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百魔の主  作者: 葵大和
第四幕 【邂逅への序曲】
45/267

45話 「遭遇予感」

 四王同盟の締結後、四王はムーゼッグに対する戦略と戦術について会議をはじめた。

 四王のムーゼッグに対する見解は、『先手を打つべきだろう』という点で共通していた。

 ハーシムだけその見解の根拠が異なっていたが、三王は根拠も共通している。

 

「ここらへんでムーゼッグの勢いを削らなければ、本当に手がつけられなくなる」


 もし反転して攻勢をかけてきたら、という仮題が出た時点で、三王は確信していた。

 そんな仮題が浮かんだのは、この地点がいわば分水嶺(ぶんすいれい)だったからだ。

 抗うにしても、(くだ)るにしても、このあたりで決めねば取り返しがつかなくなる。

 

 対し、ハーシムの内心は少し違う。

 ハーシムは『魔王を助けるために』、早めに手を打たねばならなかった。

 もはやハーシムに下るなどという退きの一歩は存在しない。

 前に進むしかない。

 クーデターもしかり、この四王同盟を真実にするためにもしかり。

 どれか一つでもしくじれば、ハーシムは破滅する。

 魔王を助けるにしても、それが予定調和であったかのごとく、三王に見せつけなければならない。

 キリシカに対して紡いだ言葉が嘘であったと見抜かせてはならないのだ。


 ハーシムは細心の注意を払いながらも、その戦術思考を働かせ、四王会談を引っ張っていった。


◆◆◆


 そうして、密度の高い四王会談がひとまずの終わりを告げたのは、日が沈みかけた夕刻である。

 ハーシムとてこのままズーリア王国に留まっているわけにはいかない。

 連絡役にするため、あらかじめ街に待機させていた臣下をキリシカの許可のもとズーリア城に置き、再びレミューゼ本国へ戻ることにした。


 今度は顔を隠しながらではあるが、一応ズーリア城の『門』から出ていったハーシムは、隣に控えていたアイシャに、


「帰りまであの土埃だらけの通路を這って出ることにならなくて本当によかったな」

「まったくでございます」


 そういってやれやれと肩をすくめて見せた。

 すると、城から出た二人を待っていたかのように、するすると人垣をかき分けて走り寄ってくる影が一つある。

 ズーリア王国民の人波に溶け込んでいる庶民風の男だ。

 ただ、その美髯(びぜん)だけはやたらと手入れがなされていて、またそういう美髯に見覚えがあったハーシムとアイシャはすぐに男が誰だかに気づいていた。


「――ハーシム様」

「待たせたな、レイナルド」


 あのレイナルド伯である。

 レイナルドはハーシムとともにズーリア王国へ来て、まともでない方法で城へ侵入していったハーシムを一人城下街で待っていた。ずいぶんはらはらとさせられた。

 途中でハーシムが無事であることをアイシャ直属の密偵の一人に知らされたので、心中の波が荒波からさざ波くらいには穏やかになったが、実際にその目で無事を確認するまでは波そのものを止めることはできそうになかった。

 そうやって、門が見える場所にあったテラス付きの紅茶店などでわざとらしく茶をすすり、街の新聞に視線だけを向けていると、意識のすべてを集中させていた視界の端にそれらしい二つの影を見つける。

 店の亭主に一声かけ、長居してしまった礼としていくぶん多めのお代を机の上に置き、足早にその二つの影に歩み寄った。


「すまないな、長くなった」

「いえいえ、アイシャ嬢の『ご友人』方にうまく忍び込めたという報告は受けておりましたので、ひとまずの安心は得られておりました。まあ、あの店で紅茶を何杯飲んだかはさすがに忘れてしまいましたが」

「ハハ、いずれ公費で落とそう」


 ハーシムはアイシャをちらりと見て、「相変わらず抜かりないな」とわざとらしく笑ったあと、悪戯気にレイナルドに言っていた。


「それで、ハーシム様に至急お知らせしたいことが」

「ん?」


 すると、レイナルドは楽しげな笑みもほどほどに、すぐさま襟を正した。

 レイナルドの顔が少し険しくなったのをハーシムも見逃さなかった。

 ゆえに、同じく襟を正して、会談で疲れた頭に再び(かつ)を入れる。


「なにかあったか?」

「例の、魔王たちのことで」


 レイナルドは周りに人がいないことを確認して、その単語を口に乗せた。


「『見つけました』。見つけたのですが――」


 「やっとか」と思う手前、逆接の言葉が続いたことに気づいて思わずハーシムは身構える。


「予想以上に足が速いです。すでに〈ネウス=ガウス公国〉を出て、南方向からやや回り込むようにしてレミューゼ方面へ」

「願ってもないルートだな。三ツ国かレミューゼか、という点でまだ選択の余地はあったが、ネウス=ガウスからさらに南に寄りながらだとおそらくレミューゼへ向かっているに違いない。――実に理想的なルートだ」


