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百魔の主  作者: 葵大和
第七幕 【新たな幕開け】 (第二部)
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75話 「魔王の剣」

 ――本日の〈剣帝〉は大蛇を討伐、と。かわいそうに、お前もだいぶ怪物チックだがそいつはもっと怪物だった。ところ構わず暴れたのがお前の運の尽きだ……!


「お前今すごく失礼なこと思い浮かべなかったか?」

「いや、まったく」


 〈剣帝〉エルマはしっとりとした黒髪を手で払いながら、口を尖らせてメレアに言った。

 よく見ると、ここまで大蛇を運んできたせいか、白い肌に汗が少し滲んでいて、持ち前の鋭い美貌も相まってなんともいえぬ色気を漂わせている。

 周囲を歩くレミューゼの民たちも、巨大な大蛇をひょいとかついでいることと重ね、二重の意味でエルマに見惚れていた。

 そんなエルマを見ながら、当のメレアはわざとらしく口笛を吹いて、さらに言葉を続けた。


「で、それは?」

「ああ、依頼があって仕留めてきたんだ。なんでもレミューゼの領地の傍にこの赤燐大蛇(カールネッカ)が紛れ込んできて、家畜を食い散らかして問題になっていたらしい」

「盛況だね、エルマの魔物討伐所」

「別に魔物討伐を専門にしているわけではないぞ。というか別に討伐したいわけでもないんだがな……。まあ、今回のはそういう依頼だから、仕方ないというところもある。人に手を出してからでは遅いしな」


 エルマが困ったように頬をかいた。


「ともあれ、私としても荒仕事なら得意だからな。あの金の亡者が星樹城の横にさっそくシャーウッド商会支部を建てたこともあって、そこからこういう仕事をまわしてもらっているんだ。レミューゼの兵士たちも当然こういう仕事を頼まれているらしいが、互いにまだ忙しない時期だから、そこで対処しきれないものだったりも出てくる。そのあたりにあの金の亡者たちが目をつけた。依頼をこなせれば資金調達班の手伝いにもなるし、結果的にレミューゼの治安の維持にも繋がるし――」

「うん、それ自体は良いことだと思うよ」


 メレアは軽くうなずいて、しかしすぐに言葉を続けた。


「でも、最近改めて思うんだけどさ――」


 メレアは言葉を繋いだあとに急にうつむき、わなわなと震えはじめた。

 すると、今度は勢いよく顔をあげ、やや抗議染みた声で言い放った。


「なんかみんなたくましすぎない!? 俺いる!? あれっ? 俺いらない気がしてきた!!」


 目元がわずかに潤んでいて、そのなんともいえないやるせなさを見事に表現していた。


「なんだかんだ器用なやつばっか集まってるじゃねえか!!」


 メレアは自分の仲間たちがおそるべき早さでレミューゼでの生活に順応しはじめていることに気づいて、むしろ四苦八苦している自分が置きもののごとく感じられてきていた。

 そこにちょっとした悔しさを覚えたりすることも、近頃たまにあった。


◆◆◆


 いざ戦いが終わってみると、この〈魔王連合(メア=ネサイア)〉の行動は思っている以上に地味なものになる。

 地味だが、一番大切なことだ。

 つまり――行動するためのもろもろの『下準備』である。

 そのために、現状、魔王連合は三班に分かれていた。


 一、資金調達班。

 シャウを中心として、行商やら交易やら、さまざまな方法で資金調達に奔走するメンバーたち。いわば、魔王連合の財布を管理する班である。

 最近ではなんでも、ひとまずレミューゼでの生活に目処が立ったため、外に出て鉱石やら薬草やらの採集まで行っているようだ。

 もちろん、採集してきたものは基本的に売り物になる。

 

 ――まったくたくましいうえに手が早い。


 シャウが率いているかぎり、まず間違いなんてものは起こらないのではないか、とメレアは本気で思っていた。

 金の亡者のにこやかな笑みが脳裏に蘇った。


 そして二、情報収集班。

 実は、ここが今のところ一番忙しいかもしれない。

 やることが多いのだ。

 また、いうなれば、ここが魔王連合の行動の核でもあった。


 メレアの、『ほかにも魔王がいて、彼らが救いを求めるならば、そこに手を伸ばす』という豪快な、それでいて魔王たちがみな賛同した大きな指針のために、各地方からの情報を集めるのがこの情報収集班の主な役割だった。

