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百魔の主  作者: 葵大和
第四幕 【邂逅への序曲】
43/267

43話 「ハーシム=クード=レミューゼ」

 ハーシムはその日、五体満足でズーリア城の一室に足を踏み入れていた。

 その一室に踏み込むまでの道のりは、なかなかに緊迫したものだった。


 アイシャの率いる直属の密偵団によって、ハーシムは(かくま)われながらズーリア王国へと入国した。

 それ自体は特段に難しいわけではなかった。

 ハーシムはレミューゼの王子の中でも存在が希薄な王子である。

 それは言わずもがな、レミューゼ王の嫉妬心がハーシムを表舞台に立たせなかったがゆえの結果だ。怪我の功名(こうみょう)というほどでもないが、それがここに来て役立ったのも事実である。

 ただし、それでも近頃はレミューゼの民の間で、救国の願望をからめつつちらほらと噂されていることもあり、一応という(てい)で顔隠しに気を遣った。


 問題となるのは入国してからである。

 いかにして三王会談の開かれているであろう『ズーリア城』へ侵入するか。

 さすがに旅人という身分では城門を通り抜けられそうになかった。

 あらかじめ手をまわせておけば、あるいはズーリアでの相応の身分を用意できた可能性もあるが、三王会談の情報を知ってから三ツ国に来るまでで、猶予時間のほとんどを使い込んだ。そもそも、最初から時間に余裕があるわけでもなかったのだ。


 となると、やはりてっとり早く『侵入』しかない。

 ハーシムはその二文字に意外と親しみがあることに気づいて、くっくと含むように笑ってしまった。

 学術国家アイオースの学園に無断で侵入していた数か月を思い出して、自分がとてもではないが王子らしくない経歴の持ち主であることを、一方で自虐的に、一方で少し『誇らしく』思っていた。

 悪戯小僧がうまく大人を騙しおおせて誇らしげに思うそれと、似たような感情だった。


 対して、ハーシムを三王会談へと連れて行く役割を請け負っているアイシャは渋い顔であった。

 ズーリア王城には多くの警備兵がいる。その警戒網を突破する方法をアイシャが責任を持って考え、そしてミスなく実行しなければならない。

 ハーシムも決して考えなしではなかったが、その点に関してはアイシャの方が数段手練れであった。だからハーシムは極力口を出さずにいた。

 どこからか手に入れてきたズーリア城の見取り図を宿の机に広げ、真剣な目つきで見下ろすアイシャの横顔を、終始(しゅうし)眺めているに(とど)まった。


 結果的にこうしてハーシムは三王会談の行われている会議室に足を踏み込むことに成功したが、その道中はそれなりに面倒であった。

 アイシャが見つけた方策は地味で確実性も高そうだったが、一方で相応に『無様』をさらす方策でもあった。


「キリシカ、アイオースでも言っておいただろう。お前は脇が甘すぎる。城の『床下』がお留守だ。人一倍向上心があるのはいいことだが、上ばかりを見ていると足元をすくわれるぞ」

「――」


 ハーシムは服の(すそ)を掃いながら、そんなふうにキリシカに告げた。

 キリシカの方は目にかかった紺の前髪をどかすのも忘れ、呆然とハーシムの瞳を覗き込んでいる。


「まあ、おかげでここまでこれたが――言っておくがそのほかの通路も死角が多いぞ。ズーリア城を作ったのはだいぶ前のズーリア王族であろうからとかくは言いたくないが、しかしあとからその死角を埋めることくらいはできるだろう」