 そのまま「運が向いてきた」、とハーシムは付け加えたかった。

 が、レイナルドの顔色を見るからに、どうやらそれだけではないことを察する。

 なので、ひとまず判断を保留することにした。


「――で? なにか気がかりなことでも?」


 ハーシムの促しに、レイナルドが神妙な面持ちでうなずいた。


「……同時に、ムーゼッグ王国本土から大隊が動き出したという報告が。風鳥の伝書にて伝わったものですが、その時間差を考えると、ムーゼッグもそれなりの距離をすでに移動しているものかと」

「――そうか」


 ハーシムはほんの少し目を丸めるが、驚いているというほどの反応ではなかった。


「……なるほど、そうなると、かえって魔王たちの足が速いことがネックになるか。なるほど、なるほど」


 ハーシムは思案気に顎を指で撫でて、何度か(うな)った。


「まあ、ムーゼッグ本国からほかの軍隊が出てくることは想定済みだ。リンドホルム霊山にてセリアスが魔王の一行を見つけたのだから、その時点でやつが本国に捜索線を張れとでも命令を送ったに違いない。その準備が整ったのだろう。

 ――それで、そのムーゼッグの軍隊より先に、魔王たちがレミューゼへ到達する可能性は?」

「わかりません、そればかりは」

「まあ、だろうな。――許せレイナルド、意地の悪いことを訊いた」


 情報には時間差がある。

 天に浮かびすべてを見通す目でもあれば別だが、どうしても鳥を使ったり馬を使ったりで、その移動に時間が掛かってしまうのだ。

 それらを見越して、ハーシムは算術を駆使したが、あくまでそれも予測であった。

 寝食を忘れて部屋にこもり、その優秀な頭脳でもって多くのパターンを計算したが、そうやってはじき出した答えが当たるとは当然かぎらない。

 レイナルドの「予想以上に速い」という言葉に込められた負の意味を、ハーシムも理解していた。

 ハーシムが算術で導き出したそれより、魔王たちの足が速かったのだ。


「南から迂回か」


 情報を整理するように、再びハーシムがつぶやく。


「――南へ離れすぎると、それはそれで問題になる可能性があるな」


 南に寄って迂回しているのは、当然ムーゼッグの追撃を予測してのことだろう。

 ムーゼッグから離れるように、回り込むように。

 しかしそれは同時に、『三ツ国からも』離れるような軌道である。


「それで見事ムーゼッグの魔の手から逃れてくれれば言うことはないのだが――」


 南へ迂回することでムーゼッグの魔の手をすり抜けようとしている彼らが、その思惑通りに移動を完遂してくれれば、ハーシムとしては願ったりかなったりだ。

 レミューゼへ向かってきているという確信が得られているから余計にそう思う。


 対し、もし仮にムーゼッグが魔王たちとレミューゼの間に身をすべり込ませることに成功してしまったら、おそらくそこで戦いが勃発する。

 ハーシムはそうなることを可能性の一つとして当然予想していた。

 ゆえに、そのときのための保険の意味合いも兼ねて、三ツ国との同盟を取り付けた。


 だが、その場合に魔王たちの足が速いことが問題になる。


「まったく、優秀すぎるのもかえって問題だな」


 あまりに足が速いと、開戦場所を聞いてから増援に動く三ツ国の軍隊が、間に合わなくなるかもしれないのだ。

 そこにはムーゼッグの足が相応に速く、魔王たちとレミューゼの間に身をすべり込ませることができる――という前提があるが、その前提がクリアされた時点でもはやハーシムたちには議論している余裕がないことになる。

