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百魔の主  作者: 葵大和
第八幕 【麗しの舞台へ】
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86話 「芸術都市への帯同者」

「そういえばシラちゃん、なにか、メレアくんに言いにきたんじゃ、ないの?」

「……あ」


 メレアとマリーザが去ったあと、その場に残ったアイズとシラディスはしばしの間会話をしていた。

 さきのようなやり取りがあったとおり、実をいえばアイズとシラディスはこれまでも会話をしたことがあった。

 兜をかぶって鎧を着、声を発することもあまりなかったシラディスだったが、あのネウス=ガウス公国を発ったあとに立ち寄ったオアシスで、実は少し口を滑らせたことがある。

 声を出さなかったのにさほど大きな意味はない、と個人的には思いたいところであったが、もしかしたら自分の性質を誰かに知られることをおそれるあまりに、そんな細かな点にまで制動(ブレーキ)が掛かっていたのかもしれない。


 しかし、それでいてアイズも、特別だった。

 彼女は人の警戒を解きほぐす。

 彼女自身が武器を持たないことや、彼女がとても――言ってしまえば弱かったのが理由の一端かもしれない。


 ――違う。アイズは、もっと……


 シラディスは思い直した。

 たぶん、最たる理由は彼女の性格にある。


 悪意がない。

 それも、純粋だからというよりは、『悪意に慣れ親しんでいるがゆえに』、悪意を扱いなれている、という印象だ。

 扱い慣れているから、それを御することもできる。

 そうやって、彼女は彼女の身体から、嫌な悪意というものを浄化させている。


 ――うまく、言えないけど。


 アイズには一言では表しきれないような『包容力』があった。

 同じ女であるシラディスでもそう強く思うほどに。

 それが母性であるのかどうかはわからない。

 むしろ、もっと上次元の何かにようにさえ思えてくるが、そこを明確にする意味もさほどないように思えた。


「えっと」


 そんな彼女に出会ったときの衝撃は大きかった。

 オアシスのときにほんの少し言葉を交わしただけなのに、心が癒された。

 それから少しずつ、会話をするようになった。


「そう、だ。わたしもメレアについていくって、言おうと思ったんだ」

「芸術都市?」

「――そう」


 シラディスは両手で顔を覆いながら思考を戻した。

 今ごろ気づいたわけだが、見事に機会を(いっ)してしまった。

 こうやってメレアを追いかけてこれただけでも、自分的には褒めてやりたいところであったが、肝心の用をこなせなかったのではやはり意味がない。


 やってしまった、と自分の不甲斐なさに泣きそうになった。


「むぅ……、うまくいかない」

「大丈夫、だよ? 明日もメレアくんは、いるから」

「うん……」


 自分の腰辺りにしか届かない華奢な身体のアイズが、なぐさめるように背を叩いてくれているのがシラディスにもわかった。

 鎧越しなのがかえって申し訳ない。


「明日、この鎧も、脱ごうかな。――城の中でだけ」


 まだ鎧なしで外に出るのは(はばか)られる。

 でも、


「みんなには、あんまり隠し事、したくない」


 そう思えるようにもなった。

 だから、仲間である魔王たちしかいないこの星樹城の中でなら、獣の耳や『尻尾』を隠すために着ているもろもろの装備を、外してもいいかもしれない。

 自分の部屋以外で普通の服を着るのは久々だが、一応シャウから支給されている小遣いで服を買ったりもした。

 女らしいかはわからないが、ひとまず大丈夫だとは思う。


「じゃあ、明日もう一回、メレアくんのところに行く?」

「……うん」


 アイズが横からひょこりと顔を出して、見上げてきた。

 シラディスは彼女の銀の眼を見て口をきゅっと結び、意気を強めたようにうなずいた。


 星樹城の廊下を、桜色の髪をたずさえた背の高い褐色の美女と、華奢で小さな銀眼の少女が肩を並べて歩く光景は、凹凸こそあるものの、不思議と心和む光景であった。

 互いに人付き合いが苦手であることを知っている二人は、よくそうやってその日のがんばりをたたえ合うように、何度も肩を並べて歩いていくことになる。

 彼女たちが、それが実は、星樹城におけるほかの魔王たちの『癒し百景』の一つになっていることを知るのは、もう少し経ってからのことだった。


◆◆◆


 次の日の朝。


 メレアは人よりは多少短くて済む睡眠を貪り終え、日課としている朝の肉体鍛練をこなし、星樹城の中庭へと出ていた。

 大星樹側に開けた中庭は、自分が走り回れるくらいには広い。

 少し無理をすれば運動場とさえ言えるかもしれない。

 大星樹の子のように、中庭外縁をぐるりとまわる星樹たちに目を向けつつ、清々しい空気を肺腑にため込んでから大きく吐いた。


「――ふう」


 そうして中庭の外縁をなんともなく歩きはじめる。

 風が吹いてきて、頭の上に妙な感触があった。

 おそらく寝癖だ。

 変な寝癖になっている部分を風が撫でるので、いつもと違う感触がするのだ。


「どこの世界でもこれは共通だな」


 世界、というよりも身体、と言った方がいいだろうか。

 ともあれ、寝癖を直さない自分は前と変わらない。

 そこに変な親近感のようなものを感じる。


「はは、自分に親近感って、なんか変だな」


 自分の口をついて出た言葉に苦笑をこぼして、


「――さて」


 メレアは思考を切り替えた。


 こうして朝の散歩をするにも、意味はある。

 考え事をするときは、歩くにかぎるのだ。

 別に早く歩かなくてもいい。

 ただ、こうして周りに気を遣わずに歩いていられる場所で、気の向くままに歩いていると、いつも頭のまわりが良くなる。

 医学にさほど通じているわけではないから、いわば経験論的だが、メレアはそういう自分の経験を無視しない。

 

