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百魔の主  作者: 葵大和
第八幕 【麗しの舞台へ】
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80話 「晩餐会」

「よし、ほかのやつらも戻ってきたし、ひとまず俺はこんなもんでいいか」


 サルマーンがフライパンを振るい、メレアが双子の妹――〈氷王〉ミィナとじゃれあってから数分もすると、星樹城の厨房の中へさらに幾人かの魔王たちが気だるげな声をあげながら入ってきた。

 彼らは「お、メレア」と、主の姿に気づくと同時に片手をあげて挨拶し、続いて厨房の一角にある衣装箱を開けていく。

 その中にはサルマーンが身に着けているのと同じ白い布地のエプロンが入っていて、彼らはそれを慣れた仕草で身体に身に着けていった。


「結構料理能力高いやつがいて助かるなー」

「サルだけやたら突き抜けてるけどな。こいつもこいつでマリーザ並に器用だぞ」


 うち一人の魔王がそんなことを言って、術式炎の前でフライパンを振っている砂色髪の青年を指した。


「たまたまだ。もともとそんな苦手ってほどじゃなかったし。――まあでも、いい機会だから久々に調理に関する本なんかを漁ってみたりもした。レミューゼにおもしろそうな古本屋を見つけてな」


 サルマーンは視線を向けずに淡々と答える。


「こうして国らしいところにいられるから、落ち着いて本を読める。俺にとってそれは結構な僥倖(ぎょうこう)なんだよ」


 と、次の言葉を放つ段階になって、ようやくサルマーンはちらと視線をメレアの方に向けた。


「でも、とりあえず人がいないうちは俺がやってもいいが、俺は一応〈(エメリー)〉所属だからな。魔拳をもっとうまく使えるようになる、ってのが役割的にはまっとうだ。もう少し人数が増えたら、こっちはほかのもっと得意な魔王に任せたいところだぜ」

「そうだねぇ」


 メレアはサルマーンの言葉にうなずきを返した。


「魔拳は魔拳でかなり厄介な能力なんだ。お前ら術師が使う術式みたいに明確な式があるわけじゃない」

「へえ?」

「七帝器のなりそこないって、一部じゃあそう呼ばれてるが、なりそこなった挙句にえらい方向に飛んでいった。作ったやつも自分で何を作り出したかわかってねえんじゃねえかってレベルだ。ここじゃあくわしいことはなんだから省くが、いっそ七帝器みたいにわかりやすい能力になってくれてりゃ良かったぜ」


 サルマーンは袖をまくって、その両腕に刺青のように刻まれている不思議な紋様を苦笑とともに見つめた。


「ま、ともかくだ。そろそろ俺たち〈(エメリー)〉も動きてえなってこと」

「――うん。シャウが帰ってきたし、なにか交易先で情報を得てきたかもしれない。あとは魔王関連の噂を集めてる〈知識(ラズラス)〉の魔王たちが帰ってきて、なにか情報を取ってきてくれれば、ってところかな」


 メレアは思案気な表情を見せて、そう返す。


「あいつらに期待するしかねえか」

「今日の晩餐会で、そろそろ大きく動く算段をつけたいね。こっちはこっちで、いきなり大きく分散してしまうのも問題だけど、いつまでも動かないでいるわけにはいかない。基本的に分の悪いことをしようとしているのはこっちだから」


 メレアの言葉に、サルマーンが同意するように肩をすくめた。

 メレアはそれを見て微笑を返し、また言葉を続ける。今度の表情には少し暗鬱としたものが混ざっていた。


「まあ、動き方の最終決定権を持つ俺としては、遠くに送り出してもきっと無事に帰って来れるだろうって確信に近く思えるようになるまでは――やっぱり怖いんだけど」


 膝元でばたばたと暴れるミィナの頭を優しく撫でながら、小さくこぼした言葉。

 サルマーンの手伝いをはじめた魔王たちは、それぞれの定位置につく前にそんな言葉をこぼしたメレアの肩を叩いて、ほのかな笑みを見せた。


「魔王がいる場所へ遠征ってことになると、最初はひとまとまりで、だな」

「うん。人が増えたら、もう少し分散してもいい。――人が増えるってことは魔王が増えるってことだから、喜んでいいのか、悲しんだ方がいいのか、難しいところだけど」

「そんなことまで気にしてたら精神がもたねえよ」

「はは、まったくだな」


 サルマーンが鼻で笑ってみせて、メレアもそれを受けて笑った。

 そこでその話題は打ちきりになった。

 