 出会いがしらに即開戦だ。


「そうなると――『開戦場所』がかなり重要になってくるな……」


 開戦時点での三ツ国の軍隊の位置。

 そこから開戦地までの距離。

 合流するまでの移動ルートで別のムーゼッグ軍と鉢合わせる可能性の有無。

 そういうものを考えたとき、ルートが南からの迂回に寄っているのがほの暗い不安の種にもなる。


 ハーシム個人の問題としても、レミューゼに近すぎる場所での開戦は極力避けたい。

 戦火が民に飛び火するのは御免だ。


「……ちなみに、こちらから魔王たちに接触を図れそうか? まあ、どの程度彼らが速いかにもよるだろうが――」


 レイナルドの話しぶりから、どうやらまだ接触そのものはしていないのだということを察していた。

 指揮官の判断を仰ぐためにあえて踏みとどまっているのかもしれないが、別段声をかけて悪いというわけでもない。

 もちろんそれなりに慎重に、そしてなにより『丁重に』接する必要はあるだろうが、各国に追われる状況に陥っている魔王に対し、協力を提言すること自体はマイナスには働くまい。


 そう思いながら、ハーシムはふとレイナルドの表情に影が差しこんだのを見る。


「それが……」


 レイナルドが困ったような、それでいて半分呆れたような表情を浮かべた。

 ハーシムはその反応に首をかしげ、レイナルドの次の言葉を待った。


「あの……、〈地竜(レイルノート)〉の姿がありまして……」

「……」


 ハーシムとアイシャが、レイナルドの口から出た単語を耳にして同時に顔をしかめた。

 アイシャはすぐに平静の顔を取り戻したが、まだどことなく落ち着かない様子でもある。

 対し、ハーシムはそのしかめっ面を引っ込めようともせず、さらに大きなため息をついた。


「……はあ。そりゃあ、算術があてにならんわけだ。まさか地竜(レイルノート)を足に使うとは……」

「はい……」


 そんなものまで常人に予想できてたまるか、と付け加え、ハーシムはまた鼻で息を吐いた。


「となると、予想するに――姿は確認したはいいがすぐに引き離されたか」

「はい、まさしく。――『あっ』という間であったと。

 視覚系に優れた者がその場にいたのと、リンドホルム霊山で得た情報がほかの部下にも行きわたっていたのが、どうにかそれを魔王の一団だと判断するにいたった理由です。ですが、おっしゃるとおり接触そのものは……」


 レイナルドの答えを聞いて、今度は少し残念を含んだ納得をハーシムは胸に浮かべた。


「……くそ、今その魔王たちに『バカめ』と言いたくなった。こちらに都合が悪いところで予想を超えてくる」


 苦笑するような、嘆くような、そんな体で、ため息混じりに言葉を紡ぐ。

 レイナルドも額の汗を布でふき取りながら、そんなハーシムの言葉に頷いていた。


「――ふう。……まあ、ひとまずはよしとしよう。少なくともレミューゼに向かっているだろうとの確認はとれた。足が速いとの漠然とした情報でも、目撃地点から計算すればだいぶ的が絞れる。接触そのものはおれみずからという形でも最悪構わない。多少窮屈にはなるがな」


 ハーシムはしかたないと手を振って、色を正した。


「一応訊いておくが、まさか魔王全員が地竜に乗っているわけではあるまいな?」

「ええ、もしそうなら私ももっとあたふたしております」


 レイナルドも額の汗を拭きながら多少の軽口を飛ばすくらいの余裕は取り戻している。

 そして今度はその美髯を揺らし、至極真面目な表情でハーシムに情報を伝えた。


「――ほかにも馬が何頭か。かなりの駿馬(しゅんめ)のようです。荷のたぐいを地竜にすべて背負わせているため、その馬たちが十分な速度を出せる、と。……まあ、地竜と馬の間にはそれなりの距離があるようですが」

「当然だ。馬が地竜を恐れる。――もしや地竜を後尾につけて馬の尻を叩いているのではあるまいな」


 冗談みたいな光景だ。

 そう軽く付け加えてすぐにハーシムは話を戻した。


「まあいい、とかく道行きが速いということだけまずは頭に入れておこう」


 その言葉のあとに、ついにハーシムは歩き出した。

 大きな報告は終えて、あとは道すがらでも構わないだろうとの意思の発露だ。

 レイナルドとアイシャもそんなハーシムの歩調に合わせ、ズーリアの街中を歩き出しはじめた。


「それにしても、魔王たちの方も手配が異様に早いな。ネウス=ガウス公国に伝手(つて)のある魔王でもいたか。……資金の関係も考えると、例の錬金王がくさいな。あの家系は昔に豪商として名声を得ていたし、何代か前の錬金王の失策でその名声こそ一度潰えたが――」


