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百魔の主  作者: 葵大和
第八幕 【麗しの舞台へ】
87/267

87話 「武神と剣魔」

 唐突にはじまった二人の手合わせは、


「くそっ! お前マジで誰に体術教わったんだよ……! んな動き見たことねえし普通の人間にできる動きじゃねえよ! 完璧に受け流しやがって……!」

「人間じゃないようなやつらに教わったからな……」


 ときおりそんな会話を交えつつ、淡々と進んだ。


 お互いに動きは洗練されていた。

 サルマーンの格闘術は攻撃に重きをおいているのか、基本的に移動を交えながらの高速打撃が多い。

 かつ、あまりひとところに留まることがなかった。

 対するメレアは、それらの打撃を足を動かさずに淡々といなしている。

 小気味良いステップで死角に回り込んだサルマーンの打撃にさえ、なんなく反応していた。


「なんで見えてねえ攻撃を止められるんだ? いやいや、マジで気になるんだが」

「音」

「マジかよ……」

「目隠しして数人に殴りかかられる生活を続けると、視覚以外による察知の精度はあがるらしい……」

「うええ……そんな訓練やりたくねえー……」


 言いながら、サルマーンは二撃目のための予備動作を取る。

 そしてすぐさま、メレアの横腹を後ろから持ち上げるような軌道でサルマーンの拳が放たれた。


「おっ、あぶねえ」

「言いながら簡単に止めやがって」


 メレアはサルマーンの二撃目が放たれる直前に、その場で急速転回していた。死角に回り込んだサルマーンを正面に捉えなおそうとしての動きだ。

 また、メレアはその転回の途中に突きこまれてきたサルマーンの二撃目にも気づいて、回りながら片手でそれを止めていた。

 そうしてサルマーンの拳を凄まじい握力でつかみながら、身体が完全に正面を向いたところで――今度は自分の方から動いていく。


「お?」


 サルマーンがメレアの手から自分の拳を引き抜こうとして力を入れた瞬間を、寸分たがわずメレアは察知していた。

 その瞬間に、メレアはあえて手を離す。

 勢いあまったサルマーンはほんのわずかに後方へ重心を傾けた。

 しかしサルマーンはサルマーンで、その一瞬の重心の傾きを反射的な動作でもとに戻す。

 それは体術に優れている者だからこその動きだった。


「あっ」


 しかしそこを、メレアが利用する。

 同じく一瞬。

 後ろに傾いた重心を前に戻そうとしたサルマーンの胸元を再度手でつかみ――


「よいしょ」


 異様なまでの速度で身体を引きつけ、水のように流麗な動きでそのまま背負い投げた。

 サルマーンが危機を察知したときにはその足は払われていて、身体は浮遊感を覚えていた。


「うおっ」


 たった一瞬の間に、同時にいくつもの動きを仕掛けられた。

 またそれらの動きがいちいちすばやくて、対応が間に合わない。


「――」


 サルマーンは自分の身体が背中から地面に叩き付けられる直前というところで、微妙な制止がかかったことを感覚的に察知した。

 直後、背中に衝撃が走る。

 いつの間にか視界には空が映っていて、その蒼いキャンバスの中を鷹が飛んでいったのをぼんやりと眺めていた。


 数瞬ののち、自分が投げ飛ばされたことと、ぎりぎりでメレアが投げの勢いを緩めたことを再認識する。

 感覚的には理解していたが、頭ではっきりと自覚するにはやはり時間を要した。

 それくらいの早業だった。