 加え、さきの戦の最後にあきらかになった〈七帝器〉。

 その情報も並行して集めている。

 七帝器に関してのみ、特別にエルマもこの班に所属しているが、エルマは後述の三つ目の班との同時所属であったため、適度な参画(さんかく)という感じであった。

 エルマはエルマで、そういう細々とした仕事が得意ではなかった。

 「お前いると資料どっかいったりしてかえって作業効率落ちるんだけど……」とは班員の談である。

 情報収集班には、アイオースの学園に入学し、学識へのたしかな実績と好奇心を持つリリウムも参加している。

 今のところは、彼女がこの班の長のようでもあった。


 そして最後に、対外戦闘班。

 いわゆる、『実践部隊』である。実践であり――実戦でもあった。


「俺も一応実践班に入ってるけどさ、今のところ特になにも実践できてないんだよなぁ……」

「お前の場合は、班の一員という立場より、全部の長としての立場の方が重要だからな。そのあたりの兼ね合いを考えると、しかたないんじゃないか? マリーザの独自教育(カリキュラム)のこともあるし。――メイドに教育されてる主人ってのもまたあれだが」

「たしかに絵的にあれだよね。……自分で言ってて情けねえなこれ!」


 メレアは両手で顔を覆ってしゃくり声をあげた。


「落ち着けバカ」


 そんなメレアの狼狽えを見て、エルマは一歩メレアに近づいてからその頭を小突く。

 

「ぐぬう……。まあ、そういう部分で俺が出る幕がないってことは、それだけみんな優秀だってことだし、それはそれでいいんだけどさ。

 でも、やっぱり『実戦行動』に関しては、俺もちゃんと参加して行かないとって思ってるんだ。実践じゃなくて――『実戦』になるときは、特に」


 対外戦闘。

 当然、可能であればそれはない方がいい。

 だが、


 ――これは、『まだ』必要になるだろう。


 まずは魔王を救う。

 そのあとで魔王という名の意味を変える。

 その前段階で――すでに一戦交えてしまっている。


 メレアがやろうとしていることは理想主義的であるが、決してすべての思考をふわふわとした理想につぎ込んでいるつもりはなかった。

 メレアは理想と現実の、どちらをも知っていた。


 ともあれ、魔王という名の意味を変えるためには、おそらくすさまじい労力が必要となってくる。

 時間もだ。

 はたしてどうすれば魔王という名の意味がより良いものに変わっていくのかも、まだ定かではない。


 ――世界を救う? 嘆く民を助ける? たとえば、災害を鎮圧する?


 世界を救うだなんて抽象的なそれはともかくとして、二つ目に関しては必ずしもそれ自体良いことであるとは言い難い。

 というのも、そのどこかの民を助けることで、また別の民には非難されることがあるかもしれないからだ。

 誰かの正義と対立するのがまた別の正義であることは、こういう群雄割拠の時代にままあることだった。

 対し、災害を鎮圧するというのはまだ希望が持てる。――それが本当に自然的な災害であれば。


 ――考え出したらキリがない。


 こうなることをわかっていて、なおもメレアはその道を行くと決めた。

 たぶん、いろんな人間がこの道を笑うだろう。

 そこを歩き切るのは不可能だ、と。

 わかっている。


 ――だからこそ、常に考えていかなければならない。


 いずれ、実際に動かなければならないときが出てくる。

 そのときに決断を下すのは自分だ。

 おそろしく重い決断をしなければならないときも、あるかもしれない。

 それでも、


 ――思考を止めて、時代にただ流されるよりは、みずからの意志で決めた道を進む。


 メレアとて、それは怖い。

 だが、後ろについてくる仲間たちの存在が、メレアの背を支えてくれていた。


 そして、そうやって決断を下したあとに、実際に手足となって動くのが、実践部隊であり、対外戦闘班である――


 ――〈魔王の剣(メアーネ・エメリー)〉。


 メレアは心の中でその名を紡いだ。


◆◆◆


 今あるこの三つの班には、すでに通称がつけられていた。

 名前をつけるのが好きだという魔王の一人が、あるモチーフをもとに三つの名前を決めたのだ。


 資金調達班――〈魔王の財布(メアーネ・リスタール)〉。

 情報収集班――〈魔王の知識(メアーネ・ラズラス)〉。

 対外戦闘班――〈魔王の剣(メアーネ・エメリー)〉。


 実際に呼ぶときは、その略称としてそれぞれ〈財布(リスタール)〉、〈知識(ラズラス)〉、〈(エメリー)〉と呼ばれることが多い。


「とにかく、当分は俺も〈(エメリー)〉の一員として動くよ。人手も少ないし。本当は、俺としては常に前線に立っていたいんだけど」

「ああ。……しかし、今はしかたないとして許しているやつが多そうだが、内心では相当心配しているやつも同じく多いだろう。お前は間違いなくこの魔王集団の中でもっとも強い男だろうが、だからといって常に安心というわけではないからな。――長である自覚も忘れるなよ」

