歴史の目撃者(2) ~とある満州鉄道職員の証言(2)~
特にターゲットにする読者層を決めず徒然なるがままに筆を走らせる、このエッセイ。
今回は以前にも少し触れた祖父の過去について書きたいと思う。というわけで、今回の御題は「歴史の目撃者――とある満州鉄道職員の証言(2)」である。
祖父は戦前、戦中に旧満州――現在の中国東北部――のハルビン市で満州鉄道職員として働いていた。農家の三男坊がよく満州鉄道職員になれたと思うのだが、これに至るには幾つかのエピソードがある。
農学校を卒業したとき、余りの職のなさから教師に進められるがままに、満州開拓団に入ろうかと考えたらしい。当時はそれほどまでに職がなかったのだ。そのことを祖父の母――僕からみれば曽祖母――に相談したところ、「満州開拓団にやるために今まで育てきたのではない」と散々に叱られたそうだ。
誤解して頂きたくないのだが、満州開拓団に参加された方々を卑下する意図はない。当時の一市民がどのように感じていたのか、その生の声を伝えたいだけである。どうかご理解して頂けないだろうか。
話しが逸れてしまったか、少し軌道修正しよう。
曽祖母はなにがしらの伝手で満州鉄道員の職を見付けだして、祖父を満州に送り出した。満州鉄道員の給料はかなり良かったらしい。兵員として徴収されず、シベリア抑留も体験しなかった点を考慮すれば、祖父はかなり恵まれた境遇であった。
いずれにしても終戦と共に祖父は財産の全てを失う。
そのような経歴を持つ人物が、現地で見たこと、聞いたことについて書きたい。
満州というと悪いイメージしかない方も多いと思う。その成否は置いておくとして、表向きは五族協和を民族政策の標語にして、満州族・大和族・漢族・モンゴル族・朝鮮族の五民族が協調して暮らせる国を目指した国家である。前回も少し触れたが、当時のハルピン市には満州族・大和族・漢族・モンゴル族・朝鮮族の他に、ユダヤ民族等も滞在する国際都市であり、人口はおよそ六十万であった。
満州はなにかと問題がある国家であり、最終的にはこの国の存在が日本の命取りになった気がしないでもないが、これ以上は今回の御題から外れるだろう。気になる方はいると思うが、当時の複雑な背景についてはここまでにしておく。
ただ、一つだけ指摘させてほしい。
満州国を支え、この国を頼りとした民族が日本人だけでなかったことを。
その民族の一つが、ロシア民族である。
意外に思うかもしれない。僕自身、祖父からこの話を聞いた時、正直意外であった。日本とロシアはロシア帝国~ソ連の時代を通じて敵国であり、最終的に満州から日本人を追い出したのもソ連である。
祖父の語るロシア民族とは、どのような人達だったのだろうか?
歴史を振り返って欲しい。
ロシア革命に端を発した大混乱、その後のヨシフ・スターリンによる大粛清。死者行方不明者は尋常な数ではなく、被害者数まで入れれば世界史広しと言えど、近代史において平時でこれだけ無茶をした国家は先ずあるまい。
なにかと悪者扱いされるナチスドイツですら、ここまではしていない。何故ならナチスドイツが行った迫害は戦争期に集中するからだ。水晶の夜のような例はあるが、それでも桁が二つどころか三つほど違う。
ヨシフおじさんに比肩するのは大躍進運動と文革を主導した彼と、カンボジアのアレくらいではないだろうか。未曾有の迫害を逃れた人々はフランスやアメリカに逃れていった。これが一般的な認識であろう。
よく考えてみれば分かる話なのだが、西にだけしか道がないわけではない。彼等の一部は満州に逃れてきたのも道理である。そのような背景を持つ方々の一部と、祖父は家族ぐるみで付き合いがあったのだ。
その家族とは、元ロシア貴族の方々である。
ソビエト共産党に捕まれば財産を没収され、良くてシベリア追放、悪くて死刑。よく満州に逃げ延びたと正直思う。
