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百魔の主  作者: 葵大和
第八幕 【麗しの舞台へ】
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81話 「ある都市の明星について」

「七帝器関連の情報は?」

「正直に言えば難航中。やっぱり文献が少なすぎるわ。エルマの話にもあったとおり、暗黒戦争時代のあとの七帝家が意図的に情報の抹消を図ったんだと思う」


 メレアがまっさきに訊ねたのはそのことについてだった。

 答えるのは〈知識(ラズラス)〉の班長であるリリウムである。

 彼女は紅色の髪を大きく後ろに流し、前髪も耳に掛け、体裁をさして気にしていないような完全な仕事姿勢に移行してから、メレアの問いに答えていた。


「そっか。――エルマの方で何か思い出した情報は?」

「いや、悪いが私も自分の一族以外の具体的な情報はほとんど持っていない。私の祖父たちが剣帝家の情報を掘り返せただけでも、私的にはよくやったほうだと思うくらいだからな。他帝家の話は……」

「……なるほど。しかし、まったく手がかりはないわけではないはずなんだよな」

「なぜそう言い切れる?」


 メレアが顎に手をやって紡いだ言葉に、エルマがすぐさま訊き返した。

 メレアはその声に気づくと、エルマの方に顔を向けながら、人差し指を立ててはっきりとした口調で言葉を紡ぐ。


「セリアスが、〈槍帝〉の魔槍を奪い持っていたから」

「――そういうことか」


 エルマが目を丸めて、なにかに勘付いたように小さくうなずいた。


「ムーゼッグ家が実は〈槍帝〉でした、とかでなければ、セリアスはそれを奪うに際してどこかから七帝家の情報を得たはずだ。現在の〈槍帝〉、もしくは魔王として大々的に認定されていなくとも、〈魔槍クルタード〉を継いでいる末裔、それの存在を、どこかから突き止めた。――まあ、仮にその末裔が魔王に認定されていなくとも、魔槍を持ってる瞬間に自動的に魔王に認定されているようなものだろうけど」


 メレアが苦々しげに両手を広げて言う。


「そうだな。となれば、ほかの七帝家の情報もまったく存在しないわけではない、と考えた方が――」

「〈知識〉の精神衛生的にもいいわね」


 リリウムが鼻で息を吐きながらエルマの言につけ加える。


「自分で存在しないと思ってるようなものを追い掛けるのは、疲れるなんて話じゃないわ。不毛よ、不毛。雇われ学者の三大労苦のうちの一つ。アイオースの〈青薔薇の学園(ミース・アイオース)〉にはそういう人はあんまりいなかったけど、〈赤薔薇の学園(ザラス・アイオース)〉なんかには結構いたわね」

「ちなみに、その雇われ学者の三大労苦のほか二つは?」

「機会があったら話すわ」


 メレアの好奇心の光が目に灯ったのをリリウムは確認していた。

 そのうえで、このまま自分がそれを話せば会議が横道に逸れかねないと思って、餌をお預けにする飼い主のごとき心持ちで、どうにか一旦会話を切った。

 メレアもメレアで、ちゃんとそのあたりのことには思案を巡らせていたようで、直後に「いかんいかん」と自分を戒めるようにつぶやいていた。


「えーと、ともあれ、収穫はなし、と。……うーん、たぶんセリアスも七帝器の本当の使い方を言いふらすような真似はしないはずだけど、少し心配だね」


 セリアスが持っていた魔槍クルタードは、メレアが接触の際に隙をついて奪取した。

 おそらくあの場面で、かつセリアスがメレアに対して油断を抱かなければ、それを奪取するのにより多くの労力を必要としただろうとメレアは思っている。

 あれは一度きりの、初めて正面を切って出会ったからこそ誘えた油断だった。

 その一度で魔槍クルタードという大きな収穫物を得られたのは大きい。


 ――仮にやつが別の七帝器を手に入れて再び目の前に現れたら……面倒だな。


 七帝器にかぎらず、一度剣を交えた体験が、セリアスにさまざまな対策を練らせる基盤になる。

 

 ――……。


 メレアはセリアスの戦に対する才能を、決して侮ってはいなかった。

 