「重視しすぎるのもあれだけど」


 それでも、身体の感覚を大事にするようにはしていた。

 たぶん、それこそ、『経験』のせいだ。


「誰を連れていくか」


 芸術都市の〈魅惑の女王〉のうわさ。

 実際に気になるし、様子を見に行くこと自体は決めている。

 芸術都市ヴァージリアにさまざまな人間が集まるのであれば、情報収集がてら、ということにもなる。

 魔王に関連するらしき情報がまだそれくらいしかないということもあるが、そろそろ自分で動きたいという思いもあった。


「マリーザはついてくるって言ってたからな」


 黙っててもついてくるだろう。

 『暴帝期』のこともある。

 しかしそうなると、


「アイズは――」


 メレアはふと彼女の存在に気づいて、頭の横を数度指先で掻いた。

 髪が指に絡まって、ついでにもう一度寝癖の存在を知らせてくる。


「うーむ」


 できれば連れて行きたくはない。

 それはマリーザも同じだろう。

 だが、マリーザはアイズを第二主人とみなして特段に気を回しているから、もしかしたら近場においておきたいという思いも抱いているかもしれない。


 ――どうだろうな。


 あのマリーザも、最近ではほかの魔王たちとの絆を確認してか、わりと放任することも多くなった。

 彼女なりに、あまりべたべたしすぎても悪いと、バランスを取ろうとしているのだろう。

 そのあたりは彼女のメイドとしての矜持の問題だから、よくわからない。

 ともあれ、そう考えると、もしかしたら星樹城にしっかりとした防衛線力が残るのであれば、マリーザはアイズを城に置いていこうとするだろうか。


「結局は、アイズの意志によるか」


 アイズが行きたいと言えば、それはそれで構わない。

 自分がいるかぎり、絶対にアイズに傷はつけさせないと声を大にして言えるくらいには、覚悟を持っている。


「そこはアイズ次第、と」


 思考が堂々巡りをはじめたので、そこはそれで置いておくことにした。


「あとは……シャウか」


 たぶん、来るだろう。

 サイサリスの話に珍しく熱がこもっていたこともある。

 金以外の話をする際に、シャウがあそこまで饒舌になるのはなかなか珍しいことだ。

 加えて、芸術都市に流れ込んでくる――いわゆる『芸術商品』たちに、商人としての興味を抱いている節もあった。


「結局のところ、結構増えそうだな。でも、城には城で、〈(エメリー)〉のやつを十分残していかないと」


 ハーシムには書簡あたりで自分が城を空けることを知らせていくつもりだが、いざというときのためにも、しっかりと〈魔王連合(メア=ネサイア)〉で防衛力を残していかなければならないだろう。


「組織を管理するってのも難しいもんだ」


 メレアはさまざまなことに気を回しているうちに、思わずそんな愚痴をこぼした。


 

 そうやってうんうんと唸りながら中庭を二周したあたりで、不意にメレアの耳は聞き慣れない音を拾う。

 なにかが風を切るような音だ。

 音の出処は、ひときわ星樹が密集した外縁の林の中からのようだった。

 メレアは木漏れ日の差し込む緑の空間に、音につられるようにして足を踏み入れた。


 次第に大きくなってくる鋭い音と、ときおりそこに混じる吐息の音。

 人の気配だ。


 ――誰かいるのかな?


 みなが動き出す前の朝方に、自分たちの日課をこなす魔王も最近ちらほらと見る。

 気配に嫌なものが混じっていないから、曲者という線はなさそうだ。


 メレアは近場にあった大きな星樹に軽業師のような動きで登ってから、樹の葉の隙間を縫うようにして、音の方角を見やった。

 すると、その枝葉の隙間から、一瞬砂色が見えた。

 それを見た直後、メレアはほぼ反射的に声をあげていた。


「――サルマーン?」

「ん? おお、メレアか」


 メレアがさらに星樹から星樹へと飛び移って、声の出処へと移動する。

 そして、ついに樹の上から、彼の姿を捉えた。

 砂色髪を宿した、あの友人の姿である。


「朝から精が出るね」


 額の汗を腕で拭いながら、爽やかで、溌剌とした空気を放っている、サルマーンの姿がそこにあった。

 

「なにしてんの?」

「なにって、朝のお前と同じだよ」


 サルマーンは整った眉目を悪戯気な笑みに彩り、樹の枝の上から疑問調に言葉を飛ばすメレアをピっと指差した。


「鍛練だよ、鍛練。完全に術師のやつらとは違って、俺たちみたいに身体に頼ることの多い戦闘者は日々の鍛錬が重要だろ? いざというときに動きませんじゃ話にならねえからな」

「付き合おうか?」


 ふと、メレアが閃いたように言った。

 メレアは楽しげに笑って、星樹の樹の枝から跳躍して下りて来る。

 そうしてサルマーンの目の前にまで歩み寄って、


「――言うと思ったぜ」

「術式はなしで、地面に手をついた方が負けな」


 言うや否や、兄弟にじゃれる子どものように、されどやたらに洗練された動きで、サルマーンに足払いを仕掛けていた。

 対するサルマーンも同じく楽しげに笑って、回し蹴りのようにして飛んできた下段の足払いを跳躍して避けた。



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