彼等はロシア民族だけあって大酒飲みであり、同時に元ロシア貴族だけあってパーティーを頻繁にしたそうだ。たまたま家が近かった祖父は、同じ北国の人間――祖父は東北の人間である――としての人間性の共通と、大酒飲みという特徴、天性の気風の良さから徐々に彼らと親しくなっていった。
面白いエピソードがある。
まだ結婚前であった祖父は、元ロシア貴族の方々とパーティーをした際にある遊びをした。遊びの内容は聞いていないが、勝負で勝ったものは好きな人物とキスをする権利が得られるという御褒美付きである。天性の勝負師である祖父は勝った。とにかく勝った。
家族ぐるみの付き合いというくらいだから妙齢の女性が何人もいた。付け加えればロシア人は美人が多い。僕もモスクワやサンクト・ペテルブルグに出張したことがあるから分かるのだが、ちょっとやそっとの美人度ではない。モデル顔負けの美人がゴロゴロしており、相手が貴族なら尚更美人が多かっただろう。
両親同意の上なのだ、誰とキスをしようとまったく問題ない。
だが、祖父は彼女達とキスをしなかった。
誰とキスをしたかと言えば、それなりに御歳を召された方々とだけキスをしたのだ。「○○は年増が好きだな」と散々からかわれ、笑い話のネタにされたそうだ。
ここで冷静になって考えてほしい。勝負の賞品とは言え実の娘が他民族の男性とキスをするのを、何度も見せられたら親にしてみたら複雑な気分になったのではないだろうか?
いや、それは穿った見方か。
いずれにしても祖父は妙齢の女性とキスを一切しなかった。本人曰く、恥ずかしかったとのことだ。
変わり者だと思われたのだけは確かである。
この件もあってか、祖父は付き合うと面白い日本人と認識され、元ロシア貴族方々と親友になっていった。
そんな、ある日のことだ。
友人である元ロシア貴族の一人の家に遊びに行った時、『お前は俺達の友人だから、特別に俺達の秘密を教えてやる」と言われ、屋敷のある場所に連れて行かれた。その場所には幾つもの高価な宝石が隠されていたのだ。『俺達は元ロシア貴族だからソ連の連中に捕まったらただでは済まない。だから、いつでも逃げられるように備えている。本当は他にもあるが、悪いがそこまでは教えてあげられないよ』と。
祖父の話はそこで終わる。
この話を聞いた時、『へぇー、貴族だけあって凄いな』と単純に思ったが、よく考えてみればこの話はそんなレベルではない。もっと重要なメッセージが込められていたような気がする。
皆様は分かっただろうか?
祖父は満州鉄道職員というだけあってかなりの収入があった。それでも大金持ちではない。そんな人物がいきなり一財産もある宝石を見せられたら、普通の人物は目が眩む。彼等に取り入ろうとするだろうし、泥棒に入る者もいるだろう。なにせ隠し場所を教えられたのだ、侵入路等の問題さえ解決すれば、実行は不可能ではない。
だが、祖父はなにもしなかった。今まで通り彼らと付き合い続けたのだ。
思えば、これは友人に値する人物かのテストであったのではないだろうか?
相手は元が付くとは言え、貴族なのだ。なにがしらの通過儀式があっても不思議ではない。だとしたら、祖父は見事パスしたのだろう。証拠は何もない。あくまで僕の想像にすぎないが、果たして自分達の財産を危険に晒してまで意味無く人を試すだろうか。僕は否だと思う。
いずれにしても祖父と彼等の交友は終戦まで続く。
終戦の混乱時、祖父は一時ソ連に身柄を拘束されるが、軍人でなかったためかシベリア抑留のような目には合わなかった。ようやく祖母の元に帰ってきたとき、祖父の住む家屋は取り上げられており、元ロシア貴族の消息は不明だった。
祖父は彼らと二度と再会することはなかった。
「彼等はその後、どうなったのだろうか」と、祖父はずっと気にしていた。
相手が元ロシア貴族だからでも、彼らの財産目当てでもない。友人として身を案じたのだ。
元ロシア貴族の方々と親友になれた祖父を、僕は誇りに思う。