 ――まあ、個人戦ならともかくとして……しかしムーゼッグ軍という大個体に七帝器が渡るのは困る。


 セリアスならば、七帝器を振ることを専門とした兵団くらい作るだろう。

 一発であれだ。

 それを何発も振るわれれば、戦争の定石など木端微塵である。

 戦域が焦土と化している幻影を、メレアは脳裏で見た。

 そしてセリアスも、おそらく同じ光景を見ているだろう。

 ゆえに、セリアスも当然、『相手もそれを使ってきたら』ということに思案を巡らせるはずだった。

 なによりセリアスは、この時代における七帝器の初撃を『受けた側』なのだ。

 かの脅威を実感するのに、実際にそれを振るった自分と同じか、もしくはそれ以上の衝撃を受けたはずである。


 ――使わせたくないだろうな。


 当然、使う側として独占したい。

 双方が使う、という状況もおそらく避けたいはずだ。

 あれの打ち合いになれば、まともな戦術は蚊帳の外におかれる。

 博打のような戦争になる。

 博打でせっかくここまで育ててきたムーゼッグがなくなるのは、避けたいだろう。


 そういう諸々を考えると、やはりセリアスは七帝器の力をまだ隠すだろうという予測が生まれてくる。

 少なくとも、自分たちの手に七帝器が再び戻って来るまでは、ひた隠しにする。

 どこでその情報を公開しようとするかは、メレアにもまだわからない。


「懐に見えない爆弾を抱えているみたいだ」

「まったくだな」


 メレアがようやくぽつりと言葉をこぼした。

 するとその声にエルマがうなずきとともに答えて、またほかの魔王たちも同じくリアクションを取っていた。

 おそらく、今の間で同じような想像を働かせていたのだろう。


「――まあ、その点はハーシムも積極的に協力してくれる。いざというときの情報の封じ込めには、セリアスとハーシムが、国をあげて動くだろう。俺たちはその波にまずは乗っかっていればいい。ただ、情報があればそれは交渉材料にもなるから、継続して探すことにしよう。――〈知識〉の面々にはあるかどうかもわからない情報を探させるようで悪いけど、頼むよ」


 メレアは苦笑して言った。

 晩餐室の左方奥に固まって座っていた〈知識〉の面々は、そんなメレアに同じような笑みを浮かべたまま肩をすくめて見せながらも、


「――任せろ」


 最後には力強く言葉を返していた。


「うん、任せる。俺はそこんとこまるで役に立たないからな」


 恥ずかしそうに頭をかきながら、メレアは彼らに対する信頼を言葉面に表した。


◆◆◆


「じゃあ、次に移ろうか。――シャウ、なにかある?」

「おや、私ですか」


 次にメレアの声が飛んだ先にいたのは、晩餐室の右中央にいたシャウだった。

 サルマーンの二つ飛ばした右隣である。

 その間にいたのは双子――リィナとミィナだった。


「早くしゃべれ、亡者ー」「もじゃー」

「なんか後半側、別の物体になってますけど。私別にもじゃもじゃしてませんからね!」


 シャウはその金糸のようなさらさらの髪をわざとらしく舞わせ、隣にいた双子に見せつけた。


「おっと、私としたことがムキに。……ごほん。――で、えーっと、そうでした、交易ついでになにか情報を得てきてないかってことですね」

「俺の言葉足らずを完璧に補ってくれて助かるよ」


 メレアが笑う。

 そしてさらに付け加えた。

 

「現状、一番外に出向いているのは〈財布(リスタール)〉の面々だろう。交易を中心にしていることもあるけど、内外でやることの多い〈知識〉と比べて、外側の情報に特化しているのはシャウたちだ」

「ごもっともで」

「なにかある?」

「ふむ。――あ、そういえば」


 シャウは左手の上に右こぶしをぽんと落とし、これまたわざとらしく閃いたように言った。


「西側との通商が再開されそうだという話をしましたが、そのあたりの情報を他商会の商人たちと交換しているときに、少し興味深い話を聞きました」

「へえ?」


 メレアの赤い瞳にゆらりと光が揺蕩(たゆた)った。


「〈芸術都市ヴァージリア〉、って知ってます?」

「芸術都市?」

「ええ、そうです」


 シャウが襟を正して少し真面目な表情を浮かべてから言う。

 表情は真面目だが、身振り手振りにはまだ演技がかった大仰な仕草があった。


「芸術を集積する都市ですよ。音楽、演劇、絵画、文学、骨董、組み合わさった歌劇に、少々芸術かどうか怪しい『新しいなにか』まで。まあ、一口には表しきれないようなさまざまな芸術が集積する都市です。一応、都市国家として、国家ではありますが、さほど独立性はありませんね。道楽者たちの遊び場、という感じでしょうか」

「へえ。どこにあるの?」

「東大陸の北東に。海沿いです」

「ふむふむ」


 メレアは近頃マリーザによってぶち込まれた世界地図を頭の中に広げた。

 が、他大陸の形はうまく浮かんでこなかったので、ひとまず東大陸の地図だけ拡大して広げ、芸術都市ヴァージリアの大体の位置に目星をつける。


「どうやら通商の再開と同時に、周辺諸国の貴族や有力者たちも多少元気を取り戻したようでして、今年はヴァージリアへ向かう者が例年より増える見通しになっています」

「ふーん」

「で、ここからが本題」


 シャウは爽やかな微笑を浮かべ、その口の前に人差し指を立てて見せた。


「そんなヴァージリアには、これからの道楽シーズンに、みなの『明星(みょうじょう)』となるやもしれない役者の卵がいるらしいのです」

「役者かぁ」

「ええ。正確には、歌劇役者の卵らしいのですが」

「それが俺たちと関係が?」

「憶測ですよ? ですが、伝え聞いた話では、『彼女』は――」


 シャウは絶妙な間をとってから、おもむろに言い放った。


「〈魅惑の女王〉と、呼ばれているらしいですよ」


 彼らにとってそういう仰々(ぎょうぎょう)しい形容は、色々な意味で慣れ親しんだところであった。

 比較的短い接頭形容がつけられる英雄と魔王の号制度に照らしてみると、やや長いという思いもあったが、それにしても――


「――まったくもって、変に響いてくる言葉だ。立場のせいかな」


 メレアが自分自身に呆れるように笑って言った言葉が、今の魔王たちの心中を正確に表していた。

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