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百魔の主  作者: 葵大和
第五幕 【東空は朱に染まる】
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68話 「七帝器の光」

「っ――」


 間違いなくこの魔力吸引を行っているのは手元の魔剣クリシューラだ。

 暴神化のおかげで、瞬く間に体内の魔力器官が吸われた分の魔力を補充していくが、それがずいぶんと長い間続いた。

 一体どれだけの魔力を吸うというのか。

 

「こ、これは――」


 そんなメレアの横で、エルマが驚きの声をあげていた。

 まだその手はメレアの腕に絡みついているが、彼女から魔力が吸われている様子はなかった。

 

「なにか心当たりでも? ――くそ、いつまで吸いやがる」

「そうか……そういうことだったのか」


 エルマはなにかに得心したように、一人うなずいていた。


「魔剣の本来の使い方。いや、『七帝器』の本来の用途。……今、それがわかった」

「本来の用途?」

「ああ……、たぶん、私の予想が正しければ」


 エルマは歯切れの悪い言葉を前置いて、ごくりと喉を鳴らしたあとに続けた。


「できればすぐにでも教えてくれると俺が安心する。いつまで魔力を吸われるのかわからないというのも結構怖ろしいんだ」


 と、メレアは腕に絡まっていたエルマの手に、不意に力が入ったことに気づいた。

 まるで、なにかを恐れて身を強張(こわば)らせたような、そんな反応。

 さらに、エルマはメレアに寄り掛かるように身体の重心をあずけてきて、震えた声で言った。

 

