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百魔の主  作者: 葵大和
第五幕 【東空は朱に染まる】
50/267

50話 「白雷の加護、天魔の導き」

「右だ!! もっと南へ回り込め!! 地竜を避けろ!!」


 メレアの後方で〈剣帝〉エルマが叫んでいた。

 右手に持った『魔剣クリシューラ』を、高々と天に掲げている。

 自分の声をこそ聞けと、後方の魔王たちに見せつけんがばかりの格好だった。


 エルマはメレアの言葉の意味を誰よりも早くに察し、そして、


 ――すまない。


 『受忍』していた。


◆◆◆


 本当は、自分もメレアについて行きたかった。

 だが、メレアがどうしてそういう言葉と行動を見せたかにも気づいていて、その上でメレアについていくことは(はばか)られた。


 ――みずからの身を……地竜に()てるつもりなんだな。


 あの厄介な壁となっている三頭の地竜を、一人でどうにかするつもりなのだ。

 倒すか、止めるか。

 いずれにせよ、魔王が東への退路を確保するまで、メレアがあれを引き受ける。

 たしかに、このまま地竜に足止めされて向こうに見えるムーゼッグ騎兵本隊に包囲されれば、自分たちは一巻の終わりだろう。

 だからメレアの取った選択に、エルマも賛同したいところだった。


「離れすぎるなよ!! かえって遠回りになる!」


 ただ一つの懸念は、もちろん、


 ――たかが一人、されど一人。


 メレアをたった一人で危険な敵陣に突っ込ませてしまうことにあった。

 エルマはメレアとはまた少し違う責任を、その胸に抱いていた。


 自分がほかの魔王たちをムーゼッグの追走に巻き込んでしまった。


 そういう自責の念だった。

 道中自分の胸中を荒らしまわっていたのは、まさにその思いである。

 だから、自分が盾になるのは喜んで引き受けるつもりだった。


 なのに、今。

 同じく自分が巻きこんでしまったはずのメレアが、自分以上の重荷を背負おうとしている。

 それがエルマの心の中にしこりを残した。


「固まれっ! 腕に自信のあるやつは外側につけ!」


 ――でも、きっとお前は、私についてきて欲しくはないのだろうな。


 一方でそうも思う。

 そしてメレアがそう決断したなら、その考えに賛同するのが、彼を『主』に(まつ)り上げてしまった自分たちの役割でもある。


 ――わかってる。わかってるさ。


 二つの思いの狭間で、エルマはついに決心した。


◆◆◆


 ――ならば私は、先にお前の思いに応えよう。


◆◆◆


 エルマはメレアの考えを受け止め、そこに合わせた。

 みずからの意地を捨て、綺麗事を斬り落とし、メレアに心の中で謝ってから――


「――振り向くなよ! 突っ切れ!!」


 思考を切り替えた。

 地竜三頭はメレアが止める。

 きっとメレア一人なら、そのあとに自分たちのところへ無事で帰ってこれる。

 なら自分は、メレアの願いを完遂させるために、こちら側で彼らを率いよう。

 今は主を――信じろ。


「――行くぞ!!」


 エルマは再度天高く魔剣を掲げた。


◆◆◆


 魔王一行の馬群は、勝負どころに際して一気に加速した。

 溜めてきた足をここで使い切るがごとく、馬たちも魔王たちの声に奮起する。

 先頭を走るエルマは、砂埃の舞う中で瞬き一つせず、細心の注意をムーゼッグ騎兵本隊に向けていた。

 見れば、遠くに見える騎兵本隊も、こちらの駿馬たちが馬鼻を南に向けたのを察知してかさらに大きく回り込んできている。


「さすがに判断が早いな……!」


 エルマは馬のひづめが地で音を鳴らす中、小さく悪態をついた。

 間違いなく手練れだ。

 砂塵もあって軌道などさして見えないはずなのに、向こうは向こうで確実にこちらの意図を察知してくる。

 その騎兵の軍勢が精鋭であることをいまさらエルマは疑わなかった。


「っ! おい!! なんかしてくるぞ!!」


 と、エルマは左後方からサルマーンの声が飛んできたのを聞いた。

 振り向いている余裕はないが、言葉が耳に入ると同時、再び目を凝らしてムーゼッグの騎兵本隊を見る。

 

 ムーゼッグ騎兵軍が、『二列』に分離していた。


 すさまじい隊列運動の速さだ。

 馬で駆けながらの流麗な隊列運動に、思わずその編隊錬度の高さをうかがう。

 しかし、今問題となるのはそこではない。

 注視すべきは、その動きの――『意図』だ。


「っ!」


 次の瞬間、エルマは分かれた片方の騎兵隊の先頭付近にあるものを見た。

 正確にはその馬の進行ルートに、とてもわかりやすい変化を見たのだ。


 ――『術式陣』……!