 ハーシムはなんとなくという程度に予想する。


「今の錬金王もその血を継いでいるとなると、もしかしたら偽名でも使って再び豪商となっている可能性はある。――金の亡者はどの時代も根強く存在するからな。中途半端な金の亡者はたやすく破滅するが、ある一定のラインを越えるとやたらにしぶとくなる」

「おっしゃるとおりかもしれませんな」

「――ふむ」


 ハーシムはそんな少し皮肉交じりの言葉を紡ぎながらも、まだどこか頭の中で思案を練っているようだった。

 と、そんなアイシャとレイナルドの予想が的中していたのを証明するかのように、ハーシムが歩を止める。まだ二十歩も歩いていない。


「――いや、待て。やはり嫌な予感がする。……『地竜』で思い出した」


 話題が急転し、元に戻っていた。

 しかしレイナルドもアイシャもそのことに関して横やりを入れたりはしなかった。

 ハーシムがハっとしたような顔をしていたから、かえって身体が強張った。


「だいぶ前だが、レミューゼの都の酒場で忍んで酒を飲んでいたとき、地竜の噂を聞いたな」


 そんなもの、酒飲みのたわごとだ、と切り捨てることは容易だった。

 そもそも、酒場という雑多な音の集合場所で、偶然耳に入ってきたそんな噂を覚えていること自体がどこか驚異的であるようにも思う。

 しかしハーシム自身はそれを思い出し、そして切り捨てなかった。


「三ツ国の西のあたりでまばらな地竜の群れを見たという噂だ」

「まばら、ですか」

「そうだ。地竜は社会性の高い生物だが、その繋がりは強固で群れそのものも基本的に大きい。まばらという表現はどことなく違和感を覚える」


 なぜまばらであったか、という理由はさすがに思い浮かばない。

 だが、漠然とそれがハーシムにとっての不安の種になっていた。

 

 すると、ハーシムはついにその場で(きびす)を返し、再びズーリア城への道を歩みはじめる。

 急な出戻りだ。


「大事をとって、もう一度ムーランたちに急ぐよう発破をかけてくる。それと、レイナルドはムーゼッグの近場にいる密偵たちに何人かはその場に留まるよう伝えろ。動きだした大隊も気になるが、そのあとに遅れて変なものが動き出さないともかぎらん。『大隊の方にばかり釣られるな』と念入りに注意書きしておけ。そういう派手な動きが陽動であることは今の時代多々ある。それに気づいてから情報の伝達が間に合うかはわからないが、それでも窺っておく必要があるとおれは思う」


 ハーシムはレイナルドに指示を出しながらも、その視線を地面に落としていた。

 瞬き一つせずに地面を見つめている。

 というより、もはや視覚を使っていないようだった。

 全神経を脳内の思考に費やし、頭の中で戦略的な思考を展開させているようでさえある。

 

「はっ、御意にございます」

「ああ、任せた」


 ハーシムの指示を受けて、レイナルドはその場を足早に去った。

 ハーシムの言葉から『至急動くように』との意味合いをくみ取り、即座に行動に移す。

 レイナルドの優秀さの発露でもあった。


 その場に残ったアイシャは、まだ思案気に顎に手をやっているハーシムを心配げに見つめながら、ただハーシムが言葉を紡ぐのを待っていた。

 邪魔をしないように、心配そうな目つきをしていることも悟らせないように、ただそっとハーシムの隣に寄り添っていた。


 しばらくして、ようやく思考を一区切りさせたようにハーシムが我に返る。

 地面に向けていた視線を一度空に飛ばし、雲のゆったりとした動きを数秒の間追って、ついにアイシャの方に向き直った。

 その顔には優しげな微笑があった。


「――さて、魔王たちの挙動も気になるが、とにもかくにもまずは、彼らと奴らに最悪の地点で最悪の遭遇の仕方をしないことを祈るとしようか」


 どんなに予想を練っても、主体が別の人間にある以上はその予想を超えてくる可能性が常に存在する。

 すべての意志に手を加えられればいいのに、と思う(かたわ)ら、


「まったく、どうにもままならないのが世の常だな」


 それが人の世の常であることもハーシムは疑わなかった。


 ―――

 ――

 ―



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