「これは――」


◆◆◆


「戦略兵器だ」


◆◆◆


 彼女の口からこぼれた言葉は、メレアの思考を一瞬凍らせた。


「大量破壊兵器と言ってもいい」


 メレアは彼女が何を言っているのかすぐには理解できなかった。

 されど、彼女が今にも泣きそうな顔で自分の顔を見上げてきていて、


「どうしよう、メレア……。私は掘り起こしてはならなかったものを掘り起こしてしまったのかもしれない」


 また、一瞬にしてその顔が憔悴(しょうすい)してしまったのを見て、


「――大丈夫だ」


 根拠などなくとも、そう言わずにはいられなかった。

 初めてメレアは、エルマがただの少女のように弱った姿を見ていた。とっさに支えた彼女の肩は、とても脆く感じられた。


◆◆◆


 今代の〈剣帝〉、エルマ=エルイーザは、魔剣クリシューラに対する情報を当然その製作者の末裔としてもっともよく知る人物だった。

 しかし、その情報は断片的かつ暗雲に包まれているものがほとんどだった。

 まるで『意図して情報が消されたかのよう』に、肝心の部分が消去されていたのだ。


 エルマは直系である母と祖父から、口伝にて魔剣のことを聞かされていた。

 どうやら自分の祖父の代から、徐々にではあるが情報の復元に勤しんできたらしい。

 そうやって()まった情報を、エルマは蓄積した。

 それでもやはり、明確に繋がりはしなかった。


 それが今、思わぬ事態を発端として一つに繋がろうとしていた。


 エルマは気づいてしまった。

 なぜ今の時代に、帝器に関する情報がこんなにも少ないのか。

 一旦そうだとわかってしまうと、すべての予想がもはや確信的に思えた。

 だが、もう遅い。


 帝器の封印が解かれてしまった。


 これを機に『新たな戦』が起こることを、エルマは予期してしまっていた。


◆◆◆


「全部、偽装されていたのだ。やはりあの暗黒戦争時代に、なにかあったのだ……」


 七帝器が全盛したと思われる戦争時代は、識者に『暗黒戦争時代』と呼ばれていた。

 情報が少ないこと、今ほど秩序だった戦争ではなかったこと、破壊の規模が大きかったこと。――視覚的、倫理的、悲劇的。

 それぞれの意味を包括し、暗黒という形容が使われた。

 そしてその暗黒に、七帝器の情報も紛れていた。特に見えづらくなっていたのがその情報でもある。


 その中で、七帝家の末裔だからこそエルマが知り得た情報は、


 ――『虐殺』『封印』『盟約』。


 その三つのフレーズである。

 ほかにも細かい情報の断片はあったが、もっとも気になるのがそのあたりの単語でもあった。

 そして今、魔剣が進行形で超大な刀身を形成しはじめている状況を見て、一旦それが戦略兵器であるということを確信すると、あとは自然と繋がった。


「通説は(フェイク)だ……」


 もっとも有名な説によると、七帝器は戦争の形態が人間個人の戦闘力、戦略、集団戦術、そういうものの隆盛(りゅうせい)と伝達によって凝り固まったときに、その状況の打破のために作られたと言われている。

 原始の時代と同じように、武器に力量の差異を求めた。

 特に、もっとも猛威を振るっていた『術式に対抗するため』の、事象干渉能力を備えた武器であったと言われている。


 実はそうではなかった。


 術式に対抗するための武器、という外形は、意図的に偽装されたものだった。

 その本来の用途を隠すための、いうなれば隠れ蓑として事象干渉能力があった。

 七帝器は――


 それ自体、術式の力によって圧倒的な破壊の力をもたらすための武器でもあった。


 そのことに気づくと、どうして七帝器に関する情報がその所持者一族である七帝家にさえもほとんど残っていないかということに納得がいった。

 『盟約』。

 エルマは祖父からほかの七帝家にも同じくその言葉が残っていることを知らされている。


 ――……おそらく、


 エルマは心の中で各七帝家の始祖たちに謝りながら、答えを導き出した。


「暗黒戦争時代のあとの〈七帝家〉が、互いの承認のもと、秘密裏に帝器に関する情報を消していたのだ……」


 彼らの言い分は、予想に(かた)くなかった。

 『虐殺』という単語に、すべてが集約されている。

 あの暗黒戦争時代にあって、一方的な殺戮(さつりく)である『虐殺』という言葉を使ったことには、大きな意味がある。


 『あれは世にあってはならないものだ』。

 『大量破壊兵器としての帝器は、封印されるべきものだ』。


 おそらく、彼らの言い分はこれであった。

 戦略兵器としての帝器の威力に、彼らはそれを後世に語り継ぐべきではないと意見を合致させていたのだ。

 ゆえに、時代を経ながら、帝器本来の力を史実から抹消していく方法へ進んでいった。

 そうしていつからか、その本当の力は時代に忘れられ、またその守り人たる帝家一族も帝器を発動させる『鍵』を失っていった。


 帝器の本当の力を発動させる鍵は、莫大量の術素であった。基本的には、魔力術素であろう。


「〈三八天剣旅団〉の名の由来も、どこか怪しいと思っていたさ……」


 三十八本の剣が天に掲げられる様相になぞらえて。――もっともらしい嘘だ。

 たった三十八人の傭兵団が、はたしてあの暗黒戦争時代にあってここまで名を(のこ)しただろうか。

 越えてはならない倫理の枠をもぶち壊した史上最悪の戦争時代に、三十八人で何ができた。


 ――『魔剣』だ……。魔剣を使ったんだ。


 〈魔剣の守り人〉。

 必死で掘り出した数ある断片資料の中で、一度だけその名が描かれているのを見たことがある。

 そちらが本命だ。

 人外じみた魔力を放出するメレアに呼応した点から推測すると、おそらく〈三八天剣旅団〉の本当の姿は、


 ――『帝器を発動させるための莫大量の魔力を供給できる、三十八人の集団』。


 これが本来の色だったのだ。

 そしてそれらを率いたのが、魔剣の作成者であるエルイーザ家の始祖であった。

 剣帝家は始祖から数代後までたしかに魔力術素を保持していた。

 しかし、暗黒戦争時代を活躍したエルイーザ家の始祖のあと、その子孫たちは魔剣の本当の力を封印する方向に動いた。おそらくその過程で、魔力の素養を失っていったのだ。

 みずから鍵を捨てた。

 たぶん、それでも彼らは後悔しなかっただろう。

 

