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百魔の主  作者: 葵大和
第六幕 【未来の百魔へ】
71/267

71話 「星樹の国」

 レミューゼ王国は、衰退しているとの前評判を聞いていたメレアの予想とは裏腹に、視覚的な豊穣に満ちた国だった。

 〈星樹の国〉。

 それがレミューゼの通称だった。

 そんな東方の一国へたどり着いたのは、激戦から一日経った次の日のことである。


「昔はその通称に恥じなかったのだがな。今は少し、枯れ気味だ」


 メレアは馬に乗ってレミューゼの西国門をくぐっていた。

 隣にはハーシムがいる。

 ちなみに、黒鱗の地竜ノエルは、今日は外で留守番ということだった。ハーシムが後日手回しをしてくれると言っていたが、さすがに何の準備もなく街中に竜を引き入れれば民たちも驚く。

 最初メレアはノエルを外に置いていくことに引け目を感じて、振り向きながら竜語で謝ろうとしたが、


 ――気を遣って損した……。


 当のノエルの方はレミューゼの(うまや)番兵が両手に掲げた餌の数々に、だらだらとよだれを垂らしながら釣られていっていた。魔王たちの申し訳なさそうな顔などそっちのけである。

 そのままノエルは王国の外に急遽建てられた仮設竜舎に入り、きょろきょろと辺りを見回しながらも猛然とした速度で餌を頬張りはじめた。


 ――ずぶといやつである。実は一番精神的にタフなのはあいつかもしれない。


 内心でそう思いながら、メレアは大きくため息をついた。

 

 しばらくして、眼下にメレアたちを迎えるレミューゼの民たちが大勢やってきた。

 彼らの熱気にたじたじとして応えながら、メレアはハーシムにレミューゼの通称について訊ねた。


「樹ってのはわかるけど、星ってのはどういう意味?」


 樹。たしかにレミューゼの街並みにはみずみずしい樹や植物が見受けられる。

 白い石造りの文明的な街並みと、そこに調和した自然。


「文明と自然の調和が為されていて、夜空に星が澄んで見える」

「それだけか?」

「――と、レミューゼの王都の中心に大星樹という大きな樹があってな。あれだ、見えるだろう?」


 ハーシムが馬上から指差した先に、青と緑の光る粒子を立ち昇らせる不思議な大樹があった。

 国門からでもよく見えるその樹は、もはやそれそのものが城といっても過言ではない大きさを呈していた。


「街の中の自然は先王のせいで枯れ気味だったが、あれだけはどうにかして守ろうと、おれと国民たちが手を尽くした」


 美しかった。

 あの青と緑の輝きは、いったいどこから漏れてきているのだろうか。


「季節が来ると、あそこに金色の光の粒が加わる」

「どういう原理だ?」

「さあな。古代からずっとあそこにある霊樹だ。おそらく地中から地力術素を吸い上げたり、あるいはあの背の高さで天から天力術素を吸収していたりするのだろうが、全容はつかめていない」

「樹が術式を使っている?」

「術式とはそもそも世界の事象を式で表したものだ。人間がわかるようにな。ならば自然の化身ともいえるああいう霊樹が、われわれの言うところの術式を使うのも決して不思議ではないだろう」

「――そうだな」


 メレアは大星樹の輝きに見惚れていた。


「いずれ街中の自然もすべて回復させる。おれもまだ王になったばかりだ。外政だけでなく、内政も進めなければ」

「忙しそうだな」

「お前にもときおり付き合ってもらうぞ。もちろん、相応の取引でもって」

「わかってるよ」


 メレアは肩をすくめて笑った。


「まあ、それ以外はそっちで好きにやればいい。お前にもやることがあるのだろう?」

「――ああ」

「そのあたりは互いで調整しよう。――で、だ。そうはいっても、まずは住むところがなければなにもできまい。今回の戦の大きな功労があるから、その代価をさっそく支払おう。最初から予想だにしない戦果をあげられて、こっちも国庫が不安になってきた」

「不可抗力だ」

「本当だろうな……」


 ハーシムは額を手で押さえ、「はあ……」とわざとらしくため息をついた。戦から時間が経って、ハーシムの方も表情に多彩さが表れてきていた。

 メレアはそれを楽しげな様子で見ていた。


「実は、あの大星樹の隣に大きな住居がある」

「へえ?」

「そこをくれてやる」

「太っ腹だな」

「二十二人もいるから、それくらいは見積もらなければならんだろう?」

「ついでに、もっと増えると思うよ」

「――なるほど」


 メレアの宣言を受けて、ハーシムは何かに気づいた。

 そして大きくうなずいた。


「構わん、まだまだ余裕がある」

「どんだけでかいんだよ、その住居」

「見ればわかる」


 そういってハーシムが馬の足を速めた。

 レミューゼの住人たちが寄ってきているので注意を払いながらではあるが、それでも急ぎ足だった。

 