「よし、んじゃ行くか。大方味付けと前処理はしておいたから、あとは手筈(てはず)通りに。俺は先に晩餐室行ってるぜ」

「了解ー」


 サルマーンがついにフライパンを振るのをやめ、腰からエプロンを外し、ため息をつく。

 そうやって砂色の瞳をメレアの方に向け、片手で双子の姉――腰にへばりついていた〈水王〉リィナの首根っこをつかみ、


「メレアはミィナ連れてけよ。こいつらここに置いておくと邪魔にしかならねえからな」

「失敬な!」「失敬なー!」

「了解した」

「あっ!」


 メレアが妹のミィナを脇に抱きかかえ、


「じゃ、またあとで」


 二人は厨房に残る魔王たちに声をかけて、そのまま晩餐室へ向かった。

 背中の方からは「うーい」などと近頃では聞き慣れた魔王たちの気だるげな声が返ってきていた。


「ていうかふと思ったけど、料理得意なやつが男ばっかってのも問題だよな……」

「次にここに来る魔王がとても料理の得意な女性であることを祈れ」


 メレアの紡いだ言葉に、サルマーンはがっくりと肩を落とした。


◆◆◆


 その日の夕暮どき。

 レミューゼの街で、夜から店を開ける晩餐専門店やちょっとした歌劇場などが明かりを灯しはじめたころ、星樹城の廊下を魔王たちが足並みをそろえて歩いていた。

 三階から二階、二階から一階へ向かううちに、それぞれ別の部屋から出発した魔王たちが続々と合流していく。

 彼らはある場所へ向かっていた。

 城外から直接その場所に向かう者たちもついに合流して、弾むような慌ただしさが星樹城の中に湧き起こる。

 彼らが向かう先は――




「はい、じゃあ何日かぶりの晩餐会をしまーす」

「軽いな、おい」

「さすがに初めてじゃないからな。もうかしこまったのはいいよね。俺もお堅いのは嫌いだ」

「まあ、それもそうだな」


 晩餐室。

 そこは蔵書室に似て多数の枝付き燭台(ジランドール)やシャンデリアが吊られた部屋だった。

 場所は一階。奥間。

 大広間の毒々しい内装ではなく、大人しい白石によって彩られている部屋だ。

 一方でその部屋にある長テーブルや家具にはなかなかに派手な彫刻がなされていたり、足場を覆う絨毯にもまた派手な模様が描かれていたりで、寝泊りに使う二階より上の部屋と比べるといくぶん煌びやかさが見て取れる。