 と、諭すようにいうハーシムに対し、ついにキリシカは口を開いた。


「……ク、クード、お前、まさか……城の床下を()ってきたのか……?」

「そうだ。……まったく、服が汚れに汚れた。ずっと掃ってきたのだが、まだ落ちない」


 ハーシムはまだ服の裾を掃っていた。

 裾にはいくらか土色がついていて、わかりやすい汚れになっている。

 隣に控えている黒装束の女――アイシャが、懐からハンカチを取り出してハーシムの頬を拭っていた。

 顔にもちらほらと土のあとがついていた。


「近頃じゃ盗人でもそこまでしないぞ……」

「おれは盗人ではないがな」

「ならば――、何者だ」


 すると、今度は別の人物が二人の会話の間に割って入ってくる。

 ハーシムとキリシカの間に割って入ったのは、熊のような巨体を持つ『フィラルフィア王』――ファサリスだった。


「お前自身の口から、名を聞こうか」


 ファサリスは言葉を紡ぎながら、その巨体を一歩ハーシムへと歩み寄らせていた。身体には警戒の色もある。

 しかしハーシムはその警戒の気を飄々として受け流し、


「〈ハーシム=クード=レミューゼ〉。誤解なきよう言っておくが、たしかにおれはお前たちとともにアイオースの学園で過ごした男だ。瓜二つの偽物とかではないぞ?」

「……ああ、いまさらそれは疑わんよ。――いや、今確信した」


 ハーシムの返答を受けて、ファサリスは一気に脱力していた。

 そうやって淡々と言いのけてみせるハーシムの姿が、記憶の中の『クード』とかぶって見えたのだ。

 その時点で、間違いなくその男があの『クード』であることを、ファサリスは確信してしまっていた。


「……マジかよ。お前今、レミューゼって言ったよな?」

「ああ、そうだ、ムーラン。『これでも』おれはレミューゼの王子だ」


 ハーシムは自嘲気味に笑いながらムーランに言う。


「――ハハ……、本当か、クード。お前、本当にクードなのか」

「それ以外のなんだというのだ。まあ、あまり格好のつかない登場ではあるがな。ちなみに外の近衛兵には少し眠ってもらっている。あとで謝ろう。――あまりものものしい護衛ではかえって怪しまれるのもそのとおりだが、あの数は少ないな。お前らはなまじ腕が立つから、その辺をおろそかにしすぎなのだ」

「おい、クードだ。この少しムカつくけど的確な説教、間違いなくクードだ」


 「おれをおれと判断する理由がそこか」と、ハーシムは苦笑した。

 しかし、


「――会いたかったぞ! クード!!」


 突如、ムーランが椅子から飛び上がってハーシムに駆け寄り、両手を広げて抱きついた。

 ハーシムはそれを苦笑のままに受け止めて、


「おい、何歳だと思ってる。あれから何年経った。さすがにこれを衆目にさらすのはキツいだろう」

「構わんさ! 運命的な再会だ!」


 ムーランの顔は、それまでの皮肉っぽい笑みから一転、心底から現状を楽しむような笑みに変わっていた。


 ―――

 ――

 ―


◆◆◆


「――なに? 第三王子? レミューゼは第二王子までしかいないと聞いていたが」


 しばらく再会を祝った四人であったが、各々(おのおの)広い目で見たときに時間がないことを自覚していたので、早々に円卓に座りつつ情報を交換しはじめた。

 騒動を聞きつけた三国の近衛兵たちがどたどたとやってきたが、それらを各王が制し、部下たちは首をかしげるばかりであった。


「まあ、父とは折り合いが悪くてな」

「その父の子であるお前を前にいうのもなんだが、今のレミューゼ王はひどいぞ。なんとかならんのか」

「なる。これからなるのだ」


 ハーシムは思ったよりも自分が彼らにすんなりと受け入れられたことを内心で安堵していた。

 と同時、自分の予想どおり、三ツ国にもしっかりと現レミューゼの『惨状』が伝わっていることを、一方で安堵し、一方で嘆いた。

 おかげで情報の統合がすんなりといくわけだが、身内の不出来をさらすのはさすがにハーシムをして恥ずかしさもあった。


「――殺すつもりか?」


 すると、キリシカが神妙な顔でハーシムに訊ねていた。

 その言葉にムーランとファサリスがハっとし、しかしすぐに納得の表情を浮かべる。


「おれの半生についてくわしく語るつもりはないが……まあ、そういうことだ。このままレミューゼを潰されるのはおれも納得がいかん。だから、おれが王になる。――殺すさ。死んだあとに地獄へ行くはめになるだろうが、死んだあとのことなどこの際どうでもいい。おれは『今』に生きる」


 ハーシムの決意はそのアクアブルーの瞳に煌々とした光となって表れていて、三王はその決意の強さをすんなりとくみ取ることができた。


「……まあ、そういう黒い部分に関してはオレたちもお前のこと非難できねえんだけどな。王になる前も、王になってからも、オレたちはオレたちできたねえことに手を染めちまった」