 だが、


 ――捨てすぎたのだ。本当に封印しておきたくば、むしろ適度に情報を残すべきだった。


 そうやってほぼ完全に魔剣の本来の力が忘れられてのち、ある転換点に今度は『真逆』のことが起こったことをエルマは知っている。


◆◆◆

 

 あまりに魔剣の得体が知れないため、情報を掘り返すようになったのだ。


◆◆◆


 みずからの家系に伝わる家宝。

 得体の知れないものを知りたいと思うのは、ある意味人間として自然の成り行きのようにも思える。

 そして、そういう人間の探究心を、帝家の始祖たちは甘く見ていた。

 また彼らは彼らで、徹しきれなかった。

 帝器そのものを捨ててしまえば良かったのだ。

 それができなかった時点で賛否が大きく分かれるだろうが、現に歴史の結果として帝器は残ってしまっていた。


 エルマはそうやって魔剣に対する情報を掘り返しはじめた時代の、いわば全盛に生まれた。


 だから、今こうして魔剣がメレアの莫大な魔力に呼応したのを見て、理解できてしまった。

 一瞬にして歴史を振り返った気さえした。

 どうして帝器の本当の力が七家すべてにおいて隠されてきたのか。

 もう答えは一つしかなかった。


 ――戦場において敵対することすらあった彼らが、それでもなお、敵対状況など関係なく、会談の席に座って盟約を結ぶほど、この〈帝器〉の力は危うかったのだ。


 そして今、エルマの代にそれが解かれようとしていた。

 厳密には、『ある特異存在』がいなければそれは露わにならなかった。

 魔剣を複数人で持つことなどないし、そもそもその複数人が莫大な術素を宿している状況などもっとありえない。

 そんな手間のかかるものを『たった一人で発動させてしまう者』など一番ありえない――はずだった。


 〈メレア=メア〉がこの時代にいなければ。


 すでにメレアの手に触れた魔剣は、形容しがたいほどの巨大化を見せている。

 光る刀身。

 あれは破壊の光だ。


 この光景を見た者たち――特にこれが魔剣であることを知っていて、かつ七帝器と七帝家に一定の知識を持つ者であれば、おそらくその本当の力に気づいたはずだ。


 セリアス=ブラッド=ムーゼッグ。

 ハーシム=クード=レミューゼ。


 このあたりは気づいただろう。

 そして同時に、帝器の可能性と危うさと――その『有用性』に、気づいてしまっただろう。

 だから、ここからおそらく、


 帝器を巡るもう一つの戦いがはじまる。


 あの暗黒戦争時代の再来となるかまではわからない。

 だが広まった情報は、必ず帝器の収集へと各国家を動かす。

 まさしくこれこそが、


 戦争と、そして歴史の――周流だった。


 エルマはそれに気づいて得も言われぬ絶望感を得ていた。

 開けてはいけない箱を、開けてしまった気がしていた。


◆◆◆


嗚呼(ああ)……わ、私は……」


 エルマはなかば呆然として天にあがっていく魔剣の刀身を見ていることしかできなかった。

 魔剣の柄を握っているメレアも、その察しの良さで何かに気づいたようだった。


「…………メレア、それを……こちらへよこせ」


 と、エルマはようやく我に返って、メレアにそう言った。

 発動はしてしまった。

 露見もしてしまった。

 もう隠すことはできない。

 ならせめて、その責任は自分が持たねばならない。

 現状がこんな戦争状態であることも(かんが)みて、エルマは戦人として、そして剣帝家の末裔として、それを自分の手で扱わねばならないという責任感に追われていた。

 が――


「――だめだ」


 思わぬ答えが、メレアから返ってきていた。

 数瞬の間。

 エルマはハっとして――


「っ! よこせ!!」


 無理やりにメレアから魔剣を奪い取ろうとした。

 メレアがなにを考えているのか、その思案気な表情と、光の揺蕩(たゆた)う瞳を見て、気づいてしまった。

 だから、殴ってでもメレアの手からそれを奪い取るべきだと思って、メレアに飛びかかっていた。

 しかし、そんなエルマを、


「――」


 メレアは片手で突き飛ばしていた。