 そんな晩餐室の長いテーブルの左右には、今、二十人ほどの魔王たちがずらりと並んで座っていた。

 彼らの目の前には、こうばしい香りを立たせる褐色の肉類が皿に盛られて置かれている。

 黄金(こがね)色に輝くとまで形容したくなるような、ぴかぴかと光る肉汁がその肉の切れ目から漏れていて、魔王たちの胃をおもむろに微動させていた。

 決して豪華とは言えないにしても、肉のほかにも葉菜(ようさい)や穀物の彩りがあって、食彩はわりに豊かな方である。


「さて、いろいろと班ごとに情報交換をしたいところではあるけど――」


 今か今かと、それらの食彩に銀食器を突き立てたい衝動を抑えていた魔王たちの耳を、声が穿った。

 心地よく響き、よく通る声。――メレアの声だ。

 メレアは長テーブルの長辺にずらりと並ぶ魔王たちとは別で、彼ら全員の顔が見えるテーブルの短辺に一人座っていた。いわゆる最上座である。

 しかしそこに座るメレアは誰よりも我慢できないとばかりに、両手に銀食器を持ってうずうずとしていた。

 そして――


「まずは食べてからにしよう!」


 歓声があがった。

 直後、彼らは思い思いに食前の礼を通したあと、その手の銀食器を香ばしい香りの中に差し込んだ。


◆◆◆


「あ、意外と赤燐大蛇(カールネッカ)ってうまいな」

「私が取ってきたんだぞ!」

「わかってるわかってる。エルマはえらいねー」

「ば、ばかにしてるのかっ!」

「え? 褒めて欲しかったんじゃないの?」

「――ちょ、ちょっとだけ」

「すごい速さで認めた……」


「お、この羊肉もなかなか」

「私が取ってきたんですよ!?」

「わかってるわかってる。シャウは――がめついねー」

「なんか私だけ褒め方おかしくありません!?」

「え? でもうれしいんでしょ?」

「――ええ、否定はしません。それに、これに口をつけた者たちから小遣い差っ引きますから間違ってませんし」

「えっ!?」

「ハハッ! これ交易品として買ってきましたからね!」

「先に言えよッ!!」

「〈財布(リスタール)〉の長は私です」

「誰だッ! こいつに権限与えたの!」


『お前だよ』


 連動した魔王たちの声が響く。

 晩餐室は例によって騒がしかった。――だが、決して嫌な騒がしさではなかった。

 食事がはじまって二十分もすると、幾人か食事を終えた者たちが出てくる。

 しかし、早くに食事を終えた者たちは、決してまだ食べている者たちを急かしたりはせず、ただみなが食べ終わるのを雑談しながら待っていた。

 また、食べるのが遅いものたちも、さほど焦ることはなかった。

 というのも、彼らの長たるメレアが、一番食べるのが遅かったからだ。


「わたしは、とても、まずしいくらしを、していました。なので、ときたまあたえられる、おいしいしょくじは、じっくりあじわってたべるように、なりました」

「遠い目で言うのやめろ。こっちが切なくなる」


 三席ほど奥で肉汁の(したた)る羊肉を口元に運んでいたサルマーンが、それを放り込む前に沈痛な様子でメレアに言った。


「よく噛むのはよいことですよ? メイドとしても奨励いたします」


 メレアの左隣に座って、背筋をピンと正しながら葉菜を銀食器にからめていたマリーザが、付け加えるように紡ぐ。


「ふー、食った食った」

「エルマはもう少し噛んで食べなさい」

「えうっ!? だ、だって食べてる間に敵に襲われたら――」


 そんなマリーザの対面にいたエルマは、唐突にマリーザから鋭い指摘が飛んできたことに驚いて、腹をさすっていた手を止めて身体をびくりと震わせた。


「はあ……、相変わらず傭兵癖が抜けませんね、あなたは」


 エルマのことを呼び捨てにするマリーザは、そのときばかりはメイドというより同年代の友人という感じで、さほど硬さを感じさせない。

 冷ややかなジト目はあいかわらず得意そうだが、案外それにもいくつかの種類が見られるくらいには、感情の多彩さを前に出すようになっていた。


「むう……。わ、私はマリーザほど育ちが良くないからな」

「私もさほど育ちはよくありませんよ」

「じゃ、じゃあ! ……あれ、なにが違うのだろうか……」

「おもむろに涙目になるのやめろ」


 最後にまたサルマーンのため息が続いて、涙目でうんうんと唸りはじめたエルマの姿が残った。


「てか、お前最近やたら外で怪物退治してきてるけど、これいっそのこと保護してなにかに使ったりできねえかな」


 女としての格の違いに深慮の手を伸ばしていたエルマに、話題を変えるようにしてサルマーンが言う。


「あ、ああ、私もそう思うことはあるんだが、今回のはあくまでレミューゼの民の討伐依頼でな。すでにこの大蛇がだいぶ家畜を食ったあとで、どうにも」

「まあ、そこはしかたねえな。ただ、これからさき微妙な塩梅(あんばい)の依頼があったとき、殺しちまうよりは引き入れた方が益がでることもあるかもしれねえ」

「ノエルもいるしね」


 ふと声を挟んだのはメレアだ。

 メレアは頬にげっ歯類のごとく肉をため込みながら、言葉を紡いでいた。


「そういやそのノエルはどうしてるんだ?」


 サルマーンが首をかしげてメレアに訊ねる。


「放し飼いにしてる」

「なにそれ超おっかねえ」

「大丈夫だよ、人目につかないようにとは散々言ってあるから。最初は星樹城の裏手の中庭に寝床を移そうかとも思ったんだけど、最近やたら育っててさ。かえってノエルに窮屈な思いをさせることになりそうだから、そういう方法を取ったんだ」

