日本語は難しい ~「触れるとくっつきます」~
特にターゲットにする読者層を決めず徒然なるがままに筆を走らせる、このエッセイ。
今回の御題は「日本語は難しい」である。
いまさらカミングアウトするまでもないが、僕は日本語を母国語する日本人だったりする。
日本語を母国語としているのだから、一日と欠かさず日本語で言葉を交わしている。毎日、ニュースやらで日本語を聞き、日本語で書かれた新聞を読む。これだけ日本語に接しているのだから、もう少しウィットに富む文章を書けてもいいと思うのだが現実は厳しい。
冒頭からどうでもいい愚痴を発してしまったが、これでも一応努力はしている。
どうすれば巧い文章が書けるのか?
ここに書かれている文章はもう少しマシにならないか?
等々、プロアマ問わず世に出ている作品の文章の評価を自分なりに検討している。
身の程をわきまえない行為だとは思う。
だが書評などに書かれている評価は、結局のところ他者のフィルター越しの評価にすぎない。
よい文章を身につけるには自分で会得するしかなく、会得するには優れた文章に接するのが一番。だが優れた文章なのか否かを理解しないまま、身につけるということは百害あって一理はない。従って他者のフィルター越しの評価ではなく、自分で評価をつけていくしかないと僕は考えている。
不相応な態度だと思うが、どうか石など投げないで下さい。
ところで正月気分も過ぎ去ったといってよい本日。
今回は、正月にコタツに首まで入りながら視聴していたとある番組のナレーションについて僕なりに検討したことを書いてみようと思う。ほとんど国営放送といってよいNHKでは、「新日本探訪」のような全国各地を紹介する番組がある。
それは、八甲田山に姿を現す樹氷について語られているときだった。
冬。
八甲田山に姿を現す樹氷は、日本海で発生する霧だったか靄が八甲田山に辿りついたときに生まれる現現象です。日本海で発生した靄や霧は冷気に氷点下の外気によって冷やされ、八甲田山の樹木に「ふれるとくっつきます」。
(ふれるとくっつく、のフレーズは正確に記憶しているが、その前のフレーズは大体こんな感じという記憶レベルと理解して下さい)
ふれるとくっつく?
僕が感じた違和感を分かってくれるだろうか。
違和感があったのは現象そのものではない。
「くっつく」とは、随分子供っぽい表現の思えたのだ。近頃「大臣」を「だいじん」と表記するような、読みやすさを重視しすぎる悪しき傾向が目につく。「くっつく」という表現も同じレベルの問題のように思えたのだ。
では、どう修正すればいいのだろう?
「くっつく」という表現が柔らかすぎるのなら、「付着」とすればスマートになるように思える。前後の文章を無視すると仮定してだが、僕の作品ならば「付着」を選択するだろう。
「ふれると付着します」と修正したとしよう。
「付着」と修正しているのに、上の語句が「ふれる」とするのはどうにも座りが悪い。第一、「ふ」れると「ふ」ちゃくしますでは、「ふ」が連続して語呂が悪くはないだろうか。僕は文章を書く際には、同じ音が連続しないように気をくばっている質だ。文章の書き方を誰かに教わったことはないのだが、音にも注意した方が流れるような文章が書けるような気がする。
もちろん、錯覚かもしれない。
下の語句が「付着」としてるのだから、上の語句も二文字でまとめてはどうだろう?
僕は、「接触」を選択した。
ベストの選択には思えなかったが、他の選択肢が思い浮かばなかったのだから仕方ない。
脳内修正した文章を並べてみよう。
「日本海で発生した靄や霧は冷気に氷点下の外気によって冷やされ、八甲田山の樹木に接触すると付着します」
「する」「します」と、「す」の文字が連続するのは個人的には好みではない。
「日本海で発生した靄や霧は冷気に氷点下の外気によって冷やされ、八甲田山の樹木に接触すると付着」
体言止めで終わるナレーションは、科学番組やナショナルジオグラフィク辺りで聞きそうなフレーズだろう。
だが、残念ながらこの修正は誤りだと直ぐに気付いた。
個人的な好みは置いておくとして、前提条件は「新日本探訪」のような全国各地を紹介する番組である。視聴者は僕のような大人に留まらず、お年寄りから子供までと幅広い番組だ。敷居は低く間口は広い方が好まれる。つまり科学番組やナショナルジオグラフィクのようなフレーズは好ましくない。
日本海で発生した靄や霧は冷気に氷点下の外気によって冷やされ、八甲田山の樹木にふれるとくっつきます。
やはり、このほうがよい。
禅問答のできそこない、素人の浅知恵。
長々と文字浪費しておいてマシな対案を出せないと思うかもしれないが、冒頭において「自分なりに検討」としか書いていない。
検討した上で、元の文章の良さを思い知らされるなどしょっちゅう。
結果として元の文章の意図を理解できるとしたら、決して無駄な時間ではないだろう。
などということを考えながら、コタツにすっぽり埋まって過ごした正月でした。
今回のところは、この辺で。