 メレアたち魔王一行とハーシムは、あたりから投げかけられる『レミューゼ王万歳』という言葉と、『ようこそレミューゼへ』という歓迎の言葉を受けながら、星樹の街を進んだ。


◆◆◆


 大星樹の足元にまでやってきて、あらためてその大きさに圧倒される。

 そしてすぐにハーシムの言っていた大きな住居がどれだかわかった。

 わからないわけがなかった。


「……」


 思わずメレアは絶句し、次に非難を込めたジト目をハーシムに向けた。


「これの、どこが、『住居』だって?」

「住めば住居との形容も間違いではなくなるだろう?」


 城。まさしくそれは城だった。

 しかも、かなり大きい。

 いっそのことぼろぼろの小屋でも用意されていた方が反応しやすかったかもしれない。

 この場合の非難は、


「や、やりすぎだろ……」


 という、一応は良い方向に予想を振り切られたがゆえの非難でもあった。


 メレアはハーシムから視線を戻し、再びその城を見上げた。

 ふと奥側へと目を向けると、大星樹を中心として対照の位置に、もう一つ大きな城があった。大星樹の、それ自体が一つの大樹でもあるかのような枝の隙間から見えた、大きな城である。


「向こうはレミューゼ城だ」

「……なるほど」


 どうやらあちらはレミューゼの王城らしい。


「……どっからツッコんでいいかわからなくなってきたぜ」

「ともかく、こちらの城は今誰も使っていない。ずいぶんと昔に少しだけ誰かが使ったようだが」


 ハーシムは微笑を浮かべてその城を見上げていた。

 城の全景は、大星樹の隣にあるにふさわしく、自然と調和しつつも光による不思議な幻想性を見せつけてくる美しい建物である。

 白石を中心に使いつつ、ところどころに蒼と緑の輝石類がちりばめられ、それが大星樹の光を反射してきらきらと輝いているのだ。

 大星樹の大きな枝がぐるりと囲んでいる階層もあり、またところどころから大星樹に良く似た光る植物が生えていた。


「あらためて訊くが、ここに俺たちが住むのか?」


 メレアが首をかしげながら、もう一度そう訊ねた。

 その隣ではシャウが「これ、売ったらいくらになりますかね」と真顔で城を見上げていて、周りの魔王たちは「こいつマジで売るかもしれない」との思いをどうにか心の中に留めつつ、メレアの問いに対するハーシムの答えを待っていた。


「そうだ。まあ、もったいぶったが、これは『お前たちのために』建てられた建物でもある。――中に入ればわかる」


 意味深な言葉を残し、ハーシムは(きびす)を返していた。

 わずかにその身体がふらついていたのを、メレアは見逃さなかった。

 と、ハーシムは思い出したように再びメレアの方を振り向いて、つけ加えた。


「また明日使いのものをやるから、細かい話は明日以降にしよう。中はそれなりに整っているから、勝手に使ってくれ。それは今日からお前たちのものだからな。――おれも少し疲れた」


 明るい茶色の髪を揺らして、ハーシムは去っていく。

 すぐにその横へどこからか黒装束の女がやってきて、ハーシムの肩を支えていた。

 どうやら本当に疲れていたようだ。

 

「って言ったってなぁ……」

「とに、かく、入って……みる?」


 ふとメレアの隣にアイズが小さな歩幅で歩いてきて、小動物のように首をかしげてメレアを見上げていた。

 

「私たちも疲労でそろそろ限界だからな。外で寝るのもなんだし、まず入ってみないことには」


 エルマが逆側にやってきて、そう言った。


「そうだねえ」


 メレアは肩を(すく)めつつうなずいて、


「じゃあ、行ってみようか」


 ようやく一歩を踏み込んだ。


◆◆◆


 威厳を放つ城門をくぐり、中庭を歩いていた。

 中庭にも手入れが入っていて、長年使われていなかったというわりにはずいぶんと綺麗だった。


「なあ、メレア」


 そうやって中庭に観察の視線を入れていたメレアのもとへ、聞き慣れた声の主がやってくる。


「ん?」


 メレアを先頭にまばらな列になって歩いていた魔王一行の中から、軽い足取りで前に出てきたのはサルマーンだった。

 サルマーンはメレアの隣にまでやってくると、両手を頭の後ろで組んで涼しげな顔で言葉を続けた。


「なんとなく、お前がこれからなにをしようかってのはわかってんだけど、まだはっきりとした言葉としてもらってねえからさ。別に反対するつもりなんてないけど、一応聞いておこうと思ってな」

