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百魔の主  作者: 葵大和
序幕 【英霊と魔王】 (第一部)
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7話 「誰かが作った悪魔の獣皮」

「メレア、〈未来石(フューナス)〉使ったでしょ」

「えうっ!?」


 『魔王主』という未来石の宣言から一年。

 気づけば英霊たちは指で数えられるほどしか残っていなかった。

 そんな中でもメレアはちまちまと未来石を収集し、こっそり隠している。

 結果については相変わらずだが、英霊たちにあの忌々しい未来図を見せない、という主目的はそれによって達せられている――はずだった。


「やっぱり。ちなみになんて出た?」

「えーっと……え、英雄?」


 ところが、ここに来てフランダーにそれがバレてしまったようだった。


「メレア、嘘つくの苦手だよね」

「はい……」


 正確には、自分の親たる英霊たちに嘘をつくのが苦手だった。

 ときおり遊びに来る天竜や、その子である小さな天竜たちには、嘘を織り交ぜたおとぎ話をするくらいには口が回る方であったが、相手がフランダーだと舌の動きが鈍る。


「予想。――『魔王』って出たでしょ」

「えっ!」


 あまりに的確な指摘が飛んできて、メレアは思わず声を上ずらせる。

 その反応を見たフランダーが「やっぱりね」とうなずいたのを見て、メレアはついに観念した。


「な、なんでわかったの……」

「ハハ、少し予想があったんだ。その予想が、最近になってまた一段と僕の中で大きくなってきていてね。〈天竜〉クルティスタにごく最近の下界の話を聞いたせいかな」

「それはどんな話?」


 逆にメレアが訊ねる。


「――近頃の下界で〈魔王狩り〉が流行っているという噂さ」


 一瞬、フランダーが悲しげな表情を浮かべたのをメレアは見逃さなかった。


「魔王狩り……?」

「うん。それがどうにもきなくさくてね。僕が考えていた以上に、下界の国家は力に飢えているのかもしれない」


 フランダーが唐突に居住まいを正して言った。

 メレアもそれに(なら)うようにして姿勢を正す。

 フランダーは一息をついてから、意を決したように真面目な表情を浮かべて、話しはじめた。


◆◆◆


「〈魔王〉という形容が、強大で、それでいて悪徳の化身である存在を指す言葉から、()()()()()()()()を指す言葉へ変化していったって話は、前にちょっとしたよね」

「うん」


 どうやらフランダーはついに〈魔王〉に関してくわしく話してくれるようだった。


「その言葉のとおり、昔は決してそんな広範な者を指す言葉じゃなかったんだ。『ただ強大である者』なんて、ちょっと無差別的すぎるだろう?」


 フランダーが困ったように笑う。


「僕が英雄と呼ばれてすぐの頃は、強大で、かつ悪徳の化身であるような者を魔王と呼んでいた。でも、僕が死ぬ頃にはその『悪徳の化身』という部分が削られて、ただ強大な者を表すための言葉になっていた。僕の生きていた時代が、おそらくその転換期だったんだろう」


 転換期。

 どうしてそんなふうに意味が変わったのかについては、もちろんメレアは知らない。

 そんなメレアの内心を察したように、フランダーが逆に訊ねた。


「ちなみに、どうしてそうなったかはわかるかい?」

「んー……」


 メレアにもいくつかの予想はあった。しかし、どれもいまいちピンとこなかった。

 そうやって悩んでいると、時間切れとばかりにフランダーが先に言う。


「悪徳の化身としての魔王が数を減らしてしまったからだよ。いつのまにか、彼らは脅威ではなくなっていた。力があって、それでいて悪徳にまみれていた暴君は、ついにほとんど討ち果たされてしまった」

「いいことじゃん」

「うん、そこはね」


 フランダーの微笑が苦笑に変わる。


「でも、そのおかげで人間は――あるいは国家は、『共通の敵』を失った。するとどうだろう。最優先すべき共通の敵がいたおかげで互いに向くことがなかった彼らの武器が、徐々に揺れ出すようになった」

「――勘弁してくれ」


 メレアはその先の流れを予想して思わずそう言った。


「歴史に文句を言ってもどうにもならないさ。ともあれ、その結果――今度は国家間の戦争が隆盛(りゅうせい)した」


 ひどい話だ。

 メレアは率直にそう思った。


「そうやって国家間の戦争が隆盛しはじめた頃に、魔王という言葉の意味が変わった。国家に都合よく変容したんだ」

「どういうこと?」

「彼らは戦争で使える強い力を欲しがった」


 仮に戦争をするとして、そこで勝ちたいのなら、当然力を求めるだろう。

 また同様に、負ければ失う、負ければ死ぬというのであれば、同じく負けないために力を求めるのも道理だ。


「強い力と言えば魔王だ。しかし魔王はもうほとんどいない。狩り尽くしてしまった」

「うん」

「そんなとき、ある国家が別の対象に注目した」

「別の対象?」

「そう。――まだ悪徳の化身である魔王が狩り尽くされる前、その特効薬のように存在した〈英雄〉に、目を付けた」


 メレアは眩暈(めまい)がした。

 そのフランダーの言葉で、歴史がどういう道筋をたどったのか、予想できてしまった。


「魔王と対峙してきた英雄は強い。ただ、悪徳の化身ではない。むしろ真逆の存在だ。そんな英雄の多くは、魔王がいなくなったことで英雄としての役割を失い、しかし晴れ晴れとした気分で、それぞれの望む生業(なりわい)に戻っていった。商売に(いそ)しむ者、術式の研究に邁進(まいしん)する者、自分が会得した武術を後世に伝えようと道場を開く者。ありあまった力を発散するように、未知を求めて冒険に出る者、いろいろな英雄がいた。魔王と戦っていた反動のせいか、戦いから離れる者が多かったかな」