 ハーシムの決意にほんの小さなうなずきを返したムーランが、今度は自分の話をしていた。


「――許せとは言わんさ。お前にもな。ただ事実として、オレたちは英雄を見殺しにしちまった」


 ハーシムはムーランが何のことを言っているのかにすぐに気づいた。

 かつて三ツ国が手を出してしまった――魔王狩りに『似た』所業についてだ。


「もう取り返しがつかない。それに、多少情勢が変わっていても、その程度じゃほかの道は選ばなかったと今でも思うくらい、あのときは切羽詰ってた。だから、オレはクシャナ王として、あのときの選択をあの英雄以外に謝るつもりはない。誰かに魔王と呼ばれていたあいつだけれど、オレにとってはまごうことなき『英雄』だった」


 英雄から魔王になる。

 そういうことは時代の転換期に数多くあった。

 しかしムーランにとって、かつて自分が死なせてしまった魔王は、魔王から英雄になった男だった。

 可逆。

 所詮はいくらでも逆転することができる、レッテルの軽さ。

 そういう言葉面のみで彼らを判断すまいと思いながらも、しかし英雄という言葉はいつの時代も輝きをともなう。

 だからムーランはその男を英雄と呼び続けることにした。

 自分たちを救った英雄である、と。


「ちょっと湿っぽくなったな。――で、なんでいまさらここに来たんだ、『ハーシム』」


 それはムーランのクシャナ王としての言葉だった。

 同窓の旧友である『クード』としてではなく、レミューゼの王子として『ハーシム』と呼んだ。

 当のハーシムも、ムーランの言わんとすることに気づいて(えり)を正す。

 ここからは――外交だ。


「レミューゼを救うため、そして強国ムーゼッグに一泡吹かせるため、力を貸してもらいにきた。当然、こちらにも()けるものはある」


 ハーシムの瞳の中に、轟々とした(あお)灼炎(しゃくえん)が舞っていた。


◆◆◆


「懸けるもの、か。今のレミューゼにそんなものがあるのか? ――ああ、気を悪くしたのなら謝る。しかし、これは外交だ。我らとて母国の民の命が懸かっている。ある程度の厳しい物言いは許してくれ」


 それはファサリスの言葉だった。

 威厳のある巨体をぴしりとまっすぐに立たせ、荒風にも動じぬ巨木という体で椅子に座っている。


「いや、ファサリスの言わんとすることもわかる。王であるなら当然の言いようだ」

「では訊くが、お前は私たちの助力を引きだすほどのなにかを、今のレミューゼから提示させることができるのか?」


 ファサリスの続く言葉に、ハーシムは(うなず)いた。

 真面目な表情で片手を目の前に掲げ、人差し指を立てて見せる。


(いち)に」


 ハーシムはそう前置いて言葉を紡ぎはじめた。


「レミューゼの地下には鉱脈がある」

「――ほう、鉱脈」


 軽い調子で唸ったのは横で聞いていたムーランだった。

 飄々としているが、目には鋭い光が灯っている。


「そうだ。しかも、魔石鉱脈」

「……マジかよ」


 またもやムーランが相槌を打った。

 今度はさきほどよりもやや驚愕が勝った感じである。


「マジだ」


 ムーランの軽い言葉遣いに合わせ、ハーシムは端的に答えた。 


「現王が不可侵条約の対価に差し出したものとは違うのか?」

「ああ、あれは父の注意を本命の魔石鉱脈からそらすためにあえて発掘させたものだ。こっちを父よりも先に、かつ父にバレないように掘り起こすのは、それなりに苦労した。金の匂いには意外と敏感だからな。――日々賄賂(わいろ)に触れているだけはある。

 ともあれ、こっちはおれがだいぶ前から隠していた鉱脈だ。そこに鉱脈があることをわかっていて、あえて掘り起こさずにおいた」

「その理由は?」


 ファサリスが率先して訊ねた。


「前述のとおりだよ。掘り起こせば匂いが立つ。父以外にもその金の匂いを嗅ぎつけるやつがいるかもしれない」

「……ムーゼッグか」

「どうだかな。たかが鉱脈の一つや二つ、今のムーゼッグはほかの国から奪い取れる。特に、おれたちの手が届かないムーゼッグ以北の地域には、貴重な鉱脈が数多くあると聞くしな」