 なにか魔術を使ってくる。

 エルマはとっさに魔剣を握る手に力を込めて身構えた。

 攻撃か、それともほかの術か。

 ――答えはすぐにわかった。


 その空中に展開された術式陣の中を、分かれた一方の騎兵隊の馬がどんどんとくぐっていったのだ。


 直後、馬たちが異様な速度で加速する。

 攻撃じゃない。

 あれは、


 ――『加速術式』だ。


 まずい。

 目算が、


 ――ずれた。


 予想外の速度だった。

 かたやさきほどまでと同様の速度でまっすぐにこちらへ突っ込んでくる一隊。

 かたやそこから分離して進行ルートを潰すように大きく迂回してくる『加速馬』の一隊。

 道を塞ぎつつ、


 ――挟むつもりだな……!


 向こうの馬の加速がさほど長続きするものではなかったのが幸いだったが、それでも一気に目算を狂わされた。

 追いつかれる可能性がある。

 鼻先をかすられ、下手をすれば潰されるかもしれない。

 これ以上の迂回(うかい)はかえってレミューゼから遠ざかってしまうので意味がない。

 すでに限界まで最善と思えるルートを進んでいるのだ。


 エルマは迷った。

 一応の密集隊形は取れているが、本格的に交戦があるとなればさすがに馬群が崩れるかもしれない。

 向こうは挟み込みのために隊列を分散させたから、あるいはうまく人壁の薄いところを()うこともできるかもしれないが、


 ――さすがに見えんな……!


 かなりきわどかった。

 入り乱れる戦線の中で、敵の密度の薄いところを正確に突いて走るなど、普通の視覚の持ち主には不可能に近い。

 天性の勘と、常軌を逸した戦術眼があれば可能かもしれないが、あいにくとエルマはそこに絶対の自信を(いだ)けなかった。


 ――どうする。


 どうやってここから敵の騎兵軍を抜ける。

 どういうルートを取ればいい。

 足を止めれば向こうの思う壺だ。


 ――わかってる。


 だが、本当にこのまま突っ込んで無事に抜けられるのか。


 エルマの焦燥が最高潮に達し、その口から思わず悪言混じりの言葉が漏れた。


「くそっ! 今ほど鳥の目を(うらや)ましく思ったことはないな……!」


 鳥のように空からの俯瞰(ふかん)ですべてが見えれば、うまく突破できるかもしれないのに。

 そう紡いだ瞬間、ハっとした。


 エルマは衝動的に自分で紡いだ言葉に、『答え』を見出していた。


 ――俯瞰……で……――っ!


 気づいた。

 エルマは気づいたと同時に、後ろを振り向こうとした。

 しかし、振り向く前に、エルマの耳にある声が差しこんできていた。


◆◆◆


「わたしが、見るから……!」


◆◆◆


 背に温かい感触があった。

 少女然としながらも一本芯の通ったその声に、聞き覚えがある。

 なによりも今、エルマが望んだ声だった。


「――アイズ!」

「乗った、よ!」


 〈天魔〉アイズ。

 この集団の中で、誰よりも細く、か弱い身体を宿した――銀目の少女。


「お前、この状態で馬を乗り換えたのかッ!?」


 馬上。全速で走りながらの状態である。


「マリーザさんが、手伝ってくれたから……!」


 ふと、細く小さな手が後ろから自分の腹部に回り込んできて、エルマは思わず笑ってしまった。

 間違いなくそれはアイズの手だった。

 彼女はこうして全速力で駆けているさなか、たしかに馬を乗り換えたのだ。


「ハ――ハハッ! やはりこの中で一番度胸があるのはお前かもしれんな!」


 馬が大地を踏み鳴らす音が充満する中で、そんな高揚とした声をあげずにはいられない。


 ――失敗したら死ぬかもしれないのに!


