72話 「そして思いは継がれた」
「……」
「……」
「……」
いくつもの沈黙があがっていた。
絶句だ。
理由があった。
「おい、なんで外っ面があんなに大星樹とマッチして綺麗だったのに、内装がこんなとげとげしいんだよ……」
サルマーンの言葉がすべてを言い表していた。
「ど、毒々しいわね……」
リリウムがそんな言葉を浮かべていた。
「良いセンスしてます」
マリーザはその内装を冷えたジト目でぐるりと見まわしていた。
まったく逆だった。
城の外観が幻想的、美麗、と称せるとするなら、この内装は、
「とげとげしい、ヤバい」
「どう言い表していいかわからなくなってきたからいっそそういう包括的な言い方の方がいいかもしれん」
毒の沼に落ちてきたかのような、紫系と黒系の暗色に彩られていた。
絶妙に背筋にぞわりとしたものを走らせる色合いだ。
そんな場所に入ってすぐ広がったのは、赤い絨毯の敷かれた広間だった。
巨大な門を開けて、目の前にまっすぐに伸びる赤い絨毯があって、それがずっと奥まで続いている。まるでそのまま玉座に吸い込まれていくかのような長い絨毯である。
そして案の定、メレアたちが絨毯の上を進んでいくと、
「ねえっ! あれっ! あれ絶対玉座だよねっ! しかもどっちかっていうと悪者系のっ!!」
「ああ……うん……間違いないな……」
メレアがもう我慢しきれないとばかりに大きな身振り手振りで奥にあった大きな椅子を指差した。
サルマーンが目元を手で押さえ、天井を仰いだ。
メレアの指差した先にあったのは、一際とげとげごてごてした装飾の施された『玉座』だった。
あえて形容するならば、いかにも『魔王らしい』椅子である。
玉座は二十段ほどの階段の上に置かれていて、これでもかと威厳を呈していた。
「そもそも位置がたけえよッ! 見下ろす気満々じゃねえかっ!」
メレアはまだツッコみをやめられなかった。
「絶対この椅子に座るやつ脚組んで『わたしの配下に加われば世界の半分をくれてやろう、どうだ』――とか言うわ!!」
「断ったら『ならば……死ね!』といってマントを翻しながら悠然と下りてきそうだな……」
エルマも額を押さえてため息を吐いていた。
ひととおり口々に感動を乗せたあと、一行はひとまずその階段を登って、玉座と同じ高さに立った。
「それにしても広いな、いったい何人入るのだろうか?」
「間違いなく百人は入るな」
エルマの素朴な疑問にサルマーンが答える。
その間、メレアは落ち着きなさ気にあたりをうろうろしていた。
そのときになって、メレアはあることを思い出していた。
ある、『嫌な思い出』である。
「あれ……、これなんか見覚えが……」
階段を登っている途中に、ハっとそのことに勘付いた。
心臓が高鳴って、すぐさまその勘付きを否定した。
しかし、階段を昇っていけばいくほど、そのことに心が勝手に確信を覚えていった。
「お、向こうの方に上階への階段もあるな。ほかの部屋は二階以降にあるっぽい。――まあ、ひとまず住む場所があるってのはいいことだ。二階以降はまともな内装であることを祈ろうぜ」
「全部これだったら気が滅入るな……」
サルマーンとエルマがしかたなしといった様子で肩をすくめていたが、どうやらずいぶんとこの内装に慣れてきたようだった。
ただメレアだけは、まだ半ば呆然として玉座付近からの景色を眺めていた。
と、
「――ハハッ、でもよ、いっそ魔王っぽくていいじゃねえか。うちの主は魔王であることを許容した男だし、俺たちもその意気に賛同してる。それに、こんだけ派手な城だ、威厳はつくだろ? ――『魔王の主』としての威厳だけど」
「そうかもしれんな。メレアは黙っていればそれなりに見えるが、喋り出すと子どものようになることがある。だったらいっそ、ここで憮然と座っていた方が威厳はでるかもな。――ああ、魔王としての威厳だけどな」
サルマーンとエルマの言葉に、ほかの魔王たちが笑いはじめ、また騒ぎはじめた。どうやら彼らの方は吹っ切れたようだった。
すると、
「おい! メレア!」
「はうっ!」
呆然としていたメレアは、サルマーンの大きな声にびっくりして肩を跳ねさせた。
きょろきょろとしてサルマーンの姿を探すと、彼は階段を一段降りて、メレアを手招きしていた。
「お前、ちょっとここ座って見ろ」
そう言ってサルマーンが指差したのは、なにを隠そうその最もとげとげしく派手な玉座であった。
「……わ、悪いな、サルマーン。俺は今猛烈に嫌な予感がしているんだ。その椅子には座れないかもしれない」
「まあそう言わずに。――野郎ども! メレアを玉座に座らせろ!」
サルマーンの合図と同時に魔王たちが駆けだし、メレアの身体を拘束した。
「い、いやだっ! あっ! 俺この光景見たことあるっ! すげえ見たことあるっ!」
その瞬間、メレアの中である思い出がはっきりと思い出されていた。
そうしている間にメレアは身体を仲間たちに担がれて、玉座まで連れて行かれる。
さらにそのまま無理やりに玉座へと座らされ、
「メレア様、こういうときは脚を組むのです。――そう、そうです」
マリーザが玉座に力なく座ったメレアの足をつかみ、人形に型をつけるようにしてクロスさせた。
「メレアくん、肘はこうだよ」
アイズがメレアの肘を玉座の肘掛に乗せ、角度を調整して両手を組ませる。
「メレア、表情はこうだ」
エルマが呆然としているメレアの頬を両手でつまみ、その表情を笑みに固定させた。どことないあくどさを感じさせる薄い笑みだ。