「くっそー、投げ技まであんのかよ」

「〈武神〉はなんでも使ったからな」

「はあ……、――あ? お前いま〈武神〉っていったか?」

「うん」

「マジかよ。やっぱそっちにも武神名乗るやつがいたのか。……でもお前の口から聞くとなんか特別感あるなぁ」


 サルマーンは自分の襟首をつかんでいたメレアの手から力が失せたのに合わせ、上半身を起こした。

 叩き付けの寸前で緩められて、いわばただ背負い投げられただけなのに、内臓はまだ揺れている気がする。

 サルマーンは今の揺れで目元に覆いかぶさった砂色の前髪を片手で払って、メレアの方を見ながら言った。


「〈武神〉てのは号の中でもちょっと特別でな」

「らしいね」


 メレアは立ったままで、額に浮かんでいた汗を片手で拭ったあと、清涼な気分にひたるように空を見上げていた。

 サルマーンはそれを見て内心に、「とりあえず汗をかかせるくらいはできたか」と一人安堵を得る。

 少し情けないとは思いつつも、彼我にある力の差をちゃんと認識するために、言い訳はすまいと心に決めていた。


「俺の先祖もそう名乗ってたことはあるらしいぜ。てか、こういう近接系の号をつけられてるタイプの英雄やら魔王やらは、多かれ少なかれ武神の号を目指してたって話だ」

「みんなの憧れみたいな?」

「ああ、それに近けえな」


 メレアが空に向けていた視線を落として、サルマーンの方へ向けた。

 宝石のような赤い眼は、陽光を受けてきらきらと輝いている。

 ついでにそこに好奇心の輝きが混じっていたことも、サルマーンは疑わなかった。


「結局、戦いとか闘いに嬉々として身を投じるやつってのは、どいつもこいつも力の求道者的な側面を持ってるからな。特に武系の号にはそういう側面が強く表れてる。だから〈武神〉ていう頂点の号をかけて、競い合ったりもしたんだろう。今でこそこの号制度が魔王に使われる制度だから、あんまりそういう競い合いも見られねえけど」

「〈号〉って、昔は素直に各国の英雄を讃えるためにつけられたり、一方で物語の題材として華を持たせるために吟遊詩人によってつけられたり、下手すると民衆たちが言葉の華美さを競い合う娯楽のためにつけたりって、ものによって娯楽性を多いに含んだ使われ方もしていたらしいね」

「そうそう。起源に関しても諸説あるんだぜ。まあ、異称の起源自体は、最古の悪徳の魔王を畏怖を込めて呼んだあたりにあるんだろうが……。でも、そういう制度的なものとして使われた起源は、案外その次の時代あたりにあるのかもなぁ」


 サルマーンがしみじみと言ったあと、すぐに思い出したように続けた。

 その顔には少し困ったような笑みがあった。


「ってか、お前が言うんなら、娯楽的に使われてたこともあるってのは間違いねえんだろうなぁ。――実際に英霊から聞いたんだから」


 サルマーンはメレアの素性をずいぶんと聞いていた。

 星樹城にやってきた最初の頃に、メレアがあらためてそのことを説明したのだ。

 そうして腰を落ち着けて聞いて、ようやくなんとか信じられるというような、不思議な話だった。


「疑ってはいねえんだけどさ」


 信じがたいとはいっても、信じていないわけではない。

 言葉に嘘の匂いは感じられなかったし、実際にそうでもなければ説明できないようなことをすでにメレアはしてみせている。


「――ともかく、武神に関しちゃ、特定のこいつっていう家系もあんまりねえな。もちろん、今残ってる文献で決めるならこのあたりだろうっていう有力な線はあるが――結局、それを誰が認めるのかって話になっちまうし」