「ああ」


 メレアはサルマーンに向けていた視線を、再び城の方へ移した。

 そうしてわずかばかり思案気な表情を浮かべたあと、ややあってメレアは言葉を紡いだ。


「――魔王を、集めようと思う」

「やっぱりそうか」


 サルマーンは小さく笑った。


「俺は、魔王のレッテルを貼り付けられて理不尽に虐げられている者がいるのなら、その魔王を救いたいと思う。そのためには、この時代にどれだけの魔王がいるのか、また彼らがどんな思いを抱いているのか、そういうものを知る必要がある。もちろん、すべての魔王が俺の考えに同調的だとはかぎらない。魔王という名の複雑な二面性にまぎれて、かつての悪徳の魔王のように好き放題をしているやつだっているかもしれない」

「そうだな」

「でも、それを判断するにも、まずは自分の眼で見ないことには判断のしようがない」


 メレアの言葉を受けて、サルマーンは小さく溜めた息を吐いた。同じく思案気な表情から放たれた、物憂げな息だった。


「言葉の上では合理的だが、一方でそれは理想的でもある。たぶん、すげえ手間がかかるぞ」

「わかってる。だけど、特に今の時代、他人の貼りつけたレッテルがどれだけ役に立たないものだか『俺たちは知っている』。――手間? ……いくらでもかけるさ。俺はそのためにここまで来た」

「……そうかい。なら、俺もお前のそれに付き合うよ。俺はお前に救われたし、こうは言った手前でなんだが、お前のそういう考えには俺自身賛同してる。ただ、一応こういう側面からも意見は出しておかなきゃなって思ってな」


 サルマーンの意図は、メレアもわかっていた。

 ゆえに、小さく笑ってサルマーンの肩を叩いた。


「苦労をかけるよ」

「気にすんな。あんときも言ったけど、助けられっぱなしでいるつもりもねえからな。できることならなんでもやるさ」


 サルマーンは楽しげに笑って、メレアの肩を叩き返した。

 その動きに同調するように、ほかの魔王たちも何人か歩み寄ってきて、口々にわざとらしい皮肉や賛同の言葉を述べながら、メレアの肩や背中を叩いていった。


「それにしても、今この世界には何人ぐらいの魔王がいるんだろうなぁ」


 メレアは前の方で黄色い声をあげながら楽しげに歩いている女性陣を見つつ、そんな声をあげた。


「どうだろうな。この東大陸だけじゃなく、他方面の大陸にも魔王はいるだろうからな。逃げてるやつ、戦ってるやつ、恭順してるやつ、たぶん、いろいろだ」

「……ああ」


 その上、これから増えていく可能性もあるだろう。

 世界のすべてが、メレアの前に悠然として立ち塞がっている気がした。

 それでも、


「俺はそこに手を伸ばそう。どこまでも、手を伸ばすよ。この手が伸びる場所、足が届く場所、声がたどり着ける場所。――俺がしようとしていることは、とても危ういことだから、妥協をしてはならないんだ」


 メレアは自分のやろうとしていることが、おそろしく細い綱の上を渡ることと同義であることを知っていた。

 誰かにとっては英雄。

 誰かにとっては魔王。

 絶対に均衡などしないバランスのようにも思えてくる。

 完全な調和は、ありえないかもしれない。

 だけど、


「俺は諦めないよ。誰かが諦めても、俺だけは。どんなに細い綱の上でも、最後まで考え続ける。――そう決めた」 


 メレアはそこを行く。

 自分が正しいと思える道を、常に模索して進み続ける。

 ある意味、その点においてメレアはフランダーと同じくらい頑固であったかもしれない。

 

「まあそう気負うなよ。もしお前が間違っても、横と後ろにゃ俺たちがいるからな。意地になりすぎて狂ったとしても、ぶん殴って正気に戻してやるよ。倒れそうなときは気にせず寄り掛かればいい。いくらでも支えてやる。だから、頼むから――前のめりには倒れるなよ?」


 サルマーンがまた笑っていた。

 ほかの魔王たちも笑っていた。


「ああ、わかってるよ」


 メレアは彼らに同じく笑みを返して、ついに城の玄関口をくぐった。

 その踏み越えは、新しい道の始まりを予感させた。


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