「なんかノエル、育ち方が異常だよな。あれ本当に普通の地竜か?」

「うーん、地竜に関しては俺もさほどくわしくないから、そのあたりも〈知識(ラズラス)〉の面々に調べてもらってるけど――」


 そういってメレアは咀嚼(そしゃく)を続けつつ、〈知識〉の長であるリリウムの方に視線を移した。

 リリウムは慣れた手つきで行儀よく肉を切っているところだったが、メレアの言葉と視線を受けると一旦その手を止め、体勢をやや傾けながら言葉を返していた。


「まだわからないわ。そこまで手が回らなくてね。あたし以外の魔王たちに任せてるけど、収穫はなし」

「そっか。まあでも、すぐに対策が必要って項目じゃないから、放っておいても当分は大丈夫だと思うけど」


 メレアは口の中のものを嚥下(えんか)しながらうなずく。


「ともかく、周辺の地理は最新の情勢も含めてレミューゼの兵士たちに教えてもらって、そのあたりを踏まえてどこまでなら行っていいかとかもちゃんと決めてある」

「入用のときは?」

「『竜鳴』を使うよ」

「竜鳴?」

「竜語の発声を応用した鳴き声だよ。竜族がその集団ごとで使い分けてる合図みたいなものだ。集団によって微妙に音色やらなにやらが違って、種類は千差万別だから、俺とノエルの間でしか使えないけど、ひとまず入用のときはこれがあれば大丈夫」

「そうか」

「しかし、ノエルも暇そうだからな。竜とは言わないまでも、たしかに友達の一人や二人、作らせてやりたいなぁ」

「一体竜族以外のなにが竜の友達になれるんだ。普通の獣じゃビビって硬直するだろ。下手したら鳴き声で気絶してひっくり返る」

「んー……、有翼獅子(グリフォン)とか?」


 メレアは前世で頭の中に積んできた幻想動物の情報を検索して、まっさきに浮かんだ名前をぽつりと口に出した。

 対してサルマーンは、


「あー……、まあ、いりゃあな。かろうじていけるかもしれん」


 思案気に間延びした声をあげたあと、そんな答えを返す。


「いるにはいるんだ?」


 サルマーンの声音にそんなニュアンスを感じ取って、メレアは訊ね返した。目にはあきらかな好奇心の灯火が見える。


「いるぞ。希少種にたぐいされるもんだが」

「ふんふん」

地竜(レイルノート)と比べると霞むがな。――てか地竜を飼ってる現状がまずおかしいんだよなあ……」


 サルマーンが頭を抱えるのをおもしろそうに見ながら、メレアが言った。


「じゃあ、もしこれからそういう獣系の種族と出会うことがあったら、彼らを引き入れることも考慮してみようか。当然ながら、無理やりにではなく、いわば――はぐれだったりした場合」

「そうだな。しかし、そうなるともう、人間にかぎらずいろんなはぐれもんが集まる城って感じで、本格的に魔王城なんておどろおどろしい形容が似合うようになるな」

「星樹城で押し切ります」


 メレアが断固として言うが、サルマーンはそれに対して苦笑しながら肩をすくめてみせた。


「ともあれ、そんときは世話を放り投げるのも問題だから、また専門の班を作るか」

「〈魔王の獣〉とか?」

「ほら、いよいよもって物騒な名前だ」

「はあ……、まあ、そもそも魔王なんて形容が物騒だからしたかないな」

「違いねえ」

「いずれその単語ごと意味をどうにかするよ」


 と、そんな会話をしていると、いつの間にかメレアの手元の料理も残り少なくなっていた。

 メレアはそのことに気づいて、一旦会話を切ると、一度に残りを口の中に放り込む。

 そうしてもぐもぐと顎を動かし、十分に噛んだのちに呑みこんだ。

 手を合わせて「ごちそうさまでした」と紡いだあと、メレアは机に並び座る魔王たちの顔をぐるりと見回す。


「うん、まあ、そのあたりもこれから話そう」


 場を仕切り直すように、うなずきを見せる。

 魔王たちはそんなメレアのうなずきに合わせ、一斉に真剣な視線を向けていた。

 雑談はぱたりと止んだ。


「――お待たせ、じゃあ、報告を聞こうか」


 そうしてついに、〈魔王連合(メア=ネサイア)〉の全体会議がはじまった。



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