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百魔の主  作者: 葵大和
序幕 【英霊と魔王】 (第一部)
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6話 「あなたの未来に魔王の二文字を」

 メレアが十五歳になる頃には英霊のうちの半数が消えてしまっていた。

 彼らの未練は、メレアの成長に反比例するようにして浄化されていったのだ。


「みんなは俺を英雄にしたくて呼んだのに、俺が英雄になる前に行っちゃってさ。なんか、俺が殺しているみたいだ」


 しかし、当のメレアはそれを切なく思った。


「それは違う、メレア。君は逆に彼らにとって素晴らしいことをしてあげているんだよ。彼らの未練と、復讐の連鎖を断ち切っているんだ。未練によって生き延びた彼らが、その未練以外によって満足するというのは、本当にすごいことなんだよ」


 フランダー=クロウはまだリンドホルム霊山に残っていた。

 メレアがフランダーと共に世界を渡ってきて十五年。

 長いようで、短い日々。


「フランダーの未練は何なの?」


 メレアはあえて英霊たちにそれぞれの未練を()かないようにしていた。

 訊けば教えてくれるだろうとの思いもあったが、彼らに過去のつらい記憶を思い出させることになるのが嫌だった。

 しかし、周りの英霊たちが半分も消えてしまって、いつフランダーが消えてしまうともわからない状況で、ついにメレアは我慢ができなくなっていた。


「僕? 僕の未練か。そうだなあ……」


 フランダーは空を見上げて考えるしぐさを見せる。


「――なんだったのだろうか。少し過去の情景は思い浮かぶのだけれど」


 その言葉を聞いたとき、メレアの心臓が大きく跳ねた。

 フランダー自身、未練をハッキリと覚えていない。忘れかけている。

 これは英霊が消えていくときの恒例だった。

 だから、フランダーも近々消えていくのだろう。

 そのことをメレアは悟った。


「大丈夫。僕は最後までメレアを見ているから」

「――うん」


 メレアにとってそれは(なぐさ)めでもあったが、同時に悲しみのもとでもあった。


◆◆◆


 メレアの身体は武闘派の英霊たちによって着実に鍛えあげられていった。

 しかし、メレアはリンドホルム霊山を下りない。

 最初は下界の様子を(うかが)いに下りてみようかと思ったこともあったのだが、そうして霊山を下りて、また戻ってくる頃には、英霊たちがみな消えてしまっているのではないかと、いつからかとても不安に思うようになって、下りるに下りられなくなった。

 それゆえに、メレアは肉体的な強さを下界の(はかり)で測る機会を(いっ)していた。


 リンドホルム霊山の山頂まで登ってくる者に、まともな人間はいない。

 登ってくる者自体が(まれ)だが、そうして登ってくるのは山の中腹で霊体に取りつかれておかしくなった魔物や、人間とは別種の獣などが大半だった。


 そして英霊には基本的に実体がない。

 霊山という特殊な場の作用によって、術式による干渉や、短期的な実体化ができる者もいたが、メレアが成長して彼らの未練が薄まっていくごとに、そういうこともできなくなっていった。


◆◆◆


 そんなある日、武闘派筆頭の英霊であった巨体の〈タイラント〉が、最後の稽古(けいこ)と称してメレアと対峙していた。

 タイラントが実体化できたのはわずか二分。

 その短い時間の攻防で、メレアがタイラントを投げ飛ばした。

 初めてメレアが本気になったタイラントを投げ飛ばしたのが――その時だった。


「……強くなったな、メレア。いっそ憎らしく思えるくらいに、お前は強くなったよ。おかげで俺の身体も薄まっちまった。――くそっ、俺の望みはなんだったんだ。自分の技術を継がせる存在が欲しかっただけなのかもしれねえって、いまさら思えてきたぜ」


 メレアはタイラントを超えた。

 組手をしてから一度も勝てなかったメレアが、ついにタイラントに勝ったその日、タイラントは満足げな顔でメレアの頭を撫でた。


「〈戦神(タイラント=レハール)の剛体〉は俺の因子だ。お前の身体は強い。そこらの(つるぎ)の一本や二本、打ちつけられてもまるで問題にしねえはずだ。そしてお前はそれを自分の物として会得(えとく)した。俺より俺の身体をうまく動かすお前は、間違いなく強い。願わくば、戦神の名に誇りを持ってくれ。それが俺への手向けになる」

「タイラント……」

「そんな顔をするな。お前の身体に俺の因子はちゃんと存在する。俺はいつだってお前と共にある」

「――うん」

「魂は別の世界のそれだけどよ、でもお前は俺の未練を断ち切っちまうくらい、俺の息子として可愛がられてたぜ。だから、俺は行く。お前に変なしがらみを背負わせるのは、やっぱりやめた」


 そう告げた直後、タイラントの身体が不意に薄くなる。――霊体が消える。

 その間際(まぎわ)で、タイラントが右の拳をメレアに向けて突き出した。

 メレアはすぐにタイラントに近づいて、自分の拳をタイラントの拳に突き合わせる。


「――元気でな」

「――さよなら、親父」

「ハハッ、悪くねえ呼び名だ」


 そうしてまた一人、英霊が空へと昇った。


◆◆◆


 英雄の因子によって、メレアの肉体には異常な生命力が宿った。


 〈戦神(タイラント=レハール)の剛体〉。

 〈命王(ミューゼル=ブルー)の蘇体〉。

 〈死王(アハト=サイラス)の心臓〉。

 〈病神(シリル=スム)の抗体〉。

 

 そのほかにも様々な英霊の特性が宿った。

 そうした英霊の特性が、〈異界(メレア=メア)の魂〉によって統合される。

 メレアの魂の許容量は、英霊たちが驚くほど広く、深かった。


◆◆◆

 