 懐かしむような目で空を眺めながら、フランダーが言う。

 しかしそんなフランダーの視線が、すぐに地面へと落ちてきた。


「だけど、そんな彼らに悲劇が起きた」


 不意に、会話の中に暗鬱(あんうつ)とした単語が現れた。――悲劇。


「結論から言えば、英雄に注目したその国家は、でっちあげで一人の英雄を魔王に()()()()()()

嗚呼(ああ)……」


 ――そんなところだろうと、思っていたさ。

 メレアは重いため息が漏れるのを止められなかった。


「最初は『戦争に協力してくれ』と正直に願ったけれど、その英雄は(うなず)かなかった。戦争の相手国に、敵対するに値する理由を見つけられなかったんだ。だから彼は自らの矜持(きょうじ)(つらぬ)いて、戦争に参加することを断った。そんなもの、そっちで勝手にやってくれ。そう言った。――けれど、その英雄の力は国家にとって喉から手が出るほど魅力的なものだった。しかし彼は英雄だ。強制もできないし、当然その力を無理やり奪うような真似もできない。そうして八方ふさがりになりかけたときに、誰かが言った――」



 『名目があればいいのだ』



「そして彼らはついに、英雄の力を無理やり奪うための『名目』を、でっちあげで作ってしまった」


◆◆◆


「彼らは英雄を、『悪徳の化身』としての魔王に仕立て上げた」


◆◆◆


「一度やってしまうともう止まらない。なまじその方法がうまくいってしまったから余計だ。魔王というレッテルは、どんどんほかの英雄の顔にも貼り付けられていった。そうして英雄が、次の時代の〈魔王〉になったんだよ」


 本当に、ひどい話だ。

 魔王という言葉は、時代時代で何かに覆いかぶさる悪魔の獣皮のようだった。

 メレアはタイラントの言葉を思い出す。


◆◆◆


『どうせ似たようなのが出てくる。名前が変わるだけだ』


◆◆◆


 むしろタイラントの言葉よりもひどい。

 名前が変わらない。つまり前時代から〈魔王〉という言葉に積み重ねられてきた怨念(おんねん)を、次の時代にその言葉にくるまれた者たちが背負わなければならない。

 すべての元凶は〈魔王〉という言葉そのものにあるのではないか。

 メレアはそんなふうにさえ思った。


「それが繰り返されていって、ついに感覚も麻痺した。でっちあげの悪徳の名目さえ面倒になってつけなくなって、挙句(あげく)、魔王という言葉は『ただ強大である者』を判別するための代名詞にまで変容した」

「……」


 頷きがたい。だが自分が頷かなかったところで、歴史が変わるわけではない。


「そんなゆるい魔王のレッテル貼りの基準が、今はもっと下がってきてしまっているらしい。戦乱の時代が進んでくるにしたがって、際限(さいげん)が利かなくなっているんだろう。それを天竜クルティスタから聞いて、僕は嫌な未来図を想像してしまった」


 つまり、


「メレアがその基準に引っかかって、下界に下りた途端に魔王とされる未来図を」


 そう言ってフランダーは苦笑を浮かべた。

 その苦笑にはいくつもの感情が乗っているように見えた。

 自嘲(じちょう)か、切なさか、それとも怒りか。

 困ったような色合いのほかにも、いろいろな感情がそこにはあった。


「君が下界に下りると、その身に宿った英霊の力と、メレア自身が積んできた研鑽(けんさん)の力ゆえに、魔王のレッテルを貼られてしまうかもしれない」


 なるほど、とメレアは納得した。

 それでいて、フランダーの苦笑にどうして自嘲や切なさや怒りが込められているのかもわかった気がした。『英霊の力』という言い方で、それに気づいた。


 ――フランダーはそれを自分のせいだと思っている。


 英雄にしようと思った。

 良かれと思ってやった。

 たとえ英雄にならなくとも、誰かを守れる力は身につけさせてやろうと、そう思って育てた。

 しかし、それが結果的に〈魔王〉への道筋を作ってしまうことになった。

 それに気づいてしまったとき、フランダーの中に自嘲したくなるほどのやるせなさと、切なさと、そして時代に対する怒りが生まれた。


「横暴だねぇ」


 メレアはそれに気づいて、だからといってどう反応したらいいかもわからなくて、軽い調子で答える。

 別に自分はかまわないよ、と、フランダーを安心させるつもりだったが、自分はそう思っていてもフランダーはそう思わないかもしれない。

 ……たぶん、外側からなにを言ってもフランダーはその苦笑を崩さないだろう。

 メレアはそのことにも――気づいていた。

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