最近の高校生は、なぜずぶ濡れになりながら登校するのだろう?
特にターゲットにする読者層を決めず徒然なるがままに筆を走らせる、このエッセイ。
今回の御題は「最近の高校生は、なぜずぶ濡れになりながら登校するのだろう?」である。
何が言いたいのかよく分からない御題目だが、僕が通勤中に感じた疑問を簡単にまとめただけなのだ。特に意味はない。
それでも、暇つぶしに流し読みして頂けければ幸いです。
マイカー通勤が当たり前の地方都市在住の一市民である僕は、雨など降ろうとも痛くも痒くもない。維持コストが高いことに小言は多いが、このときばかりはマイカー通勤のありがたさを思い知らされる。車内で流れる音楽はアルドノア・ゼロのサントラ。火星騎士に蹂躙される地球連合や、イナホ無双される37家紋の誰かに想いを馳せながら、仕事へのモチベーションを上げていく。
そんな毎日。
雨の日になると目に付くのが、傘もささずに自転車に乗る学生の姿である。
彼等、或いは彼女達は、頭にハンドタオルをかぶせるだけで、レインコートの類を着用していない。もちろん、傘をさして歩く学生もいるのだか、自転車に乗る学生については皆似たような姿だ。
自分が学生だった頃は傘差し運転は当たり前だったものだが、最近は違うらしい。まあ、当時も傘差し運転は違法なのだが、教師も目を瞑っていたのだろう。良し悪しは別として、当時ある種の市民権を得ていたのだけは事実だ。
それが変わったのは、いつの頃からだろうか?
ここ3,4年で傘差し運転はめっきり見なくなり、代わりにずぶ濡れになりながら通学する生徒の姿が目立つようになった。
彼等の姿のをみていると、
「ちょっと、傘は?」
「――小雨だよ、必要ない」
「無茶しないでってば!」
などと、アルドノア・ゼロ二期の台詞がリフレインしてしまう。
ずぶ濡れになった制服は、運動服に着替えれば良いのかもしれないが、下着はどうするつもりなのだろうといらぬ心配をしてしまう。まあ、運動部なら練習後に着替えることを想定して準備していたりするのだが、誰も彼も用意してはいないだろう。
保護者もその辺は多少考慮してるのだろう、雨の日は車で送っている姿をよく見かける。正直、甘やかし過ぎではないか? と思わないでもないが、女生徒に関しては致し方ないのだろう。雨に濡れる女生徒の姿は絵になるが、少し痛々しいのも事実だ。
ちなみに野郎に関しては、5ミクロンも心が痛まない。将来外で働くケースもありえるから、いまのうちに雨に打たれる経験をしておくのも悪いものではないだろう。と、野郎には冷たい自分を正当化してみる。
傘差し運転ができないとして、レインコートを着用しないのは何故だろう。デザイン性に問題があると感じて忌避している可能性は否定できない。マイカー出勤者の僕はレインコート着用の必要性がないため、どのようなものが市販されているか分からないので、軽くネットで検索してみた。
デザイン性でみるべき商品があるにはあったが、頭にかぶると似たような感じになる点は頂けなかった。
撥水性に優れたキャップを併用するのも手のような気がするが、コストは余計にかかるか。なにより髪型が崩れる。
レインコートと聞くと小学生が着用する黄色の商品が印象的過ぎるのも、学生が忌避する要因なのだろうか。
適当に色々推測してみたが、見当違いの可能性は否定できない。
学生であった頃は過ぎ去りし遠い過去なのだ。僕には、彼等の気持ちは分からないが、それでももう少し何とかならないのかとは思う。
果たして実態はいかようなものなのだろう。
読者の方で事情を知っておられる方がいましたら、教えて頂けないでしょうか。
今回のところは、この辺で。