「あのムーゼッグの機転の速さたるや、さすが強国を一気に発展させた王の手腕とでも言おうか。優先すべき事項に忠実で、かつ手が早い」

「ムーゼッグ王が政略に優れているのは今にはじまったことではないがな」


 返す言葉にうなり声。

 ムーゼッグに対する見解はおよそ一致しているようだった。


 するとそこへ、今度は今まで黙って話を聞いていたキリシカが、同じようなしかめっ面を浮かべながら話に加わってくる。

 彼女は紺色の長い前髪を扇情的な仕草で耳にかけながら、薄い唇を開かせた。


「だが、そのおかげでムーゼッグ以南の私たちはどうにか生き延びることができた。三王同盟による抵抗力と――ムーゼッグの気まぐれによって」

「気まぐれというほど運に()るものではないだろう。ムーゼッグ王が合理的な判断を下したからこそ、三ツ国は揃って生き延びたんだ。三王同盟による抵抗力を着実に積み重ねていったことも含め、お前たちはよくやったと思うがな」


 キリシカの歯噛みするような言葉に、ハーシムはまっすぐな賞賛を送った。

 そうしておいて、少し脱線気味になった話を戻す。


「――で、だ。それをこの機に掘り起こした。すでにそれなりに発掘魔石を蓄えてある。その魔石を――お前らにやろう」

「やる、とは? 魔石をほいと渡されたって、たいした使い道がなければ無用の長物(ちょうぶつ)だろう。それのせいでかえって敵の目に留まりやすくなることさえある」

 

 役者のように演技ぶった身振り手振りで、ムーランが笑いながら問うた。


「クシャナ王国は新しい戦術兵器を作っているだろう」

「――バレてたか」


 しかしすぐにその演技はハーシムに見破られた。

 わざとらしく舌を出して、ムーランは笑みを浮かべた。


「相変わらず術機産業にご執心らしいことは、かねがね『盗み聞いて』いたからな」

「せめて密偵を入れていたことを隠せよ、おい」

「気づかなかったらしいから、教訓も兼ねて教えてやってるんだ」


 ムーランの非難にハーシムはわざとらしく鼻で笑って見せた。

 親しんだ皮肉のやり取りという感じで、決して険悪なムードではなかった。


「こっちはこっちで何人か密偵を捕まえたんだけどな」

「うちのアイシャは有能なんだ。そこらの密偵と同じにされては困る」

「わかってるよ。ここに忍び込めただけでそれは十分に伝わってる。

 ――まあいい。で、その魔石鉱脈の規模は?」

「クシャナ王国の枯渇気味な魔石鉱脈よりは、間違いなくでかいぞ」

「はあ……そこまでバレてんのね……。わかった、十分だよ」


 ムーランは苦笑を織り交ぜて笑った。

 そうしてひらひらと手を振って、


「レミューゼがその魔石を我がクシャナ王国に十分量くれるというのなら、オレは同盟を締結してやってもいい。あくまでオレは、だけどな」

「貴様のところは魔石を渡しとけば簡単に同盟が組めそうだな」

「術機産業の発展こそ、我がクシャナ王国の悲願でございますので」


 横から飛んできたキリシカの皮肉にも、ムーランは優雅な一礼で応えて見せた。


「よし、ならムーランの賛成は取れたわけだな。――あと二人、ファサリスとキリシカは?」


 ハーシムの言に、二人は同時に黙り込んだ。

 それはまだ決心しかねていることを如実に表していた。


「それだけでは賛同しかねる。少なくとも私の国、ズーリアは」

「理由を訊こうか」


 先に言葉を並べたのはズーリア女王キリシカだった。


「向こうはセリアス=ブラッド=ムーゼッグに加え、優秀な戦力が数多く揃っている。魔石砲が十二分に使えても、まだ互角とはいかない。もっと力が必要なのだ。

 ――レミューゼにその力が出せるか?」


 キリシカの条件はわかりやすかった。

 そしてその条件を、ハーシムは予想していた。

 だから、すらすらと口上を述べることができた。


 ――嘘の、口上を。


「――出せる」

「本気で言っているのか?」

「ああ。レミューゼには力がある」

「そんなもの、とてもあるようには思えないのだがな」


 信じられないというふうな表情を隠しもしないキリシカに対し、ハーシムはもったいぶるように間をおいて、ややあってからゆっくりと、そしてはっきりと、言葉を紡いだ。


◆◆◆


「――二十人を超える『魔王』の力を、お前たちに貸し出そう」


◆◆◆


 そこからがハーシムの勝負であった。

 命を懸けた、一世一代のハッタリ勝負である。



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