そうして彼女たちが玉座に座るメレアを離れたところから見て、三人同時に「よし」とうなずいた。
そうやっているうちに、ほかの魔王たちは階段の両脇に一人ずつ並んでいく。
玉座まで敷かれた赤い絨毯の横に、まるで玉座を守る従者のごとく、姿勢を正して立ち並んでいた。
計二十一人。
下から見た光景は、なかなかに迫力のあるものになったであろう。
そして、
「おーい、誰か記録術式使えるやついねえ? 記念にこの映像残しておきてえな」
サルマーンが声をあげた。
すると魔王のうちの一人が元気に手をあげ、すぐさま空中に術式を展開させる。
「おし、んじゃ五秒後くらいでよろしく」
サルマーンががっつり親指をあげて言うと、その魔王の方から同じく力強い親指をあげたモーションが返ってきた。
「俺、これ見たことある……」
そのころになって、メレアはようやく意識を取り戻した。
されど顔はエルマがセッティングした表情で固まり、多少ぎこちなくなるだけで留まった。
そして、魔王の一人が展開させた記録術式が白い光となって浮遊し、
「三秒ー」
ふわふわと光が鏡面を象った。
「二秒ー」
鏡面がきらりと光り、
「一秒ー」
――。
◆◆◆
「これ、〈未来石〉で見たことあるわッ!!」
◆◆◆
メレアの絶叫が響く一瞬前に、記録の光が落とされた。
宙に浮かんだ白い光の中から、今度は一枚の紙が落ちてきて、そこに絵を描き出していった。
今の光景を寸分たがわず紙に転写させたような映像だ。
魔王たちがぞろぞろとその紙に寄っていき、楽しげな声をあげた。
「ハハッ、見ろよこのメレアの顔、ぎこちなさすぎだろ!」
「やはりやや威厳に欠けるな」
「いやいや、メレア様はどんな顔も最高だと思います」
「メレアくん、ちょっと、疲れ気味?」
「これは売り物になりませんね。安っぽさがにじみ出ています。金にならない写真です」
「メレアもひどいけど、あたしたちもたいがいひどいわね……戦争してきたばっかで身なりが最悪」
そのほかにも、「今度ノエルも一緒に入れて取ろうぜ、そっちのが迫力出るだろ」や「ちゃんと服装整えてからがいいな」「表情作る練習しなきゃ」などの声が魔王たちからあがり、玉座の間は楽しげな声に彩られていった。
メレアは玉座に座ったままでそんな光景を見ながら、片肘をだるそうに玉座に肘掛におき、足を放り出して――言った。
「はあ……結局『あれ』の通りになったのか……」
はっきりと思い出した。
フランダーに隠れて〈未来石〉を使っていたときのことだ。
魔王だとか魔王主だとか、たいていそんな言葉での可能性の提示をしていた未来石の中で、一度だけ『画』が映ったことがあった。
ほかの未来石同様手刀で叩き割ったが、あのときに石の表面に映った玉座の上のぎこちない顔は、しっかりと網膜に焼き付いていた。あの、やたらにへたくそな悪役顔を浮かべた自分の顔。
このやたらにとげとげしい内装や玉座も、今思えばあそこに映っていた画と相違ない。
つまり、そういうことらしい。
「なんか最後まで未来石におちょくられっぱなしな気がする……あいつ俺にかぎって的中率高すぎるだろ……」
ため息と一緒に放たれたメレアの気だるげな声が、広間の中をふわふわと舞い昇り、ぱちんと楽しげに弾けた。
◆◆◆
「んじゃ、そろそろ上階の探検に行くとするか」
ひとしきり写真を見て笑っていた魔王たちは、サルマーンの声にうなずき、ぞろぞろと二階への階段へ歩いていった。
メレアもそれに続くため、ようやっと玉座から腰をあげて立ち上がる。
最後に、さきほどの騒ぎで落としたものはないかと適当にあたりを見回して――ふとメレアはあるものを見つけた。
玉座の裏側に回ったときに、その玉座の背の低い部分になにやら文字が彫られているのを見つけたのだ。
「ん?」
メレアは目を凝らした。
「おーい、メレアー」
「――ああ! 今行く!」
遠くから聞こえるサルマーンの声に答えながら、メレアはしゃがみこんでさらに顔を近づけた。
彫られた文字を読む。
◆◆◆
『見ろっ、フランダー! どうだっ! 良い城だろう!! わたしがお前たちのために作ったんだぞっ! 我ながら完璧だなっ!!』
『な、内装の趣味が悪すぎるよ……レイラス……。次に来るまでにせめて二階から上はまともにしておいてよ……みんな来たくなくなっちゃうよこれ……』
『やだー!』
『こ、子どもじゃないんだから……はぁ……』
◆◆◆
大きく、はっきりと彫られた言葉の下に、控えめに答えの言葉が彫られていた。
見たことのある筆跡。――フランダーの筆跡だった。
となれば、その上に彫られた跳ねるような文字は――
「……」
メレアは目を見開いて、その文字たちをなぞった。
指先に、不思議なあたたかさを感じた気がした。
「ハハッ、二階から上は大丈夫なんだろうな――レイラス」
メレアは心の底から湧き出た楽しさに思わず笑いをこぼした。
「メレアー? なにか見つけたのかー?」
「いや、たいしたものじゃないよ。ちょっとした――『思い出』さ」
最後にもう一度だけその文字を眺めて、メレアは仲間たちの背を追った。
―――
――
―
あとに残った玉座の上を、どこからか入ってきた二匹の蝶がひらひらと舞っていた。
二匹で踊るように飛ぶ、翡翠色の――綺麗な蝶だった。
終:【第一部】【未来の百魔へ】
始:【第二部】【新たな幕開け】
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