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百魔の主  作者: 葵大和
第七幕 【新たな幕開け】 (第二部)
73/267

73話 「芸術都市の噂」

【第二部】

 芸術都市〈ヴァージリア〉。

 東大陸の北部外縁、大陸の覇権を握りつつあるムーゼッグ王国から三ツ国を越え、さらにずっと東に行った場所にその都市はあった。

 当初は海に面するために海商通路の発達した交易都市、というありきたりな特徴をもった一都市に過ぎなかったが、時代を経るとともにその特質を派生させ、今では各大陸各地方からさまざまな『芸術』を集積する都市としてやや変わった発達を遂げていた。

 

 街の雰囲気は煌びやかという言葉に尽きる。

 色彩豊かで光にあふれ、人々の装飾掛かった服装も相まって、眠らない街という体も見て取れた。


「なあ、〈魅惑の女王〉の話を聞いたか?」


 そんな街の一角で、オレンジ色の宝石のような街燈の光を受けながら、大きなシルクハットを頭にかぶった二人の男が立ち話をしていた。

 地上のみならず地下にまで建設された数々の歌劇場から、その日も美しい歌の音色が聴こえはじめていた時分である。


「〈魅惑の女王〉?」

「そうだ、魅惑の女王だ」


 二人の男の片方――話題を切り出した方の男は、手に持ったステッキをくるくると軽妙に取り回しながら言葉を続けた。

 そうやってやや落ち着きなく言葉を紡ぐさまは、紳士というより紳士にあこがれる青年のようで、かえって彼がまだ若者らしく流行に敏感すぎることを表しているようでもあった。


「いや、知らないな」


 そんな青年の話を受けて立つもう一人も、身なりの良い服装に身を包んで、整った眉目を疑問調に歪めていた。

 話を振った青年よりは落ち着いた印象であるものの、街を行く髭生やしの紳士(ジェントル)たちと比べるとやはり若さが目立った。


「なんだ、やっぱり君は遅れてるな。そんな君に僕がしっかりと最新の情報を教えてやろう」


 話を振った方の青年は得意げに鼻を高くあげたあと、少しふてくされている相方の肩を数度慰めるように叩き、続けた。


「――なんでも、歌劇区東端の古臭い歌劇場に、最近新しい役者が来たらしい。それで、その役者がまたえらく美人らしいんだ」

「らしいばっかりだな。……まあいい。それにしても、東端で古臭いっていうと――」

「レーヴ=オペラ座」

「そうだ、レーヴのところだ。……しかし美人くらいならそこらへんにいくらでもいるだろう? わざわざ騒ぐほどのことじゃない。ここをどこだと思ってる。芸術都市ヴァージリアだぞ」


 話を受けて立った青年は「そんなことか」と少し残念がって答えた。


「いやいやいや、それくらい僕だってわかってる。それでもあえてこう言うんだ。ということは、そこらへんを歩いているちょっとした美人なんて目じゃなくらいの美人なんだって、君も察してくれよ」

「うーん……、ちなみに、歌は?」

「もちろん、一等うまい」

「まあ、レーヴ=オペラ座は昨今に珍しくかなり歌の質を重視するからな。それが古臭い理由でもあるけど。ともあれ、あそこの座長に認められて雇われたのなら、その点は疑うべくもないか」


 話を受けた青年が、さも芸術都市の歌劇事情にくわしいことをアピールせんとばかりに、そんな情報を付け加えた。


「そうそう。それで、昨日その役者の初公演があったんだが、そりゃあもう歌劇場の外まで大盛況だった。残念ながら僕はご一見にあずかれなかったが、近場をたまたま通りがかったおかげで期待度の高さは肌で感じられたよ」