「そうだね」


 と、サルマーンは話を戻し、メレアの方を横目で見上げながら訊ねた。


「ちなみに、お前にそういう技術を叩きこんだ〈武神〉の名前は?」


 メレアはサルマーンの問いに眉をあげて反応を返しつつ、答えた。


「――〈リン=ム〉」

「リン=ム? 聞いたことねえなぁ」

「若い女の子だったよ。――見た目だけは」

「女の子っておま……」


 サルマーンはその点に素直に驚いた。

 メレアにこれだけのものを仕込んだ者なら、もっとごつくて、いかにもおそろしげで、剛体を奮う武骨な男だろうと、勝手に想像していた。


「まあ、本人は〈武神〉だなんて言ってなかったんだけどね。でもその兄妹が、『武神と呼ぶならあいつだろう』って、兄馬鹿みたいだけど、言ってたんだ」

「兄妹かよ。てか兄妹そろって英霊になってるとかあったのかよ。……あ? ちょっと待て、お前『ム』って言ったな?」


 サルマーンはそこであることに気づいた。

 無手の武系とは少し趣が違うが、それと同じ姓をどこかで聞いたことがある。


「もしかしてその兄ってのは、〈シン=ム〉か?」

「ああ、知ってるんだ」


 メレアは嬉しげに笑った。

 サルマーンが自分の親たる英霊のことを知っていて、嬉しかったのだろう。


「知ってる知ってる。あの〈剣魔〉はある意味物語の題材にはしやすいからな。――謎が多くて」

「実際謎の人物だったよ……。妹のことを褒めるとき以外は滅多に喋らないし、俺に技術を仕込むときも言葉で教えてくれないし」

「うわあ、すげえ気になるわそれ。〈剣魔〉って魔号だけど、一説じゃ一番〈剣神〉って呼ぶにふさわしかったんじゃねえかって、今でも議論があるんだぜ」

「へー」

「〈剣魔(シン=ム)〉はあんま派手な功績を残さなかったからなぁ。人目につかないっつうかなんつうか」

「ああ、そういうの興味なかったらしいからね」

「やっぱりか」


 サルマーンはメレアと話をしていると、どんどんと自分の好奇心が湧きたつのを感じた。

 昔の話を聞くというのは、やはり楽しいものだ。

 史実の文献を漁るのはもともと好きだが、人づてに聞くのも悪くない。

 というより、目の前にいる男がそんな史実文献にも載っていないことを知っていそうだから、余計にそう思うのだ。


「くそ、超気になるけど、それはあとで聞くか。そっちの楽しみはそっちの楽しみで残しておこう。

 ――それで、その〈剣魔(シン=ム)〉に妹がいたことも衝撃だが、なんでまた妹のことを〈武神〉だなんて呼んだんだろうな」

「やっぱりそのあたりのこともくわしくは話さなかったから、なんとも。――でも、『人一倍身体の弱い、女だから』って何度か言ったことがあったな」

「〈剣魔〉なりの『武の本質』をそこに見たのかね」

「かもしれない。リンは身体自体はほとんど普通の人間だったからね。むしろシンのいうとおり虚弱な方でさえあったよ。それでも、俺は一回しか勝ったことないけど」

「なるほど。……興味深いな。俺も一応拳帝なんてつけられてるから、そのあたりももっとまじめに考えてみるかー。……まあ、俺の場合はどっちかっていうと七帝家側に寄ってるんだけどな……」


 ふいにサルマーンが自分の両腕に刻まれた不思議な紋様をしげしげと見つめながら言った。

 メレアはそれを見ながら、しばらくしてサルマーンが遠くを見つめるような目をしたのに気づいて、話題を戻すように口を開いた。


「ちなみに、最初はほかにも自分が〈武神〉だっていう英霊はいたよ」

「へえ?」

「リンと手合わせしてから『武神名乗るのやめる』って泣いてたけど」

「はは、なんだそれ。霊山にずっといて、お前が来るまでやりあったことなかったのか」

「そうそう。俺が来るまではそんな積極的に動くことがなかったらしいんだ。それこそ、霊らしくぼんやりって感じで」


 メレアは言いながら肩をすくめた。

 脳裏には楽しげに笑う英霊たちの姿が映っていた。


「んで、誰かが異界草を見つけて、一大計画がはじまって、ぼちぼち活発に動くようになっていったってわけか」

「――うん」

「……異界草か。本当にあるのかね。――いや、あったんだな」


 サルマーンはそこまで知っていた。

 そしてそのうえでメレアの存在を認めていた。

 だからサルマーンは、ふとメレアが少し儚げな表情を浮かべたことにも気づいていて、その内心を推し量りながらもすぐに付け加えた。


「心配するな。お前はお前だ。たしかに不思議な生まれ方してんのかもしれねえけど、子どもの生まれ方なんて大体不思議だろ。考えれば考えるほど、女のすごさが身に染みるだけだ」


 サルマーンが片手を振って、「俺はいまだにあのへんの原理がわからねえ。学として学びはしたが、かえってわからなくなった」と笑ってメレアに言った。

 メレアもそれに笑みを返す。


「そうだね。俺もそのことに対して変にひねたりはしないよ。もう自分の足でこの世界に立っていること、自覚してるから」

「ああ、それで十分だ」


 そういって、ついにサルマーンは立ち上がろうと地面に手をついた。

 すると横からメレアが手を差し伸べてくる。

 サルマーンは「おう」と小さく声をあげながら、メレアの手をつかんだ。


「〈剣魔(シン=ム)〉の話とか、その〈武神(リン=ム)〉の話とか、あとでまた聞かせろよ。今日はそろそろあいつらが動き出す頃だから、時間ねえけど」

「喜んで」

「ああ、てか芸術都市に行くなら俺も連れてけ。道中話す時間できるし」


 サルマーンにそんなことを言われ、ようやくメレアは「そういえば」と少し前に考えていたことを思い出した。


「別にいいけど、リィナとミィナは?」

「あー、あんまり連れて行きたくねえけど……勝手についてくるだろうな。無理やり置いてけなくもないが、そうすると城に残る側のやつらが苦労しそうだ」

「じゃあ、できるだけ危険の少なそうなシャウの側に同行すればいい」


 メレアはその瞬間にあることを決めていた。ゆえにその言葉が出た。


「シャウはシャウで、たぶん芸術都市の商品の物色と、あと情報の収集をすると思う。せっかく遠出するわけだしね。で、対する俺は、例の〈魅惑の女王〉を第一目標にして追う」