 英霊が少なくなっていくにしたがって、メレアには暇な時間が増えた。

 訓練だらけの日々に慣れ切っていただけに、逆に自由時間は何をしていいかわからなくなる。


 ――なにをしようか。


 いや、自分はこれからなにをしたいのだろうか。

 ときどき山頂を訪れる天竜(テイシーア)たちから世相の話をちまちまと聞いて、自分が今後、どういうふうにこの世界を生きていくのかを想像してみたりもしたが、いつも途中でとん()してしまう。


 ――この世界に()()という実感が湧かない。


 まだ自分の目で世界を見たことがない。生きた人間の暮らす下界に肌で触れたこともない。長い間隔絶された空間で生きてきたことが、このどうしようもない浮遊感の原因なのだろうと、なんとなく理解はしていた。


 そうやって云々(うんうん)と悩む日々が続いてしばらく。

 ある日、メレアは霊山の(すみ)で不思議な石を見つけた。

 天竜の話の中で聞いたことのある、珍しい石だった。


 ――〈未来石(フューナス)〉。


 その石を三十分間握ると、自分の未来の可能性が文字か絵になって表れるらしい。


「実にわかりやすいファンタジーだ」


 そう思いながらも、試さずにはいられない。

 メレアは未来石の未来視を試してみることにした。


 メレアはじっとして、三十分の間〈未来石(フューナス)〉を握り続けた。

 そのあとで、石の表面に現れた『文字』を見る。


◆◆◆


 『魔王』


◆◆◆


 すかさずメレアはその未来石を手刀で叩き割った。


 ――ふう。


 メレアはやりきった感と共に、周りをキョロキョロと見まわす。

 今のを英霊たちに見られたらたまったものではない。

 

 ――みんなは俺のことを英雄にしようと育てているのに、まったく、この未来石は欠陥品だな。


 大きく深呼吸をして、一旦心臓の鼓動を落ち着かせる。

 霊山に満ちる寒々(さむざむ)とした空気を吸いながら、ふと、近場にまだほかの未来石があることに気付いて、もう一度試してみることにした。


 ――さっきのはなにかの間違いだ。


 願いとも確信ともつかない思いを(いだ)いて、また三十分、未来石を握る。


 『魔――』


 割った。


 ――おかしいな。そんなはずはないんだ。


 自分を育てたのは総勢百人にも(のぼ)る英霊たちだ。

 英雄のサラブレッド的存在であるはずなのに、これはおかしい。

 一般人とかならまだしも、真逆のそれは困る。


 ――最後。あと一回だけ。三度目の正直ってあるもんね? ――二度あることは三度あるともいうけど。


 メレアの最後の挑戦がはじまる。


 『魔神』


 一瞬で終わった。


 ――むしろちょっとひどくなったんだけど……。


 魔王よりいっそ悪い。

 せめてまだ『王』であって欲しかった。


 ――絶対にこれはフランダーたちに見せられない。


 メレアは近場にあった未来石を片っ(ぱし)から集めて、英霊たちの見えないところに隠すことにした。

 未来石(フューナス)とて完全ではない。

 あくまで『可能性の一端』を示すという話だ。

 時間が経ってからもう一度やれば、きっと『救世主』とか『大英雄』とか、そういうのになっているはずだ。なんなら『勇者』でもいい。


 ――嘘でもいいから、せめて字面(じづら)だけでもそうしろ。そうしてください。


 メレアは内心で平伏しながら願った。


◆◆◆


 それから一月ほどが経って、


 ――そろそろ〈未来石〉の予測も変わったはずだ。うん、そうに違いない。


 少し気が早いのも自覚しているが、そわそわとして我慢ができなかった。

 あの『魔王』やら『魔神』という記述が変わっていることを願いながら、隠しておいた未来石を掘り起こし、英霊たちが周りにいないことを確認して再び握る。

 三十分。

 手を離す。


 ――お、今回は絵だ。


 そこにはトゲトゲしい装飾が(ほどこ)された大きな椅子に頬杖ついて、にやりとした笑みを浮かべている男の姿があった。

 まるで玉座のような椅子だ。――どれかといえば悪徳趣味が過ぎるタイプの。

 また、男の隣には(こうべ)を垂れている複数の男女が映っている。


 ――おっかしいなあ。これ、絶対なんか悪いことしてるなあ……。


 誰だろうか、この定式化された悪の魔王のごとく振る舞う男は。

 雪白の髪、赤い瞳、(つと)めて浮かべているかのようなぎこちない悪人相。


 ――俺に似てるな、こいつ。

 

 気のせいだろう。

 とりあえずメレアは石を叩き割った。この作業もずいぶんと手馴れてきたものだ。


 ――絵だとちょっとわかりづらい。次は文字で頼む。


 願いながら未来石を握る。


『魔王主』


 ――惜しい! いいよいいよ! たぶん『魔王』と『救世主』が混じっちゃったんだな! でもそれ合わさると『魔王の主』みたいでかなりヤバくなるからできれば『救世王』とかの方がよかったかな!


 もう一度やったらまた『魔王』と出そうだったので、メレアはそこで未来を見るのをやめた。


 ――ま、まあ『魔王主』ならまだかすかに希望が持てる。よーしよし、前進前進。


 そうやってメレアは自分を無理やりに納得させることにした。


◆◆◆


 メレアが未来石の採掘場から去ったあと、何者かがそこを訪れる音がした。

 彼はメレアがしゃがみこんでいた場所に落ちていた未来石を拾い上げ、そこに描かれていた文字をつぶやく。


「――〈百魔(ひゃくま)(あるじ)〉、か」


 それは、メレアが知らずのうちに踏んでいた未来石に刻まれた言葉だった。

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