 否、落ちれば後方を走るほかの馬に踏まれ、間違いなく死んだだろう。

 なのに、アイズはそれを承知で相乗りしていたマリーザの馬から乗り移ってきた。


 その〈天魔の魔眼〉で――自分に進路を知らせるために。


 きっとアイズをフォローしたマリーザは、さぞ強張(こわば)った表情をしていたことだろう。

 メレアとアイズの身に関して、その自称メイドとして気を(つか)いすぎるほどに遣う彼女は、愛し子に断崖際(だんがいぎわ)を歩かせるかのような心持(こころもち)だったに違いない。

 されど、妙に意志の強いアイズも制止されたところで引かなかった。

 結局マリーザはそれを手伝うしかなかったのだろう。

 エルマはあの氷人形の顔に人間味のある焦燥が浮かぶさまを思って、また小さく笑った。

 そしてすぐに、再び意識を現状へと向けた。

 

「『見える』か!?」

「うん……!」


 彼女はすでに〈天魔の魔眼〉を発動させている。

 エルマはそれを確信し、そして最後の決断の根拠を彼女のその眼に()けた。


「主観でいい! アイズが抜けられると判断したなら思いきり私の腹につかまれ! もしダメそうなら横腹をつねって知らせろ!」

「お、おもいっきり……!」

「大丈夫だ! お前に締めつけられたくらいで痛むほど私の腹筋はやわではないからな!」


 アイズをおびえさせないようにそうやって軽口を交えながら、エルマは彼女の判断を待った。

 答えが返ってくるまでがやたらと長く感じた。

 実際は短い時間だったのだろうが、どんどんと視界奥のムーゼッグ騎兵が近づいてくるのを見ると、そう感じずにもいられなかった。


 と、そこでエルマはあることに気づいた。

 さきほどまで視界の端にチラついていた成体地竜の姿が、


 ――ない。


 エルマは半分の焦燥と、そして半分の安堵を胸に、衝動的に首を左右に振った。

 地竜の姿を探す。


 ――いた。


 首を振って一瞬の視界に収めた地竜三頭は、『不思議な白い閃光』にまとわりつかれ、二の足を踏んでいた。

 それを見極めた瞬間に、エルマは心の中で感嘆の声をあげずにはいられなかった。

 

 ――お前は本当にすごいやつだよ……、メレア。


 たった一瞬でも状況がわかる。

 白い光があまりの速さに線となって、三頭の地竜の周りを縛り付けるように囲んでいたのが見えた。

 その白い光は雷光。

 ただひたすらに速く。

 不可思議な風の翼を後尾にまとって跳び。

 宙を走るがごとき軌道で地竜の顔面に打ち当たる――

 白雷。


 それは三頭の地竜の動きに刹那で反応し、その出鼻をくじくように打撃を打ち込んでいた。

 地竜の馬鹿げた頑強さと、一体にまともに割ける時間が毛ほどもないせいで、なかなか決定打を与える隙が見当たらないのだろう。

 一瞬でも目を離せば、瞬く間に地竜がこちらへ駆けてきてしまう。

 それを押さえるための、速度重視の連続牽制(けんせい)

 あんなものをたった一人で押さえ込めている時点で、誰もメレアに非難など飛ばせまい。


 エルマがそんなメレアの姿を確認した直後、


 自分の腹にまわっていたアイズの両腕に――力がこもった。

 

 ――……わかった。


 彼女の答えを確認する。

 ならば、ここから魔王たちを率いる責任は、


 ――〈剣帝〉の名のもとに。


「よし、騎兵の密度が薄いところを()うぞ。――案ずるな! 私がお前を守ってやる! だからお前は――『私たち』に道を示してくれ!」

「うん!」


 アイズが自分の身体にひときわ身を寄せたのを確認し、エルマは覚悟を決めた。

 そのときには、自分たちがどのあたりであのムーゼッグの騎兵と交差するか、確信的な目算が取れていた。

 

 ――当たる。


 だけど、


 ――もう迷わない。


 魔剣が血を求めて()いた。



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