「なるほど、二班に分けるわけか」


 サルマーンのうなずきを見てから、メレアが身振り手振りを加えつつ続けた。


「そう。それで、おそらく何かあるとしたら俺の方だ。仮に〈魅惑の女王〉が魔王であるなら、その魔王の力を狙う者たちはなにかを仕掛けてくる。それがムーゼッグか、サイサリスか、ほかの誰かかはわからないけど」

「だな」

「だから、双子が心配ならシャウと同行させよう。シャウにも一応護衛は必要だろうし、ちょうどいい」

「お前、俺と双子をもうセットで考えてやがるな?」


 サルマーンは悪戯気な笑みを浮かべた。

 メレアが双子だけで『護衛』と呼ぶことはないだろうと、サルマーンもわかっていた。


「当然」

「少しは躊躇(ためら)えよ……」

「――おかーさん」

「次言ったらぶっ飛ばす……!」

「冗談冗談」


 メレアも悪戯気に笑った。

 サルマーンはため息をつくばかりだ。


「――まあ、もし行くなら、その方がいいな。あいつらにほかの街を見せてやりたいってのもあるし、それなら金の亡者と一緒にいた方がなにかと便利だろう」

「ホント、おかーさん兼おとーさんだな」

「うるせえ」


 サルマーンが恥ずかしそうに顔をそむけながら言った。

 メレアはその様子をからかわず、素直な微笑でもって見ていた。

 あの歳で親がおらず、そのうえに魔王としての悲劇を経てきた彼女たちを、サルマーンは誰よりも気にかけている。

 ほかの魔王たちも同じく彼女たちのことを気にかけてはいるが、サルマーンのそれは一つ抜きんでていた。

 それが彼の賞賛すべき特質であることを、また誰もが理解していた。


「大事をとってあと一人か二人、護衛役になれる〈(エメリー)〉の面々を連れて行こう。向こうで調整できるように」

「それがいいな」

「あとは、レミューゼから俺たちが離れる間は、あまり大きく外には出ないようにって、居残り組にも知らせた方がいいかな。みんなで行きたいところでもあるけど――」

「効率を考えると、またなんともな。そこで生まれた遅れがどこかの魔王を死なせることにならないともかぎらない。まあ、そんなもん、わかったときには結果論だろうけど」

「まだ山のように調べていない文献もあるし、これと同時進行で別方面の情報を調べておいて欲しいところでもある。〈魅惑の女王〉が魔王であると確定しているわけでもないしな」

「ああ。ともあれ、連絡の手段は決めておこう。もしなにかあったらすぐにお前を呼び戻せるように」

「ノエルも連れて行ってヴァージリアの周辺に潜ませておこうか。そうすればいざというときはすっ跳んで帰れる」

「マジで跳ぶからおっかねえんだよ……。まあ、それやるんなら、ヴァージリア周辺の地理はあらかじめ調べてからにするぞ。ちゃんと潜める場所決めねえと、芸術都市の珍し好きたちに見つかってえらいことになる。――その珍し好きの方がな」


 サルマーンは頭を抱えながら歩き出した。

 メレアもそれに続いて歩き出す。


「一般人がアレにじゃれられたら死ぬだろ……基本的にじゃれる相手がお前なせいか、あいつ手加減マジでへたくそなんだよ……」

「重々言い聞かせておきます」

「ああ、そうしろ」


 メレアはこめかみあたりを縦に流れる汗に気づきながら、姿勢を正してそう言った。


 それから二人は雑談をしながら星樹城の中へと戻っていった。


「あ、やべえ、そういや今日エルマが料理教えろとか駄々こねてたんだった」

「え?」

「やべえ……、やべえ……! 今何時だ!? 鐘何回鳴った!? ――あいつ俺がいないと勝手に作り出すんだよ! 『今日の私ならできる!』とか毎回謎の自信を持ってな! ほかの料理当番が『止めてりゃ』無事だが、もし止められてなかったら今日の朝飯で魔王連合全滅するかもしれねえ……」

「……」

「……」

「走ろうか」

「そうだな」


 その日の朝食は、あえて食べない者が多かった。


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