「――うん」


 エルマの真面目な指摘に、メレアは素直にうなずきを返した。

 そのうなずきを見たエルマは、小さく鼻で息を吐いたあと、ひとまずその話をそこで切り、また別の方向から話題を切り出すことにした。


「だが、実際に最も外部に姿が露見して、あらゆる『評価』の対象となるのが私たち〈魔王の剣(メアーネ=エメリー)〉だからな。そういう観点で言えば、この集団全体の象徴でもあるお前が前線に出て行動するのは、最初に必要なことなのかもしれない。私たちも行動には気をつけねば」


 現在の〈(エメリー)〉に所属している魔王たちは、メレアを含め、戦闘技能をはじめとした実践行動に優れた者たちだが、今はまだレミューゼに来て一週間と少ししか経っていないため、それぞれが鍛練に勤しむ状況が続いている。

 しかし、これから〈財布(リスタール)〉や〈知識(ラズラス)〉の魔王たちが情報を仕入れてくるたびに、忙しく動いていくことになるだろう。

 そんな確信に近い予感を感じながら、エルマは再度、〈(エメリー)〉という立場に思いを馳せた。


 すると、思索に耽ろうとしたエルマのもとへ、やや体裁を崩したような軽い声音で言葉が飛んでくる。


「まあ、今でこそ戦闘だなんて物騒な名称つけられてるけど、いずれはもっと穏やかなものに変えられるといいな」


 メレアは手を頭の後ろで組みながら、そう言っていた。

 しかし、そう紡いだ直後には、再び鋭い光が赤い瞳に宿っていた。

 そのまま、メレアは続く言葉を舌に乗せた。


「でも今は――守らないといけないからね。そこは俺も割り切ってるさ。希望をもっていないわけじゃないけど、俺はそれで失敗した人たちを多く見過ぎた」

「……ああ」


 続けて発せられた言葉に、エルマは重くうなずいた。

 剣。

 それは同時に盾でもある。守るための道具だ。

 二つの道具の名が共存している意味を、エルマもわかっていた。


◆◆◆


 それからしばらくの間、二人は無言でレミューゼの街路を歩いていた。

 好奇と奇異の視線をレミューゼの民たちに向けられながら歩く状況がしばし続いて、ようやく、エルマの方が声をあげた。


「とにかく、お前はそう焦らなくても私たちの真ん中でどんと構えていればそれでいい。雑事は周りに任せておいてもいいんだぞ」

「いやぁ、俺は俺でいろいろやってみたいからさ。……でもみんなほど適応力高くないから!!」

「お前はそもそもド田舎からはじめて都会に下りてきた古代人みたいなものだからな……」

「いろいろ混ざってるなそれ……」

「英霊に育てられたせいかところどころ価値観が古代人のそれだし、生まれてから今まであのリンドホルム霊山から下りたことないという時点でもう化石みたいなものだ……」

「……」


 エルマがそう言うと、メレアが白石の路地にしゃがみ込んでそこに刻まれていた芸術細工を指でなぞりはじめた。――いじけたようだった。


「化石……」

「お、おい……」

「いや間違っちゃいないんだけどさ……」


 決して悪いことばかりではない。

 見るもの見るものがすべて輝いて見える。

 新しいものを見たり、聞いたり、触ったりするのは、すべて心地よい刺激だ。

 しかし、さすがに一般的な常識が欠けているのを自覚すると、多少心細くもなる。

 結局、マリーザに指導されているもろもろの勉強に関しても、そういういたしかたない常識の欠如があったから、余計に労力がかさんでいるのだ。

 

「メレアは術式やら戦闘術やら、やたらに尖った方向の知識と経験が偏っているからな。その分普通の知識が欠けてしまっているのも、いっそしかたのないことだと思えてしまうほど、お前はその方面に突き抜けているんだ。世界中の蔵書店を回っても記録が現存していない、失われた術式理論に関する知識とか、技術とか、そういうものを頭と身体に記憶している時点で、誇っていいことだと思うぞ。――場所が場所ならお前自体が宝物みたいなものだ」


 エルマは方向性がややズレてきているのを自覚しながらも、メレアを褒めちぎった。

 最近『普通のこと』ができないのを機にいじけることの多いメレアを、どうにか元気づける方法にも手馴れてきた次第である。

 

「ホント……?」

「ああ、本当だ」


 メレアは意外とちょろかった。

 

「そういうわけだから、ひとまず私は城へ帰る」

「なんかすげえ投げやりに話ぶった切られた感があるけど――まあいいや」


 メレアはメレアで、立ち直りも早かった。


「で、お前はどうする?」


 すっと立ち上がったメレアに向かって、エルマは星樹城の方を顎で指しながら訊ねた。


「もう少し歩いてから帰るよ。今帰るとマリーザに監禁される」


 身体を震わせて冗談じゃなく紡ぐメレアを見て、エルマは苦笑した。


「心中察する……」

「うん……」


 その後、二人は軽く手を合わせてから別れた。


 メレアは再びレミューゼの街中を、人にまぎれるようにして歩いて行った。

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