエネルギー政策で苦労したのは戦前、戦中時から変わりがなく、負け戦が決まり切った大東亜戦争に踏み切らされたのも、アメリカからの石油禁輸措置が致命的だったからだろう。追い込まれ血迷った軍部がインドシナの天然資源に目を向けるのも道理である。
誰が悪いとかは言わないが、エネルギーの多様性はいつの時代も政府に求められる使命のようなものだ。
そう、政府レベルの話だと思っていた。
あの日までは。
忘れもしない2011年(平成23年)3月11日。
僕の住む街は被災を免れたが、隣りの街では送電網が寸断され街中停電した。
電気がなければ冷蔵庫は使えないし、暖房器具も限られる。
当然ながらスーパーなどの食料品店は使い物にならず、生活物資をもとめ隣り街から市民がどっと押し寄せた。スーパーから物資が消える光景をニュースでは見ていたが、まさか自分の目で見ることになるとは思わなかった。
電気、ガスの供給に問題はなくとも、ガソリンや灯油は他所から供給されなけばやがて枯渇する。需要と供給のバランスが崩れることに気付いた市民が、わが身を護るためにとった行動が事態の悪化に拍車をかける。致し方ない行動だったかもしれないが、いまにして思えば地元自治体がガソリンスタンドを閉鎖して配給制に移行するというもの一つの選択肢だったのではないだろうか。戦前的思考と思うかもしれないが、東西冷戦期において東側では普通に行われていた行為なのだから、それほど前時代的思考とは言えないと思う。
まあ、強権的手腕で秩序を維持するリスクを自治体が取りたがらないのが、良くも悪くも戦後的思考なのだろう。
僕はというと、震災当日にスタンドの閉鎖が予測できたので、速攻で自転車を購入した。
まだ肌寒い季節だが自転車通勤が不可能な季節ではない。
ガソリンスタンドの閉鎖が自明の理だが、恐らく一ヶ月で事態は改善される。
原発がどうなるか予測できなかったので、最悪、逃げるための足を確保しておくためにマイカー通勤はきっぱり諦めた。
「安物でよい」と思いホームセンターに赴くと、大量の自転車を被災地に送るため店舗から消えようとしていた。翌日なら商品が消えていたかもしれない。早い決断が功を奏したのか無事自転車を入手し、逃走のための足も残すことができた。
幸い逃走の必要はなかったが、休日になるとガソリンを探してガソリンスタンドに並んだ人たちはそこまで考えたのだろうか?
いや、考えたけれど選択肢がなかったのかもしれない。
人は人だ。
とやかくは言うまい。
その経験から思うのだが、僕は絶対に電気自動車なんか購入しないと心に決めている。
ガソリンは外地から供給が途切れればやがて枯渇するが、逆に言えば直ぐには枯渇しない。電気やガスは供給元が途切れれば、即使用不可となる。最悪の事態に陥ったとき、電気の供給が途絶したから自動車が使えない事態だけは絶対に陥りたくない。
同様の理由で、我が家ではオール電化は断固に採用しない方針である。
電気の供給が途絶えた隣りの街でも、ガスは供給されていた。
ガスで暖は取れないが調理は可能である。
電気とガスの両方が途絶する可能性はあるし、実際に震災地はそうであるが、そのケースでは住宅がもたない可能性の方が高いのではないだろうか。いずれにしても、エネルギー源をあえて一つにする選択を我が家では排除している。
そこまでいうなら太陽光とか導入すればいいだろう?
当然の疑問だが、実際に導入していた。
過去形で語る理由は、雪国では寒暖の差が大きいためソラ―パネルの寿命が短く壊れやすいから。住宅メーカーやらは色々言うだろうが、やはりその商品は雪のあまり降らない地域で運用する品物であることを、実体験から忠告しておこう。
偉そうなことを主張する癖に文明の利器に頼りっぱなしと思うかもしれないが、それはちと違う。
僕の手元には、亡き祖父が最後まで手放さなかった火鉢と炭がある。
そんな都合がいいものが何故ある? と思う方は、「歴史の目撃者(4) ~祖父の意地と覚悟の残照~」を再確認してほしい。祖父の遺品が手元にある理由を理解できるだろう。
長々と書いてしまったが、家庭レベルでも僕達は「エネルギーの多様性」の選択を迫られていることを忘れて欲しくない、ということを主張したかったのだ。
国家規模で語られるとピンとこないし、他人事のように思えるかもしれない。決して他人事ではないと僕は思う。
東日本大震災を経験した方なら、同意はしないまでも僕の主張したかったことを分かってくれるだろう。
今日のところは、この辺で。