 近寄るな、と。

 そう言わんばかりに。

 そしてメレアは、極大にまで膨張した魔剣の刀身を――天に掲げた。


◆◆◆


 ――エルマに、これを振らせてはならない。


 メレアの中にあった思いはそれだった。

 エルマの言葉と、彼女自身の様子を見て、この魔剣というものがどういう存在であるかを察していた。

 それゆえまっさきに、エルマにこの魔剣を使わせるわけにはいかないと思った。


 ――エルマは戦人だ。


 人の命を奪うことに覚悟を持っている女。

 加え、彼女は今の仲間に対し責任を感じている。

 そしてここは戦場だ。


 彼女は仲間のために、この魔剣を振るうだろう。


 メレアは確信していた。

 長い付き合いとはいえないまでも、彼女とはそれなりに深い話もしてきた。

 だから、その点に疑問は抱かなかった。


 エルマはこの封印を解いてしまったことに、責任を感じていた。


 メレアの眼はそれを見抜いていた。

 そしておそらく、エルマ自身、戦人でありながら、この魔剣の使用には引け目がある。

 表情でもわかったし、なにより感覚的に理解に(やす)いところがあった。

 それはメレア自身が似たような立場にいるから共感できた思いでもあった。


 武器が強大すぎると、それによって手軽に人の命を奪えてしまうことに、ある忌避感を感じてしまうのだ。


 これは理屈じゃない。

 圧倒的すぎる力は、使用者に引け目を感じさせる。

 英霊の中にもそういう思いを得ていた者はたくさんいた。


 光景もなにもかも、接戦のときとは打って変わる。

 相手も強かったから手加減などできなかった、というような、いうなれば『心に対する言い訳』ができなくなる。それは精神を保全するための、心の防衛策でもある。

 当然そんな言い訳を前提にして人の命を奪っているわけではない。

 覚悟はある。

 それでも――


 ――人間は、そこまで強くない。


 そのうえ、人の命を奪うのが、厳密には『自分そのものではない』武器というのがまた厄介だった。

 見極めづらい境界線。

 危うい揺れを見せる心の天秤。

 なにもかもにはっきりとした線引きができるのなら、生きるのはたやすい。

 だが、そうはいかない。


 そんな不穏な心の機微を察して、メレアはとっさに決断していた。

 メレアは視界正面の黒い人の群を見て、さらに、奥の方に見える赤い竜とセリアスを見て、決心していた。


 これは武器だ。

 状況に即して考えれば、これは『好機』なのだ。

 だが、これをエルマに振らせれば、彼女はただでさえ生まれによる呪いのような重圧にさいなまれているのに、さらにそこへ多量の命の責任を負わせてしまうことになる。


 メレアはこのとき、はじめて『(あるじ)』としてわがままを(おこな)った。


◆◆◆


 ――俺が振る。


◆◆◆


 こちらの意図に気づいたエルマを突き飛ばし、メレアは魔剣を天に掲げた。

 向こう、セリアスの方も、どうやらこちらの動きの意図に気づいたらしい。

 だが、もう遅い。

 

「っ――!!」


 メレアは最後の一押しとばかりに体中の魔力を魔剣へと送り、一気に刀身を超大化させた。

 魔力の奔流が烈風のごとくあたりに吹き(すさ)び、その風圧で周囲にあった荒野の石を軒並(のきな)み吹き飛ばした。


 かつて三十八人の豊富な魔力術素所持者が協力してようやく発動させた魔剣の真の力を、メレアは暴神化することでたった一人で発動させる。

 そしてメレアは、彼らが『わざわざ』三十八人で振るうことで、『その罪悪感を分散させていた』本当の効用までもをたった一人で超越し――


「――――」


 それを振るった。


 振り下ろされる超大な光の刀身を、戦場にいたすべての者が見上げていた。

 魔剣は一瞬にして多量の命を吸いあげた。

 雲を切り裂き、大気を切り裂き、人を切り裂き、地を切り裂き。

 その剣は――


 そうしてすべてを割断(かつだん)した。



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