「ということは、君以外の誰か――実際にその役者を見た誰かが〈魅惑の女王〉なんて気取った通称をつけたのか」

「たったの一日でね。――この分だとすぐにスターになるぞ。今のうちに見ておかないと、じきにチケットが取れなくなる」

「うーむ、お前の予想話は半分くらいしか当たらないからなぁ」


 そういいつつ、すでに彼は頭の中で次の公演を観覧するための銀貨の枚数を計算していた。

 頭の中に自分の財布の中身を思い出して、食費やらほかの芸術への出費やらを考慮しつつ、どうにかおおよそのチケット料金をねん出する。


「ちなみに、次の公演はいつ?」

「一週間後と言っていた」

「一週間後か。お前と同じように昨日その〈魅惑の女王〉の初公演を見て、感激のあまり辺りに話を言いふらしているやつがいるとして――」

「芸術都市に住んでるのはそんなやつらばっかりだろ」

「――そうだな。となると、一週間もすればだいぶ噂が広がっているか」

「そのうえ冬が近づいてきたから、室内で暇を潰せる娯楽の多い芸術都市に社交人たちがぞろぞろとやってきて、さらに競争率が高くなる。金のあまってる周辺の貴族から、船に乗って他大陸からやってくる富豪たちまで、この時期は本当にたくさんの人間が来るからな」


 ヴァージリアはその性質上、娯楽都市でもある。

 都市自体が戦とは縁遠い気質で、さらに近頃では交易品も戦に役立たない美術品や工芸品が多くなっていたため、さほど重要視されることがなかった。

 もちろん、価値がある品、という点でそこに魅力を見出すことは可能で、そんなことを言ってしまえばなんにでも戦に活用することは可能なわけだが、東大陸の覇権を握りつつあるムーゼッグはまだヴァージリアまで手を伸ばしてはいなかった。

 三ツ国の向こう側にあるという点と、役に立つ物資が少ない割に他大陸の有力者が『娯楽を楽しむために』数多く集まっていることが、ムーゼッグの積極的な興味を失せさせていた。


 戦という過激な手段で獲るには、ヴァージリアは少し面倒な地である。

 有力者が集まるという点では他大陸との繋がりを得るのに有用な地だが、彼らは娯楽のために来ているのであって、そこに無粋なものを持ち込むと『下手な刺激』を与えてしまう可能性もあった。

 

「特に、最近ムーゼッグと三ツ国と――あとレミューゼ、その五国が東大陸中央の方でなんだかやり合っただろう。あれの影響で、今までムーゼッグに頭を押さえられていた周辺国の貴族や有力者たちも元気を取り戻したって噂だ。全部とは言わないまでも、少なからず彼らが外に出てヴァージリアへやってくるだろう。――いやぁ、元気ってのはいいな。元気がないと娯楽に金が回らなくなる。圧政や束縛は娯楽の敵だ」

「きれいな言葉を使ってどうにか隠そうとしてるつもりだろうが、お前が言うとあらゆる言葉に金の匂いが漂うな。……まあ、そのこと自体は否定しないけど」

「ともあれそういうわけで、今年は特にヴァージリアが騒がしくなるかもしれないってわけさ」

「当のムーゼッグは入り込んでこないかな」

「とっくに入り込んでいるんじゃないか? ――いまさらさ。いわゆる『ムーゼッグらしいやり方』でヴァージリアをまるごと奪おうとすると非常に面倒なことになるけれど、内密に『ヴァージリアらしいやり方』で繋がりを作ろうとするなら、むしろこの少し風変りな交易都市は絶好の地だ。ムーゼッグが他大陸にまで侵略の手を伸ばそうとしているのなら、表に出ないだけで、きっとすでに何かをしていると思うぞ。まあ、僕たちにとってはどうでもいいわけだが」

「すがすがしいまでに芸術に傾倒しているな、お前は」

「ああやってさまざまな芸術の可能性を秘めた人という資源をばっさばっさ切り捨てるようなやつらよりは、きっとまともさ」

「どうだかね」


 二人の青年はお互いに笑い合って、再び襟を正した。


「さて、そういうわけだから、来週までに金の方を工面しておきたまえ」

「わかってるよ、金はなんとかする」

「この都市にいるとやたらに金遣いが荒くなるね」

「まったくだ」


 軽口を叩き合ったあとで、二人は演技ぶってステッキを取り回し、別れの挨拶をした。

 オレンジ色の街燈の光が二人の青年の背を照らし、その少しだけくたびれた黒のタキシードを明るく彩った。



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